1999 April. 後期 (Arcana 18)

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過去のお言葉

April 21th(Wed.)

午後から大学へ。卒研の暗号ゼミ。 夜は草津で数学科の新任の先生の歓迎会。

数日前の日記での円形のスタジアムの中のライオンと人間の問題の回答。 両者の最大速度が同じで、両者とも最善を尽くすとしたなら、 人間はライオンから逃げ続けられるか?

まずパズル好きの人ならこう答えるだろう。 「逃げ続けられない。なぜなら、 ライオンは円の中心と人間を結ぶ線上にいるようにしながら、 人間に近づいていけばよいからである」 これは非常にもっともでいわゆる「気の効いた答」に思える。 人間はスタジアムの最大半径いっぱいの円周上を逃げ、 ライオンは上の戦略で追いかけるのが両者最善として計算すると、 (結局ある積分の収束条件に帰着するのだが)、 きちんとライオンが人間を捕まえられることが証明できる。

ところが、実はこれは間違いで正しい答は「逃げ続けられる」である。 ライオンが円の中心と人間を結ぶ線上にいるようにしながら、 人間に近づいていく戦略をとるときにも、 人間はスタジアム内に含まれ無限の長さを持つある折線上を 逃げ続けることができる。ライオンの戦略が異なっても、 この証明を少し変形するだけで、 やはり人間が逃げ続ける逃走路があることが証明できる。 以上の意外な真相は 1952 年にベシコヴィッチによって証明された。
ベシコヴィッチは 「長さ1の針をその内部で前後を方向転換できる最小面積の図形は何か」 という掛谷の問題に対して、 「いくらでも小さな面積の図形の中で針を回転できる」 (つまり、例え1キロメートルの長さの針でも、 切手一枚分の面積の図形の中で頭と尻尾を逆に方向転換できる!) ことを証明したことでも有名。

ベシコヴィッチの数学者としての本業については良く知らないが、 こういう結果を見ると、すごく意地悪で性格の悪い人だったのではないか、 という気がする。

April 22th(Thurs.)

午後から BKC へ。 卒研の確率論ゼミ。 その後、経済学部が導入した Bloomberg のシステムの説明会に出る。 さらにその後、夜はまた別口のミーティングに出る。

一昨日のマッチ箱の問題について、 しまっちさん (の後輩)が答を寄せてくれました。 計算が途中でしたが、だいたい正解でした。
答は n 個から m 個を選びだす組み合わせの個数を C(n, m) と書くとして、 (1/2)^(2N) * (2N+1) * C(2N, N) - 1 になります。 N が十分大きいときスターリングの公式を使えば、 近似的に 2*(N/ \pi)^{1/2} くらいになります。 N が50本なら、平均して大体 7 本が残っていることになりますね。

この問題は「バナッハのマッチ箱」と言われる問題を単純化したものです。 バナッハ(1892-1945)はバナッハ空間、バナッハ=タルスキの定理、 などに名前が残っている大数学者ですが、 こういう簡単な確率の問題に興味を持っていたんでしょうか。

April 23th(Fri.) - 24(Sat.)

23日(金)。午後から BKC へ。「確率・統計」の講義。 今日は平均、分散の復習をして、離散的な場合の色々の分布について。 二項分布、超幾何分布、ポワソン分布くらいはやろうと思っていたのだが、 二項分布の平均と分散を計算していたら時間になってしまった。 しかも分散の計算を間違えたことに講義の後に気付いた。 分散と言いながら、平均を引いておくのを忘れたので、 結局二次モーメントを計算していたのだ。覚えていたら再来週訂正しよう。 その後、学系会議。

24日(土)。朝は膳所にチェロのレッスンに行く。 帰り道にキムチとチャンジャを買って自宅に戻る。 ずらっと並んでいるキムチ壷が目立つのでキムチ屋かと思っていたが、 韓国料理全般の惣菜・食材屋だった。 家でチェロの練習をしていると突然、A 弦が切れた。 弦が切れるのは初めてだったが、すごく恐い。 かなりの張力で張ってある弦がはじけるし、 僕の A 弦は金属芯に金属の巻き線を巻いてある構造で切り口も鋭いので、 タイミングが悪ければ、腕や顔に怪我くらいしていたかもしれない。

ところで、実際にオーケストラで演奏中に弦楽器の弦が切れたらどうするのか、 という問題。
僕が聞いた話では、弦が一本なくても超絶技巧で乗り切る、という方法が一つで (これはちょっと信じ難いが、場合によっては原理的に不可能ではない)、 もう一つの現実的な意見は、 自分より下位の同じ楽器の奏者の楽器と交換する、というものである。 交換された人はそれをさらに後の人の楽器と交換し、 その人はさらに後の人の楽器と交換し、と次々に後にバトンタッチして、 最後にその楽器は一番下っぱの所にまわってくるが、 その人は目立たないようにそっと舞台裏に去るのだそうだ。
もっともらしい話だが、本当だろうか…

April 25(Sun.)

三条にチェロの弦を買いに行き、Cafe Riddle で一服して帰る。

昨日書いた、弦が切れた時のバトンタッチは 真実 だったようですね。 室内楽の時はどうするんでしょうね? やっぱり超絶技巧で切りのいい所までしのいで、 その後は自分で交換するしかないかなあ。 ガット弦は張ってから音程が落ちつくまでかなり時間がかかるので (一週間とか二週間とか)、 緊急の交換用にナイロン弦やスチール弦を用意しておくという話を 聞いたことがあります。

今日の読書。「編集室の床に落ちた顔」(キャメロン・マッケイブ)
探偵小説への墓碑銘、と称される黄金期の問題作らしいが、 確かに問題作ではあるなあ。 兎に角、昨今のハイパーモダーン派の手口は新しくも何ともなく、 実はかっての古き良き黄金期の終焉期に既に試しつくされていた、 という私の持論の実例ではあります。 あまりお勧めは出来ませんが、 探偵小説について論評するのが好きな方に限っては読んでおいた方がいいかも。

April 26(Mon.)

午後から BKC へ。ネットワーク関係のミーティングに出て、 その後雑務色々を研究室で片付ける。

猛烈に眠い。 自宅に帰って、夕食を作って食べたら、 睡魔に襲われて3時間ほど眠ってしまった。

クーポン券みたいなのを集めるのが趣味の人っていますよね。 例えば、コーンフレークについてるクーポン券を100点分集めると何かもらえる、 とか。 僕は今までこういったことをしたことはおそらく一度もないのだが、 今集めているものがあります。 それは、、、新潮文庫のキャンペーンで、一冊に一枚ついているマークを 集めると、100冊分で文豪カップ&ソーサーセット(4客分)などがもらえる、 というものです。 漱石、太宰、川端、カフカの四客セット(笑)欲しいでしょ?

April 27(Tues.)

午後から BKC へ。 「数学解析」の講義。 前回の続きで求積法の例を二、三やってから、 線型の場合について微分方程式の解の存在と一意性を証明してみる。 一時間もあれば充分かと思っていたのだが、 逐次近似のコーシー列が収束することを示した所で時間切れ。 一変数に限れば簡単なのだが実際に解けてしまうし、 線型を外すと一変数でも難しくなりそうなので、 多変数線型でやれば手頃かな、と言う狙いだったのだが、 ほとんど明らかな評価でも真面目に示そうと思うとうるさくて、 案外時間をとってしまった。

何かのおりに話題になったのだが、 一般向けの数学の雑誌がいくつかあって、しかも結構売れているのは、 日本だけの現象なのではないか。 例えば、「数学セミナー」「Basic 数学」「数理科学」「数学のたのしみ」 などがあるが、外国にこのような雑誌があるという話はあまり聞かない。 科学分野全般ということなら "Scientific American" などが有名だが、 数学専門の一般誌は一つも知らない。 シリアスな研究雑誌ではないという意味では、 "Mathematical Gazette" や "Recreational Math" などがあるが、 これらもパズル的、ゲーム的なテーマを扱っているというだけで、 論文誌であることには変わりない(ちなみに私はこの両方を愛読している)。 確か、旧ソ連に高校生向けの数学雑誌があったくらいだろうか。 もし日本独自の現象だとすると、 これは数学を High Culture の代表としてよりも、 パズルとして楽しんできた「和算」文化の影響ではないか、 などと言いたくなるところだが、 果たしてどうなのだろう。

April 28(Wed.)

午後から BKC へ。暗号ゼミをやって、その後、確率論ゼミ。

明日から一週間、連休だが、 金曜と日曜に小さなコンサートに行くくらいで他には特に予定なし。 多分、ぼーっとしていると思います。 誰か呑みに行きません? :-)

毎週、「髪結伊三次」を観ている。 橋之助の演技が一人だけ歌舞伎調でアンバランスなのが逆にいい感じ。

April 29(Thurs.)

朝方まで「ねじまき鳥クロニクル」(村上春樹)を読んでいたので、 起床は正午になってしまった。 紅茶を飲んで目を覚ましてから、昼食の仕度をする。 なんとなく村上春樹を読むと、スパゲッティを茹でたくなるらしく、 トマトソースを作って、スパゲッティの昼食。

珈琲を切らしていたので、Cafe Riddle に豆を買いに行く。 三条で CD や、本を買って帰宅。 夕方、チェロを一時間ほど弾く。

「ねじまき鳥」の冒頭で、 主人公がロッシーニのオペラ「泥棒かささぎ」の序曲を聴きながら、 スパゲッティを茹でる、というシーンがある。 スパゲッティを茹でるのにぴったりの曲だと言うのだが、 どうもこのシーンにデジャビュがある。 ある曲の長さがスパゲッティを茹でる時間にピシャリと合っていて、 その曲を口笛で吹きながらスパゲッティを茹でる、 という話をどこかで読んだことがあるのだが、 どうしても出典を思いだせない。 村上春樹の他の小説かエッセイだったような気もするし、 伊丹十三のエッセイだったような気もする。 ひょっとすると翻訳ミステリの主人公かもしれない (R.B.パーカーのスペンサーとか?)。
どなたか御存知ありませんか?


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