1998 April.前期 (Arcana 18)

「秘法十八」に戻る トップページに戻る


April. 1st (Wed.)

正午起床。どうも体調が本調子でない。 昼食を食べてから、BKCへ。

バークレーでのシンポジウムに参加していたH工大のUさんから、 郵便物が来ていた。 中を開けてみるとプレプリントが入っていて、 バークレーで会ったプリンストンの若いポスドクからもらったと言う。 なになに、、"Characterizing Yang-Mills Fields by Stochastic Parallel Transport" 、、、

がびーん

僕が以前から考えていた問題意識に対して、 僕のアプローチとはちょっと違うが、ある意味での解答が与えられていた。 しかも、非常に当然な一番最初に試してみるべき方法によって、 答は得られていた。そこで得られている公式は僕が何度も ノートに書いたことのあるものとほとんど同じだった。 着眼が違うから先を越されたとは思わないが、 どうしてこの当然な方法を試してみなかったのだろうか。 変分を目指しているのに、何故僕は変分をしなかったのだろうか。 まったく謎だ。

でも、自分と同じ問題意識を持っている人がいることがわかって、 ちょっと嬉しい気もした。 何だかつまらない問題に足を捕られているではないか、 と不安になっていたところだったので。
このポスドクの結果は今年中には "Journal of Functional Analysis" に出るらしい。

夜は瀬田で学系の宴会。


April. 2nd (Thurs.)

横浜のO氏、御無事だったようで安心しました。

朝からBKCへ。 情報学系に入学した新入生を前に挨拶。 午後から暇になったので、例のプレプリントの著者にメイルを出し、 その後数学をする。
どうもマリアヴァン解析の物凄く簡単な応用に帰着するような気がしてきた。 もしそうなら、無限次元解析が「使える」例として非常に面白いのだが。

夜は自宅でビールを飲みながら食事。
今日の読書。中編「驕りの樹」(チェスタトン「知り過ぎた男」所収)。 チェスタトンと言えばブラウン神父だが、 他にも同じようなテイストを持った傑作がある。 例えば、スパイ小説の元祖にしてスパイ小説のパロディ、 形而上学的パラドキシカル大傑作の、唯一の長編「木曜の男」。 短編シリーズでは、奇妙な商売を発明した者だけが会員になれる 奇商クラブを巡って起こる奇妙な事件を、発狂して引退した元裁判官 バジル・グラント氏が解決する「奇商クラブ」、 とてつもない逆説を述べては、 それが真実であった奇妙な事件を語る「ポンド氏の逆説」。 狂人達が巻き起こす怪事件を詩人ガブリエルが、 詩人と狂人の論理に従って説明するシリーズ「詩人と狂人たち」 など、どれをとっても奇跡的な傑作なのだが、 ブラウン神父以外はあまり知られていない。 今の新本格にも激しく影響を与えているはずだが、 消費者は常に浅く表層的な二次、三次コピーの方をありがたがるから、 オリジナルソースについてはどうでも良いのだろう。


April. 3rd (Fri.)

午前中は寝床で数学の勉強。一日30分のことすらありますが、 ちゃんと毎日やってます。(誰に言ってるの?)

午後は数学を考える。
やっぱり Malliavin 解析の具体的な問題として興味深い設定が できそうな気がしてきた。どうなるかわからないが、 まず計算をしてみてから悩む方がよかろう。 確率平行移動の確率微分方程式の解(の集合=経路空間の中の部分空間)に ついて、Malliavin の意味での微分と Malliavin 行列などを計算してみる。 一段落ついたので三条に出かけるが、電車の中で考え事をしていたら、 乗り過ごしてしまったので、結局そのまま帰ることにする。

僕は物事を絵とか図形で考えることが多いせいか、 どうしてもイメージが先行する数学の捉え方をしてしまう。 そのこと自体は良いのだが、 イメージで大体理解できるともうそれで良しとしてしまって、 ちゃんとした数学に昇華できないという悪い癖がある。 その上、勉強不足がたたって、きちんと数学にするための「道具立て」 (白井君はこれを「言葉」と適切な表現をしていたが) が頭に入っていないために、最近ますますその悪癖が増長していた。 これは絶対にいかん。駄目駄目だ。 きちんと計算して数学の言葉にしていかないと、 数学にはならない。 数学をする、ということには、ぼんやりと考えるというレベルから、 大体理解する、いくつかの例でからくりを把握する、 狭くてもいいからきちんとした設定で構築してみる、 どこからつつかれてもいいような所にまで纏める、 というような様々なレベルがあるのだが、 その階梯を登り切れないということだ。 大反省の一日。


April. 4th (Sat.) "La Femme de Ma Vie"

夕方から京阪で三条に出て、散歩がてら先斗町、四条通りを歩いて、 今まで京都では見たこともないほどの人出でくらくらしながら、 丸山公園に向かう。(あまりのことに途中、喫茶店で休憩) 八坂神社門前でMさんに迎えに来てもらう。 待っている間に大阪在住の目下絶賛幸福中のDさんが お友達とともに現われ、一緒に花見に合流。

到着するとそこはもう宴の始末であった。 睡眠部、謝罪部、からみ部、号泣部などの部に分かれていたようだが、 「複数入部はやめよう」と御隠居部から忠告しておきたい、、

後の用事があったので、僕は二十時頃には退散したが、 他の方々は大阪に移動し、次の宴の仕度にかかるようだった。

某部長に、この日記で最近某新人作家(?)を攻撃しているのかと 聞かれたが、そんなことないですよ。ホント。 その辺りのことやその他諸事情については、 近い内に祇園で地ビールでも飲みながら語りあいましょう。 花見小路通りの白川沿いの酒所なんてどうでしょ。(飲む気満々かい)


April. 5th (Sun.) "La Femme de Ma Vie"

正午起床。 三時くらいになってようやく遅い昼食を取る。お握りとオムレツ等。
夕方から三条に外出。三条から四条方面に祇園を通って歩いていく。 骨董屋が並ぶ通りで、器を買ったり、 店の人に京焼についてレクチャーを受けたりしている内にすっかり暗くなり、 夜桜を見ながら白川沿いを歩く。

バー "It's Gion 2" にあがって、二階の窓から白川の桜を見る。 このバーは置屋さんも入っている祇園の町屋の中にあり、 個人宅のもののような門と小路をくぐって、 何の印しもないドアを開けなくてはならない、 という京都らしい造りになっているので、いつも人が少なくていい。
その後、逆に三条にあがり、先斗町の中の料理屋で食事。 手作りの豆腐や、さつま揚が美味。 最後はいつもの「我留慕」で飲んでいく。 昨夜、先斗町を通り抜けた時に偶然主人に挨拶したので、 ちょっと寄っていくだけのつもりだったのだが、 主人がすっかり出来あがって大騒ぎモードに入っていて、 結局店が閉まる二時まで長居してしまった。
タクシーで帰宅。


April. 6th (Mon.) "La Femme de Ma Vie"

正午起床。 午後から京大数理研へ。T師匠と院生のK君とゼミ。 今日は僕が最近のことを話した。

夕方友人と待ちあわせて、日仏学館の中の "Le Fujita"でフジタの絵を見ながらお茶を飲んで帰宅。


April. 7th (Tues.)

午前中に起床。BKCへ。午後一で講義だと思っていたのだが、 なんと手違いで、前期の受け持ち講義はないことが判明。 最初からなかったのだが、 あるとばかり思っていたので、急に楽になったようで得した気分。 その代わり後期はまたちょっと忙しそうだが。

暗号理論のゼミをして、その後教授会。

ああ、今日から新学期が始まったなあ、という印象。 京都に来て二年目か、、、

暇を見つけて読み直しているシャーロック・ホームズ全集 (ベアリング・グールド詳注版、ちくま文庫、全10巻+別巻)、 今日でようやく四巻目「恐怖の谷」「黄色い顔」「ギリシャ語通訳」 を読了。 この巻のグールドによる解説は、ワトソン博士の「古傷」とは 一体何処にあったのか、という論説。 しかし、シャーロッキアン(シャーロック・ホームズ研究家) というのは面白い人たちだなあ、、、


April. 8th (Wed.)

午後からBKCへ。 雑務をいくつかかたづけて、残りは必要な論文をコピーしたり、 数学を考えたり。

夜は不定期開催、某MLの「御隠居部」部会のため四条河原町へ。 丸善でもう一人の御隠居部部員(現在部員二名)T君と待ちあわせる。 冗談かと思っていたのだが、東京のO姐さんが急拠新幹線で かけつけて飛び入りの参加。

祇園縄手通りを入り、白川沿いの桜を愛でながら祇園へ。 今日は雨で平日のせいもあり、人もまばらで雨に煙る桜が ぞっとするほど綺麗だった。
まず、居酒屋で食事とビールをいただきながら、 目下渦中の人として大活躍中のO姐さんの話を聞いたりして、 御隠居部の部活動をする。(隠居の身として、現在活躍中の人々の 動向を拝聴し、無責任に論評するのが主な活動である)。 その他は、T君と盆栽や硯についてなど、御隠居らしい趣味の情報を交換。 お腹も一杯になったので、祇園のバー "It's" に移動中に、 金沢のKさんよりT君のPHSに入電。ご挨拶など。

置屋などと隣りあう町屋の中にある "It's" では、 川に面した広い窓から真近に桜を愛でながら呑む。 Kさん以外にも次々とO姐さん、T君のPHSに入電。 この二人の動向を気にしている人がたくさんいるのであろう。 O姐さんを御隠居部に勧誘してみるが、 やはりまだまだ一花も二花も咲かせたいそうで、 しばらく東京最前線で活躍が見られることであろう。

夜も遅くなってしまったので、T君は僕の山科亭にお泊めすることに。 O姐さんは河原町にホテルを既に確保、とのこと。


April. 9th (Thurs.)

朝八時くらいにT君は学校に向かったようだ。 僕はもっと遅く十時くらいに起床。ちょっと雑務をやっている内に、 T君から連絡があり、お昼ごはんをT君、O姐さんと三人で 三条の高瀬川沿いのお好み焼き屋で一緒に食べる。

その後、イノダ本店に移動し、 三人でぼうっと他愛もない雑談をしながら、お茶を飲む。 今後の目標は御隠居部の拡大か。

僕は夕方から用事があって京大に向かったが、 あと二人は京都の町中へと消えていった。
京大では偶然、白井君がゼミに来ているのに出会い、 T師匠の部屋でのゼミに参加してから、一緒に食事。 白井君とはさらに百万遍にあるバー "kasuba" でしばらく飲む。 白井君には最近出来上がった話の論文のコピーをもらい、 僕も仕事をせねば、という決意の糧とする。

今学期は幸運にも講義はないから、 ここで一仕事しておきたいものだ。 というか、ここで何もしないと数学者として潰れていくかもな、、、 この半期で質はともかく、絶対に一仕事します。 と、おおやけの場で誓っておこう。


April. 10th (Fri.)

午前中はいつもの通り、数学の勉強。 McKean の "Stochastic Integral" 。 疲れがたまっているのだろうか、 その後十三時くらいまで仮眠をしてしまった。

午後はBKCへ。 学系会議の後、新任の先生の歓迎会を山科の料亭で。
この店は山科の山の中にあり、 東京で言えば根津美術館のような素晴しい庭を持っている料亭で、 まず抹茶を一服たててもらい、 そのあと食事をするような結構ご大層な所でありながら、 女将も親切な可愛いらしい人で楽しい時間が過ごせた。
その後、山科の居酒屋で二次会があり、徒歩で帰宅。 毎回、山科で飲んでくれれば徒歩1分で帰れて嬉しいのだが。

いや、まったく京都ってこういう店がすぐそこにあるのが、 いいですよねえ、、 どうですか、あなたも京都で御隠居部に入部しては?

家に帰ると、東山税務署から追徴金の報せ(泣)。 貧しい一市民からまだむしり取りますか、、、


冒頭へ戻る
「秘法十八」に戻る