1998 April.後期 (Arcana 18)

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April 19th (Sun.)

約十日間の休暇をいただきました。 今日からまた再開します。

今日の読書。ニコラ・グリフィスの「スロー・リバー」。
この一年間で読んだSF小説(あまり読んでないが)の中でベスト。 この作品はネビュラ賞と二度目のラムダ賞を受賞。 第一長編 "Ammonite"(未訳)はラムダ賞とティプトリー賞を受賞している。 ネビュラ賞はSFの文学賞だが、他の二つの賞は知らない人も多いと思う。 ラムダ賞は同性愛をテーマにした文学の年間最優秀作品に与えられる賞で、 ティプトリー賞はジェンダーをテーマにしたSFまたはファンタジイ文学に 与えられる。
まあそういう権威づけはおいておいても、この作品は傑作。 SFであり、クィアー文学であり、サスペンスミステリで、 ある少女のビルディングスロマンでもある。 ジャンル分けは出来ないが、猛烈に面白くて、切なくて、一気に読める。 全てを奪われた少女が、自分の力だけで、 いかに自分の場所を見つけ、いかに周囲の理解を得て、いかに伴侶を見つけ、 いかにして人生を行き抜いていくか、という根源的な問題が、 近未来のイギリスの汚水処理技術やCF詐欺といった ハードな設定の中で語られていく。
主人公のローアとそれを最初に救うクラッカーのスパナーとの、 出会いと犯罪社会での共同生活とその別れが壮絶で悲しくて美しい。

ニコラ本人も同性愛者だが、ゲイの良識を疑ってはいけない。


April 20th (Mon.)

午前中は今日のゼミの準備。 昼食を食べていると、某A社からファックス。 僕の提案しているシステムの特許申請の明細について。 ざっと目を通して、コメントを返す。

午後は京大数理研でゼミ。 自分の問題の計算はあまり進まなかったので、 某論文を紹介。磁場のある領域での荷電量子の運動の、 large volume 展開について。 今日話した所はかなり一般的で明らかな枠組での話だったので、 あまりおもしろくなかったかもしれない。 小林君も論文の紹介をして、夕方終了。

夜は草津で研究室の宴会。帰宅は10時頃。 うーむ。もう一年、先生やってるのに、知らない人ばっかりだぞ。 「はら先生はM2(修士課程二年生)だと思ってました」 という人までいて脱力。 もうちょっと学校に行って、学生に顔を見せておこう。

今日の読書。「迷路のなかで」(ロブ=グリエ)。
今の若いものはロブ=グリエも知らん、とぼやいていたのは誰だったっけ。 そもそも翻訳も絶版ぞろいだが。 ロブ=グリエは普通の人には、映画「去年マリエンバードで」を レネと合作した人、と言った方が通りが良いかもしれない、 ヌーボーロマンの騎手だが、まあ知られてなくてもしょうがない。 と言うのも、一時無意味に持ちあげられた時期があったからで、 そういう時期があったものの未来は暗い。 多分、小説を書くという小説、 などと言ったポストモダン風の誤読をされたためだと思うが、 やっぱりこの人は凄く偉いと思う。 どう凄く偉いのかは、「迷路のなかで」を読んで下さい。 講談社文芸文庫から今、出てます。


April 21th (Tues.)

午後からBKCへ。 暗号ゼミ。今日は簡単なクリプトアナリシス、すなわち 暗号破りの方法。

最近、夜の眠りが浅いせいもあって、 日中にひどく眠い。春眠暁を覚えず、で春のせいだろうか。 どうも能率が落ちてこまる。

あまり事件もないので、私の秘やかな愛読書の話。
昭和60年に角川文庫で出版された 「読書の快楽」(ぼくらはカルチャー探偵団・編)である。 こういう本を紹介するのはちょっと恥ずかしいのだが、 本当に愛読しているので。 この本は一言で言うとブックガイドで、 18人の「その筋のひと」が自分の趣くままに「その筋の本」 を何十冊かずつ紹介するというものだ。 こういった本は結構出ているのだが、この本は人選が凄い。 浅田彰(ノンジャンル)、畑中佳樹(SF)、高橋克彦(ミステリ)、 池澤夏樹(冒険小説)、川本三郎(ラブロマン海外篇)、 関井光男(ラブロマン国内篇)、澁澤龍彦(ポルノ)、 中沢新一(思想書)、鈴木明(ノンフィクション)、 高橋源一郎(少女マンガ)、天澤退二郎(ファンタジー)、 蓮實重彦(映画の本)、伊藤俊治(写真集)、 黒田恭一(音楽書)、高橋康也(演劇書)、荻昌宏(食の本)、 吉本隆明(ノンジャンル)、安原顕(ノンジャンル)、 の総勢18人だが、この人選の「あざとさ」ったらない。 この本を初めて読んだのは高校生のころだが、 例えば中沢新一のアジテーションの巧さに、 思わず本屋に走ってスピノザの「エティカ」を買ったほどだ。

この本は本当に面白いから、人にあまり言いたくはなかったのだが、 今日は日頃のご愛顧にお応えして大サービス(どこが?)。 人生を変えた一冊というと、 哲学書とか古典文学とかを挙げるのが格好いいのだろうが、 僕の場合は情けないことにこのブックガイド、 しかも文庫本、である。


April 22th (Wed.)

突然だが、チェロを買った。
理由は複雑であまりおおやけに出来る筋のものではないが、 大体の筋道を言うと、 ある物を処分する必要があり、その結果かなりの大金が入ることになり、 それから収入を得るのも嫌なので、それに相当する消費をしたかったと同時に、 別の理由から毎日30分づつ程暇つぶしがしたかったので、 楽器を買ったのである。 特にチェロにしたのは、 ポルノ作家山口椿氏の縁もあってチェロが好きだったのと、 チェロは三十歳からでも習えると数学者のU先生が最近、 練習記をエッセイに書いていたから、 というような些細な理由であまり意味はない。

僕は楽譜もろくに読めないのだが、 まあ老人になる頃にはトロイメライの一曲も奏けるように なっているだろうか。 しかし楽器というものは綺麗なものだ。 今日は弓の毛に松脂を塗ったり、開放弦を一通り鳴らしたりして、 夜を過ごす。

深夜は preprint の作成。 海の向こうの例の研究者は、 僕に送ってくれると言っていた note に間違いを発見したらしく、 訂正の計算中とのメイルをくれた。 僕の preprint 脱稿とどっちが早いだろうか。


April 23th (Thurs.)

9:30 起床。お茶をいれて飲む。

10:00 弓に松脂を塗る。調律。自分では耳が良いと思っていたのだが、 調律があっているのか良く分からない。 自分には合っていると思われる所で妥協して、 テンポを変えながら開放弦を鳴らす練習。 アップボウ、ダウンボウ、アップボウ、ダウンボウ、、、 30分ほど練習して、弓を緩めチェロを拭く。練習おわり。 メトロノームも買ってこないと駄目みたいだ。 テンポがどんどんずれてくる。

11:00 線型代数の勉強。

12:00 食事を作る。しばづけと味噌汁と、鷄のもも肉を焼いたものなど。

14:00 洗濯と掃除。

15:00 三条に出て、楽器屋でメトロノームを購入。 Cafe Riddle で読書をしたり、計算したり。

21:00 山科に帰宅。 チェスタトン「ポンド氏の逆説」を再読しながら、カザルスを聞く。 こんな風に奏けることは一生ないだろうが。
深夜、なにをするかは未決定。


April 24th (Fri.)

午前九時起床。弓の毛に松脂を塗り、少しボウイングを練習し、 弓を緩め、チェロを拭く。チェロの練習終わり。
それから、線型代数の復習を少し。
朝昼御飯は卵、海苔、味噌汁。

午後からBKCへ。研究室で前回のゼミで出題した宿題を、 自分でもやっておく。 簡単な古典的暗号を自分の出来る言語で実装してきなさい、 という宿題。
夕方から学系会議。

夜は妹と三条の「電気食堂」で一緒に飲む。
あいかわらず冴えない毎日を淡々と過ごしているようだった。 同族嫌悪というか、妹を見ていると、 自分の中にもある嫌な部分だけを見せられているようで、 ちょっと苦しいところがあるのだが、 本質的には似た遺伝子を揃いで持っているせいか、 やはり楽しいこともある。
僕は明日から京都を離れるが、妹が留守番をしてくれるそうだ。


April 25th (Sat.) - 29th (Wed.)

連休中につき、おおまかな日記、というか覚え書き。

以下はおおまかな日記。基本形は朝、チェロの練習30分、 数学の勉強一時間、午後は家事と読書、夜は下北沢のあちこちに出没か、 家で読書したり勉強したり。

二十五日(土) 東京に移動。
二十六日(日) 夜に偶然ばったり、天才プログラマK氏と関東一キュートなYちゃんに 下北沢の路上で出会った。いいなあ、、、(なにが?)
二十七日(月) 上記の基本通りの一日。
二十八日(火) 午後から友人に付き合って青山あたりをぶらぶらする。 夜、EX-Lounge 内の「樓雲記」で食事して帰る。
二十九日(水) 上記の基本形通りの一日。


April 30th (Thurs.)

朝はチェロを練習した後、数学をする。 今日は何故か気が向いたので、朝っぱらから自分の問題を考えた。 進展は特になし。

午後から久しぶりに駒場へ。僕が学部二年、大学院五年の 計七年を過ごした四号館が消滅していて、しばし感慨にふける。
駒場寮は法的にはずっと以前に無くなっているはずだが、 未だに新寮生募集をしていてちょっと安心した。 がんばってくれ、駒寮。 しかし、「カヒミ・カリイもビデオを撮りに来たお洒落な駒寮」 といった宣伝はどうだろう。 「君も革マルと一緒に警察無線をデコードしないか?」 くらいの方がキャッチーだと思うが。

新しい数理科学科の院生室にいるとPHSに入電。 某所に直行して、ちょっとしたアドバイスのお仕事。


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