1998 Dec. 中期 (Arcana 18)

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過去のお言葉

Dec. 13th (Sun.)

午前中はチェロの練習、午後は三条に出て Cafe Riddle で 本を読んだり。夜は翻訳の仕事など。

クルーグマンを読んでいて思ったこと。
専門家にとっては初歩の初歩ですごーく当たり前のことなのだが、 一般の人にとってはそれを理解するのに大きな障害があることがある。

例えば、国の経済の問題を考えるときに、つい会社や企業のような オープンなシステムと同列に考えてしまう、という誤ちである。 特に最近の風潮では 「国家間の貿易競争力が、国内の景気の決定的な要因となる」 などと良く言うが、クルーグマンによれば、 正しくマクロ経済を考えれば何の根拠もない。

例えば、もっと簡単な誤ちの一例だが、 「人件費が安く、技術力が高まりつつある低賃金国に、 先進国がどんどん投資をして、安くて良い商品がどんどん作れて、 低賃金国は貿易黒字になる一方、資本流出が起こった先進国では赤字になる」 などと聞くのだが、なるほどその通り、とつい思ってしまう。
生産性が上がることからくる負のフィードバック がまるで想像できていないところが間違いの原因だが、 それ以前にマクロ経済学の初歩の初歩、おそらく教科書の 最初から10ページあたりで学ぶ会計恒等式 「輸出−輸入=貯蓄−投資」にまず違反している。 実際は投資が集まれば、貿易赤字になるはずである。 現象としては、多額の投資によって、低賃金国の生産性が上がり、 それに比例して賃金と物価も上昇、巨額の貿易黒字を出すことは不可能となり、 結果として流入した投資を丁度キャンセルする分だけの貿易赤字を計上する。

結構、世の中の経済評論家達が(しかも凄く影響力のある人たちが)、 基本的な経済学事実について明白に間違っている意見を堂々と主張していて、 状況を(経済学の真理の結果、当然のように)一層悪くしている、 ということがわかって、楽しいような、空しいような。
あ、それからもう一つ思うのは、 教養課程でもっと真面目に勉強しておけば良かったなあ。 実は中学から大学教養課程くらいまでで、 すっごくパワフルなことを一杯習ってるんだよね、 本当は。

Dec. 14th (Mon.)

午後からBKCへ。先週にたまった雑務を次々と片付ける。 夜は草津で研究室の忘年会。

What's WEB?
一般には CSS ってあんまり評判良くないみたいね。 どうしてなんだろう。理想のわりには表現力がない? 確かに。でも問題はそういうことじゃない。 HTML はそもそもルックスを決めるものじゃないんだから。

案外、気付かれてないことなんだけど、 大事なことは君達が作った HTML の文書を最初に読むのは、 人間様じゃないってことね。 最初に読むのは、君が見ているブラウザだったり、 ロボット(自動プログラム)だったりするわけさ。そのブラウザや、 ロボットが HTML ファイルを読んで、自分なりに解釈して君に見せてくれたり、 情報をまとめてくれたりするんだろ? ここが見出しだってマークされてれば、そこを見出しらしく見せたり、 見出しだと思って情報を整理する。 ここは引用だってマークされてれば、引用らしく見せたり、 引用だと思って情報を整理する。 つまり大事なのは、HTML はその文書の「構造」を表現する、ってことね。 要はその文書のどこが題名なのか、どこが第一見出しで、どこがキーワードで、 どこが段落で、どこが著者のアドレスなのか、であって、 それを「どんなルックスで見せるか」じゃない。 我々や、機械や、ソフトウェアがその構造を理解して初めて、 それをデータとして適切に上手に利用できるようになる。 この滅茶苦茶にカオスなインターネットが、データの宝庫として 「使える」かどうかは、HTML がきちんと構造を表現できているか、 どうかがポイントなんだ。

もちろん、その後は人間様が見る。 デザインがだっさいなあ、とか、このでこぼこはよしてくれよ、 とか思う。 でも、それが本当に一番大事なことかい? 君達はブラウザで何をしたい?何を見たい?何を楽しみたい? 僕達はインターネットで情報を探し、情報と遊ぶ。 あるべきところに情報が整理されてあることが、一番大事なことだ。 情報は別の情報にリンクされてる。情報と情報が織物(WEB)のように からまってる。 僕らはその網目をクロールするんだ。 でも、でたらめにじゃない。大事なのは構造だ。

だから、HTML の第一目的は文書の構造のマークアップだってことね。 それをどう見せるか、とは全く別の問題なんだ。 もちろん綺麗に魅力的に見せる、ってことはとても大事だね。 それはそうだ。でも、 それと構造のマークアップとをごちゃごちゃに混同することはいいことかい? 大事だけど、構造指定とは、また別の、問題なんだ。

企業の WEB サイトってかなりヒドいよね。 その企業について何か知りたくなって、そのサイトを訪れても、 途方に暮れるだけだったりする。 それはその企業が何を伝えたいのかが分かってないから? もっとずばり言って、企業がバカだから? それは違う。企業や会社ってのは、意外にも思いの外、賢いもんだ。 何故あんなにヒドイかって言うと、企業が 「本当は今のところ WEB サイトなんかどうでもいい」って馬鹿にしてるからなんだ。 そして困ったことに、それは本当なんだね。 企業が30秒のコマーシャルを打つためにどれくらいのコストを払ってると思う? あまり読まれていない雑誌に小さな広告を載せるためどれくらいコストを かけていると思う? 現状では一般企業にとって WEB サイトなんて本当にどうでもいい。 目に見えるような何の利益も上がってない。 だから、実は WEB 製作代行とか何とかネット構築なんて今のところ本当に、 企業のたかが数百万程度の捨て金で成立してるんだ。 いやビジネスとしては全く成立してない。

でも僕の本当の気持では、インターネットは凄く可能性のあるメディア になりうる思う。 ただし今の所はメディアとすら思われてないし、実際にそうじゃないけど。 この現状は誰のせいか、って言うと、やっぱり技術者や、WEB 屋 なんて言ってる人達がなーんにも分かってないからだね。 企業のために WEB サイトをデザインするってことは、 実際はその企業の全てをデザインするといっても過言ではない。 デザインってのは、綺麗な絵を見せることじゃない(それも大事だけど)。 企業から CM の製作を発注された時と、少なくとも同じレベルのことを、 (本当ははるかそれ以上のことを)、 WEB サイト製作者はしなくちゃいけないんだけど、 それをちゃんと企業に説明して、企業を啓蒙して、一緒に一つの サイトとその未来を「デザイン」しているのかな? そうしようとしているのかな?

本当は WEB には凄いパワーと可能性があると思う。 でもそれは全然発揮されてない。 それがただの可能性になるか、実現されるかどうかは、 インターネット上にある文書において、 「情報の構造」ということがきちんと認識されるかどうか、 というちっぽけなことにかかっていると僕は思う。 かなりおおげさだけど、ね。 君はどう思う?

Dec. 15th (Tues.)

朝から会議。休み時間ゼロで留学生に行列の対角化を教え、 さらに休み時間ゼロでゼミ。卒業研究について打ち合わせ。 教授会までの時間の30分の隙間を利用して、 某A社関係の java ソースを読む。アルゴリズムの正しさは理解できたが、 どこがバグなのかその場では分からず。 さらに教授会。今年最後で、やたらに議事が山盛り。 3時間に及ぶ会議にぐったり。 ふらふらになりながら、自宅に帰る。 夜はフーリエ解析の問題集の翻訳。

昨日の日記で HTML について書いたことで、 やたらに反響があった。
大体において、「理想論としては一理あるが、現実的問題には全くそぐわない」 という意見がほとんどだった。 全くおっしゃる通りです。 僕としては、情報の構造指定がとっても重要、とアジりたかっただけなので、 世間知らずの夢想家の言うことと勘弁してやって下さい。 もちろん現場のハッカー達が複雑な制約が一杯ある現実の問題に対して、 自らの技量の最善を尽して対処していることは知っています。

でも現実的センスあふれる現場の現実的意見を僕が言ってもねえ?(笑)

Dec. 16th (Wed.)

午前、午後で今年最後の演習を二つ終え、 夜は大学のネットワーク管理グループの忘年会。 今年は問題が結構あったが、あんまりネットワークがらみの 泥くさい話題が出なかったのは、 やはり誰も思い出したくない、と思っているのだろうか。

明日も朝から奈良の谷口シンポジウムに参加のため、早起き。 おやすみなさいませ。

Dec. 17th (Thurs.)

早起きして、京都駅を系由して奈良へ。 今回が最後となる谷口シンポジウムに参加のため。 午前中は S. Mori(森重文)と G.Lusztig の講演。 兎に角、現代を代表する大数学者ばかりの講演なので、 まあ偉人の顔を見ておくという意味があるか、と思っての参加。

午後はエクスカージョン用のため、講演はなし。 N 大の M 先生、C 先生らと共に、確率論の大御所 S.S.R.Varadhan を接待。 丁度、奈良で開催されている「おん祭」を見たり、 博物館にいったり。 夜は、同じく P. Malliavin を接待(しながら五分毎に数学の研究をしていたという) していた K 大 の T 先生と、 N 大の M 先生と三人で夕食。

ふらふらなので、寝ます。おやすみなさい。

Dec. 18th (Fri.)

この土日も休みはなさそうなので、 谷口シンポジウムを休み、 家で仕事を色々と片付ける。

谷口シンポジウムの谷口、というのは何かというと、 「谷口財団」という財団である。 何でも故谷口氏というのが傑物だったらしく、 奇特なことに日本の学問の発展のために財団を作り、 「谷口」の名のもとにたくさんのシンポジウムが行なわれてきた。 なんでも谷口氏は京大の秋月先生と三高での同級生だったとかで、 秋月先生が数学者になってから、「国際シンポやりたいのだが、 少しでいいから貸してくれないか」、と頼んだことから始まったという。 それから他の学問分野も視野に入れて援助するために、 私財を投げうって財団を設立したとのこと。

谷口氏は確か先代が紡績関係で築いた莫大な資産を受け継いだとかで、 その全くの個人資産を投じて谷口財団を設立したのであって、 特に企業や会社がお金を出しているわけではない。 つまり谷口氏本人の趣味だったのである。 シンポジウムがあるとその報告書を代表者が谷口氏のところに 持っていくのだが、報告書などはそっちのけで、 パーティやエクスカージョンの写真アルバムを見るのを 楽しみにしていらっしゃったと聞く。

その谷口シンポジウムも今回が最後である。
谷口氏が亡くなった時点で終了の予定だったらしいが、 今回まで続くことになった。 お金が余って使い切れなかったのが延長の理由だと言う人もいるが、 やはり谷口シンポジウムがなくなるのを惜しむ声が大きかったからでもあると思う。 谷口氏本人は、自分とともに財団も解散となることを望んでいたらしい。 これは自分の趣味でやっていることで、子孫に負担を残したくない、 との意志であったという。

Dec. 19th (Sat.)

朝から奈良で開催中の谷口シンポジウムへ。
今日の講演者は A.Ocneanu, S.Kusuoka(楠岡), S.Bloch, H.Arai(荒井)。 プレプリントをもらっていた楠岡先生の話以外はさっぱり分からず。 楠岡先生の話もあんまり分からなかったが。 休憩中に、ネット関係で知り合った○くあさんに声をかけられる。 KS 大の助教授をされていて、ネットワーク関係の他、 数学ではカテゴリー論が専門だそうで、数学のことなど雑談。 解析屋の僕としては、カテゴリー論というと「層」とか「圏」とかの 超抽象的概念と怪物グロタンディークを思いだして、 なんだかおっかない分野、としか意識していなかったが、 御本人は「いやー、そんな難しい話じゃないです」 とかひょうひょうと話されていた。

夜は偉い人達はパーティだそうなので、 今日は家にまっすぐ帰ろうと思っていたのだが、 T 師匠がロビーで飲みに行きたそうにしていたので (パーティはさぼりらしい)、 白井君や、K 大の S さん、N 大の O さん、など数人で食事に行く。 中華料理屋で食事したあと、さらに居酒屋に飲みにいって、 九時頃解散。

京都行きの近鉄電車の中で、T 師匠と二人になり、 この一月からアカデミックポストに カムバックを果たし、阪大で助教授になる兄弟子 S さんの歓迎会を しなきゃいけないですね、などという話になったのだが、その後、 T 師匠が
「僕の方針でもあったから、みんなそれぞれ色んなことやってるけど、 なんとか育ってくれたよね、、、」
と、しみじみとつぶやいておられました。 やっぱり S さんのことがよほど嬉しかったのだな、と思ったとともに、 あの恐いばかりだった T 師匠からこんな言葉を聞くようになったのか、 と感じて、 いつの間にやら学生だった自分が遠い過去のように思えて、 少しだけ寂しいような嬉しいような複雑な気持がしたことであった。

Dec. 20th (Sun.)

朝から谷口シンポジウム。 今日は最終日で午前のみ。講演者は Y.Giga(儀我)と S.S.R.Varadhan。 今日は確率論の話だったので、流石にちょっとは話が分かった。 終了後、白井君と奈良で食事をして、京都に戻ってくる。 白井君は明日からの京大でのサテライト・シンポジウムのための 宿泊先を確保したあと、一緒に京都駅で珈琲を飲んで別れる。 白井君は明日の講演者なので、準備をするのだろう。 明日からは京大でまたシンポジウム。 今年はちょっとシンポあり過ぎ。

夜は翻訳の仕事。最悪でも今年中に仕上げなければ…
くたくたです。寝ます。


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