1999 Feb. 中期 (Arcana 18)

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過去のお言葉

Feb. 11th (Thurs.)

台風の目のような休日。 悲しいことに目覚し時計をかけていないのに朝七時に目が覚めてしまったが、 ゆっくり昼まで二度寝した。 今日の京都は雪だったので外出はせず、午後は掃除。 白井君に借りてもらった本は見つからず。やっぱり学校か。

今日の読書。「ランチタイムの経済学」(ランズバーグ)。
著者はもと数学者だったのだが、 奥さんが経済学者だったせいか経済学に転身、 しかしこちらの方面ではあまりぱっとせず、 大学で学部向けの講義なんかをしているそうである。 そのせいか、経済学に対してちょっと斜に構えたような面白さがある。 原題は "The Armchair Economist"、つまり「安楽椅子経済学者」で、 その雰囲気が出ていると思う。 内容については、邦題がなかなか巧く表していて、 この著者が経済学部の先生達と毎日昼御飯を一緒に食べるときに話題として出た、 気楽なちょっとした(しかし本質的に深い)問題について の議論がもとになっている。 学者というのはこういう遊びが大好きで、その感じはよく分かる。

例えば、「ストーンズのチケットはなぜ売り切れるのか?」 ロックコンサートなどでチケット発売前の夜から大行列を作ったあげく あっと言う間に完売したとか、 電話販売では発売直後瞬時に完売したとかいう話をよく聞くが、 良く考えるとこれは変ではないか、と経済学者は言う。 それならばチケットの値段はもっと高く出来るはずだからである。 値段が高くなれば、行列も短かくなるが、まだチケットは完売するだろう。 需要が大幅過多なのに何故チケットの値段は上がらないのか? 二つほど解答例が出ているが、どちらも完全には納得しがたいもので、 なかなか難しい問題らしい。

Feb. 12th (Fri.)

朝から入試採点。午後から雪が降り始める。 入試採点って色々と事件があるものだなあ…

探していた本は研究室で発見。ほっとした。

朝から夕方まで採点の毎日なので、チェロを練習する時間がない。 結局、家に帰ってきてから、御近所の迷惑を気にしながら、 五度重音で調弦した後、ロングトーンとスケールを弾いて、 と練習曲を二つ三つあわててさらっている。

さて、弦楽器の調弦の仕方は色々あるのだが、 演奏家が一番普通に用いるのは五度重音で合わせる方法である。 ヴァイオリン族の調弦は隣りあっている弦が五度ずつ離れている。 五度は振動数の比が2対3なので、 その重音は非常に綺麗な特別な和音である。 だから、隣りあう弦を一緒に弾くだけで調弦できる。 演奏家の耳にとって五度重音は「明らかに際だって特徴的な音」であり、 弦楽器演奏家にとって濁りのない重音を弾くことは「基本中の基本」なので、 これが出来るのはあたり前なのである。 のはずなのであるが、 しかしこれがなかなかどうして、僕にはとても難しく、 かなりの集中を必要とする。 最初はまるで出来なかったのだから、 この年になっても訓練で進歩するようだが、道は遠い。 そう思いつつ毎日、五度の響きに耳を澄ませているのである。

Feb. 13th (Sat.) - 14th (Sun.)

入試採点最終日。得点加算の最終チェックで夕方までかかって終了。 色々あったが、兎に角終わって良かった良かった。 というわけで、夜は草津で毎年恒例の入試採点終了の宴会。 今回は数論の大家 D 先生、われらが I 御大の二人が退官、 助手の K さんの任期終了も兼ねての宴会となった。

一次会終了後、三々五々二次会へと繰り出していくもの、 帰宅するものと別れる。 僕は同じく講師の A 君と二人で D 先生の慰労に祇園まで付き合う。

極たまーにホステスさんが横に座るような所に行くはめになるのだが、 どうも好きになれない。僕はお酒そのものが好きだし、 その好きなお酒を飲みながら、 気心の知れた人と他愛のない話をしたりするのが好きなので、 あまり良く知らない人の相手をするのが疲れるのだ。 もちろん、ホステスさんが相手をして「くれている」のだが、 こっちが接待しているような気持になってくる。 特に僕は年寄臭く見えるのか、 扱い難い人と思われるのか、 自分が若い女の子が苦手なせいか、 いつの間にか女主人の相手をしていることが多い (いや、相手をしてくれているのだ)。 他の人たちが女の子達と嬌声を上げて騒いでいる時に、 僕は主人と「長襦袢の袖も凝ってますねえ」とか、 娘さんの人生相談とか、そういう神気臭い話をしているわけである。 何か損しているような気がする。 だからと言って、じゃあ好きにしろと任されても、 結局同じことになりそうなので、 つまりはホステスのいるような酒場には、 僕のしたいことはないのである。 出来ることなら酒は静かに飲みたいものです。

明日から名古屋に出張。次回更新は火曜の夜です。

Feb. 15th (Mon.) - 16th (Tues.)

チェロのレッスンを受けてから、名古屋に出張。 名古屋大学のセミナーに参加し一泊。 火曜は私的なセミナーの感じで色々勉強させていただく。 火曜の夜に新幹線で帰宅。二日間とも夜はかなり飲んだが、 数学の意味でなかなか刺激的でよい二日間であった。

チェロのレッスンの時に、ガット弦を勧められた。 僕の先生の U さんはバロックや古楽器が好きらしく、 ガット弦の柔らかい音を好むようだ。

ヴァイオリン族の弦には大きく分けて、ガット弦とスチール弦がある。 ガットは羊などの腸で作ったものであり、スチールは言葉通り金属製である。 チェロは特に張力が強いので、ガットでは脆弱すぎる面があって、 ヴァイオリンに比べてスチール弦が多く用いられる傾向にある。 ガット弦と言っても、 ガットをコアにしてその周りを金属で巻いたものが良く使われている。 ガットコアは反応が良く、柔らかく、複雑な音色を持つ一方で、 痛み易く、不安定で調弦が難しい。 スチールは音が大きく、音色がいささか単純ながら発声が確かで、 ピッチも安定しており調弦が易しく長持ちする。 どちらが良いというのではなく、どちらを使用するかは本人の好み次第である。 単にガットの音がより良い音だということではなく、 ガットの音のなにかをひっかくような響きが耳触りに感じる人もいれば、 美しいと感じる人もあり、 逆にスチール弦の音を明解で美しい音色として好む人もいれば、 機械的、金属的として嫌う人もいる。 僕は人の弾くのを聴いている分にはそれぞれに良い音だと思うので、 どちらでもよいのだが、 ちょっと試しに低い弦をガットにしてみようかと思っている。

Feb. 17th (Wed.)

今日は卒業研究論文の提出日なので、ちょっと心配していたのだが、 僕の学生達は一応は提出してくれたらしく、一安心。

どうも一泊とは言え、出張帰りの次の日は体調が悪い。 これって年のせい?

昨日、名古屋大学に行って驚いたこと。 なんと大学構内にマクドナルドがあった。 普通の大学の建物の一階にマクドナルドが入っているのだ。 まあ法律で決まっているわけでもないだろうから、 きっといいのだと思うが、意表を突かれたというか、やはり驚いた。 こういう外部の競争者がいるせいか、 大学の食堂も大変綺麗だった。

私が学生時代を過ごした駒場キャンパスは、 全国の大学でおそらく最悪の食事環境にあった。 今も同じなので今も最低だと思う。 大学院生のころからあちこちの大学に研究会などで出かけたが、 どこに行っても「いい食堂だなあ」と感心しなかったことはない。 本郷はずっとましだったと思うが、 駒場の生協食堂はこれはあまりにひどすぎるのではないか、 と頭を抱えこむような状況である。 しかも安くない。 何故なのだろうか。大学構内に競争者がいない独占状態だから、 という説があったが、上で書いた名古屋大学は別にして、 普通の大学でも競争者はいないのだから条件は同じである。 また一説によれば、 消費税導入がきっかけでスパイラル的に状況悪化の 連鎖反応が起こったのではないか、とも言うのだが、 僕の記憶ではその前からひどかった。 昔からこれは経済学上の難問だと思っていたのだが、 文化的な問題なのであろうか。 確かに今から思えば、「マヨネーズバーガー」の味が懐しくなくもない。 「カルト定食」だってちょっと懐しいような気がしないでもない(?)。 マクドナルドが大学構内にあることの方が貧しいことなのかもしれないし… 一高の寮食はどうだったのだろうなあ。
名古屋大の話から随分長々と書いてしまったが、 食い物の恨みは恐しい、という次第だから、御勘弁願いたい。

Feb. 18th (Thurs.)

らじ師匠は乱歩を完全読破したのか…(尊敬)。 やっぱり師匠と呼ばせて下さい。 名大構内にあると言うパン屋の「パンだがや」、次回探してみます。

教科書ってのはつまらないものと相場が決まっているが、 真に優れた教科書や入門書には、その分野の内容を越えた 非常に深い英知を備えている場合がある。 そういう教科書は大抵、親切で易しく、読んで楽しい。 そんな教科書の一つに、 「ヴァイオリン演奏の技法」(カール・フレッシュ)がある。 僕は別にヴァイオリンを弾くわけではないが、この本は本当に面白い。 伊丹十三がこの本と出逢っただけでもヴァイオリンをやって良かった、 とまで絶賛していたので本屋で立読みしてみたところ、 あまりにも面白いので、 その場で上下巻の巨大なハードカヴァーを購入したのである。

思うに専門書というか、既に専門家向きの教科書というのは ある意味書きやすいものだ。 むしろ難しいのは入門書である。 その分野に初めて挑戦しようという入門者に向けて書く本が 一番難しい。しかも影響は一番大きい。 本当に良い教科書、入門書はその道の専門家になった後でも 手元におかれ何度も愛読、参照される。 その分野ではない人にも楽しみを与える。 個人的な見解かもしれないが、日本にはそんな教科書があまりに少ない。 優れた教科書が現れるには、 その分野に相当の蓄積と厚みが必要なので、 それだけの文化を蓄えた分野が日本にはまだ少ない、と言うことだろうか。

Feb. 19th (Fri.)

BKC へ。色々と会議。

僕はもともと座る姿勢が凄く悪いのだが、 そのせいか最近背中に痛みを感じる。 最近は出来るだけ気をつけて、まっすぐに座っている。 背中が痛むのは内蔵に重要疾患がある場合もあるそうだが…

教科書の思い出話。 僕が初めて読んだ数学の本は、 というのは受験数学ではなく本物の数学という意味だが、 「解析概論」(高木貞治)だった。 たしか高校一年の時だったと思う。 難しい本を読んで、いきがってみたいお年頃だったのだろう。 高木貞治は類体論という理論で有名な日本初の国際的大数学者で、 現代日本数学の始祖といっても良い大昔の大先生である。 「解析概論」はその高木先生による解析学への入門書で、 微分積分学、複素関数論、ルベーグ積分論などを含みながら、 意外なほどの薄さで要領よくまとまっている。 正直に言って昔はあんまり分からなかった。 しかし、 この本は「実数とは何か」ということを定義することから始まっていて、 そんな当たり前のことから作っていくものなのかという素朴な驚きと、 それが意外なほど難しいことへの新鮮な驚きを今も覚えている。 大学に入ってからは、もっとモダーンな教科書で習うことになったが、 今になってみると暇な時にふとひもとくのは「解析概論」である。 昔は何とも思っていなかったが、 おや、と思うような面白い例が載っていたり、 こんなことまで書いてあったか、と驚くことも多い。

Feb. 20th (Sat.)

朝はチェロの練習。低弦の二本をガットコアにしてみた。 綺麗ないい音がするが、弾いている内にどんどん音程が下がってくる。 安定するのに数日はかかるらしい。

確定申告の計算をする。これは何かの間違いでは… きっと間違ってるんだ、 どこかで一桁くらい計算間違いをしたに違いない、うんうん。 見なかったことにしよう……ってそういう訳にも(泣)


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