1999 Jan. 前期 (Arcana 18)

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過去のお言葉

Jan. 5th (Tues.)

朝、起きるのが遅くなってきた。 最近は大体、11時過ぎに起きる。 まず、珈琲を入れて目を覚ましてから、チェロの練習を始めるが、 チューニング、ロングトーン、スケールあたりでもうお腹が減ってくる。 そこで、昼の仕度をして昼食をとる。 実家からもらってきたおせちも食べつくし、 冷蔵庫が空っぽだったので、卵御飯と味噌汁である。 実家で乾燥若布を山ほどもらってきたので、 一応具は入っている。 食後にぼんやりしている内に午後も本格的になってくるので、 チェロの練習の続きをする。 気がすんだら、仕事をする。今日はとうとう翻訳の割り当てを終えた。 本当は夏休みの後くらいには出来ていなければならなかったのだが、 結局今日までかかったのである。 もちろん反省しているが、まあ仕方ない。 その合間に、年末からの宿題だった MIT の某大先生からの 質問に回答のメイルを書いた。 外国語はどうも苦手で、かなり怪しげな英語である。 内容も的確に質問に答えているか不安ではあるが、 実力がこれだから、まあ仕方ない。 そうこうしている内に暗くなってきたので、 近所の大丸に食材を買いに行く。 郵便受けを見るとさらに三通ほど年賀状が来ていた。 I御大からは「さっさと紙にまとめろ」との年始早々のお叱りである。 まったく返す言葉もない。肝に銘じるために机の前にはっておこう。 二三日前からか、妙におからが食べたい気分だったので、 探したのだが何故か無かった。売り切れなのか、それとも、 最近はおからなど売っていないものなのだろうか。 好物の一つなのだが。 夕飯の仕度をし、また一人で食す。 なんだか、今日はずいぶん働いたような気になって、 夕食の後は音楽を聴きながら、本を読んだり、チェスの詰め物を考えたり、 他愛もないことをしている内にもうこんな時間であった。

Jan. 6th (Wed.)

そろそろ月の後半にあるシンポジウムの講演の準備をしなければならないのだが、 どうも億劫ではかどらない。 昨日、翻訳の仕事を終へて、さあ今日から真面目に数学を考えやう、 と思つたのは立派だつたが、 いつものことながら身が入らない。 家に居るからいけないので、まだ人も少ないであらう大学に行けば、 ちよつとは数学と向かひ合ふといふものではないか、 いや、昔から大学といふ場所で数学をしたことはない、 やはり家でするなり、どこかの喫茶店に行くなりがよいのではないか、 と悩んでいたらもう夕方になつていた。

一日家に閉ぢこもつているのもどうだらうか、という気がしたので、 散歩に出かける。 山科をぶらぶら歩きながら、この辺りで古本屋でも開いたらどうかしらん、 贅沢は出来ないだらうが、まあ一人だけなら食つてはいけるのではなからうか、 この前実家に残してある本を偵察に行つたらそこだけで古本屋が開ける くらいあつた。あれと今、山科の自宅にあるのを合はせれば店を出しても 恥づかしい在庫量ではなかつた。 店を出す保証金これくらひと、棚など作るのにこれくらひ、 家賃がこれくらひで、月々の売上がこれくらひに買ひ付けがこれくらひだらうか、 と色々と勘定をあはせてみて、 ああ、もう仕事をすつぱりやめてしまつて、 古本屋でものんびりやりながら引退してしまおうかしらん、 毎日狭い店の奥の二畳の間で寝ころんで好きな本でも読みながら、 日々過ごすのである。 たまには本の買ひ付けにも行かなくてはならないだらうから、 適度な暇つぶしもある。 時には、偉くなつた白井君が何処かから preprint でも送つてくれて、 最近の数学はこうなつておるのか、と思ふ日もあらう、 ひよつとしてよつぽど暇なら碁でも打ちに来てくれるかもしれない。 雨の日には、昔愛した女達の数少ない思ひ出を、 しまつておいた古い版画をたまに引き出してはためすがえす眺めるやうに、 繰り返し味わひながら、プルーストを読むのである。

などと考えていたら、お腹が減つてきたので、 すつかり引退者になった私は家路についたのであつた。

Jan. 7th (Thurs.)

うっかり味噌を切らした。 米を煎って、葱と醤油を足し、湯をついで、味噌汁の代りにする。 旨いには旨いが、どうにも味わいが上品過ぎる。その他、 豚肉を玉葱と炒め、玉葱の残りとハムと卵でオニオンオムレツを作り、 夕飯にする。漬物もなくなりそうになっているので、 明日にでも味噌と一緒に買ってこなければ。

午前はチェロの練習、午後は Cafe Riddle で珈琲を飲む。 今日の読書。「ヨーロッパ退屈日記」(伊丹十三)。 確か、「超整理法」の野口先生が、 シャーロック・ホームズのシリーズと並べて、 この「ヨーロッパ退屈日記」を「実用的で役に立つ本」 として挙げていたが、 確かにある意味大変に実用的な本かもしれない。 例えばスパゲッティの茹で方とか、食後でなかったら、 ここにある通り作って今すぐ食べたくなるほどである。

Jan. 8th (Fri.)

寒い。朝方の冷えこみで目が覚めた。 珈琲を飲み、しばらく指を暖めて、チェロの練習をする。 塩鮭と昨日に続き味噌抜きの味噌汁の昼食をとり、 午後から久しぶりに BKC に向かう。 ちょこちょこと雑務をこなし、図書館で論文のコピーなど。 I先生が雑談に来て一緒に帰る。

琵琶湖の上を渡って来る風は流石に冷たい。 寒いのは好きだからいいようなものだが、それでも、 トレンチコートの裏地を付けてくれば良かったと後悔。 ああ、手袋も欲しいなあ。 昔、バックスキンのお気に入りがあったのだが、 数年前に黴で駄目にしてしまった。それ以来、手袋は買ってない。 今年は買うとするか。ところで、バックスキンのバックは back ではなく、 したがって裏革のことではなく、 buck すなわち、牡鹿のことであり、バックスキンとは鹿革のことである。 牛や山羊のなめし革の裏をこすって処理したようなのは偽物です。 知ってましたか?

Jan. 9th (Sat.) - 10th (Sun.)

九日。今日は生まれて初めて「だし」というものをとってみたが、 手間をかけるだけあってなかなか旨いものだ。 おからの味つけに使ってみた。

北極圏に属すというフィンランドの街から年賀葉書が届いたが、 無記名だった。オーロラを見に来ているとのこと。 この達筆は、 おそらく銀座の画廊に勤めている Y さんだと思うのだが…

十日。某切り裂き系 R師匠 に頼んでいた本を受けとらねばならないので、 何度かメイルで連絡をとろうとしているのだが、どうも都合が合わないらしい。
暇が出来たので夕方まで、部屋の模様替をする。 この寒いのに全ての窓の前に本棚があるというのどうか、と思ったので、 洋室と和室の間のドアをとっぱらって十二畳の一間にし、 窓をふさいでいた小さな本棚を和室側に一つ移動する。 暖房が効きにくくなるのは問題だが、広々として快適になった。

夕方から哲学の道の法然院前にあるアトリエ・ド・カフェでの プロムナードコンサートに行く。 今回のテーマはピアノ・トリオで、 モーツァルト、ドビュッシー、シューベルトの曲が演奏された。 言うまでもないが、ピアノ・トリオとはピアノ三台でする演奏ではなく、 ヴァイオリン、チェロ、ピアノによる三人の演奏のことである。 ヴァイオリンの女の子が凄く可愛いかったのが良かった(って演奏は)。
(ところで、楽器の出来る女性っていいですよね、何故か。 伊丹十三は、ただしハーモニカ、ウクレレ、マンドリン は除くと、これまた何故か、ただし書きをつけていたが。)


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