1998 March.後期 (Arcana 18)

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March. 21th (Sat.) 「ライゲイトの地主達」

九時過ぎに起床。 音楽をかけて、寝床でごろごろしながら読書など。 "Horowitz, Carnegie Hall Concert 1965"、 読書はトリストラム・シャンディとか、 「失なわれた時を求めて」を拾い読み。 この二つは何処から読んで何処でやめても、小説を読む喜びを味わえるから、 ある意味で便利だよな、、、
こう云う日が永遠に續くのも、惡くはないかもしれないねぇ……(續くかよ)。

昼は鯛の味醂干の残りと卵を焼き、洗濯と掃除。
ちょっと三条に出て、本や CD を買ったり、珈琲屋で読書をしたり。
夕飯。焼鮭、おくら、茄子の漬物。

電車の中でシャーロック・ホームズものの「ライゲイトの地主」を読んだ。 ここで「おかしな物が色々盗まれる」というミステリのモチーフが出現しているが、 結局は盗みたかった肝心のものがなかったので、 捜査を撹乱するために手当たり次第に持ち去った、 という現実的かつもっともな解答が与えられているに過ぎない。 このモチーフは、例えばチェスタトンの「イズレイル・ゴウの誉れ」では、 幾つももっともらしい答を並べた後に、 あっと驚く解答がブラウン神父によって示される。 つまり、ドイルは既に現代ミステリに通じるモチーフをたくさん提出しながら、 結局のところ物語作家だったのであり、 チェスタトンは既にモダンまたはポストモダンに達していた (というか、チェスタトン以来、特に本格ミステリは進歩していない)、 一つの例であると思う。
また「ライゲイトの地主」では、 「探偵がとんでもない奇行に及ぶが、それは深い理由あっての策略である」 というモチーフも登場する。 これもチェスタトンがブラウン神父もの第一作「青い十字架」で、 このモチーフを極限まで昇華している。

要点は可能性を孕んだモチーフを提出することと、 そのモチーフの可能性を追及することとは別の問題だと言うことで、 これはカテゴリーの異なる主題なので、 そのどちらが優れているということではない。 最近、ホームズものを再読しているのだが、 こんなに面白い小説は滅多にないだろう。 ドイルは謎や問題の持つミステリ的可能性より、 物語自身の持つ魅力や、ホームズという個性の造型に 主題を置いていたのであって、 それにまたとない程見事に成功していることは疑いはない。
ホームズの推理法の「当て推量」的論理は、 パースなどによってその哲学的意味を指摘され、 ある意味で科学的演繹のドラマとしてのミステリを それ自体で乗り越えていたとも考えられるかもしれないが、 それはまた別のお話。


March. 22th (Sun.)

午前九時起床。 朝食を食べて、BKCへ。 今日は卒業式、修士学位授与式、謝恩会。

午前10時50分より情報学系の修士の学位授与式に参列して挨拶など。 スーツ姿が多勢を占めていたが、着物や袴姿十名ほどの他、 着ぐるみ二名、IZAM一名。
午後より理工学部全体の卒業式。 卒業式は着物姿が多かった。晴れ着は難しいのだが、 すっきりと着こなしている女の子が多く、目の保養になった。 特に紺色に紅の裏地、柄の入った半襟を覗かせている人もいたが、 それでは卒業式というより粋筋のお姐さんでは、、似合ってたけど。
立命館の校歌ってあったんだなあ。 僕の母校は校歌らしきものがなかった。校歌に準ずるものとしては 寮歌「嗚呼、玉杯に華うけて」(だったか?)がそうかもしれないが、 卒業式では何をうたったのだろう。 実は高校以来、すっかり世を儚んでしまって、 卒業式にも学位授与式にも出たことがないのでよくわからない。
その後、学系の卒業証書授与式があって、 さらにその後学系の卒業祝賀パーティがあった。 さても今日は賑やかではなやかなムードの学内だった。 卒業式というのもいいものであるなあ、と思ったことである。

夜、I御大と一緒に京都駅前で食事して帰る。


March. 23th (Mon.) 「職業としての学問」

午前七時起床。ちょっとメイルをチェックしたり、食事をしたりしたが、 また眠くなり、少し仮眠を取って、午後からBKCへ。

今日はデューティがないので、連続群の勉強をしたり。
夕方頃から突然、ネットワークが断絶し、 情報学科ネットワークで現在移行中のルータがダウンしたのかと思って 放っておいたのだが、 実は僕が所属している研究室のゲイトウェイが倒れていたみたいだ。 勝手に立ち上げ直そうかとも思ったが、 ゲイトウェイの移行をする計画があるようなことを言っていたので、 トラブルなのかルートがリモートコントロールで落としたのか判断できず、 結局放置した。

夜は草津で、情報学系ネットワーク管理グループの歓迎壮行会。 帰宅は十時頃。

今日の読書。「職業としての学問」(マックス・ウェーバー)。 恥ずかしながら初読。 教養学部の社会学でウェーバーの 「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」の講義を取っていて、 この有名な講演の存在は知っていたが、読んではいなかった。 大学に勤める全ての人にお勧めする名著。 数十頁しかないが、これが第一次大戦直後に語られたとは信じられないほど、 現代でも痛烈に響く厳しい「学問を職業にする人へ」の叱咤。 これが岩波文庫で260円。本って本当に安い。


March. 24th (Tues.) 「ビットのもみがら」

久しぶりに正午まで熟睡。
昼食は鮭と卵を焼き、いかなごなどで食べる。

随分前に依頼されて放っておいた原稿をようやく執筆、メイルで送る。 執筆時間三十分。でも手を抜いたわけではないです、、念のため。 ある画家がこの作品は何日で出来ましたかと聞かれて、 三年と一時間だよ、と答えたというあれです、あれ。(本当か?)
午後から三条に散歩にでかける。 CD を買ったり、本を買ったり。 Cafe Riddle で一服してから帰宅。

Rivest (RSA の "R")が新しい秘密通信方式のアイデアを一昨日に発表。 その議論で暗号関係のメイリングリストが騒がしい(裏も表も)。 僕が知り得た範囲では、本来のデータに「ごみ」を混ぜて、 それを受けとった方でそのごみを取り除くという古典的な方法の、 一つの実装というに過ぎないと思うが、 ここでミソになっているのは、 一応普通の意味での暗号化復号化とは違う操作なので、 「これは暗号ではない」と主張できる(かもしれない)ので、 法規制をすり抜けられる(かもしれない)ということらしい。 実際はまさに古典的な意味で暗号の代表みたいな方法なので、 この論法は詭弁だと思うが、それとは別に暗号方式としてその性能を考えても、 この方法には色々と欠点があると思うが、、、どうなんだろう。 何か御意見がある方、個人的に聞かせて下さい。


March. 25th (Wed.) 「普通の人々」

午前七時起床。遅く寝ても何故か朝早く目が覚めてしまう。 明日は朝から名古屋の名城大で学会なので、丁度いいのではあるが。 朝食を作って、寝床で読書をしたり。
そうこうしている内に午後。昼食を用意し、洗濯に掃除。 近くの喫茶店に数学の本を持って、暇つぶしに行く。 ぽかぽかとあたたかいし、地味かつのほほんな一日だなあ、、
そうこうしている内に夜。 夕飯の仕度をし、計算機をいじったり。 ちなみに名前は "dune" (自作マシン)と "samsara" (ThinkPad535)。 ISDN 移行のためちょこちょこと調整中。

まさに穏やかにして幸福な一日である。
本当は今日聞くはずだったニュースを昨夜聞いたのだが、 その内容如何ではこんな穏やかな生活はなくなっていたかも。


March. 26th(Thurs.) - 27th (Fri.) 「おばけ」

二十六日。午前七時起床。新幹線で名古屋へ。名城大学での日本数学会に参加。 今年の確率論の一般講演は冴えなかったが、 他の分野の企画講演など面白く無駄ではなかった。

昼食時に次の夏の確率論ヤングサマーセミナー幹事の神戸S大のUさんから、 開催場所が「ヒバ」であるとの衝撃ニュースを聞く。 ヒバってヒバゴンが棲息するというヒバ? というくらいしか知らず、何県にあるのかすら知らなかったのだが、 なんでも広島の僻地にあるらしい。 (地図帳を広げてみよう。広島の北部、岡山寄り山中にある比婆である) 広島なら新幹線ですぐかなあ、と迂闊な発言をすると、 広島人の白井君にとんでもない場所であることを聞かされる。 何もそんな所でやらなくても、、、本当に参加者が集まるのだろうか? しかもUさんは現地を下見もしていないらしい。大丈夫なのか? 今年の夏も伝説が生まれそうだ、、、

夜はもちろん、飲みに行く。メンバは確率論若手組。 神戸S大のUさん、O大のI君、K大のH君(今回の確率論特別講演者)、 N女大のS君、白井君とで計六人。 途中でビンゴゲームがあると言う謎の居酒屋だったのだが、 白井君が健康靴下をゲット(笑)。

宴会後、新幹線で京都に戻る。 家に帰ると、珍しく留守電が入っていた。 「銀行に振り込みにいったんだけど、お金がないのお、、、」 という聞き覚えのない声の女性と、 「早く寝ないとお化けがでるよ、早く寝ないとお化けがでるよ、 早く寝ないとお化けがでるよ、、、、」と延々と続ける子供。 両方とも間違い電話だと思うのだが、何故こんな変なのが偶然二つも 重なるのだろうか。

二十七日、金曜日。 わけあって東京に急拠、移動。 いつまで滞在するかは不明。月曜には京都に戻ると思う。


March. 28th (Sat.) 「きみなくはなぞみよそはむくしげなるつげのをくしもとらむとももはず」

君なくはなぞ身よそはむくしげなる黄楊の小櫛も取らむとも思はず、
つげのをくしもとらむとももはず
(万葉集、巻九の一七七七、播磨娘子)


March. 29th (Sun.)

風邪薬を飲んで寝たせいか、よく眠った。 下北沢の家の近くで食事をして、午後は本を読んだり、 珈琲屋に行ったり。 久しぶりに珈琲屋のバイト嬢にあった。 三週間ほどロンドンから始まって、ヨーロッパをあちこち移動して、 最後はパリから帰ってきたというような話を、 土産のチョコレートをもらいながら聞く。 髪をロンドンで切ったらしく、ベトナム美人風(ってどんな?)になっていた。 そうか、○かちゃんも成人したのか、、、 年の経つのは早いねえなどと爺の繰り言モードになりそうだったので、 そのあたりで切りあげて、東京駅に向かい新幹線で京都に帰る。

新幹線の中の読書。 「数学の小さな旅(古典数学へのいざない)」(羽鳥裕久)。
誤差の推定からガウス分布ってこういうからくりで出て来るのか、、、 ってそんなことも知らないで確率論が専門なんてよく言えてたな、僕。 感心している場合ではない。猛反省を要す。


March. 30th (Mon.)

本日午前中より ISDN に移行。
これは便利だ、、、ISDN 移行を迷っている方には是非ともお勧め。 唯一の欠点は、あまりに安易に自動接続してしまうために 電話代をどんどん消費してしまうことだろうか。 (自動接続の設定をやめれば?という意見もあろうが無視)。 しかし実際の所、経費は非常に安いので(ちょっとの追加料金で、 複数の電話番号をダイアルインできるし)、 経済的な面からもお勧めできると思います。

午後からBKCへ。トポロジーの入門的ゼミに参加する予定だったのだが、 急拠中止になり、暇をもてあましてしまう。 最近翻訳がでたポントリャーギンの易しい教科書「代数」を 生協で買って研究室で読む。 このシリーズ、ポントリャーギンの「数学入門」双書は非常に おもしろい。限界までコンパクトにまとめられているのに、 読んでいくとゆったりとした奥行きがあって、 なんとも言えない趣きがある。 こんな優れた教科書で勉強すれば良い数学者も生まれるんだろうなあ。 最近日本でも良い数学の入門シリーズを作る試みが色々あるが、 これに比べればまだまだだなあ、と不遜ながら思ってしまった。


March. 31th (Tues.)

一度朝方に目を覚ましたのだが、また眠ってしまい、 次に起きたのは午後二時だった。 先週末の疲れが残っていたのだろう。 午後は昼食をとって、珈琲を飲んでから、 ポントリャーギン数学入門双書「代数」を読んだり。

夕方から外出。近くで髪を切り、食材を買って帰る。 夕食は酢豚、瓜の浅漬けなど。

今日で今年度も終わりか、、、 と変な感慨を抱きながら、怠惰な一日を終える。 今年は色々問題を持ちながら、どれも解決はできず、 問題の立て方が悪かったということか。
大人になると、問題を作るのも解くのも自分なので、 問題の正しい立て方が問題になってくる。 基本は、 (0)まだ誰も解いていない問題をたてる、 (1)答のある問題をたてる、(2)自分に解ける問題をたてる、 (3)結果的に答が意味のあるもの、 (3')またはアプローチが意味あるものになるような問題をたてる、 などだろうが、この(1)から(3)は問題を立てる時点で分かるくらいなら 苦労しないので、あまり良い指針とも思えない。 そもそも答がなかったとか、難しすぎて解けないとか、 答はあったが不毛、というのは良くあることだ。 リトルウッド曰く、 「数学者の生活は概して、欲求不満の内におくられる」
兎に角、明日からの新年度はもっと生産的でありたいものだ。


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