1999 May. 中期 (Arcana 18)

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過去のお言葉

May 11th(Tues.)

チェロを練習してから、午後 BKC へ。 「数学解析」の講義。 線型微分方程式の解の存在と一意性の証明の続き。 どうしても一様収束とか絶対収束の話をしなければならない所が苦しい。 嘘はつかないように、かつ本気で説明しないようにと気を使う。 その後、一変数の時の線型方程式を定数変化法で解いてみせて、 一般の線型方程式についてすぐ分かる簡単な性質を挙げている内に時間。 初歩の微分方程式論とは言え、前回から二回続く長々とした証明で、 この二回は完全にソラで講義するのがかなり辛かった。 その後、教授会。ずっと白井君に教わった問題を考えていたが、 結局分からなかった。 その後、学生達のソフト開発の現場に立ち会うが、 ずっとまた別の問題を二時間ばかり考え続けていた。 やっぱり何も分からず、血糖値が下がって眩暈がしてきたので帰る。 帰宅、八時半。

私が属している ML で話題になっていたのだが、 日本語の文章で一番多く出てくる文字は何か?という問題。 英語の場合、一番多いのは e で次は t というような頻度統計が有名で、 初歩的な暗号の解読によく使う。 日本語ではどうなっているのか知らなかったのだが、 結構驚くべき結果だった。 漢字混じりの普通の文章で一番多く出てくる文字は「の」。 それから全部仮名で読んだとして一番多いのは「い」。 さらに濁点を別の文字として分けた場合は、その濁点自身「゛」 が一番多いそうだ。

May 12th(Wed.)

午後から BKC へ。 暗号理論のゼミをやって、続いて確率論のゼミをする。 夜は草津で新四年生の歓迎会。

学生の話を聞いていると今年の就職は大変そうだ。 また就職担当の先生のお話では来年はずっとマシのはずだそうで、 どうも今年が底らしい。 自分のことを振り返ってみると、僕が二十歳の頃は 空前の好景気で就職状況は完全に売り手市場だった。 大企業からリクルーターがわざわざ大学にやってきて もみ手をしながら接待してくれたものだ。 内定を決めた学生を他に逃さないために高級リゾート地に一ヶ月軟禁する、 なんていう手口も盛んだった。 そういう滅茶苦茶な状況の中でも自分としては 「二十代の内は就職なんかできなくても、まあそれでもいいかな」 くらいに思っていた。 企業でやっていけるキャラクターとも思えなかったので、 一人で暮らしていくにはどうすればいいか、を結構真剣に考えていた。 例えば、古本屋をするとか、小説家になるとか、私募で資産運用会社をするとか。 我が原家の血統は商才に長けているはずなのだが、 その兆しも見えなかったので、流れ流され、こんな状況なわけさ。

May 13th(Thurs.)

午後から少し雑務をかたづけるために BKC に行き、 すぐに帰宅。疲れているのか猛烈な睡魔に襲われて昼寝をする。

昨日の宴会で、僕は世の中のゴシップなどを全然知らないだろう、 と他の先生に言われたのだが、実は結構知っている。 何故かと言うと、それは電車の中の吊り広告のせいである。 僕は TV もあまり見ないし、普通の雑誌も読まないし、 あまり世の中と接触しているような気がしないのだが、 あの吊り広告は猛烈な情報量があるらしく、 大抵のゴシップ情報に望みもしないのにキャッチアップしてしまう。 いいことなのか、悪いことなのか… そういえば、外国の電車の中で吊り広告を見たことがないが、 あれって日本独自のもの?

May 14th(Fri.)

朝、家でチェロの練習をしていると、大学から電話があり、 何事かと思ったら、来月に予定されている S 大学での僕の集中講義について、 事務上のトラブルがあったらしく、 急拠朝から大学に向かい、対処にあたる。 午後は「確率・統計」の講義。 今日は連続の場合の色々な分布ということで、 一様分布、指数分布、正規分布、コーシー分布などの紹介と、 その平均、分散、モーメント母関数の計算など。 時間が余ったので、次回へのイントロとして、 複数の確率変数の和についての分散の性質などをやる。

明日から泊まりで二日間、新入生の合宿に付き合うことになっている (学生委員の業務)。 自治会が作っている企画書を見ると人格改造セミナーかと思うほど、 気真面目なもので、憂鬱になってくるがまあしょうがない。

今日の講義の後に学生から、 「平均がないとはどういうことを意味しているのか」と聞かれた。 理論的には密度関数の無限大での小さくなり方がゆっくりしていて、 x をかけると発散してしまうくらいに遅いということだが、 それが現象としてどういう意味なのか、と言われるとちょっと 答につまってしまった。 平均が無限大ということだ、と言っても答えたことにならないだろうし、 やっぱりうまい答がない。 自分としては平均というものの色々な性質を知っているから、 その全体像として「平均がない」ということについての、 言葉にならないイメージは持っていると思うのだが、 上手く一言で説明することはできない。 それは自分でもよくわかっていないっていう証拠かも。

May 15th(Sat.) - 16th(Sun.)

土曜の午後から日曜の午後まで、琵琶湖畔にあるホテルで 新入生の合宿に参加。

一泊二日でも疲労困憊。 新入生に「じぶん、学科どこぉ」などと、 タメ口で話しかけられまくりながらも、 三十路の老体に鞭打って、 立命館同志社戦の応援の仕方などをマスターしてきました。 疲れているので、寝ます。

May 17th(Mon.)

午後から京大数理研へゼミに行く。 今日はたまたま数理研に来ているイリノイ大の O 先生も交えて。

疲れがたまっているらしく、ふらふら。 一日寝ても疲れがとれないのは年をとった証拠。

土日の合宿で、自分がいつの間にかかなりの小食になっていることに気付く。 用意された食事がいつも自分が食べている量の二倍以上に見えた。 (合宿の食事だからと言って多めだったわけではなく、 他の人の意見では、むしろ足りなかったくらいらしいが)。 自宅で食事することが習慣になってしまって、 気付かない内に食が細くなっていたらしい。 考えてみれば、ほとんど毎回一汁一菜に御飯一杯だけなので、 昔の食欲を思えば信じられないほどである。 かつて駒場にあった蕎麦屋系の定食屋「まるが」、 学生時代はよく利用していたが、 あそこの蕎麦定食なんかもう絶対食べられないだろうなあ。

May 18th(Tues.)

午後から大学へ。 「数理解析」の講義。今日は線型微分方程式の解の基本形とか、 ロンスキアンの話など。 最近、定義、定理、証明といった固い話が続いているので、 学生が飽きてきているのではないかなあ。 次からはまた具体的な問題に帰ろう。 その後、夜まで学生委員会。

テレビのクイズ番組でのこと。 三つの扉があって、その二つの扉の後には山羊がいて、 一つの扉の後には賞金を持った美女が立っている。 挑戦者の貴方はその扉の一つを選んだ。 そこで司会者が言った。
「ここでおまけのチャンスです!残りの二つの扉の一つを開けてみましょう」
司会者が一つの扉を開けた所、その後には山羊がいた。 (もちろん司会者はどの扉に美女がいるのか知っているので、 絶対に山羊の扉を開ける。)
「おやおや、ここには山羊がいました。 さあ、貴方の扉はそれでいいですか?扉を変えるラストチャンスです!」
貴方は既に選んだ扉を変えるべきだろうか?

変えるべきである。 何故なら扉を変えないとすると、美女を引き当てる確率は、 最初のままであり、1/3 である。 扉を変えたときの確率を計算するために、 同様に確からしい三つの場合を考えよう。 (i)最初に選んだ扉が山羊Aであったとき。 この時、司会者が開けた扉は山羊Bであるから、 扉を変えれば美女を引き当てる。 (ii)最初に選んだ扉が山羊Bであったときも同様に、 扉を変えれば美女を引き当てる。 (iii)最初に選んだ扉が美女であったとき。 この時だけは、扉を変えると山羊になる。 以上、三つの場合の内二つが扉を変えることで美女を選べるから、 扉を変えれば美女を引き当てる確率は 2/3 になる。 さて、この議論は本当か?

May 19th(Wed.)

銀座の画廊で働く Y さんという友人がいるのだが、 彼女は歌人でもある。またどこかで入賞したらしく、 その短歌をメイルで送ってくれた。
「寒椿、縊れし時も沈黙の神は見ており、死刑執行」
うーむ、今回のは凄みがある。

午後から大学へ。雑務を色々と片付け、暗号のゼミと確率論のゼミ。 ゼミとゼミの隙間にも、数学科の A 氏をたずね、雑務をこなしたり。 細々とアレンジ的な仕事が色々あって、忙しい。

昨日の問題について、三つの「同様に確からしい」の内、 最後のケースで司会者が山羊Aを選ぶ場合と山羊Bを選ぶ場合があるため、 実は「同様に確からしい」のはそれも勘定して全部で四つであるから、 確率は 1/2 だろう、という指摘があったが、 それは確かにポイントの一つは突いている。 もともと、三つの扉に山羊A,Bと美女を配する方法の数は、 全部で6つある。さらに、最初にどの扉を選ぶかの可能性を入れると、 18通りの可能性が同様に確からしい。 その内、12通りで最初の段階で山羊を選び、6通りで美女を選んでいる。 ここまでは完全に正しい。 さらに、この内で司会者が残った扉を選択する方法は、 始めの12通りについては山羊は一匹しか残っていないからそれぞれ一通り、 6通りについては山羊が二匹残っているからそれぞれ二通りがある (ここがポイントの一つ)。 問題は司会者が扉を選択する時に最初の12通りについては、 司会者が選ぶ扉が自動的に決定してしまっていることである。 司会者の選択の可能性も勘定して、12 + 2*6 通りが同様に確からしいのか? 司会者が扉を開ける前には、美女を選ぶ確率は 1/3 であったはずだが、 一つの扉の内容を知ってから扉を変えなくても 1/2 になるのか? 司会者が開ける扉は常に「山羊の扉」であることは最初から決まっているのに、 そのことを知ることが情報になるのか? (ここがポイントの二つめ)。 このテーマはさらに明日に続く。

May 20th(Thurs.)

最近、無休で働いていたので、今日を勝手に休暇日にする。

さて、山羊と美女の問題についてさらに。 司会者が一つ山羊の扉を開ける前までは、 明らかに美女を選ぶ確率は 1/3 であった。しかし、 司会者は山羊の扉を開けてみせたとたんに、 挑戦者の扉は山羊か美女かの二つに一つだから、 確率は 1/2 になったように思える。 これはおかしい。 挑戦者が選んだ扉の残りの二つの扉の内に、 山羊が少なくとも一匹はいるのだから、 それは新たな何の情報ももたらさないのではないか?

それは違う。これは情報になる。 何故なら、残りの扉の内に山羊が少なくとも一匹いるのは確かだが、 ある扉に(まさにその場所に)山羊がいるというのは情報である。 挑戦者が山羊を選んでいる場合は、残りの扉には山羊が一匹しかいないので、 美女がいる扉を司会者は開けることはできないから、 その事象は却下されるからである。

以上のように、 挑戦者が山羊がいる扉の一つを知った条件の下での、 美女を選ぶ確率論で言う所の条件付き確率は確かに 1/2 になる。 しかし挑戦者が扉を選んだのはそれを知る前であり、 その選択を変更しないなら、確率は 1/3 である。 その情報を得てから選択を変更するなら、 条件付き確率を採用するべきだろうか? 情報を得てから、選択をし直そうと迷ったあげく、 元の扉のままにしようと決めたら、その場合はどうなのか? この問題はさらに明日に続く。


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