1998 Sep. 後期 (Arcana 18)

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過去のお言葉


22th(Tues.)

関西に台風襲来。
午前中のメイルでの連絡では、講義は全て休講であるが、 会議は予定通り開催するとのことだったので、 午後からBKCへ向かう。 警報が出ているにもかかわらず会議なんて、、、と思いはしたが、 そこはそれ社会人の悲しさで真面目に出勤。 しかるに、 しばらくして契約の事務員が先にかえされ、 会議直前になって、台風が琵琶湖の真上を通る (ということは即ち、キャンパス直撃)ようなので、 即刻退去するように、との連絡。 バス停に行ってみるともうバスは出ないかもしれない、 JRもとまっているかもしれない、などという不穏な噂が飛びかっていたが、 右往左往している内に「最終バス」(この時点でまだ二時台)が出ることに。 なんとか駅に辿りつき、遅れているJRにのり、 山科に到着すると駅前では人間が暴風に吹かれて転がっていくところを目撃、 台風の影響が極大に達する最中、自宅まで暴風雨の中を這うようにして到着。 家について二時間もすると、雨も風もほとんどおさまった。

23th(Wed.)

秋分の日で休日。午前中はチェロをさらい、午後は翻訳をする。
今日の読書。「人狼城の恐怖(ドイツ編)」(二階堂黎人)、 「ひとりで歩く女」(ヘレン・マクロイ)、 「顎十郎捕物帖」(久生十蘭)より数編。

超絶技巧とは言い過ぎだが、 マクロイは流石に巧い。こういったパズラーの仕掛が凝らされた サスペンス・スリラーは連城三紀彦などの例外を除いて、 日本ではあまり見掛けないが、 ずいぶんと可能性のある分野だと思う。

なんだかすごく多忙なので、あれもしなければ、これもしなければ、 というときに限って、読書欲が異常に湧くのは何故だろう、、、 もうちょっとで十蘭全集を読み直し始めるところだった。 言うまでもなく逃避なのだが。

24th(Thurs.)

午前中はチェロの練習。来週レッスンなのだがどうも調子わるい。 調子の良し悪しなどは楽器が巧い人のことだと思っていたが、 下手は下手なり、素人は素人なりに調子の良い日と悪い日があるものなのであった。 調子の悪い時は D 線のどこを弾いてもウルフトーンが鳴るような気がするし、 それにいくら力を抜こうと思っても肩も腕も指もこわばって、 押しても引いてもどうにも弓が重い。

午後からBKCへ。色々とたまった雑務を片付けていると、 I大先生が内緒話に来られ、そのついでに数学の話など。

今日の読書。「人狼城の恐怖(フランス編)」(二階堂黎人)、 短編「ミダスの仮面」(G.K.チェスタトン)。
「ミダスの仮面」はブラウン神父もので五短篇集には載っていない。 ブラウン神父もので五冊の短篇集に載っていないのは、 「村の吸血鬼」だけだと長い間思われてきたが、 「ドニントン事件」「ミダスの仮面」が後に遺稿の中から発見されている。 「ミダス」は今月のミステリマガジンに掲載されている。 まだ読んでいないブラウン神父ものがあったというだけで感涙ものなのに、 内容も相変わらずのチェスタトン流逆説の冴え渡る素晴しいもので、 今度こそもう読んでいないブラウン神父ものは なくなったという悲しみにしばしひたった。

今週末は引越しなので、日記はお休み。

24th(Fri.) - 27(Sun.)

24 日(金)。滋賀県の企画で C 言語の演習を3時間ほど教えて、 その足で東京に移動。 新幹線の中での読書。「死人を起こす」(カー)再読。 非常に堂々とあるルール違反をしていることや、 横溝に最高傑作と絶賛されたことなどで有名なカーの代表作。 再読してみて、このルール違反にはチェスタトンを彷彿とさせるユーモアがあって、 昔読んだ時ほど気にならない、いやむしろ好感が持てた。

25日(土)。業者を呼んで粗大ゴミの処分。引越しの準備。
夜の読書。「ドーヴァー4 切断」(ジョイス・ポーター)。 とんでもない動機の創造で有名な作品だが、実は初めて読んだ。 ギャグ本格推理の一つの完成形だろう。

26日(日)。引越し当日。午前中から引越し屋さんがやってきて、 「はい、どんどん函に積めちゃうからねー」という感じの 物凄い手際の良さで一時間半ほどで終了。 荷物が実際に山科に到着するのは来週。
昨日から二日がかりで何冊の本があるのか数えてみた。 下北沢の部屋は片面が全て収納だったのだが、 実はその中はほとんど本だったため、思ったより多かった。 書架にはあまり入れてないので量をみくびっていた。 総数はおよそ二千冊。 蔵書家といえるほどの量でもないが、 これをさらに山科に詰め込むとなると相当の整理上手でないと 大変なことになりそうだ。 来週あたりに山科に到着する予定なので、 誰か本の整理に来ませんか?
アルバイト急募。仕事内容、書籍整理。 お礼は現物支給(書籍)と、夕食、食べ放題、飲み放題。 男性に限り宿泊も可。朝食付き。

午後から友人と会って、一緒に食事して最終の新幹線で京都に帰る。 車中の読書、「リスク -- 神々への挑戦」(バーンスタイン)。

28th (Mon.)

午前中、チェロをちょっとさらってから、レッスンに行く。 この三日チェロを触っていなかったからか、 スケールがまともに全然弾けなくて、ほとんど進まず。 指の形を矯正している所なので、とれていた音程もとれなくなり、 ストレスがたまる。 再び駒が歪んできていて、 また、 もっと駒高を低くした方がいいとの先生のアドバイスもあったので、 レッスンの帰りにその足で三条の十字屋に行き、 楽器の調整をしてもらう。 職人さんの話では、今年の京都は湿気が多いせいで、 駒を替えたばかりなのに曲がってしまったと調整に来る人が多いという。

午後は家で仕事をしたり、引越しの後始末の色々を電話でしたり。

「リスク」(バーンスタイン)。 数学の部分の説明が妙にまどろっこしいというか、 本当に分かっているのか怪しいというか、 やはり経済学の人の確率論や偶然の現象への理解は、 まあこの程度なのかなあ、 と思ったり。 そうとは言え、 確率とは、統計的予測とは、または偶然とは、でたらめとは、本当のところそれは 一体なになのか、どうやればコントロールできるのかは、 もちろん確率論学者にもわかってはいないわけで、 そういう「ランダムとは本当のところ何か?どうコントロールするか?」 ということに日々直面し、闘っていかなくてはいけない 保険業務や証券業務の人の方が、 それぞれのランダム性への知恵と言うか感覚のようなものを持っているのかもしれず、 そういった「未来のリスク」への人間達の知恵と挑戦の歴史、という意味では、 非常に興味深いテーマで、面白い本と言えると思う。

29th (Tues.)

午後より出勤。後期初講義の「留学生数学」の後、暗号ゼミ。 RC6 のアルゴリズムについてなど。 I御大と数学談議などして帰宅。

物好きな書籍整理要員希望者が二三、メイルで連絡をくれたので一安心。

今日の読書。「マン島の黄金」(クリスティ)。
クリスティがあるリゾート島の宣伝のために二束三文で 書いたという宝探し小説「マン島の黄金」を含む短篇集。 そのリゾート地のローカル紙に掲載され、 実際にその島で宝物を探してもらうという企画だったらしい。 ずいぶん埋もれていたマニア垂涎のものらしいが、 ついに邦訳登場。 この秋から来年にかけては、 翻訳ミステリの分野は古典のリバイバルブーム らしく楽しみな出版予定が多い。

30th (Wed.)

午前九時起床。午前と午後一杯、ずっと情報処理関係の演習。 これから毎週、水曜日はこうなるのだが、一日にまとまっていて嬉しいのか、 嬉しくないのか。

ポアンカレが言った言葉だそうだが、 我々現代人は晴天や降雨を祈ることはあっても、 日蝕が起こることを祈ったりはしない。 この二つの自然現象の差は何だろうか。 それはずばり、複雑さの程度の違いである。 我々は偶然について祈るのではなく、 手に負えない複雑さについて祈るのであろう。


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