Book Guide for 1999

第参回 「夜明けまでの不眠を請け負う徹夜本」

1. 「モンテ・クリスト伯」(大デュマ、岩波文庫、全七巻)

子供の頃、エドモン・ダンテスの復讐の物語に、 時を忘れて読みふけった幸福な体験を持つ人は多いだろう。 言わずと知れた「巌窟王」である。 ページを捲る手ももどかしく、ベッドの中で手元の明かりだけで読みふけり、 ため息をついて本を閉じた時もう朝だった、 そんな体験を味あわせてくれた10冊のエンタテイメント本を挙げたい。 基本として一晩で読了できるという意味で、大長編は避けたが (たとえば、「三国志」とか、「レ・ミゼラブル(ああ無情)」とか、 「麻雀放浪記」とか)、 「巌窟王」だけはどうしても最初に挙げたかった。 幸福の絶頂から陰謀によって、 財産も地位も婚約者も全て奪われ、孤島の監獄に幽閉されたエドモン・ダンテスが、 十七年の監獄生活の後、執念によって地獄からの脱出を遂げ、巨万の財宝を得て、 謎の貴族「モンテ・クリスト伯」となり、 昔自分を落としいれた者たちに一歩ずつ近づき復讐計画を遂げていく。 大人になった今、原作「モンテ・クリスト伯」を是非読んでいただきたい。


2. 「邪教集団トワイライトの追撃」(ディーン・R・クーンツ、扶桑社文庫)

とにかくページを夢中になってめくらせる現代の名手といえばクーンツ。 もうクーンツしかない。 最近はすっかり小説が上手になって、 以前の暴力的と言っても過言ではないパワーはなりをひそめてしまったが、 これはすごい。 主人公は母子家庭の母親と少年。その少年が新興宗教「トワイライト」 の教祖に将来世界を破滅させる反キリストと断定されてしまう。 少年を抹殺しようとする信者「トワイライツ」達、少年を守ろうとする母親。 とにかく追いかける、追いかける、追いかける、逃げる、逃げる、逃げる、 上下二巻、それだけ。こんなわかりやすい話はない。


3. 「ジャッカルの日」(フォーサイス、角川文庫)

伝説のスナイパー「ジャッカル」がドゴール暗殺を請け負う。 ドゴールに迫るジャッカル、それを阻止しようとジャッカルに迫る官憲たち。 ドゴール暗殺の瞬間の最後の場面まで、 ぐいぐいと引き込まれていく。 これはフォーサイスの処女作だが、これが一番面白い。


4. 「摩天楼の身代金」(ジェサップ、文春文庫)

誘拐、脅迫ものは書くのが難しいが故に、 作家にとっての挑戦になる。 これはその奇跡的傑作。とにかく上手い。 ビル爆破による脅迫の実行の過程、鮮かな身代金の受けとり、 登場人物の造形の巧さによる後味の良さ、欠点の全くないサスペンス。


5. 「シャドー81」(ネイハム、新潮文庫)

もう一つ誘拐、脅迫もの。 これは新手のハイジャックである。 最新鋭戦闘機でジャンボジェットの後につけると言う 滅茶苦茶なアイデアだが、ひょっとしたらそういう手もあるかも、 と思わせるところが小説。 それ以外にも犯人の意外性など周辺も丁寧に押さえており、 傑作になっている。


6. 「女王陛下のユリシーズ号」(アリステア・マクリーン、ハヤカワ文庫)

スターがいなくても、ヒーローがいなくても冒険小説は 立派に成立する。 名もなき船員達のなんと切なく格好良いことよ。 こんな傑作を処女作として書けた人がその後、ぱっとしないのも不思議。


7. 「深夜プラス1」(ギャビン・ライアル、ハヤカワ文庫)

かつてのレジスタンスの生き残りである主人公が、 ある実業家をはるばるリヒテンシュタインまで護送する 仕事を引き受けるのだが、 行く先々には主人公達を凌ぐ腕前のスナイパー 達がそれを阻止しようと待ち構えている。 敵味方脇役とも「プロフェッショナル」達がプロとしての 誇りとプライドをかけて闘う。 脇役だが、主人公の片腕として随行するアル中のガンマン、 ハーヴェイ・ロヴェルが泣かせる。 敵が雇ったのは全ヨーロッパ一位と二位の凄腕、 一方ロヴェルは三位、しかもアルコールの問題を抱えている。 護送が終わるまでは飲まない、と誓うのだが、 ついに飲んでしまうところなんか、特に。


8. 「鷲は舞い降りた」(ジャック・ヒギンズ、ハヤカワ文庫)

第二次大戦の末期にドイツが仕組んだチャーチル誘拐作戦のお話だが、 実際の作戦実行は全体の四分の一くらで、 実は非常に地味で味わいの深い小説だと思う。 登場人物たちの一癖も二癖もあるキャラクターとか、 細々したそれでいて泣かせるエピソードなど、 これでもかと言うくらい、 奥行き深く書きこんであり、一種エンタテイメントのお手本と いう感じさえする。


9. 「アトポス」(島田荘司、講談社)

島田荘司は本格推理、と思われているが、実は非常に 伝奇的なお話の巧い人なんじゃないかなあ、と思う。 バートリの話とか、タイタニックの話とか、古代エジプトの話とか、 本筋より面白かったと個人的には思う。 それぞれネタは凡庸なのだが、それをこれくらい面白く書けるのは、 やはり「読ませる」作家だと思う。 主人公がお姫様を救うために白馬に乗って登場するなんて、 ちょっと凄い。


10. 「ガダラの豚」(中島らも、実業之日本社)

最後に現代本邦最強と思う大エンタテイメントを挙げたい。 絶対面白いから読んで下さい、としか言えません。 仕事がない一日を用意してこれを読んでください。



最新日記 「秘法十八」
Keisuke HARA, Ph.D.(Math.Sci.)
kshara@mars.dti.ne.jp
(from 8/NOV/1998)