力量とは学習のプロセスである 08.07.21

経営学者のミンツバーグによると「戦略とは学習のプロセスだ」という。経営戦略を考え、具体的に策定し、そして実行し、状況変化により修正し、結果として実施された戦略を通じて見ると、実行された戦略は当初の意図そのものではない。その過程において外部内部の情報を得て組織自身が学習し戦略が進められていく。だから戦略とは学習のプロセスだという。戦略そのものは固定したものでなく、策定され具体化され実現されていく過程で変化していくが、同時に組織と構成メンバーはそれによって学び力量を向上させていく。つまり戦略と構成員は相互作用によって双方を向上させる。そしてそのサイクルは終わることなく継続的に行われていくのが企業である。

これを読んでなるほどと思った。そして思い至ったのはもちろん力量の話である。
力量とはなんぞや?というと、ISOの世界では与えられたタスクを実行できることを言うらしい。らしいというのはこれまた人によって解釈がさまざまであるから。

力量(competence)とはISO14001:2004では定義されていない。ISO19011:2002では「実証された個人的特質、並びに知識及び技能を適用するための実証された能力」とある。
ここで実証の原語は「demonstrate」で、これを英英辞典で引くと
 1. To show clearly and deliberately
 2. To show to be true by reasoning or adducing evidence.
 3. To present by experiments, examples, or practical application.
 4. To show the use of (an article) to a prospective buyer.
上記から推定するに「実証する」とは「仕事ができることを実際にしてみせて証明すること」だけでなく、「修了証」などを基に「たぶん仕事ができるだろう」と判断することも含めてもよいと思われる。

しかし、必要とする力量とはこれこれとそのレベルを決め付けることができるのだろうか?という疑問を私は持つ。
危険物の取り扱いとか、公害防止施設の運転というものであれば、その環境影響を知り、その運転あるいは取り扱い手順を知れば、役目は果たせるだろう。機械が変わらなければ運転方法は変わらないし、法律が変わらなければマニフェストの記載方法は変わらない。
もちろん法規制とか世の中の事故報道などを受けてそれに対応していくことは必要だが、常に学習し、知識を最新化し向上していかなくてはならないということはないだろう。
しかし、調達という仕事(環境側面と言ってもいい)に就けば、日々勉強し、力量を向上させなくてはならないことは間違いない。環境に関してだけでも、グリーン調達、グリーン認定、化学物質管理、サプライチェーンにおける環境負荷低減など時代はどんどん変わるので学び続けないと時代に追いつけず仕事をすることができなくなってしまう。
もちろん学ばねばならないことは環境だけでない。下請法だってどんどん改正されるので注意しなければならない。あるいは派遣に関しても社会情勢を良く把握し問題を起こさないだけでなく、偽装請負など疑われないよう取り計らわなければならない。
あるいは輸送という仕事(環境側面と言ってもいい)においても、ミクロ的な省エネ運転からモーダルシフト、より広い観点で全体最適化を図るサプライチェーン、更には省エネ法で要求する輸送エネルギーミニマムをどう図るか・・・これは一定の学問を修めれば学ぶことは終わりというものではないことは自明だ。

現実の企業において著しい環境影響を持つ仕事に従事する人が有すべき力量など明確に定義できるはずがなく、またそれは日々変わり、要求水準が上がっていくことは誰でもわかるだろう。
すると特に製造現場の作業者や環境施設の運転要員などを除けば、「適切な教育、訓練又は経験に基づく力量を持つことを確実にする(ISO14001 4.4.2)」ことなどできないように思える。
むしろ、「その業務を継続的に改善し遂行していく能力を持つことを確実にする」べきではなかろうか?
ちょっと待て、日本企業は過去より企業内で仕事の進め方を学び身につけていく。そして単に引き継いだことをそのまま受け継ぐのではなく、より簡単により効率的により効果的に改善することを期待され、そしてそう実行してきたのではないだろうか?
すると規格がいっていることは過去からしていることの追認というか、当たり前のことを書いているだけではないか。
力量とは何ぞや? それを持つことを確実にするとは? その記録とは? などなど悩むことはない。己の仕事を常に改善し自己実現することが使命であり、それはISO規格の要求などをはるかに超えることは間違いない。
そう考えている。
私がなぜ駄文を書き続けるのか?といえば、書くことにより、自分自身が学び成長すると思うから

なぜこんなことを書いたのかといえば、「力量を持つことを確実にした記録は何か?」なんてアホらしいことを聞かれたからに過ぎない。
迷える羊よ、迷うことなかれ
もっとも質問者は羊ではなくオオカミだったような・・


VEM様からお便りを頂きました(09.06.06)
力量を測るもの
仕事にはいろいろな種類があると思いますが、外回りの営業マンという仕事の力量を測ることはすごく難しいと考えます。外回りですから管理監督者が仕事ぶりを直接観ることはかないません。丁寧な面接などで仕事ぶりを聞きだして評価することになるのですが、そのような丁寧な管理をするには人数に限界があるでしょうし、少数の営業マンが管理監督者を養うに十分なマージンを確保することは相当に困難だと思います。
現実には歩合制賃金と言う手法が管理監督者による評価に変わって何とか効果を発揮していますが、ISOでは認めてくれないのですね。営業専門の事業所にとってISOのハードルが高いと言うことだと思います。

VEM様 いつもご指導ありがとうございます。
私は営業というお仕事をしたことはありませんが、営業マンの力量は何か?といえば、究極的には売り上げの数字を出すことでしょう。
では単に売り上げを出せば良いのか?といえば、単純ではありません。新市場の開拓とか新製品を導入しようとしている人と、既存の市場でお客さんが付いている人を、数字だけ比較しても意味がありません。
それに事業というのは継続していかなければなりませんから略奪的事業は長期的な利益を最大化するとは言えません。(と昔ドラッカーが語っていました。)
そういう複雑なものを企業がどのように評価するかを考えて現実に企業を運営しているわけですから、ISO審査においてはそれを尊重するべきというのが私の考えです。
ですから
現実には歩合制賃金と言う手法が管理監督者による評価に変わって何とか効果を発揮していますが、ISOでは認めてくれないのですね。営業専門の事業所にとってISOのハードルが高いと言うことだと思います。
とおっしゃるのは現実だと思いますが、そういう審査機関を止めて、別な審査機関に移るというのも選択肢でしょう。もちろん審査機関とは当社はこういう考えで会社の仕組みを作っているからそれを納得して審査してくれというべきです。(お断り:私はそういうことは当然と思っておりまして、実行しております)
もっともその前に、営業の現実を知らないで浮世離れしたことを語るような審査員は力量がないと忌避(きひ)するのが良いでしょう。
審査の前に「この審査員を派遣したいのでよろしいか?」という事前提案があります。そのとき、「別な人にしてね」というだけでOKです。
別な人にしても同じでは、もう審査員の力量ではなく、審査機関の力量がないので切り替えるしかありません。
多分 その審査機関にとっては営業専門の事業所を審査するのはハードルが高いと言うことだと思います。
お困りでしたらいつでもお役にたちます。


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