ケーススタディ 現場監査 09.12.12

今日、山田は廣井のお伴をして岩手工場に来ている。廣井は会社の環境コンプライアンス確認のために毎年5つある工場を回って遵法をチェックしているのだ。鷽八百社ではこれを環境遵法監査と呼んでいる。監査結果は環境担当の役員経由、社長に報告される。財務監査と同等に扱われている。
環境遵法監査はISO14001と違い、法律の知識と環境管理の経験が必要で、環境保護部では廣井の担当となっている。監査員は廣井をリーダーに、他の工場から環境課長が2名参加して3日間かけて点検するルールとなっている。今回は特別に山田が見習いとして参加させてもらった。
三日間といっても時間に余裕があるとは言えない。監査プログラムはぎっしりと詰まっている。前泊して朝から始まるのだが、そのおおよそのスケジュールは次のようになっている。

岩手工場環境遵法監査スケジュール
第一日9:00〜9:30監査員オリエンテーション
9:30〜10:30被監査工場の部長、課長による工場の環境概要説明
質疑を含む
10:30〜12:00第一回 現場視察
13:00〜17:00関係する環境法規制の確認
第二日9:00〜12:00第二回 現場視察(敷地外からの点検も含む)
13:00〜17:00法規制に関わる遵守状況確認
(帳票・帳簿・届け出・測定生データなど)
第三日9:00〜12:00不明点の追加確認(書面及び現場の再確認)
13:00〜15:00監査員内部の打ち合わせ
15:00〜16:00監査側と被監査側の協議
16:00〜16:40報告書まとめ
16:40〜17:00工場長他幹部への報告

私の仕事は環境遵法監査だが、ここに書いているのはもちろん私の仕事を書いているわけではない。仕事の秘密をばらしてはいけません。なにせ国家機密レベルだからね 

他の工場から来たメンバーも武士は相身互い(あいみたがい)なんて助け合うとか見逃すという考えはない。監査員は監査結果についての責任を負うので、それこそ真剣で厳しく見る。廣井はむしろ工場の肩を持つような立場になることが多いという。
今、工場側の説明が終わって、第一回の現場視察に出掛けるところだ。
山田は千葉工場の井上課長とは面識があるが、岐阜工場の熊田課長とは初対面だ。岩手工場の稲田課長の案内で廣井を先頭にヘルメットをかぶり作業服を着た4人の監査員が続く。

稲田「この工場はメッキ工程がありますので、排水処理が重点です。成型機や大きなプレスなどはなく騒音や振動の問題は心配ありません。」
廣井「排水処理か・・ISO規格なら著しい環境側面なんていうところだろうね?」
稲田「そうです、もう10年になりますがISO14001を認証した当初は、わざわざ環境側面を抽出して著しい環境側面を決定なんていうママゴトみたいなことをしていましたが、今では昔からの呼び名に戻しました。化学薬品を使っていたり、事故の恐れがあればしっかり管理するというだけのことです。」
井上「まったくISO規格を翻訳した人は、環境管理を知っていたのだろうかねえ〜。バカみたいな言葉がたくさんあるよ。環境目的なんてのもそうだなあ〜」
それを脇で聞いていた熊田はフフフと笑った。
「言葉もそうだけど、目的や目標が年度ごとにスタートするという発想もスゴイですね。事業活動というのは別に暦とは関係ないですよ。生産が増えれば設備能力をアップしなければならなし、法規制が厳しくなれば来年から対応しますなんてことが通用するわけがない。」
「事故が起きればすぐ対応しなくてはならないし・・」と井上が続けた。
廣井「まったくISO規格とかISO審査員なんて人種は現実じゃなく夢を見ているのかねえ〜」
二人の課長はそんな軽口を叩きながらも、しっかりとあたりを眺めながら進んでいく。
廣井はそんなそぶりは見せない。もう完全にのどかな雰囲気だ。
山田は廣井に話しかけた。
「廣井さん、井上さんも熊田さんもものすごく真剣に見てますね。指示計器は針の示す値、側溝の中を覗いたり、配管類は叩いたりしてますよ。ああいう風にするのが一般的なのですか?」
廣井はアハハと笑って
「山田君、ここの稲田課長だって、その上の部長だって我々が来るっていうのでしっかりと事前点検しているのは当然だよ。まさか見学路から見えるところに問題があるはずはない。初日の工場巡回はのんびりと全体の状況を把握すればいい。まあ気をつけておくとすれば騒音の出そうな機械が敷地境界の近くにないか、住宅が近くにないかとか、もし薬品や石油が漏れたらどうなるのかな? というようなことを見ておくことだ。
ところで騒音が法規制を超えたら問題か? といえば、単純に問題というわけでもない。そしてまた法規制を超えなければ問題でないとも言えない。まあいろいろさ」
なるほど、そういうものかと山田は思った。なにせ環境監査なんてのをしたことがないのだから、
「廣井さん、ISO14001の審査というのもこういうことをするのですか?」
廣井は困ったような顔をして
「うーん、何とも言いようがないねえ〜、ISO審査員が今日のメンバーである熊田君とか井上君くらいの知識経験があるのかといえば、ある人もいるだろうけど、ない人が多いのではないかね。ほらあそこに危険物保管庫がある。僕はどの工場でISO審査でどんな指摘があったかそらんじているが、この危険物屋内貯蔵所では3年前の審査で審査員が換気が自然通風ではだめだからモーターの換気扇にしろと言ったことがあった。」
「はあ?」山田は廣井の語る意味がわからなかった。
「危険物保管庫、まあ、貯蔵所でも取扱所でも指定数量以上は消防署の検査を受けてはじめて使えるんだ。官の検査を受けて合格したものをこっちの都合で改造なんてできるわけないだろう。あのときのアホな審査員には困ったよ。
そういえば千葉工場ではクーリングタワーを増設して届出漏れだという指摘があったよね。困るんだよね、そんな審査ばかりでさ、」
「廣井さん、じゃあISO審査での現場審査はあまり役に立たないということですか?」
フフフと廣井は笑った。
「ISO審査での現場審査はあまりというか全然役に立たないように思うよ。そればかりか書面審査も役に立たないように思っている。」
「廣井さん、ISO審査が役に立たないからこういう環境遵法監査をしているのですか?」
「山田君、ズバリそのとおりさ。」
「じゃあ、ISO認証の意味はなんでしょうか? わざわざ高いお金を払って意味のない審査をしてもらっても手間がかかりお金が無駄なだけではないのですか?」
「うーん、なんとも答えようがないね。その答えは山田君がこれから出すべきことかもしれないよ。」
12/13 ISO審査は法遵守を調べるのではなく、マネジメントシステムの審査だと言い訳する方がいるだろうから追加する。
そうおっしゃる方に一言だけ・・
じゃあ、法律に関して間違ったことを言わないでください。
例えば、マニフェストは公文書だとか、訂正印がいるとか、サインとハンコが必要なんて言っちゃいけません。
騒音規制法では特定施設が1台増えれば都度届けると言ってはいけません。
騒音の測りかたを・・間違った測定方法を教えてもらわなくても結構です。
電子マニフェストを見たこともないのに、説明してもらわなくてもいいです。
私の耳では騒音が規制基準を超えていると語った審査員、その耳校正しているんですか?
特管産廃の帳簿が悪いと言った方、最近保健所に教えてもらったんですが・・
トルエン80%は劇物だと駄々をこねた審査員・・
あ、一言でなくなってしまった。

二人は話に夢中になって他の3人から10mくらい遅れてしまった。
廣井は突然立ち止り、大声で前にいる3人を呼んだ。
3人は何事かと急いで戻ってきた。
「稲田課長、側溝の脇の黒くなっているのはなんだ?」
「はあ、油の跡のようですね・・」いささか困惑したようだ。
「色のしみ具合は長い間ここに油が垂れていたと思える。上には・・(と言いつつ上を見上げた)・・柱上トランスもないようだ。以前この辺に何か機械を置いてなかったか?」
「夏場の電力不足対策としてエンジンコンプレッサーを置いてました。」
「じゃあ、それから漏れた油かな? まあいいだろう。次に進む。」
山田は油のしみというものをしげしげと眺めたが、そう言われるとそうかと思う程度だ。監査員は目ざとくないとだめだなと思った。

1時間半にわたる工場巡回から会議室に戻ると休憩する間もなく廣井が声を出した。
「では今日気が付いたことをホワイトボードに書きだしてくれ」
「私から行きます」熊田が立ち上がった。
熊田はホワイトボードに向かうと細々と書きだした。
・重油タンク3号の防液堤の水が抜いてない。雨が降ったのは三日前のはず。
・局変323の鳥よけの金網が破れている。
・特管産廃の看板が通路から見えない向きになっている。
・IPA廃棄物が特管置き場でないところに置いてある。
・・・
・・・
・・・


熊田だけで30件くらいあげた。
次に井上が立ち上がり、熊田と重複しないものを更に20件くらい追加した。
山田は見る人が見れば不具合というものはあるものだと感心した。
「山田君、君の番だよ。」
山田はぎょっとしたものの、立ち上がってホワイトボードに向かった。
・・・
・倉庫の前のグレーティングが車が通るたびにガタガタいう。
・危険物貯蔵所周辺の舗装が側溝に向かって傾斜している。油水分離の方に傾斜させた方が良い。
・「医薬用外劇物」の表示が赤地に白字で毒物の表記と間違えている。
・・



山田は自分が気が付いたことを更に10件ほど追加した。
井上も熊田も山田が初心者だと知っているので興味を持って書き出す内容を見つめている。
廣井は山田が書きだす内容を見てニヤニヤしていた。
山田が座ると熊田課長が質問した。
「グレーティングのことだけど、何が問題になるのですか?」
「跳ね上がった時に車体にぶつかる恐れがあります。トラックの燃料タンクに当たってガソリン漏洩を引き起こすことがあるかもしれません。」
「ほう、経験があるのかね?」廣井が聞く。
「ハイ、以前商品倉庫に来た業者のトラックのタンクに当たり軽油漏れを起こしたのを見たことがあります。」
「なるほど、」廣井は感心したようだ。


これを書くのにどのくらい時間がかかったとお思いでしょうか? 実はたったの30分です。次回は書面を書こうと思うけど、なんか書くのもメンドッチイ気がするから・・どうなるかわかりません。 




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