ケーススタディ 考えない人

13.02.18
ISOケーススタディシリーズとは

最近、ちょっとしたことがあり、人間がお互いの意思疎通をすること、つまりコミュニケーションですが、それがうまくできる人と、できない人がいるということを思いました。
相手の発した言葉あるいは文章を正しく理解できる人と、自分が思っているように理解する人、そして相手の言葉を全く理解できない人もいるのでは、いやいるのだという感じがします。
私もいつもはダジャレを語ったり、相手を罵倒するようなこともしているわけですが、ISO規格を語るときはそりゃ少しは考えるのですよ。
「少しは考える」と書くと、「少しだけ考える」のかと受け取る人もいるわけですが、その本意は「よっく考える」という意味ですよ。コミュニケーションができる、できないということは、こんな言い回しをどう理解するかということでも異なるのです。
私はISO規格に限らず、法律も契約書も、文字で書かれた方程式と理解しています。「てにをは」、「及び」や「又は」のかかり具合、句読点の位置、そういうものを目を見開いてしっかりと見ないと、意味をとり違えてしまうのです。
もっともISO規格と翻訳したJIS規格では、大幅に違うところが散見されます。これは誤訳なのか、意図的なのか・・わかりません。

ともかく、世の中にはISOに限らず考えることが苦手というのか、考えることを避けるというか、いやそもそも考えたくないという人がいるのですね。
思い返すと、いや思い返すまでもなく、私が過去にISO認証を指導したり、自ら認証活動をしたことが何十回もありましたが、そこで一緒に仕事したとかお会いした人々の中にも、ISO規格など考えたくない、いや考えない人がいました。そういう人はISO(JIS)規格を読んでその意味を考えることをせずに、誰さんがこういったとか、この本にこう書いてあるとか、審査員がこういったということを根拠に物事を判断していた。もちろん誰が言おうと正しいこともあるだろうし、本に正しいことが書いてあることもあるだろう、あるいは審査員が正しいことを言うこともあるだろう。しかし間違えたことを言う人もいるし、本に間違いが書いてあることあるし、審査員がうそを語ることもあるだろう。
しかしそういった人(複数)は他人の言葉、本に書いてあることを金科玉条としていた。その結果、後で間違いに気が付いたり問題が起きたりすることは多々あった。ところがその人たちは、またその時点で教えられたことを金科玉条として仕事をするのである。自分で考えずにそんなことをすることは、むなしくないのだろうかと私は思ったが、考えたくない人はむなしさを感じないようだ。
そんな人の動きを見ていると、部屋に入ってきた虫が外に出ようとガラス窓に張り付いて羽を必死に動かしている様子を思い浮かべる。一歩下がって考えたらどうなんだろう。迂回する方法が見つかるだろう。
おっと、本能で生きている昆虫並みだとは言わない。心の中で思っていても・・
もちろんISO規格についてだけでなく、法律の解釈も自分で考えずに、講習会で聞いたことを信じているとか、行政の担当者が語ったことが絶対と思って仕事をしていた人も多数存じています。
そんな人たちの上司に「あの方はおかしくないですか?」と聞くと、一様に「他の部門にいたのだけどどうも向かないようで、ここなら勤まるかと異動させた」とか、「病気になってね、楽な仕事をさせようと・・」なんて私に答えるのであった。
確かに営業の第一線とか、設計開発部門ではそのような人を見たことはない。じゃあ、ISOの仕事とは無気力な人のお仕事なのだろうか? 考えない人でもできる仕事なのだろうか?
会社という組織では、ファイトのない人の職場を確保しておかなければならないのだろうか? 会社は慈善事業なのだろうか?



山田がメールを見ていると、営業時代の先輩からメールが入っている。なんだろう?


相変わらず川崎さんは強引だなあと山田は苦笑した。
山田はISOの指導は藤本が行っていることを伝えようと思ったが、まあ昔お世話になった先輩の頼みだし、一度顔を出してみようと考えた。藤本に引き継ぐのはその後でも良いだろう。
山田はメールを頂いてうれしかったこと、週末の午後にお邪魔する旨を返信した。



金曜日、昼飯を食べ仕事を片付けたのを確認して山田は会社を出た。今日は横山が会社にいるから、なにかトラブルが起きても彼女が対応するだろう。最近は横山が何でも対応できるようになった。それは良いことでもあるが、山田は人員を減らさないといけないなあと感じている。さてどうしたものかと・・・

総武快速で千葉まで約40分、あっという間だ。いつも千葉に着くのは真っ暗になってからなので、2月とはいえ日中の光はまぶしく駅を出ると山田は眼をしょぼつかせた。
川崎の出向している販売会社はJR千葉駅から歩いて10分くらいのところのオフィスビルに間借りしている。
山田が応接室に案内されてソファに座る間もなく川崎 が現れた。以前より少し太めになっているが、元気ばりばりという感じは変わっていない。
山田
「ご無沙汰しています」
川崎
「いや〜久しぶりだな、山田君、今課長だって! すごいね、営業なら部長級かあ。正直言って営業にいたら部長にはなれなかっただろうね」
川崎は正直というか思ったことをそのまま口にする。
山田
「私もそう思います。これもみなさんのおかげです」
川崎
「いや違うな。営業で部長になれば俺とか福原さんのおかげだと言えるけど、君は営業でなく環境保護部に移ってから伸びたのだ。だから環境保護部の指導と君自身の努力によることは間違いない。
その辺の話は今夜じっくりと聞かせてもらうとしてだ、当社はISO認証のためにとんでもなく手間暇がかかっているんだよ。実を言っておれはISOなんてからっきしだ。何も知らないのだけど、なんかおかしいという気がする。
知っているだろうけど、おれはここに来るまでは本社の法人営業部で部長をしていたんだ。以前なんていったけかなあ、平井じゃなくて平手だっけか? そうだ平手さんだ、その平手造酒みきがISO事務局をしていた時は、ISO教育とか方針カードとか環境側面とか訳の分からない仕事ばかり多くて、おれもいろいろな書類にハンコを押させられたよ。だけど山田君がその後任になってから、なぜかわからないけどそういったものが一切合切なくなった。でもISO認証はしていたよね。ありゃいったいなんなんだ?」
いまどき平手造酒みきなんて知っている人は少ないでしょうねえ。昔はテレビやラジオで講談「天保水滸伝」なんてやってたものですが。
と思ったら、2013年アニメ化するそうです!
山田
「川崎さん、どうでもいいことですが、平手造酒じゃなくて平目さんですよ」
川崎
「そうだそうだ、海底から上目使いで審査員を見上げているからヒラメさんか アハハハハ」
山田もつられて笑った。
川崎
「ともかくさ、ここ何年も本社でISOのための仕事なんてしたことがない。おれが部長をしていた時、二度ばかりISO審査でインタビューを受けたけど、おれがしている仕事を説明した程度でわざわざISOの勉強をした記憶はないんだよなあ。
ところがさ、この会社に来たらISO審査とは重大なイベントでさ、審査前には全社員に、まあ全社員といっても80人しかいないんだけど、環境方針を配り、ISOの勉強資料を配り、全員が事務局担当者による2時間の講習を受けて理解度テストを受けるというモノモノしさなんだよ」

山田は川崎のおおげさな表現に笑ってしまった。
山田
「御社には、ISO事務局という部門があるのですか?」
川崎
「部門まではないが担当者は専任だよ、ISO担当者 はISOのこと以外していない。それほど仕事があるのか俺にはわからない。しかしたった80人の会社で、ISOのために一人専属がいるとはね・・・会社の人件費の1.25%がISOのためにかかっているわけだ。管理者としてはトホホだよ」
山田
「管理責任者というのは管理部長ですか?」
川崎
「そうだ、ゆくゆくはおれがそうなるらしい。ISO担当者によると管理責任者になるためにはISOをしっかり勉強して理解していなければならないそうだ。ヤレヤレ」
山田
「管理部長からは今までISO事務局とか認証についてなにかお話はなかったのですか?」
川崎
「うーん、そのISO事務局担当者は今・・36か37なんだけど、実はわけありでね。
管理部長から聞いた話だけど、その担当者は元営業にいたそうだが、性格的に人とコミュニケーションするのが難しいので10年ほど前のこと、営業部長から頼まれて管理部長が引き取ったそうだ。管理部長も経理には使えないので総務でオフィス管理とかさせたらしいのだけど・・・それもどうもね。それで社長がISO認証すると言い出した時、これ幸いとそいつをISO担当にしたということだ。どうせ認証のための仕事はコンサルには頼んだことだし、コンサルとか認証機関の連絡窓口が務まれば良いと考えたわけだ」
山田
「なるほど、ご本人はISOの仕事が好きなんですか?」
川崎
「そうでもないようだねえ〜、それほど熱意があるわけでもなく、仕事だからしているという感じだなあ」
山田はだんだんと状況が見えてきた。川端とも違うタイプのようだ。要するに仕事にファイトを持ってぶつかるタイプではないようだ。
山田
「するとコンサルとか審査員にいろいろと言われると、そのまま社内に実行させるというタイプですね?」
川崎
「そのとおり、勘がいいね山田君は。
言われたことの意図を考えるというよりも、言われた言葉通りにするという・・・だから審査前にコンサルとの打ち合わせをしたり、審査で審査員からいろいろと言われると、文書改定とか仕事の進め方を変えるとか、大騒ぎになる。もっとも実際の仕事は変わらないのだがね」
山田
「その方に会うまでもなく、状況はわかりました。
しかしね、川崎さん、そういう状況であれば私が改善することはできませんよ。いや誰であっても改善することはできないかもしれません」
川崎
「というと?」
山田
「なんと申しましょうか」
川崎
「昔、小西得郎って野球解説者がいたけど、その真似かよ」
山田
「いやいや、洒落や冗談じゃなくて、その担当者にはISO教育じゃなくて人間教育が必要じゃないんですか?」
川崎
「ファイトとか根性ということか?」
山田
「単純にファイトとかじゃなくて、考える力というか考えようとする気持ちというのでしょうか・・」
川崎
「しかしお前はよくそんなことが言えるなあ。会ったこともないのにどうしてそんなことが分るんか?」
山田が答える前にドアが応接室のノックされる音がした。
そして応える前にドアが開いて40くらいの男性が現れた。
中根
「川崎部長付、お客様と聞いておりますが、ちょっと急ぎの要件なのでお話してよろしいでしょうか?」
川崎
「良いも悪いも、もう来ちゃったんだからしょうがないよ。なんだろう?」
中根
「昼過ぎにコンサルタントの小林先生がお見えになって、マネジメントレビューの記録が大丈夫かと確認されました。私が資料をお見せしたら、教育訓練記録がないとおっしゃいました。それは問題と思いましたので、それをどうしようかと考えているのですが」
川崎は山田を見て困ったという顔をした。
川崎
「山田さん、紹介しましょう。こちらは弊社のISO14001担当の中根といいます。中根君、こちらは鷽八百機械工業の環境保護部の山田部長だ。今後お世話になるかもしれないから名刺をいただいておくといい」
中根と呼ばれた男はサット名刺を取り出して山田に差し出す。
中根
「山田部長さんですか、中根といいます。よろしくご指導のほどお願いします」
山田も立ち上がり、名刺交換する。
山田
「川崎さん、お急ぎでしょうから中根さんとお話してください。そしてよろしければ私もお話を伺ってよろしいでしょうか?」
川崎
「そうだ、それがいい。中根君、山田部長は環境監査担当でISOも詳しいんだ」
中根はまぶしいような顔をして山田をみる。
中根
「それはそれは、当社もISO14001を認証しておりまして、再来月の維持審査に備えてただいま準備中です。小林さんというコンサルタントの方にお願いしていまして、この方は契約審査員もしているのです」
川崎
「中根君、すまないが問題だといったことの説明をしてもらえないか。おっと小林さんはもうお帰りになったのかな?」
中根
「小林先生はお帰りになりました。お話は私が伺っていますのでそれを説明します。
当社のマネジメントレビューとしては、半年に一度部長会議で環境活動の進捗などを報告することを充てています。その中で監査結果とか、改善目標の進捗などを報告しているわけです。今日小林先生は教育訓練記録を報告したのかとお聞ききになりましたので、私が過去2回の議事録を調べましたが報告したという記載はありませんでした。小林先生はそれについて何も言わずにお帰りになったのですが、教育訓練を報告していないのは問題かと思いましてどうしようかと
来週の経営会議でISOの教育訓練状況を報告していただけないかと思います」
川崎
「なるほど、言わんとすることはわかった。ところで中根君、おれはISOはまったくの素人でさ、マネジメントレビューで教育訓練を報告するというのは決めてあるのか?」
山田は中根がどんなことを言うのか興味を持ってながめた。
中根
「え、決めているかとおっしゃいますと?」
川崎
「おれはISO素人だが、中根君は専門家だろう。ISO審査ではISO規格に定めていることをちゃんとしているかどうかを調べると聞いている。だからマネジメントレビューで教育訓練を報告していないということがだめだというなら、その根拠としてISO規格に教育訓練を報告しなさいと書いてあると思うんだけどね」
中根
「はあ、マネジメントレビューで教育訓練を報告しろと書いてあるかですか。さあ書いてあるのでしょうか?」
川崎
「おいおい、しっかりしてくれよ。もしだよ、ISO規格にマネジメントレビューで教育訓練を報告しろと書いてなければ報告する必要はないはずだよね」
中根
「そういうことは考えたことがありませんでしたので、小林先生に問い合わせてみましょうか?」
川崎
「まず、何が問題なのか、どうして問題なのか、それを確認してくれ。
そして問題であることを確認したなら、どのように対策するかを考えよう」
中根は復唱して部屋を出て行った。
川崎は山田を見て言う。
川崎
「どうだい、感想は?」
山田
「先ほど私は考える力というか考えようとする気持ちが足りないのじゃないかと言ったと思いますが、その念を強くしましたね」
川崎
「ほう、山田君は実際に会う前に分かってしまうとは千里眼かテレパシーか?」
山田
「だって川崎さんが、コンサルとか審査員にいろいろと言われると、そのまま実行するっておっしゃったじゃないですか。要するに自分の頭で考えていないということでしょう」
川崎
「なるほどなあ〜、一を聞いて十を知るもあり、十を聞いて一も知らずもありと」
山田
「今頃、中根さんは小林さんに電話して教育訓練がISO規格のマネジメントレビューに書いてあるかどうか聞いていると思いますよ。自分でISO規格を読めば、すぐわかると思いますが」
まもなくノックする音がしてドアが開いた。
中根
「すみません失礼します。小林先生に電話してお聞きしました。ISO規格には書いてないとおっしゃっていました。ということでマネジメントレビューで教育訓練を報告していなくても問題なく大丈夫だそうです」
川崎
「まずはよかった。
ところで中根君、質問なんだけどね、小林さんがおっしゃったとき、その場ですぐに教育訓練を報告していないのは問題かどうかを聞けばよかったんじゃないかね? そうすれば改めて小林さんのお手を煩わすこともなかったわけだし」
中根
「川崎部長付のおっしゃる通りですね、今度そのような問題がありましたらそのように致します」
中根はあっという間に消えた。
山田
「中根さんはISOには向かないのかもしれませんね」
川崎
「といって彼に向くような仕事もなさそうだが」
山田
「じゃあ、会社員には向かないのかもしれません。ともかく今まででいくつかわかったことがあります」
川崎
「ほう、超能力者が分かったことをお聞きしたいね」
山田
「こんなこと超能力者でなくても誰だって分りますよ。
まず、小林さんとおっしゃるコンサルはまともなようです。
今まで文書とか記録の見直しが大変だったと川崎さんがおっしゃいましたが、小林さんのお話を正しく社内に伝えていたのかどうか、そこんところを確認しないといけませんね。
今後は小林さんのお話をよく聞いて、それを正しく展開する必要があるのではないでしょうか。
つまり冒頭に川崎さんがおっしゃった『ISO維持が大変だ』というのは、コミュニケーションの問題ではなかったかという気がします」
川崎
「コミュニケーションか・・・中根が営業には向かないと言われたのもコミュニケーションが不得手と言っていたな。コミュニケーション力を伸ばすにはどうしたらいいものだろうか?」
山田
「そうなりますとISOの範疇じゃありませんね。人を育てるかという管理者のお仕事そのものでしょう」
そのとき終業のブザーが鳴った。
川崎
「おい、山田よ、ちょっと付き合え」
山田
「川崎さん、私は飲むのは嫌いじゃありませんが、私はここからモノレールと歩きで20分で我が家ですけど、川崎さんは横浜ですよ。まっすぐお帰りになったほうが良いのではありませんか」
川崎
「そうつれなくするな」


ふたりは外に出た。だいぶ日が長くなり、5時過ぎてもまだ明るい。
山田
「だいぶ日が伸びましたね」
川崎
「おれが横浜の家に着く頃は一年中真っ暗だよ」
山田
「サラリーマンはしょうがありませんよ。今私は遅くても8時には退社してますが、営業時代はね・・・」
川崎は居酒屋を見つけると山田に声をかけてさっと入った。
ビールとつまみをいくつか頼み、すぐに表れたビールで乾杯する。
川崎
「山田よ、お前、営業時代はパットしなかったが、今の仕事に移って大出世したものだな」
山田
「おかげ様です。やはり上司である廣井部長のご指導が良かったんでしょうねえ」
川崎
「つまり福原さんやおれの指導があまり良くなかったわけだ。その廣井部長の教育というのはどういう方法なんだ?」
山田
「廣井さんですか、まず口が悪いですね。話している言葉だけ聞いていると土方どかたかなんかだと思いますよ。それは指導とあまり関係はないですが、
問題が起きても動じません。もちろん解決策が見えているわけではないですよ。ただパニックにならないんです。そして情報を収集して問題は何かを究明するんです。その辺の肝っ玉の大きさがすごいですね」
川崎
「環境部門では営業と違い、緊急事態とかとんでもない問題が起きないからということはないのか?」
山田
「いやいや、環境保護部の方が営業よりも緊急事態は多いと思いますね。工場や関連会社で事故や違反が起きれば、夜でもすぐに飛んでいくとか、その対外的な広報、行政、地域、マスコミ対応もありますし・・その後始末もありますし」
川崎
「山田君はそういうところにいて鍛えられたということか?」
山田
「そりゃ問題があれば対応するしかないんですが、やはり上を見て真似をしようとしますよね」
川崎
「何事かあれば廣井部長を見て真似するということか?」
山田
「そうですね、そして廣井さんがいないときは、廣井さんならどう考えるのか、何をするだろうかと考えるわけです。そして自分はそれよりももっとうまくやろうと考えるわけです。日々そんなことを考えて実行していると、いつしか自分がレベルアップしていることに気づきますね」
川崎
「それは上がそのように指導しているわけなんだろうか? それとも山田が自発的に考えてのことなんだろうか?」
山田
「まず廣井さんには、管理者というものは教育することが仕事だという認識があると思います。そして教育ということは座学とか、座学でなくてもこれを教えようとか教えるぞと意識して行うものでもないと認識していると私はみています。
日常の仕事において上司は常にルールに従ったあるべき姿を見せるとか、決裁に当たっては最善の判断に努めることよって手本を示す。部下がそれに気づかなければ気付かせる、部下が規範を逸脱したら都度修正するということの積み重ねが教育だと思います。
親が子供をしつけるってああせいこうせいということじゃありませんよね。親が祖父母を敬えば、子供は親を敬います。お金をごまかしたり、義理を欠いたりすれば子供はそれをしてもよいと認識します。お世話になった人に感謝すれば、子供も感謝ということを肌で理解します。まあ、そういうことです。
フフフ、実を言って環境保護部は廃棄物業者と陰で呼ばれているんですよ」
川崎
「それは、どういう意味?」
山田
「他部門で活躍していない人や問題児を引き取って一人前に鍛えているからだそうです」
川崎
「野村再生工場みたいなもんだな」
山田
「そう、そして私もその問題児の一人だったというわけです」
川崎
「なるほどね、それは誰でも使えるテクニックなのか?」
山田
「どうでしょうかねえ〜、自分じゃなんとも言えませんが。でも今では私が廃棄物業者の社長を引き継いでいますよ。今現在も一人をリサイクル中  です」
川崎
「今日、中根を見ただろう。実を言ってあいつには参っているんだ。その廃棄物業者のテクニックでどうにかならんか?」
山田
「すぐに対処法が見つかるはずがありません。やはりじっくりと相手を見て、能力があるけれど今までの指導が悪かったのか、あるいはもともとあまりファイトがないのか、それとも創造的な仕事よりも定型的なルーチンワークが向いているのか見定めないと・・」
川崎
「やつはコミュニケーション能力に問題があると思うが」
山田
「そうでしょうか。コミュニケーションと簡単に言ってしまってはいけません。意思疎通するというのも様々な能力やテクニックの組み合わせです。相手を観察する力とか、文章や話を理解しようとすることとか、自分が言いたいことを分りやすく言葉にすることとか、あるいは性格的に前向きか引っ込み思案かなどいろいろあって、問題点が分れば対策は決まります」
川崎
「今日見たところはどうなんだ?」
山田
「まず、文章を読むとか人の話をよく聞くという訓練が足りないんじゃないでしょうか」
川崎
「お前にかかるとなんでも簡単に見えてしまうようだ。じゃ文章を読むとか人の話を聞くということの訓練はできるのだろうか?」
山田
「彼の場合、ちょっと歳がいってますね。人間は歳をとると変わりにくくなりますから。ただ法律を読むとかそれをブレークダウンすることなどをやらせれば注意力が増すとは思います」
川崎
「そういうことは効果があるのか?」
山田
「私は営業にいるとき、ISO規格なんて知りませんでした。環境保護部にきて、例の平目さんから教えられたのですが、彼の言うことはどうも変なのです。平目さんも文章を読むという訓練が足りなかったのですね。平目さんは講習会で習ったことをそのまま信じていたのでしょう。
それで私はISO規格を何度も熟読しました。日本語と英語で。そんなことをしていると、だんだんとそういった種類の文章を読むことができるようになりました。
ご存じのように私は営業にいたとき法律って商法とか下請法くらいしか関わりがありませんでした。環境保護部に来て今まで関わっていなかった、たくさんの環境関連の法律を読むことになりましたが、SVOCをしっかりと把握して、及びとか又はとか、特有の言葉を覚えると、法律を読むのが苦にならなくなりました。そういう訓練を彼にしたらどうでしょうか。もちろん訓練といっても単なる練習じゃなくて、御社に関わる法律をしっかりと読ませて、そのサマリーを作らせるとか、社内の実施事項を書かせるとかするのです」
川崎
「なるほどなあ、使えないと決めつけるのはたやすいが、それは管理者としては無責任だ。いかに使うか、使えるようにするかを考えるのが管理者だ。いやあ、山田よ、今日は本当に勉強になったよ。つまりあいつを使うには俺自身が向上しなければならないってことだ」
山田
「川崎さん、失礼なことを申し上げますが」
川崎
「なんだ?」
山田
「本社の管理者つまり川崎さんのような方は、優秀な人は使えるけど、優秀でない人を使えないのではないかと思います。
鷽八百社ともなると入社してくる人は有名大学でしかも上澄みだけが入ってくるのです。しかも最近は理系では過半数がマスター、文系でもマスターは珍しくありません。そういう優秀な人は上長が育てなくても自ら学んでいくでしょう。本社でエリートコースを歩いている川崎さんのような人は、はじめから優秀な人を使えばよいのであって、人を育てなくてもよいのです。
しかし一方、今のお勤め先のような中小では、優秀でない人を育てて戦力にする能力が必要です。私はもう8年も監査で当社の子会社や関連会社歩き回っています。そういうところで立派な管理者だと感じるのは、人を育てる人ですね。もちろん私も工場からダメ社員の教育を頼まれたりしているのですよ」
川崎
「わかる、わかる。中根は特別じゃないってことだ。中根を変えるためには、おれ自身が変わらないとならないってことだね」
山田
「川崎さん、私は営業で順調に昇進できなかったことを良かったと思っているのです。私は川崎さんのように課長・部長と順調に昇進しなかったから、私と同じ境遇とか子会社のプロパーの人の立場で考えることができるようになったと思います」
川崎
「なるほどねえ〜」

うそ800 本日の思い出
私が高校を出て会社に入ったとき4歳上の高卒の先輩格の人がいた。その人にはマージャンとかポーカーでずいぶん授業料を払ったが、そういう賭け事をしている中でいろいろなことを教えてくれた。
ポーカーでツウペアの一枚を交換してフルハウスを狙った時、バカかと言われた。それではフルハウスになる確率は8%だ。しかしワンペアを一組残して3枚交換すればスリーカードができる確率は13%だ。ポーカーでスリーカード以上の手ができるのは2%、そして普通はだいたいジャックのワンペアくらいで勝負がついているから、そういう戦術をとるのだという。
そしてスリーカードができず最終的に10のワンペア以下だったら、ブラフもあるし降りるのもある。そこもまた戦略、戦術を考えなければならない。
 
◎◎
◎◎
◎◎
同様にマージャンも単に高い手を狙うのではなく、たやすく上がれる安い手を狙うか、困難だけど少しでも高い手を狙うかは相手の状況を見て考えろという。
そんなことが考えることの訓練になったと思う。
おお、マージャンは単なる付き合いではなく、会社員としての考え方を教えるゲームであったか。




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