審査員物語16 審査員研修2

15.02.02
審査員物語とは

研修三日目の朝である。今日も三木はナガスネ認証のビルの玄関ドアが開く前に着いて、ドアが開くのを待っていた。昨日と一昨日と来るのが早かった島貫も朝倉も、今日はまだ来ていない。研修がどんなものか見当がついたので、これからは時間通りに来るのだろうか。
三木はしばらくの間、外堀通りを行きかう車や人をながめていた。このあたりは官庁や関連の財団法人が多い。そういったところに出勤する人々なのだろう。それと朝早いというのに警備の警官というか機動隊が目立つ。国会議事堂や首相官邸が近いから、サヨク団体や右翼のデモが多いのだろう。そういえば昨日の日中表でデモのシュプレヒコールがうるさかったなあと思いだした。
そんなことを考えているといつの間にかドアが開き、ガードマンが顔を出してどうぞと三木に声をかけた。

コーヒー 三木は会場の自分の席に荷物を置くと、いつものようにコーヒーを飲む。今日は話し相手もいないので、今日の科目である「環境法令概論」というテキストをながめる。三木は公害防止管理者の通信教育で公害規制の主たる法律は一応知っていた。だがテキストには公害関係ばかりではなく、省エネ法、廃棄物処理法、消防法、安衛法などなどが並んでいる。これらを名前だけでなくその規制内容も覚えなければならないかと思うといささかうんざりする。それは大仕事だろう。そんなことを考えながらページをめくっていると脇から声がした。
木村
「おはようございます。お早いですね」
三木が振りむくと50を少し超えたと思われる男がいた。
木村
「昨日と一昨日は時間ぎりぎりでしたので、今日は絶対に早く来ようと決心しましたよ」
三木
「どちらからいらっしゃっているでしょう?」
木村
「静岡です。昨日と一昨日と9時スレスレでしたからね。なんでも遅刻や早退すると修了させないと聞いてます。それで今日は余裕を持とうと始発できました。朝食を食べる暇がなく、下のコンビニでサンドイッチを食べましたよ」
三木
「それは大変ですね。私は辻堂で近いとは言えませんが、静岡よりは近いです。在来線で1時間ちょっとです。それに勤務先よりもこちらが近いので楽ですわ」
木村
「それはうらやましい。どうですか、審査員研修はためになりますか?」
三木
「ためになるかと問われましても、どう答えればよいのか・・・まあ、教えられることを必死で覚えようとしているというところです」
木村
「私は講義で話していることはほとんど理解していると思います」

なかなか自信があるようだ。木村は名刺入れを取り出して三木に差し出した。三木はそれを押し頂いたのち、自分の名刺を渡した。それからしげしげと受け取った名刺をながめる。肩書をみると三木の勤めている電機メーカーの子会社の照明機器の品質保証課長とある。
木村は三木の名刺を見て声を出した。
木村
「あれえ、三木さんは本社の方ですか。私も元は本体の静岡工場にいたのです。2年ほど前に子会社の照明機器メーカーに出向しました」

三木は頭の中で木村の値踏みをした。子会社に出向して課長というとは、本体にいたときも課長クラスだったのだろう。しかし子会社に出向すればゆくゆく名目だけでも部長になって62・3歳まで働けるはずだ。それなのに今更ISO審査員研修を受けるというのはどんな意図なのだろう?
木村は三木の疑問に気が付いたのか身の上話を始めた。
木村
「私は以前からISO審査員になりたかったのですよ。それで出向元と出向先から転籍しろと言われているのですが、それを断り続けています」
三木
「はあ? 転籍をしないと何かいいことがあるのですか?」
木村
「ご存じないですか。ナガスネ認証は業界団体が設立した認証機関です。業界大手10社が10%ずつ出資しているので、株主の会社からは出向しやすい。逆に子会社に転籍してしまうと出向しにくいのですよ。それで転籍を断っているのです。毎年の自己申告で審査員を希望しているのですが、希望がかないません」
三木
「なるほど、同じ会社ですから、ざっくばらんに思ったことを言いますが、転籍を断っていると社内的にはまずいんじゃないですか」
木村
「そうでしょうねえ。転籍すれば子会社の部長にするというのです。しかしもう2度も転籍を断っているので、このままでは課長どまりですね。そして定年になったとき子会社で嘱託として雇ってくれるはずはないですね」
三木
「審査員に出向できないと大変ですね」
木村
「そうなんです。現在の職場でも派遣元の上司も、私の希望を理解してくれないのですよ。それでつてを頼ってウチからここに出向している審査員に取締役に口をきいてほしいとお願いしているのですが」
三木
「そうですか。こんなことを聞くのもなんですが、審査員になりたいというのはどういう理由なのでしょうか。審査員という職業はそれほど魅力的なのですか?」
木村
「えっ!三木さんも審査員になりたいからここに来ているのでしょう?」
三木
「いや、実は私は役職定年になったとき、思いもよらないことに審査員に出向せよと言われましてね、私が希望したわけではありません。とにかく今は出向のために勉強中です」
木村
「うわー、それはうらやましい。かたや審査員になりたいと願っていてなれない人もあれば、こなた審査員になりたくなくても審査員になれと言われる人もいると、世の中は不条理ですね」
三木
「木村さんは環境管理に携わっていたことがあるのですか?」
木村
「いや、私はずっと品質管理を担当してきまして、環境とは縁がないですね。本当はISO9001の審査員になりたかったのです。しかし品質の審査員は飽和状態で、その反面、環境の審査員なら採用されやすいと聞いたもんですから」
三木
「品質と環境じゃ必要な知識も何も全然違うのでしょう?」
木村
「いや変わりませんよ。ISO規格適合かどうかは具体的管理をみるのではなく、システムつまり組織や手順をみるわけで、環境についての経験や知識がなくてもできるんです」

三木は環境管理の経験や知識がなくてもISO14001の審査員ができるものかいささか疑問だ。
三木
「木村さんは環境法規制などについては詳しいのでしょうねえ?」
木村
「一応は知っているつもりです。今の勤め先でISO14001を認証したときの中心になりましたし、ナガスネの法規制や環境側面の研修も受けてますから」
三木
「そうですか。そうそう、私は出向するには公害防止管理者の水質1種と大気1種に合格することと言われているのです。木村さんは公害防止管理者の資格はとられたのですか?」
木村
「ええ、そうなんですか! いやあ、公害防止管理者の資格はありません。審査員になった方からそういう話は聞いていなかったなあ。ああ、それ以外の資格ならいくつかもっていますが。特管産廃とか」

会場に島貫が現れコーヒーを飲みに二人のそばにやってきて挨拶をする。三木と木村の話もそれっきりになった。



「環境関連法令概論」の講義といっても、講師がテキストを読みあげるだけだ。「省エネ法はエネルギー危機のときにエネルギー効率をあげる意図で制定されました。一定規模以上の工場では・・」
こんな講義ならわざわざ聞くまでもなく、本を読めば済むように思う。
小声で単調な講師の話を聞いていると、三木は眠くなった。研修の始めに教室の後ろの小部屋に監視者がいて、居眠りや二毛作をすると修了させないという話があった。三木が振り向いて小部屋の小さな窓をみると、確かに中に一人座っている。いやはや、
喫煙 周りを見回すとみな眠そうな顔をしている。これは難行苦行だな。 もっとも将来審査をしているとき、眠くなっても我慢しなければならないだろうから、その練習というか、眠気を克服できない人を振るい落とすためなのだろうかと三木は皮肉に思う。

休憩となった。トイレに行ったりタバコを吸う人は喫煙室で一服した後、三々五々集まって雑談となる。テキストを復習する人はいないようだ。どっちにしてもあんな説明が役に立つとは思えない。 三木がコーヒーを飲んでいると木村が寄ってきた。
木村
「三木さん、公害防止管理者に合格しないとならないってことでしたが、どのようなことをされているのですか?」
三木
「ただいま勉強中でして、この秋に受験する予定です。ワンチャンスの一発勝負ですから深刻です」
木村
「私は何度もISO14001の審査を受けましたが、公害防止管理者の水質と大気の資格を持っている審査員などいませんでしたがねえ〜」
三木
「ほう、どうしてご存じなのですか?」
木村
「審査の前に審査員のプロフィルを送ってくるのですよ。学歴、業歴、保有資格などの・・・会社はそれを見て問題なければ審査員を了承するという返事をするのです」
三木
「はあ? 審査員を選ぶことができるのですか?」
木村
「選ぶことまではできないですが、問題があれば拒否はできるということですかね」
三木
「問題があればとは?」
木村
「例えば同業他社に勤めている人に来てもらっては困ります」
三木
「ちょっと待って、同業他社に勤めているって? 審査員は認証機関に出向しているのでしょう?」
木村
「審査員といっても全員が認証機関に勤務しているわけではないのです。契約審査員といって他の仕事、例えば企業に勤めているとか、自営でコンサルタントなどをしていて、アルバイト的に審査員をしている人も多いのです」
三木
「ほう! そういう制度もあるのですか」
木村
「そうです。ですから同業他社で働いている人が来る場合もあるわけで、同業他社の人が審査に来られたまずいでしょう」
三木
「もちろん審査員と守秘契約は結ぶのでしょうけど・・」
木村
「守秘契約といっても、自分が知り得た情報を自分の仕事で使うぶんには誰にもわからないわけですし、いや本当に守秘契約を守っているのかどうかわかりませんよ」
三木
「確かに同業他社の工場や作業状況などを見れば設備もノウハウも一目瞭然ですね」
木村
「それだけでなく生産額や品質状況なども見えちゃいますからね、場合によっては損益や棚卸資産回転率だってクレーム状況だってわかってしまうでしょう。いや開発状況だって見せることになりますし」
三木
「なるほど、おっしゃる通り同業他社の方は断るしかありませんね」

三木は以前、氷川や本田も同じことを言っていたことを思い出した。謀らずも裏がとれたという感じがする。いろいろな人から話を聞くとためになる。


休憩が終わると文書審査の実習だ。昨日と同じくマニュアルの記載内容がISO規格要求を満たしているかどうかのチェックだ。
実習用の環境マニュアルを作るのが大仕事なのかどうか三木には分らないが、配布資料は持ち帰り禁止はもちろん、実習が終わるとすべて回収する。配られたマニュアルは何度も使っているようで紙の端がめくれているし手垢で汚れている。それに書き込み禁止と言われているがあちこちにアンダーラインが引いてあったり、ここが間違いとか鉛筆で薄く記されていたりする。そのおかげでマニュアルチェックは楽チンであるが、そもそもこんなことのチェックに意味があるのかどうか三木には分らなかった。いずれにしてもこんな資料くらい毎回プリントして使い捨てにすべきだろう。


昼休みとなった。受講料に入っている高級な弁当を食べた後、また教室の端にあるコーヒーや飴玉の置いてある一角に集まって雑談となる。みなテキストを読み直したりというようなことはしないようだ。受講者はそんなチマチマしたことより参加者同士のコミュニケーションを大事にしているようだ。いやコミュニケーションというよりも情報収集なのだろう。
三木がコーヒーを飲んでいると、また木村が近寄ってきた。実を言って三木も木村からいろいろと教えてもらおうと思っていたのでそれを喜んだ。
木村
「さっきの続きですがね・・」
三木
「さっきの続きとおっしゃいますと?」
木村
「公害防止管理者のことです。出向するにはそれは必須と言われたのでしょうか?」
三木
「私の場合ですが、出向するには公害防止管理者の水質1種と大気1種、そして審査員補登録が必要条件と言われました。それで今研修を受けているのです」
木村
「そうかあ、厳しいですねえ。私もこの研修を受けたらすぐに審査員補に登録しようと思っているのですが、それだけじゃだめとなると・・公害防止管理者の資格は今年はもう無理ですねえ」
三木
「受験申請だけならまだ間に合うと思いますが、勉強が大変ですね。私は環境管理の経験がありませんから法律にしても設備にしても初めて聞くことばかりで・・」
木村
「大気や水質となると大ものですから、これからじゃ無理ですね。それじゃ今年はあまりボリュームがない騒音か振動を受験してみようかなあ」
注:
公害防止管理者の資格の騒音と振動がひとつになったのは2006年からで、この物語の時はまだ別個の資格であった。
ちなみに私は公害防止管理者は主任管理者以外全部持っているが、一番難しいと思ったのは大気で簡単だったのはダイオキシンと騒音だ。ダイオキシンは過渡期だったから今はどうか分らない。それに騒音は振動と一緒になって少しは難しくなったのかもしれない。
なお、主任管理者は水質1種と大気1種があればいらないというか同等である。
三木
「木村さんが審査員になりたいとお聞きしましたが、なぜなりたいかはまだ聞いていません。その理由を教えてくれませんか」
木村
「えっ、審査員になりたくないって人がいるのですか。誰だって審査員になりたいと思いますけど」
三木
「はあ! 審査員って、それほど良いお仕事なんですか?」
木村
「良い仕事だと思いますよ。私は過去何度も審査を受けましたが、あれほどうまみのある仕事はないと思います。まず一番は、いろいろと給料以外の実入りがあるでしょう」
三木
「はあ、そうなんですか?」
木村
「三木さんは審査員についてあまりご存じないようですね。審査員はもちろん給料をもらいますが、それだけでなく休日はコンサルをしてお金を稼ぐのが普通です」
三木
「ええ、コンサルをするのですか? 就業規則違反にならないのでしょうか?」
木村
「そんなことに認証機関は何も言わないようですよ。
そしてですね、コンサルといっても一から指導するってことではなく、ほとんどが別の会社の資料を渡せば済んでしまうんです」
三木
「ええと、よく分りませんが・・・」
木村
「例えばですよ、法規制一覧表を作るのにどうしたらいいですかと聞かれたら、他の会社の法規制一覧表の社名を黒く塗りつぶして渡せば終わりです。環境側面評価をどうしたらいいかと聞かれたら、他の会社の計算式とか配点表の社名を塗りつぶして渡せばおわり。まさに人のふんどしで相撲を取るっていう・・・」

D
法規制一覧表
矢印 A社
A社
矢印
■社
環境側面評価表
矢印 矢印お金 矢印
D社
D社
矢印
お金
コンサルタント








矢印
お金
B社 B社
矢印 矢印お金 矢印
●●社
環境マニュアル
矢印 C社C社 矢印
B
内部監査規定
一式

三木
「トランスファーというかころがすだけで対価を得るというのですか? 守秘義務なんてなきがごとしか」
木村
「会社側だってバカじゃないですからね。参考資料があれば十分ですよ」
三木
「そういったことで、いくらくらい稼げるものでしょうか?」
木村
「ああもちろん環境方針でいくら、環境側面でいくらというわけじゃありませんけどね。認証するまで指導していくらという契約ですよ。ただ細かい指導しなくても、そういった情報提供だけでお金が稼げるってことです。
本業の給料と同じかそれ以上稼いでいる人もいるって聞きます。認証するまで指導して200万とか普通でしょう。本業の審査が多ければあまりコンサルする時間がないでしょうけど、まあ年に数社はコンサルできるでしょう。想像ですがね」
三木
「うわー、それは・・・」
木村
「三木さんも審査員が魅力的に見えてきたでしょう。じゃあコンサルだけしたらいいかっていうと、そうじゃないんですよ。コンサルも審査員をしていないと客から尊敬されないんです。主任審査員というだけで料金が違いますからね」

三木はポカンという顔をして考え込んだ。木村の話は本当だろうか?
まあ話半分としてもサイドビジネスという収入の手もあるのかと三木は驚いた。
木村
「それと審査員に採用してもらえば60までは社員として働けるし、それ以降も数年間は契約審査員として働けるでしょう。子会社に出向して定年後嘱託になると賃金は定年前の5掛けとか6掛けですからね。63くらいまで働けるとしても審査員になったほうが生涯収入は多いと計算しています」
三木
「なるほど。私は子会社に出向した方が良いと思っていましたが、いろいろ裏があるのですね」
木村
「ただコンサルも年と共に参入者が多くなっていますから早い者勝ちですよね」
三木
「なるほど・・・じゃあとにかく今回の審査員研修は一発合格して審査員補登録しなければ」
木村
「審査員研修の修了試験は心配いりませんよ。今回は受講者が20名いますが、不合格になる人なんてまずいないでしょう。もし不合格になったとしてももう一度最終試験が受けられます」
三木
「ほう、合格率は高いのですか?」
木村
「不合格になったというのは、私の仲間ではいませんでしたね。ただ修了試験に受講者以外に一人とか二人受験した人がいたとか聞きました。きっと以前の試験の不合格者だったのだろうと言ってましたっけ」

三木は木村の話を聞いて半信半疑なりに少し安心した。正直言って過去二日半講義を聞いて、修了試験に合格するかいささか不安だった。なにせ講師がたよりないしテキストもいい加減で、講義内容にいささか憤りを感じていた。過去に営業や経理などの講習会は数え切れないほど受講していたが、今回の審査員研修ほどカリキュラムも講師もいい加減なのはなかったように思う。もちろん今までナガスネの環境側面とか法規制の講習を受けていたが、それらは修了試験はない。単なる講習会だ。それに対して今回は修了試験に合格しないと30万円と貴重な時間がパーになってしまうのだから。


夕方講義が終了後に三木は木村に声をかけられた。
木村
「三木さん、そのへんでお茶でも飲みながらいかがですか?」
三木
「私はかまわないけど、木村さんは遅くなってしまうのではないですか?」
木村
「三木さんとお話がしたいのですよ」
ケーキイ 二人は新橋の駅近くのファーストフード店に入った。木村は甘党らしくケーキとコーヒーを頼んだ。三木はナガスネでコーヒーはもうたくさんというほど飲んでいたので紅茶にした。
三木
「木村さんのお話とはなんでしょうか?」
木村
「いや三木さんが審査員に出向されると聞きましたので、できたら私のことを人事にでも話してもらえないかなと思いまして」

三木は空中の一点を見て考える。確かに元々三木は審査員になりたかったわけではない。それに対して理由はどうあれ審査員になりたいと強く願っている人がいるなら、その人が審査員になったほうがお互いに幸せというものかもしれない。
だが・・と思う。元々はISO14001審査員の口は、工場の環境管理者の出向先だったと聞いた。どの職場でも職階によって定年前に出向する、あるいは定年後の道を確保しているのが普通といってはおかしいかもしれないが現実だ。三木がいなくてもISO審査員に出向するのは工場の環境担当者とか環境課長であって、品質保証の人が行くところではないはずだ。そもそも品質保証課長などはどういったところに出向していたのだろう。木村が子会社の品質保証部門に出向したということをは、本来そういう道筋ができていたのではないだろうか。
三木
「お気持ちはわかりますが・・・・私は私で審査員以外に行くところはないと申し渡されております。木村さんは上司と人事と話し合う他ないのではないでしょうか」
木村
「うーん、確かにそうでしょうねえ〜、ただ三木さんが審査員になりたいというお気持ちがないようなので世の中不条理ですよね」
三木
「私にしてもまったく未経験で未知の仕事に出向しろと言われたことには納得できないですが、このご時勢ですからそれに応えるよう努力するしかないでしょう。木村さんも照明機器のご担当業務で頑張るしかないのかなと思いますが」
木村
「うーん、そう言われてもなあ、イマイチファイトがわきません」
三木
「ところで認証機関というのはたくさんあると聞いています。ナガスネ以外の認証機関に就職することはできないのですか?」
木村
「確かに、認証機関は何十とあります。しかし認証機関の多くは業界ごとに設立していますので、株主でない会社の人は採用してくれないというか非常に条件が悪いでしょうね」
三木
「なるほどなあ〜
でも木村さん、私にはあなたが審査員になりたいっていうお気持ちがいまいちわかりませんねえ。お金だけなんですか?」
木村
「うーん、正直言いましてね、歳を取っても働けるとかお金のことは二の次三の次なんですよ。実は一番の理由は、今までの審査でやりたい放題されましたので、その仇を取ろうと思ったということです」
三木
「仇? やりたい放題された?」
木村
「三木さんもISO審査を受けたとか見学されたことはあるでしょう?
私はISO事務局でしたので審査のたびにえらい目にあいましたね。もちろん審査では規格とかけ離れた要求に泣かされましたが、それだけではありません。駅やホテルまでのお迎えお見送り、タクシーではだめで、ハイヤーにしろとか、昼食がまずい、夜は宴会、一度は女を用意しろなんて言われましたよ」
三木 「女!
木村
「信用されないかもしれませんが本当です。いまどき営業だってそんなことを言いだすお客様はいないでしょう」
三木
「もしそんなことがあれば即刻お取引をご遠慮しますよ。いや告発レベルでしょうね」
木村
「それに暴力的行為、恐喝に該当するような審査もありました。圧迫面接という言葉があるそうですが、圧迫審査でしょうかねえ。 そんなことをいろいろ経験してきました。それで笑われるかもしれませんがISO審査をまっとうにしたいという思いなのです。そのために審査員になり、真面目な審査をしようと思っているのです」

三木は木村の話が単に審査員になりたいとか、三木に口をきいてほしいための嘘ではないと思う。

うそ800 本日の証拠
ISO審査で恐喝とか女を要求されたなんて本当か! 証拠を出せ! なんて言い出す認証機関の幹部や審査員がいるかもしれませんね。私は逃げませんよ、証言台に立ちましょう。もっともそれは20世紀でしたけどね。21世紀はどうなんでしょうか? そんな悪逆非道はなくなったのでしょうか、教えてください。

うそ800 本日の思い出
1998年1月ISO14001の予備審査で審査員からコミュニケーションについて分りやすい図があると良いと言われた。当時は審査員が「should」と言えば、我々にとっては「must」であったから、私は一生懸命考えてなんとか見られるようなフローを考えマニュアルに載せた。本審査でその審査員はいたくご満足であった。
俺は怒っているぞ それから数年して、たまたま訪問した会社のマニュアルをみると、ひと目で私の作品とわかるその絵が載っていた。聞くと、コンサルから頂いた資料にその絵があり、拝借したとのこと。そんな経験は一度や二度ではない。
ひどいのは別の審査員であったが、判定委員会に説明するために必要だと言われて、規格を説明する資料を作らされたことがある。某社に行ったときにその資料が教育用に使われているのを見た。文章は私が書いたのだから間違いない。その審査員はあの資料を使いまわしていたのだろう。だけど規格解説なんて、わざわざ審査に行った会社に作らせることもないように思った。その後、その認証機関の幹部から判定委員会でそのような資料は必要としないという話を聞いた。


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