審査員物語 番外編56 木村物語(その10)

17.02.02

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基にしております。また引用文献や書籍名はすべて実在のものです。

審査員物語とは

新年度となり、木村は念願だった認証機関に出向した。さあ、これからは審査員としてバリバリ働き、バリバリ稼ぐぞと思っています。そううまくいくのでしょうか。

2003年4月
木村は晴れてナガスネに出向した。審査員になりたいと思って早7年、もう52歳になっていた。出向するまでに木村が払った犠牲は大きい。子会社に転籍するように言われたのを断り続け、そのために査定も低く、また管理職にもつけなかった。露骨な話であるが、それによる過去数年間のマイナスはいろいろあったが、収入だけでも500万はくだらないだろう。審査員になったからにはそれを取り戻さなければならない。

審査員補なのだからすぐに審査に連れて行ってもらえるのかと思っていたが、とんでもない。まず新入社員研修である。一緒に研修を受けるのが7名いた。三木や木村のように出向してきた者が5名、新しく契約審査員になった者が2名である。みな審査員補に登録はしているが、認証機関では審査員補など人にあらずである。そもそも審査員補というのは資格ではなく、かざりにもならない。
研修内容は審査員の5日間研修と同じようなものだが、もっと具体的と言うかドロ臭いものだ。細かい規格解釈や、適合・不適合の判断基準など、外部に出せないようなことも多い。言い換えると実際に審査するときの判断基準とかして、良いこと・悪いことをこと細かく教えてくれる。そして教えられた通りにしていれば、大きな問題は起こさない気がする。ただ規格解釈は木村が見てもおかしいというか間違えているようなものがある。いわゆるナガスネ流なのだ。まあ、ここで仕事をするなら長いものに巻かれて言われた通りにするのが一番だ。講師と議論するなんて下の下である。
木村は他のメンバーの様子を見ていたがISO規格についても、認証制度についても木村ほど詳しい人はいないように思えた。三木はまったくの素人だし、朝倉というのも似たようなものだ。契約審査員になった菊地と島田の二人は以前からISOコンサルをしていたというのでそれよりは詳しいのだろう。

初日のお昼、みんなで話してお弁当を買ってきて食べることになった。
三木
三木
出向者
朝倉
朝倉
出向者
木村
木村
出向者
菊地さん
菊地
契約審査員
お弁当お弁当お弁当

お弁当お弁当

お弁当お弁当
島田さん
島田さん
契約審査員
茂木さん
茂木さん
出向者
小浜さん
小浜さん
出向者
他のメンバーのレベルを知る良い機会だと情報収集しようと思ったが、皆の自己紹介とか講習の内容についてなど意見交換などが活発で、木村が聞きたいことまで話が進まなかった。とはいえ皆の学歴や経験などの情報はいろいろと手に入った。明日からも講習が続くのだから機会はいつでもあるだろう。

数日後の昼休みに、木村はISOコンサルをしていると自己紹介した島田に話しかけた。
木村
「島田さんはISOコンサル歴は長いのですか?」
島田さん
「元々私は街の技術コンサル屋でした。指導することは技術士の分野とは関わりなく、不良対策指導とか小集団活動とかなんでもありでしたよ。食うためには贅沢は言ってられません」
木村
「ほう!技術士ですか、すごいですね」
島田さん
「すごくなんてないよ。それに技術士ってだけでは食っていけない。
そんな仕事をしていて今から数年前、1996年頃かな、ISO9001を認証したいので手伝ってくれという話を受けた。私はISOについては名前を聞いた程度だったので、知り合いの同業者に教えてもらったり講習会に行ったりして認証を手伝った。どうせならと審査員研修を受けて審査員補に登録した。ISOコンサルするなら審査員ならいうことないが、最低審査員補であることが必要だからね」
木村
「技術士ですとISO審査員になれるのですか?」
島田さん
「それは関係ないよ。まあそんなことをしていたら技術士仲間からISO9001の審査員をしないかと声がかかり、その人の伝手で契約審査員になった」
木村
「うわあ、島田さんの生き方は私の理想です」
島田さん
「なにをおっしゃる。元々私はサラリーマンでしたが会社が左前になって早期退職してせざるを得なかった。それでコンサルを始めたというのがほんとのとこですよ」
木村
「私はずっと長い間審査員になりたかったのですよ」
島田さん
「最近になってISO9001だけではと言われてISO14001の審査員研修を受けました。実を言って今までは他の認証機関で契約審査員をしていたのですが、環境はナガスネが大手でしょう。そんなわけでまあ鞍替えというか」
木村
「やはり認証機関に審査を受ける会社を紹介するというあれですか」
島田さん
「そうだねえ〜、コンサルと認証機関、持ちつ持たれつ、いろいろしないとね。噂では指導と審査の切り分けがだんだん厳密というか厳しくなるようだ。そうなるとつらいねえ。仲間同士で連携してなんとかしなければ」
木村
「島田さんはいろいろコンサルをされているようですが、どれくらいISOコンサルの仕事がありますかね。私も審査員だけでなくISOコンサルを副業にしたいと考えているのです」
島田さん
「木村さんは出向してきてナガスネの社員だ。とするとわざわざコンサルをする必要はないのではないかな。私の場合、契約審査員だからフルには仕事が回ってこない。だからコンサルもしないと食べていけない」
木村
「私はコンサルしたいのですが客はみつかりますかね」
島田さん
「うーん、何といったらいいんだろうか。私の場合、ISOコンサルの仕事がありませんかなどと声をかけたことはない。先ほど言ってように元々町工場のコンサルをしていたわけだ。お客さんの中にはISO認証したいという会社があり、そのお手伝いをしてきたということだ。もちろん最近はISOコンサルという看板を掲げて売り込みをしているところもあるけど。
だけど、どうなんだろう。木村さんは出向前と同じ賃金をもらえるんだろう。なんでわざわざコンサルをしなければならないんだ。審査員で十分賃金がもらえるならそれで満足じゃないのかな」
木村
「だってコンサルをすればそれだけ稼げるじゃないですか。人によっては審査員の賃金と同じくらい副業で稼いでいると聞きました」
島田さん
「私は契約審査員だから、年間数十日しか審査の仕事がない。だからコンサルする時間があるというか、コンサルしなければならないわけだ。
社員の場合、審査をしようとしまいと賃金は変わらないから会社は100%審査を入れる。だからコンサルをする時間がないよ。平日はほとんど出張だし」
木村
「でも土曜・日曜はあるでしょう」
島田さん
「コンサルが来てくれるのが土日だけで良いという会社はめったにないだろう。認証活動を進めていればいろいろな問題にぶつかり都度コンサルに相談したい。ところが次回来るのは来週の日曜日なんていったら頼まれるわけがない」
木村
「土日とたまに休暇取るくらいではダメですかね?」
島田さん
「あんまり無理をすれば結果としてトラブルが起きるだろう。それにあまり欲深すると会社で浮いてしまうよ」

休憩が終わった。
木村は島田の話を聞いてコンサルで稼ぐというのも簡単ではないのだなと思う。しかし出向者の賃金は元の会社で働いていたときと変わらない。それでは審査員になった意味がない。まあ今日は挨拶程度だ。島田も本音と建て前は違うだろう。これからいろいろと教えてもらわなければ・・


2週間ほど過ぎ、最初の研修が終わり、出向者は社内で書類審査などを手伝いOJTを受けている。契約審査員は今後は時々研修を受けゆくゆく審査に参加するようになるという。
ある日の昼休みに三木が声をかけてきた。

三木
「木村さん、今日は定時後何か御用がありますか?」
木村
「いえなにも・・・とはいえ静岡なのでまっすぐ帰りたいのが本音ですね」
三木
「ほう、静岡から通勤とは大変ですね」
木村
「まあ7年も単身赴任していましたので、また単身というわけにもいきません。それにこの近くではワンルームマンションの家賃も大変です。私が借りられるところとなると通勤1時間くらいかかりますから、それなら静岡の自宅からと時間的には大差ありません」
三木
「なるほどねえ〜。あっ、実はですね、山内取締役から飲もうというお誘いなのです」
木村
「それじゃいいも悪いもありませんよ。ここに出向できた恩人ですから」

定時後、ビルの正門で待ち合わせ、三人は新橋駅に向かって歩き出した。新橋駅まで数分のところで裏通りにある昔ながらの居酒屋に入る。
乾杯のあと、山内は言いたいことがあるようで口を開く。

山内取締役
「木村よ、どうだ、うまくやっていけそうか?」
木村
「ハイ、おかげさまです」
山内取締役
「あのよ木村はISOコンサルをやりたいという噂を聞いているが」
木村
「えっそんな噂が広まっているのですか? まあ、そういう気持ちはあります」
山内取締役
「ウチでは社員が、副業にコンサルをしてもとやかく言わない。しかし本業に全力を尽してもらいたい。そこはしっかり認識してもらわないと。出向してきた早々に副業をしたいなんて公言するようでは俺が困る。お前が出向できるようにあちこち不義理をしたんだ」
木村
「いえいえ、そんな他言しているわけでは・・」
山内取締役
「ともかく今は審査員になるために100%努力してほしい。ウチでは審査員にならないと使えない。正しく言えば主任になって初めて一人前だ。入社早々そんな寝ぼけたことを語っていては皆から白い目で見られる」
木村
「わかりました」
山内取締役
「三木はどうだ、やっていけそうか?」

山内がすぐに三木に話を振ったので木村はホッとした。
三木
「講習を聞いたことや、出向前にナガスネの審査を見学して思ったことですが・・・」
山内取締役
「なにか問題か?」
三木
「ナガスネの審査方式というか考え方は、審査を楽にしようという発想で考えられているように思えてきました」
山内取締役
「ほう、そういう話を聞いたのは初めてだな」
木村
「三木さん、審査を楽にというのはどういう意味でしょうか?」
三木
「典型的なものとしては、環境マニュアルを作れという要求はISO規格にありません。実際に認証機関の中には環境マニュアルを求めていないところもあります。そしてまた環境マニュアルを要求しても、そこに何を書くか、なにが書いてないと不適合になるのかということも認証機関によって異なります。
ナガスネは環境マニュアルにISO規格のshallすべてが書いてあること、更にそれをどのように対応するかの概要の記載を要求しています。ですから環境マニュアルを見ればその会社の概要が分り、誰にでも審査ができるという仕組みです」
木村
「それはいい方法ではないですか」
三木
「でもそれはナガスネが楽をするだけであって、審査を依頼する方にとっては余計な仕事が増えることになります。またISO規格の要求以外に余分にいろいろと仕事をさせることになっています」
木村
「でもどんな仕事でも合理化、標準化は悪いことじゃありません」
三木
「しかしこの場合、合理化、標準化することによってISO規格要求事項から逸脱してしまうといけないんじゃないか」
山内取締役
「ええと三木よ、現実問題としてそのナガスネの考え方では、どんな問題が起きるんだ?」
三木
「当社に依頼してくる会社がこの業界内だけであれば、企業は出向者を出しているからとか業界団体だからという義理で、他の認証機関に依頼するということはないと思います。しかし長期的には認証機関による規格解釈の齟齬とか、提出資料の多寡によって当社の競争力が落ちていくでしょうね。今でもナガスネ流とか呼ばれています。決してそれは褒め言葉ではないでしょう」
山内取締役
「うーん、三木よ、分った。ちょっと考えるわ。それから今の話はうかつに社内で語るなよ。正直言ってお前がつまはじきされる危険があるから。
まったくお前たちは問題児だな」

木村は山内の関心が三木に移ったのでラッキーと思った。グイッと焼酎のお湯割りを飲む。
焼酎 しかし三木もつまらないことに拘るものだ。マニュアルの要求とかその内容なんて審査員個人が決めることじゃない。認証機関がこうせいというなら、ハイハイと従っていればいい。他社がどうとか競争力なんて何を考えているのだろう。三木は空気が読めないのか、審査員に向いていないんじゃないのか、
木村は三木を上から目線で見ていた。

山内は焼酎のお湯割りを作りながら考える。
木村は審査員になって副業もしてお金を稼ぎたいと思っているだけなのか? こいつを出向させたのはまずかったのだろうか?
上野部長
上野である
実を言って山内は木村から連絡を取ってきたときあまり乗り気ではなかった。ただ駿府照明にいると聞いて、同期入社の上野を思い出した。上野は頑固一徹の正義漢で社内政治などとは無縁だった。入社当時から山内とは仲良く、山内は社内の人間関係は妥協が必要だと諭したものだが上野は笑っただけだった。そんな男だったからはじき出されて子会社の駿府照明に行きもう10数年になる。

木村からのメールを見て、山内は上野に連絡を取り、木村の人となりについて聞いた。木村も出世街道から離れた田舎道を歩いてきたようだ。それはそれなりに問題があったのだろうが、山内は上野の人生に重ね合わせて同情してしまった。それでわざわざ本社の人事政策に反対してまで出向受け入れしたのだが。実際に付き合ってみると、こいつはまっとうな常識はないのか、常識がなかったから順調でなかったのかと懐疑心が沸いてくる。
一方、三木がいうのはもっともなことだ。実を言って山内は業界の打ち合わせとか客先との懇談などでナガスネ批判は耳にタコができるほど聞かされている。三木はそういう問題を意見するのかと思ったら、具体的な事例を問題とするのではなく、類似事例などをまとめ、分析し、その原因はどこにあるのか、どう対処すべきかという考え方がいい。まさに監査的発想だ。実際の審査員100人中90人はそういう発想ができない。ほとんどは不具合を見つけるとそれを問題として、その直接的な原因をどうこういうのが関の山だ。
三木はやはり部長を何年もしてきたから大局的な見方・判断ができるのだろうか。とすると審査員に受け入れるのは環境管理をしていた者よりも管理者を勤め上げた方が適任なのだろうか?
木村や三木は、自分のこと、そして同期の人をどう見ているのだろうか?

山内取締役
「木村よ、同期の中で審査員に向いていると思うのは誰だ?」
木村
「ほとんどの方が素人同然ですね。出向者を選択するとき、最低ISOシステム構築経験者とか審査を受けたこととか必要ではないのでしょうか」
山内取締役
「経験がないとだめか?」
木村
「講義で聞いたことをサット理解できるか、できないかということですね。私が聞いて当たり前のことをなかなか理解できない方もいるようで。いや失礼、三木さんのことじゃありません」
三木
「確かに私はISO審査を受けたこともなく、認証活動に関わったこともありません。
ただこの仕事に就いたからには頑張ります。頑張るというのはあいまいとか精神論ではありません。私は今、この仕事に必要な要件を分析し、それぞれについて計画立てて勉強しています」
山内取締役
「ほう、勉強だって、どんなことだろう?」
三木
「審査計画、報告書、是正計画とその評価など、知り合いとか元同僚などの伝手で多数の認証機関のものを集めて読んだり、そういったものを書く練習をしています」
木村
「報告書などは外に出すのはいけないんじゃないですか?」
三木
「まあそうですね。ここだけの話です。
審査計画書といっても当社よりも細かい認証機関もありましたし、荒いものもありました。比較すると勉強になります。
報告書も同じです。ウチが企業に出す審査報告書というものは4ページ程度一番薄いですね。他社では数十ページというところもあります。平均すれば7ページから10ページくらいでしょうか。
山内さん、正直言いますがあれは手抜きではないのでしょうか」
山内取締役
「そうか、本来はそういうことはウチの技術部とかが情報収集して改善をしなければならないことだなあ〜。個人でそんなことを調べているとは大したもんだ」
三木
「実を言いまして、そんなことをしていると、このISO第三者認証制度というビジネスの将来性とか市場戦略なんてのを考えてしまうのですよ」
山内取締役
「営業部長の血が騒ぐか?」
三木
「アハハハハ」

山内はやはり三木は戦略的なことを考えられる男と思う。それに引き換え木村はもう少し常識を持ってほしい。常識とは知識ではなく知恵である。
どうも木村は問題を起こしそうだ。注意していかねばならないと思う。

うそ800 本日の逡巡
木村物語は面白くないという声をいただきました。
ISOとはなにかと考えた山田太郎とか、会社を良くしたいという佐田一郎とかに比して、木村はセコくて嫌な奴という声をいただきました。
あいすみません
今回は、現実の審査員はこんなものさということを実際の知り合いの行状をまとめて書いておりましたが、嫌な奴ということではご同意を頂けかと・・・
反論というか嫌論が多数であれば切り上げて新しい物語に進もうかと思います。


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