「精密への果てなき道」

20.07.09
お断り
このコーナーは「推薦する本」というタイトルであるが、推薦する本にこだわらず、推薦しない本についても駄文を書いている。そして書いているのは本のあらすじとか読書感想文ではなく、私がその本を読んだことによって、何を考えたかとか何をしたとかいうことである。読んだ本はそのきっかけにすぎない。だからとりあげた本の内容について知りたいという方には不向きだ。
よってここで取り上げた本そのものについてのコメントはご遠慮する。
ぜひ私が感じたこと、私が考えたことについてコメントいただきたい。

書名著者出版社ISBN初版価格
精密への果てなき道サイモン・ウィンチェスター早川書房97841520987952019.08.251800円

コロナによる緊急事態宣言も解除され、そして行き過ぎた自粛も落ち着いてきた。自民党のスローガンではないが、日常を取り戻した感はある。
本 最近は毎日フィットネスクラブで汗を流し、週に2回は図書館をさまよっている。ネットにおけるサービスが興隆してネットがあれば何でもできるようになった現代だが、やはり紙の本というのは魅力的な情報源であり時間つぶしである。暇があれば図書館に行き、書架を眺めて目についた本をとり気に入れば借りてくるというのは無上の楽しみである。

この本は上述したように図書館を彷徨っていて、タイトルに惹かれて手に取った。もちろんさまようといっても、自分に興味がないところを歩くわけはない。私が興味を持っているものといえば、古事記、邪馬台国、工学全般、そんなところだ。この本は図書分類「502」で「技術史・工学史」である。

パラパラとページをめくると、開いたところがたまたまワットの蒸気機関の話で「そのピストンとシリンダーの隙間の差が1シリング硬貨の厚みほどの違いもない(p.75)」という文章が目に入ってきた。
以前、「工作機械の歴史」という本を読んだとき、同じ文章をみた覚えがある。私は老いても記憶力はあるのだ。そのとき1シリングコインの厚さを知らず、目方から推測した。この本ではコインの厚さが2.5ミリと書いてある。ひとつ情報が増えた。これは読まねばならない。

ご注意: そのときワットが作った蒸気機関のシリンダーは直径127センチ長さ90センチであった。その大きさで"直径のばらつき"が2.5ミリとは驚く。ばらつきが2.5ミリということは、ピストンとシリンダーの隙間は最低でも5ミリ以上はあっただろう。今なら感心するどころか呆れてしまう。当然そのとき直径を測ったのは計測器ではなくものさしではなかろうか?
ちなみにシリンダーは鉄の鋳物で、旋盤で中ぐりした。どう考えてもバイトが2.5ミリも偏心して切削する様を想像できない。精度を上げるのは難しいが、それほど精度を下げるのも難しそうだ。

家に帰ってすぐに読み始めた。あとがきや参考文献リストなどを除いて450ページもある結構な厚さの本である。読み終えるのに夜1時頃まで読んで二晩かかった。一通り読み終わってから、気になったところに貼ったポストイットのところを読み直している。
ためになったかというと、確かに読んだかいはあったと思う。しかし……期待したほどではなかったというのが実感だ。

始まりは著者が子供の時、軍の技術者だった父親が、ときどき工場から部品や計測器などを10歳だった著者へお土産に持ってきてくれたという話から始まる。
それを読んで私の親父を思い出した。親父は最初徴兵されたとき、自動車部隊に配属されトラックを運転していたという。その後退役して海軍工廠で働いていて、太平洋戦争で再び招集されてからは海軍の法務兵(憲兵)だった。
復員してくると法務兵だったために公職追放ということになり、要するに公務員になれなかった。昔は下士官になると判任官という等級、今なら初級公務員にあたり、軍隊をやめても町役場とかの職員になれたのだ。
ファイル名 まあそんなわけで親父は家族を養うためにいろいろ仕事を掛け持ちし、休日は自動車修理屋でアルバイトしていた。それで修理屋から使い物にならないスパークプラグとかボールベアリングとかを持ってきてくれた。私にとってそれは大切な宝物でありおもちゃだった。
男の子が父親から機械部品をお土産にもらうのは、いずこも同じなのだろうか?

そんな話から始まって読み始めたときはワクワクしたが、読むにつれてこの本は技術史ではないことに気がついた。この本は技術開発のノンフィクションであり、技術については全く書いてない。精度を上げるためにどうしたのか、微細な加工をいかに工夫したのか、どのように解決したのか、そういったことは全く書いてない。
書いてあるのは○○氏はねじの精度を上げたとか、従来より一桁正確な歯車を作った、というような表現しかない。読み物としては面白いけど私にとっては無意味だった。ヨハンソンがゲージブロックの精度を上げるのに奥さんの裁縫ミシンを使ったということよりも、精度はいくらだったのかを知りたい。
この本にはワットのような有名な人や、名を残さなかった人たちがたくさん登場してくるけど、細かい図などないし(いやいや図そのものがない)、苦労したことも工夫したことも全く書いてない。

思うに著者はジャーナリストであって、どんな材料でも一般人が興味を持って楽しく読むように料理をするのは得意なのだろうが、技術とか製造ということにまったく興味がないのではないかという気がする。技術に興味があるなら、知らなくても知りたいという気持ちになり、取材すればそれを伝えたくなるはずだ。ヨハンソン、ワット、ウィルキンソンたちがしたことは、技術に興味がある人ならもっと知りたいということばかりだ。そういったことは全く無視している。

それと原本のせいなのか翻訳のせいなのか、公差とかバラツキといった言葉の使い方がおかしい。全体的に著者が技術を知らないようなので、元々の使い方が悪いのではなかろうか。
私は自分自身が興味を持っている公差の歴史について言及しているかなと期待したのだが、その期待はまるっきり裏切られた。

また互換性という意味もよくわかっていないようだ。スプリングフィールド造兵廠では公差を定めて互換性を確立したということが書いてある。スプリングフィールドではゲージで小銃の互換性を確立したといろいろな本に書いてある。だがその互換性は公差によって担保されたのではなく、限界ゲージによってであったことは、この本ではまるっきり書いてない。前後の流れから著者がその辺を理解していないのか知らないのかわからない。おっと、言いたくなかったのかもしれない。


この本ではワットの蒸気機関から始まって錠前、鉄砲、自動車と時代が下がり、そして精度がどんどんと上がっていくという流れで、測定とか工作方法が変わってきたというふうに話を進めていく。
まあ話の進め方は時系列に沿っているし、精度もどんどんと上がっていくというストーリーもわかりやすいのだが、 加工精度の三面等価 基本的なこととして工作方法と測定方法と寸法公差というものは関連して進化してきたということを理解していない。あるいは理解しているのかもしれないが、まったく言及していない。
精度が必要だというとき、それをいかに図面(絵でなく仕様書でもよい)にあらわすか、加工方法をどうするかという関連は重要だ。このみっつがうまく回転していかないと前進はない。著者は現実の工業の姿を知らないとしか思えない。

似たようなことに、錠前を量産するためにいかに作業を標準化する必要があったのか、いかに下請けなどに展開するのか、アッセンブリーすること、異常をフィードバックすること、そういう生産管理的なことは全く言及していない。わずかにブラマーの開発した錠前を量産する必要が生じたとき、モーズーリーがそれを行ったとあるが、その偉大さなど等閑である(p.87)。
鍵 それと同じことはヘンリー・フォードの流れ作業についても同じだ(p.208)。
少しでも工業に携わった者なら、技術開発と量産に展開することは等しく重要なことは体で知っているはずだ。それがまったくないというのはいくらなんでもおかしいだろう。


ただ一つ驚いたことがある。
この本は生産性向上、自動化というものが進むにつれて、それが社会的に与える影響と反発・反動を記述している。
機械の剛性が向上し高機能になるにつれて、熟練工でなくても製造できるようになる。同時に生産性が大きく向上し雇用の減少、特に高賃金の熟練工が解雇されるようになる。それに伴い自動機械の導入反対やラッダイト運動や起きたことが記述されている(p.103)。こういうことが技術開発の本に書いてあるというのはめったにない。
イギリス人にとって今から200年前のラッダイトは遠い話ではなく、縁者や地域の身近なビッグイベントだったのかもしれない。著者はアメリカ生まれのアメリカ人だが、両親はイギリスからの移民である。

今我々日本人が、ITによってホワイトカラー職がどんどんと自動化されていく、失業していくということに恐れおののいている。他方、欧米人は当然と受け止めているということは、過去に製造業が自動化によって大幅失業の波が来たことを知っているからだろうか? それは歴史の必然であると認識しているからなのか?

それともうひとつ、著者の考えで驚いたこと。著者は物理学の法則からもう先は見えてきたという。高精度化、小型化、高性能化というものはいずれ飽和するという信条である。
半導体にはムーアの法則というのがある。それは「1年半ごとに電子部品のサイズは半分に、計算速度と処理能力は2倍になる」というものだ。
正しく言えば法則というよりも予測なのだろう。この言葉は1965年に語られたらしいが、21世紀の今までほぼこの言葉通りに推移してきた。

今地球上で動作しているトランジスタ(LSIの中のものを含めて)は世界中の木の葉よりも多いという。そして現在の最高密度のLSIでは1個のトランジスタは数個の原子しか含まれていないという。当然、内部放射線や外部放射線その他の影響によって時間が経過すれば破壊したり誤動作するだろう。だから高密度化は限界だと語る(p.370)。
そうなのだろうか?

飛行機の速度は過去何度も限界だといわれ、そして常に破られてきた。
プロペラ機は800km/hより早く飛べないといわれた。ジェット機はそれを打ち破った。
F100スーパーセイバー
最初の超音速ジェット戦闘機
F100 スーパーセイバー
次に音より早く飛べないと言われ、音の壁と呼ばれた。だが音の壁はエリアルール採用で越えた。
次は高速になると高温になりジュラルミンが軟化して限界があると言われ、熱の壁と言われた。コンコルドのスピードははアルミの限界温度で決まった。SR71はチタンで熱の壁を超えた。
そして今、発展を止めているのはかねの壁だ。果たして金の壁は破られるのか?
私にはわからない。


終章にセイコーの話が出てくる。そこでは高性能、高品質、低価格で、世界の時計界で絶対王者となったセイコーが、今チャレンジしているのは機械式時計の生産、そしてそのビジネスでの成功である(p.394)。
著者はそういう動きにホッとしているようだ。

この動きは私には理解できない。もちろん生活水準つまり金持ちか貧乏かによって考え方、暮らし方が変わるだろう。何年たってもほとんど狂いのないカシオの7000円の電波・ソーラー腕時計をつけている私には、機械式腕時計の価値はわからない。ロレックスを着けると女にもてるという発想も理解できない。
実用だけではつまらないのかもしれない。しかし本書でも書いているが、最高品質と言われたロールスロイスよりも、安い値段で大衆車を作ったフォードのほうが、高い技術を必要としたというのは事実である。そして世の中に与えたインパクト、与えた幸せも桁違いに大きかっただろうと思う。

ロールスロイスA型フォード
ロールスロイスA型フォード

そんなこと思うと、現役時代 安物の家電品しか作ってなかった私も、あんがい世の中に貢献したのかもしれない。今までは、現役時代私が関わった製品は定年したときにはすべて廃棄物になっていただろうとしょげていたが、それでいいのだと思えば、人間の幸せに貢献し、そして後輩たちのために一歩前進したのだ。
わが人生に悔いなし……と思えるようになった。


うそ800 本日のまとめ
この本は技術史と思って読めばがっかりする。暇つぶしにノンフィクションでも眺めるかと思って手に取るなら、まあ楽しい時間を過ごせるだろう。
あまり感動しなかったなら、わざわざ一文したためることもなかったのにと思われた方、あなたは正しい。
本音は、この本を読んで後悔したと言い残したかったのです。





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