21.03.01
少し前、文章作法というのを書いた。私の文章をいつも読まれている方は、私が文章作法など無縁だと思っているに違いない。その通り、私は立派どころかちゃんとした文章など書けない。始まりも終わりもいい加減な、ペンの向くまま気の向くままである。
とはいえ向上心は持っている(大いに怪しい)。私はけっこう文章の書き方の本を読んでいる。今年になってからでも次の本を読んだ。
おっと、ご心配召されるな。3冊は図書館から借りて、1冊はアマゾンの読み放題で読んだので、特段金はかかってない。
評点 | 書名 | 著者 | 出版社 | ISBN | 初版 | 価格 |
★★★★ | 入門テクニカル ライティング | 高橋麻奈 | 朝倉書店 | 4254101953 | 2005.06.20 | 2600円 |
★★★★ | 技術者のための テクニカル ライティング入門講座 | 高橋慈子 | 翔泳社 | 9784798157191 | 2018.11.19 | 2200円 |
★★★★ | 言葉を減らせば 文章は分かりやすくなる | 山口謠司 | ワニブックス | 9784847099052 | 2020.04.10 | 1400円 |
★★★★ | 人より評価される文章術 | 高橋慈子 | 宣伝会議 | 9784883353880 | 2017.03.02 | 1430円 |
ためになった本もあるし、星★ひとつで「フーン」で終わった本もある。
ということで本日は最近読んだ、文書作成の指南書の読書感想文である。
そもそも文を書くというのは何かを伝えたいから書くわけだ。日記にしても未来の自分に伝えるため、いや今の自分に反省させるために現状を伝えるために違いない。
伝える対象や伝える内容により多様な文・文書がある。具体例を下に示す。
なお下記の分類も解説もれっきとしたものではなく、私が今考えたもので大いに怪しい。
種類 | 内容 |
小説 | 散文で書かれた物語 |
詩歌 | 形式に沿って作られた物語や事象の記述 |
解説書 | 知識・情報を説明する文書 |
手順書 | 業務の手順・基準を示す文書で、公式に定めた逸脱を許さない行動基準
手順書(procesure)とは企業のルールを決めた文書の範疇語である。現場の作業手順を決めた文書の範疇語は作業指示書(instruction)である。 |
取扱説明書 | ハードウェア・ソフトウェアの操作手順を示す書文 |
報告書 レポート | 調査結果や実施した結果を記述した他人に提出する文書 |
提案書 | 顧客や第三者へ改善や問題解決を提示する文書 |
企画書 | アイデアを具体的に記述した文書 |
計画書 | 所与の目的を達成するための施策(5W1H)を記述した文書 |
論文 | 仮説や発見した事実を記述した文書 |
注:manualとマニュアルは意味が違うようで、ここでは独立した種類としなかった。
さて、文章作法といっても書く文書の目的によって異なるのは当然だ。「起承転結」は詩歌においては必要条件だろうが、小説においては全部そろわなくても良くまた順不同でもよい。
報告書においては「結」が冒頭に来るのが必須であり、さらに「概要(エグゼクティブサマリー)」が欲しい。また「転」があっては困る。
他方、取扱説明書となると「承」のみであり、「承」の中が重要である。
使われる言葉も小説や詩歌においては故事成語の引用とかは趣を深めるだろうし、むずかしい漢語などあるとプラスポイントになるかもしれない。企画書や提案書になると漢語よりカタカナ語が好まれるようだ。
詩歌や小説であれば誤解を招ねくような文であろうとも、あるいは二通りに解釈できてもネガティブポイントにはならない。しかし論文や報告書ではそのようなことがあれば役目を果たさない。
まあ、そのように文章を書くといっても、用途や読む人を想定するとどんな文が良いのか一概には決まらない。
私がこのウェブサイトに書いているものは、上記のどんなカテゴリーに入るのだろうか? そしてそれにはどんな文体とか書き方が似合うのか、そんなことを考えて読んだのである。
ということで気になった・気に入ったノウハウ・テクニックを挙げてみる。
- 言葉を減らせば文章はわかりやすくなる
というタイトルの本を読んだ。タイトルはいささか長いけど、言いたいことはよくわかる。そして本1冊この説明しか書いてないというのもすごいことだ。いやいや短い文が良いということを説明するのに200ページ費やしているというのは、いささか名は体を表さないのではないだろうか?
と、おちょくるのはおいといて、確かに文章は短いほうがいい。しかし伝えたい情報はたくさんあるのが普通である。ではどうしたらいいのだろう?
この本は情報を切り捨てろ、真に伝えたいことだけを書けとある。確かに形容詞などは削るべきかもしれないが、そうもいかないことが普通だ。
例えば「某政党の支持率が10%」とあったとしよう。このとき調査の、実施主体、実施日、サンプルの抽出方法、サンプル数、調査方法、そういう説明がなければ10%という数字をどう解釈するかは分からない。対象が朝日新聞読者と産経新聞読者の違いは言うまでもない。世論調査で実施者により結果が大きく違うのはそういうことだ。
TOEICの点数が750点ですといっても、実施日はいつなのか、TOEIC試験を受けに行ったのか、IPテストだったのか、大違いになる。
長い文章より短い文章のほうが良いのはわかる。だが誤解を招かないように、正確に状況を説明しようとすると言葉を減らすことはなかなか難しい。まあ文章を短くすることに努めよう。
- 文章の構造を考えてから書き出せ
組織図というのがある。トップが社長で取締役会があり、以下職制に沿って事業部、部、課…と展開される。
左に組織図の例を示す。
組織化とは一つの目的を達成するためにいくつかの部門を設け、それぞれが担当する業務を定める。
文章も同じ、起承転結あるいは主題があり、それを支えるというかそれを構成する項目がいくつかあり、それぞれの項目を裏付ける情報があるというのを考えなければならない。それぞれの要素は文章によって異なるだろうが、文の構成、流れを設計してから書き出すのは大事なことだ。
もちろん論文なり提案書のような重要なドキュメントならそうするだろうが、私が毎週ふたつとかみっつ書いている文章にそれを要求するのかと思うと、どうかなあ〜
それに1万字以上あれば構造化しないと話が見えなくなったりするから構成を考える必要があるが、本日の文章はたぶん4千字ないし6千字だろうから、そこまで構造化するほどのものでもない。と思いつつ頭に浮かんだものを次々にキーボードを叩いている。(最終的に5300文字であった)
- 文を長くするな。切れ!
言葉を減らせとは似ているが違う。文とは読点「。」で終わる言葉のつながりである。文章とはいくつかの文でまとまった感情や事象を表したものである。
ここで言っていることは、一つの文を短くしろということ。
私の文は長い。前述したように一つのことを書くにも、制約条件とか背景とかを書き込んでしまおうとしているので、形容詞句・節がどんどんと追加されていく。
前回も述べたが法律などは一つの文で要求/規制を述べるために、一文が数百文字というのは珍しくない。文を短くして接続詞でつなぐと、中の一文だけ引用(悪用)されて誤解を招くのを避けるためだろう。
世の中には空気を読まない人間も多いが、コンテキスト(文脈)を読まない人間はそれ以上いるから、そういう予防処置は必要でもある。
まあ論文や契約書であればそのような悪用を防止する必要もあるが、通常の取説くらいなら文を分けて接続詞でつないでも悪用されることはないかもしれない。伝達における正確性を保つか、読みやすさ(分かりやすさ)を優先するかということになるが、その判断基準は文書の種類によって決まるだろう。
私はろくな文を書いていないから、前後を読まれなくてもいいというなら文を短くすべきだろう。しかし正直言ってそう割り切れないものである。
短い文のほうが分かりやすいというのは理解する。では文の長さはいかほどがいいのか? ズバリ50文字以内だそうだ。このウェブサイトはフォントサイズを100%にすると、1行40文字前後である。見た目からは1行半が限度らしい。確かに読んでいて目が左右を往復しては、前のほうは忘れてしまう人もいるだろう。
文を短くしてひとつのテーマを複数の文であらわすとき、接続詞を使うのか使わないのかについては様々な意見がある。
だいぶ前に読んだ「論理的思考の技法I(注1)」という本では、関係を明示するためにすべての文の頭に接続詞を付けたほうがいいとあった。だが今回読んだ本では、みな「なるべく使わない」を推奨している。これは個性の範疇かもしれない。
- 口語体で書いても話し言葉を使うな
これは参考になった。自分自身どうあるべきかと悩んでいたことでもある。今後は書き言葉を使うようにする。
話し言葉 | 書き言葉 | 備考 |
〜していて/〜してなくて | 〜しており/〜しておらず | |
〜してしまい | 〜したため | |
〜しなくちゃならない | 〜しなければならない | |
全然 | まったく | |
やっぱり | やはり | 私はこれが多い |
とても | 非常に | |
もっと | さらに | |
いつも | 常に | |
絶対に | 必ず | |
どうして | なぜ | |
どんな | どのような | |
こっち/そっち | こちら/そちら | |
こんなに/あんなに | これほど/あれほど | |
〜なので | 〜のため | |
〜なので/〜だから | そのため/したがって | |
〜とか | 〜や | |
〜という | 〜の | 私はこれが多い |
「ら抜き言葉」は話し言葉ではともかく、書き言葉では、いまだに市民権を得ていないようだ。
街頭インタビューでマイクを向けられた人が「ら抜き言葉」を使っていても、キャプションにはしっかり「ら」が入っているのが普通だ。
- 接続詞
接続詞は多種あるが、同じ意味のときは同じ接続詞を使うべしとする本があった。
同じ接続詞が何度も出てくると稚拙な感じがするので、別の接続詞を使うことが多いように思うが、法律では使う接続詞が限定されているから読んでいて違和感はない。
我々も割り切って限定するのもありと思う。いまどき同じ「かな」が続くからと変体仮名を使う人はいない。
種類 | 接続詞 | 備考 |
順接 | したがって、それで | |
逆接 | しかし、ところが | |
並立 | 及び/並びに | 「及び/並びに」は階層が異なるので同じには使えない |
添加 | なお、そして | |
説明・補足 | なぜなら、ただし、つまり | |
対比・選択 | 又は/若しくは、あるいは | 「又は/若しくは」は階層が異なるので同じには使えない |
転換 | ところで、一方で | |
また箇条書きの場合は接続詞を使ってはいけない。
及びや又の使い分けは、法律では明確になっているが、ISOMS規格の原文では、andとorしかなくても誤解されないなら、「及び/並びに」の使い分けなど不要なのかもしれない。
- 書いたものはプリントしてチェックする。書いてからチェックまでの時間を置くのが良い。
私は品質マニュアルとか環境マニュアル、あるいは社内規則・規定をたくさん書いた。確かにそのときは注意して書いたつもりでも翌日になると誤字脱字はもちろん、記述のダブリや漏れに気づく。私のウェブサイトもアップしてから誤字脱字に気づいて直すことは日常多々ある。
でもねえ〜、そこまで真面目にしなくてもいいじゃないかと考えているのは本当だ。なにしろ名文を書いているわけじゃないんだから。
ちなみにネットには素人作家の小説投稿サイト(注2)も多数ある。そこにアップされてるのを読むと、誤字脱字上等って感じで気にする人などいなそう。
中には感心するのもある。「至上最高」なんて見ると、ものすごく良いと言いたいのか、それとも新鮮さを出すためにわざとしたかと感心する。
方言とか仲間内の話し方をそのままというのもいけない。私がよく使う「ないんだから」というのもレッドカードだ。私がまともな文章を書くなんて、生きているうちには実現しないだろう。
おっと、「なんて」もレッドカードだ。
- 受動態・能動態
私は会社規則や作業指示書を書くときは、受動態を使わないと決めていた。受動態は(形式主語でなく)主体があやふやになるのを嫌った。日本語の場合は主語さえ省略してしまうから、わけわからない文章に堕してしまう。
元上長に、いかなる文章であろうと主語のない文章は絶対に書くなと徹底した方もいる。すべての文に主語があるとくどい感じを受けるが、誤解を防ぐ方法ではある。
取扱説明書において、読み手がすることは能動態、機械が動いた結果は受動態で書けとある。よい方法だと思う。
×悪い例
「アイコンをダブルクリックする。アプリケーションのウインドウを表示する。」
前の文の主語は読み手で、後の文の主語はパソコンなのだがこれだとわかりにくい。
◎良い例
「アイコンをダブルクリックする。アプリケーションのウィンドウが表示される。」
これでも後の文の主語はわからないが、ひとりでに表示されることは理解される。
- 文の最後はしっかり締めろ
私の場合は……どうでもいい。
- リストマークは黒から白、大から小へ
htmlでリストを作ると、下がデフォルトの順序のようだ。
●⇒ 〇 ⇒■⇒……
だが、ガイドブックでは黒から白、大から小が良いとある。確かに目を引くという意味ではそのほうが良いだろう。
■⇒□⇒◆⇒◇⇒●⇒◎⇒〇……
今回早速試してみた。
正直言って効果はないようだ。htmlはそれなりに研究されて作られていると思う。リスト記号の順序なども試行錯誤の結果、デフォルトが決まったのだろう。
文章は中身がすべて、どんな書き方でもよい……なんて思っていたわけではない。しかし日記以外、他人に読んでもらうために書くならば、読みやすい、分かりやすい、誤解されにくい、覚えてもらいやすい文章のほうが良いのは間違いない。
せっかくこれだけのために本を4冊も読んだのだから、少しでも書く文章が良くなるよう反映しようと思う。
本日の気づき
ここまで来て気が付いた。私の文章は「檄」であったのだ。
檄とは単なるアジテートではない。
「NHKをぶっ壊せ」と叫ぶだけではだめ。NHKの存在が無用どころか害悪であることを認識させなければならない。
「ゼロコロナ!」と主張してもどうするのかわからないならバカそのもの。
人を動かすには、目的を示して共感を持たせ、施策を示し理解を得て、運動の意義を認識させて行動につなげなければならない。
おお!それはISOMS規格でいう認識(aware)ではないか。私は広めるだけでなく自分自身がそれにより己を向上させていきたいと願う。
なお、17年も前にも、いかに文章を書くかということを書いたことがある。
読んでいただくと、いかに私が進歩したか(進歩していないか)がお分かりになるかと?
注:檄とは、ものごとの善悪をあげ、自分の信義・意見を述べて、人々に呼びかけ、決起をうながす文。
注1 | |
「論理的思考の技法」、鈴木美佐子、法学書院、2004/11/10、1400円
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注2 | |
小説投稿サイトはたくさんある。大手は下記のようだ。
中には有料のものもあるが、金を払う小説がすばらしいということはまったくない。とにかく多数あるから自分好みのキーワードをぶち込んで出てきた小説をいくつか冒頭の400文字くらい読めば大体の見当はつく。
・ 小説家になろう……普通は「なろう」と呼ばれる
・ アルファポリス
・ エブリスタ
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