ISOは経営学である 2007.10.14

私は日常大量の本を読む。どんな分野かと言えば、コミックから専門書、法律、経済、ISO関係その他戦後民主主義をたたえるものから正論派まで、ありとあらゆる分野だ。小説はほとんど読まない。
MANAGEMENT &
ORGANIZATION

管理と組織
ルイスAアレン
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ダイヤモンド社
最近、経営学にこっている。財務、人事、組織論、CSRとか経営戦略といったものについて何十冊も読んでいる。中でも経営戦略とか戦術がおもしろい。財務とかバランスシートとかお金のからむ話になると基礎知識というか素養がないのでちょっとついていけない。
まあそんなふうに読んでいるのだが っと感じることがある。
多くの本は企業経営についてたんたんと書いているだけなのだが、読むにつれこれはISO9001とかISO14001の解説ではないかと思ったのである。
どんなことかというと もちろんこれらの本ではSWOT分析などは出てくるが、ISOもMS(マネジメントシステム)という言葉も出てこない。でも読めば読むほど、ISO規格を噛み砕いて説明しているとしか思えないのである。
しかし見方を変えると、組織において品質とか環境という世界が存在するのではなく、会社というか行政やNPOなどを含めて、組織のシステムはただひとつしかないということの証左であろう。
経営学の各分野をサマリーするとISOのマネジメントシステム規格になるのかもしれない。あるいは規格要求事項の項番とは経営学の目次なのかもしれない。
いずれにしても品質保証とか環境管理をしている人より経営学を学んだ人のほうが、ISO9001やISO14001などをたやすく理解できるのではないだろうか?
なにしろマネジメントシステム規格なのであるから
欧米でも一番ISO規格を理解できる人は弁護士であると聞いたことがある。
もちろん経営の専門家がISOのMS規格を理解したものと、今現在の多くの審査員や審査機関の規格の理解とはマッチしないというか、かみ合わないかもしれないが、それは経営学を学ばない人の理解が間違っているからかもしれない。
いずれにしてもマネジメントシステム規格を理解することは経営を理解することであると思える。

ISO規格の文言を読んでこれに見合うにはなにをどうしたものか? などと考えるのはそもそもマネジメントシステムに関わる出発点、スタートラインに立つ資格がないのかもしれない。
責任権限の要求事項を語る前に組織論を学び自分の働く会社の組織と権限を理解している必要があるし、文書管理の前に会社の文書管理とはいかなるものであるのかを知っている必要がある。環境法規制を考える前に、会社法、独禁法その他事業に関わるさまざまな法規制の仕組みや構成の全体像を理解しておかなくてはならない。
そう思った。
「ISO事務局風情がマネジメントシステムを作ることなどできるはずがない」というのが私の持論であった。しかし経営者ならマネジメントシステムを作り改善していくことができる。それこそ経営者の仕事である。
ISO9001もISO14001も経営者の責任ではじまるトップダウンの仕組みであるのは、まさにそれが経営そのものであるからだろう。
間違っても、「全員参加でISO」とか「ボトムアップでやろう」などと騙ってはいけない。
それなら「経営は全員参加でするものか?」「経営はボトムアップなのか?」
下っ端社員や労働組合が会社の運営に茶々は入れても、彼らに経営する力量もなくその責任を負うこともできないのは言うまでない。

マネジメントシステムとは会社そのものである。だから、たかが品証屋、品管屋、環境管理部門、あるいは素性のわからないISO事務局ふぜいにマネジメントシステムのお守りを任せておくことなどできない。内部監査は品証部門が行いますなんて軽いものではない。内部監査をするのは監査役あるいは監査部と昔から決まっているのだ。
ISO審査員もコンサルタントも組織も、全員がマネジメントシステムとは経営そのものであると認識しなければ真のシステム構築も審査も、そして会社を良くすることもできるはずがない。
大学を出てニ三年の若造がISOコンサルなんて名刺を配っているのを見たことがある。まあMS規格を理解して解説するくらいはできるかもしれないが・・

MSに関わる人はすべからく、審査員も、コンサルも、組織の人も、経営学を学んでいることを義務つけよう。世の中がどういう風な仕組みになっているか、自分の勤めている会社はどういう文化があってどのように仕事が進められていくのか、業務と法規制の関わり、ビジネスの進め方、そんなことを知らない人はISO、マネジメントシステムに関わってはいけないのである。
ISOは言っているじゃないか、資格ではなく「力量」だと。経営というか会社の仕組み、世の中のしがらみを知って、大局を見ることができ、かつ人とのコミュニケーション能力のある者のみがコンサルができて審査をすることができるのだ。
マネジメントシステム審査といいながら、安全パトロールとか、書類の文言のチェック、記録のハンコのチェックだけでは悲しいというより、むなしいじゃないか。
MSとは経営そのものだという認識が共有化されれば、負のスパイラルなどという言葉は霧散するだろう。もっともそのとき、第三者認証はいらないということになるかもしれない。
経営が一定基準を満たしていると外部機関に認められても、会社のトリプルボトムライン、つまり経済、社会、環境といった観点でのコンプライアンス、パフォーマンス、ブランドが向上するわけがない。認証はせいぜいそれらを後追いするだけだ。
経営の評価は会社の格付けそのもの、格付けといってもいわゆる格付け会社の評価ではなく、株価であり、社会の評価であり、大学生の志望などである。


本日のエクスキューズ
私はマネジメントシステムなどと大言壮語はいたしません。遵法監査に徹しております。



ECOはち様からお便りを頂きました(08.06.03)
「ISOは経営学である 2007.10.14」を拝見して
「ISOは経営学である 2007.10.14」を拝見して思ったのですが、「親会社ではISOを取得せずに子会社にだけISOを取得させる」行為は如何なものなのでしょうか?
本社では、環境方針を設定しHP上でも公開しているのですが、設定時から全く見直しがされていません。
(見直しをしたのであれば、日付位は変わると思うのです)
そもそも、本社ではISO14001は取得していませんが、公開している環境方針で「環境目的・環境目標を立て計画的に活動する」と約束しているのですが、具体的な目的や目標など見たことも聞いたこともありません。
どうやら、子会社の活動=本社の活動とわけのわからない解釈をしているようです。
こんな企業って、どうなんでしょうか?

ECOはち様 お便りありがとうございます。
何しろ、このホームページはマイナーでお便りをいただくと舞い上がってしまいます。
ご質問が多々あります。
私が考えるところを書いただけでは面白くないでしょうから、ふたとおりの見方を書いてみました。
それぞれ理屈はありますよ、なにしろこんなもの正解なんてありませんから。
ECOはち様がどう考えるかお聞きしたいです。
親会社がISO認証せずに、子会社あるいは工場だけに認証させることの是非
そういうのはよく見かけますね。それが良いのか悪いのか?と言えば目的しだいであると思います。
ここではISO9001に限定して考えてみましょう。品質保証には内部品質保証と外部品質保証があります。子会社にISO9001を認証させる目的が外部品質保証であれば、その仕組みは限定的であり顧客の要望に応えるものかどうかということになります。
しかし、基本設計が枯れていて製造における品質保証のみを要求されているのであれば子会社あるいは工場だけ認証していてもおかしくありません。昔であればISO9002という感じでしょう。 認証の目的が内部品質保証であるなら、子会社あるいは工場のみの認証で全然おかしくないですよね? 要するに認証の目的しだいということです。
もちろん子会社/工場のみの認証で外部に「○○会社はISO9001認証しています」なんて表明するのは大昔言われた「チェリーピッキング」あるいは「カフェテリア認証」そのもので犯罪に近い行為になります。
そういうのはよく見かけますね。ISO認証するのは手間がかかる。とはいえ一部であっても当社グループにも認証した企業がないと外聞が悪い。じゃあ子会社のふたつみっつに認証を取らせようという発想なのでしょうか?
会社を良くするのはしっかりしたマネジメントシステムです。もちろんISO認証しなくてもしっかりした会社は昔からしっかりしていますが、しっかりしていない会社は老舗にも大会社にも多いのは事実です。
やはり、そういった手抜きというか当たり前のことを当たり前にしないような親会社はまっとうにしなければいけませんよね
と言っても、あなたの目的が、そういう考えの人にお灸を据えてぎゃふんと言わせたいのか、あるいは会社をしっかりした仕組みにしたいのか、いずれかによって対応は違います。
もし前者でしたら、コメントは差し控えます。
後者なら、会社のあるべき姿、そのためのアプローチをビジアルに示して説得するのが唯一で最善ではないのでしょうか。我々は会社という社会の中で動いているのですから。
環境方針が見直されていないことへの疑問
見直しとはレビュー、再吟味することで即改定ということではありません。見直しした結果、改定が必要な時は環境方針を改定するでしょうし、わが社の方針は素晴らしいと再確認したなら改正せずに継続することになります。
残念ながら、私は貴社の環境方針を拝見しておりませんが、方針なんてものは毎年とか2年ごとに改定せにゃならないというものではなく、数年間あるいはそれ以上、改定しないというのは普通のことではないでしょうか。
見直しをしたとき、日付を変えるか変えないかはその会社の考えですから、由緒を大事にするなら昭和何年制定という環境方針があってもおかしくありません。
環境方針とは理念とか社訓とは違います。実際の行動にあたって指針となるようなある程度具体的な筋道を示すものでなければいけません。ですから環境方針は世の中の状況、法規制の変化、会社の事業構造の変化などなどによって変わってくるはずです。
もちろん毎年変わるのが当然ということはないでしょうけど、そういう前提を踏まえれば数年経てば変わらざるをえないのではないでしょうか。
環境方針は社長が決めているといっても、実際は環境担当部署が下書きを書いていることでしょう。ぜひあなたはそういうところにいって、他社に比べると見劣りするからイメージチェンジのためにも見直そうよと働きかけたらどうでしょうか?
他社の方針を50も調べてみるといろいろバラエティに富んでいて面白いですよ。
子会社の活動=本社の活動はわけのわからない解釈であるか否か
実物を拝見しないとなんともいえないというのが回答になるのでしょうね。
例えば本社というのは環境行政あるいは品質行政のみを行っていて、実際の設計も調達も製造も輸送も子会社/工場が行っているというケースでは、本社の立てた計画を子会社/工場が粛々と実行するということはこれまたどこにでもある光景です。
一般的にISO9001あるはISO14001で決めている種々項目は、子会社/工場あるいはひとつの事業所で完結しないのが普通です。プランを立てる本社機能が最上位にあり、工場や販売会社あるいはロジス会社などが全体となって事業体を構成します。
そういった実態を踏まえて本社はプランをたて監視しまたプランを立てる機能であると定義してもおかしくありません。工場は手足として活動のみするという工場の立場からしたらいやな言い方かもしれませんが、そういうのはありというか、事業体の現実でしょう。
ここで、工場が独立してPDCAを回す機能を持っているのだと理屈をこねると、バーチャルなマネジメントシステムのできあがりとなります。現実を踏まえて、工場の分を知った機能・役割を定めたものとしないと現実離れしたものとなります。
もちろん、それなら本社を含めた事業を構成するすべてをまとめて認証すべきだという考えもあるでしょうが、別にそうでなくてもよいという考えも成り立ちます。
正直申しあげまして、【子会社の活動=本社の活動はわけがわからない】かどうか断定はできませんが、会社のお考えでどうでもよいのではないかと思います。
子会社の活動=本社の活動とは、私にもわけがわかりませんね
親会社、子会社というのですから企業グループを構成しているのでしょう。そういう前提で善意に解釈すれば、連結決算という考えもありますので、グループの目指していることを全企業が行うということはありません。実際の活動は子会社が行うんだよということを、そういう表現をしたのかもしれません。
あるいは悪くとれば、親会社は本業で忙しいんだ!そういう雑事は子会社がするものだという発想なのかもしれません。
おっと、出発点に立ちかえってみましょう。いったい貴社あるいはあなたの勤める企業グループが、ISO認証する目的をどう考えているのでしょうか?
入札時に役に立つというなら、それに関わる事業部が認証すればよいわけで、親会社が認証してもお金の無駄なら認証することもありません。
子会社の士気を上げるための親心かも知れず、まあ、何とも言えませんね
man2.gif
さて、ECOはち様、文字数にしてだいぶ書きましたが、いかがでしょうか?
私は正直思いますが、ISOは経営です。だから経営者がこうだと決めればそれが正しいというわけではないですが、それを突き進むのがあるべき姿であると思います。
もちろん経営トップは知識がないために最適な選択をしないなら情報を提供しなければなりませんが、知っていて経営資源などから今を選択しているなら、それを批判するのは筋違いでしょう。



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