- (三) 心ない取材の問題
坂本事件の報道をめぐっては、心ない取材の問題も生じた。例えば、坂本事件が起きた年の12月、神奈川県内で埋められていた女性の死体が発見されるという事件が起きた。すると、信じられないことに、ある新聞社の記者が、その女性の身元が判明していないときに、さちよさんに電話をかけてきて、「もしもこの遺体が都子さんだったら、お母さんどう思われますか。」と聞いてきたのである。
万一この遺体が都子さんだったときのためにあらかじめ取材しておき、身元が判明したときに直ちに「さちよコメント」として記事にするために電話をしてきたことは明らかであった。この記者は、このような取材を受けたさちよさんがどのような思いを抱くか、考えたことがあるのであろうか。
同様な問題は、坂本一家殺害についての記事が各新聞社に連日載った1995年にも起きた。
1995年5月22日、毎日新聞が朝刊一面トップで「坂本弁護士一家殺害強まる」との見出しで、坂本弁護士一家殺害についての記事を載せた。
ちょうどそのころ、さちよさんは四国松山で開催された自由法曹団の五月集会に、一家三人の救出活動への協力を訴えるために21日から来ており、21日夜はホテルに宿泊していた。すると、毎日新聞の記者が、22日の午前2頃、ホテル宿泊中のさちよさんにいきなり電話をかけてきて、坂本弁護士一家殺害説の記事についてのコメントを求めた。
坂本弁護士一家殺害については、未だ警察からはなんの連絡もなく、単に各マスコミが書いているだけで、さちよさんにも同僚弁護士にも、その裏付けを取りようがない状況であった。それにも関わらず、なんの配慮もなくこのようなコメントを夜中の二時に取ろうとするその取材姿勢は、記者の基本的資格すらないといえるものであった。
ところが非常識な取材はさらに続いた。この取材をさちよさんがはっきり断ったにも関わらず、集会での訴えを終えて、22日夜羽田空港に着いたさちよさんに対し、再び毎日新聞の記者がいきなり断りもなくフラッシュを焚いて写真をとるとともに、取材を強行しようとした。この取材に対してはさちよさんと同行していた弁護士が叱りつけて追い払ったが、横浜法律事務所は、毎日新聞社に対し、謝罪とともに、同種の取材を行わないことを約束しない限り、今後の取材にはいっさい応じない旨を申し入れた。
ここに掲げたものは一例であるが、非常識な取材はこれのみではない。 坂本さちよさんも大山さんも、息子達・娘達家族の救出のためには、マスコミにお願いする立場である。そのため、あまり強く抗議をしたりすることはどうしてもできない。そういう点での想像力が欠如した取材がかなり見られた。しかしさちよさんや大山さんは、まだ弁護士がついており、ある時期は弁護士が窓口となったので、その弊害は少ない方だったといえるかもしれない。しかし、それでもいくつかマスコミによる家族の気持ちを全く考えない取材があったことからすると、弁護士の防波堤のない一般の事件で、マスコミによる土足で人の心を踏みにじるような取材はもっともっとなされているのではないかと思わざるを得ない。
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