事件から2年が過ぎて
30代女性
「人のうわさも75日」と言うように、事件後2年目ともなると 媒体の掲載枠も年々小さくなり、裁判などが行われないと取り上げ られなくなりました。
私にとっては、やはり生涯忘れることのできない事件です。 それは、身体的に影響を及ぼしたという事もありますが、精神的 にも大きな影響を及ぼしたからでもあります。そして何よりも「人」 について改めて考えさせられた事件でもあるからです。
職務遂行のためにはやむを得ないことかもしれませんが、病院の 処置室で気分を悪くして横たわっている私に、各所轄の警察官の方 々は容赦なく同じ質問を繰り返され、とても苦痛でした。しかし、 その反面では突然の出来事による生まれて初めての入院で、恐怖と 不安の中にいる私に、見ず知らずの営団職員の方は「がんばって下さい。」と声をかけて下さいました。その一言はどれ程暖かく、ど れ程勇気づけられたことかわかりません。
その時絶対に治ってみせ ると思いました。
残念ながら私の家族は、朝すぐに連絡を入れたにもかかわらず、 夕方になってやっと着替えを持って来院、「会合があるから」とわずか10分程で帰っていきました。入院中も退院の時も「家族」と は何だろうとつくづく考えてしまいました。
復帰第一日目の会社では、「良いものを吸ったね。吸いたくたっ て吸えないよ。」「いい経験したね。」「うつらないの?」などと びっくりするようなお見舞いの言葉を頂きました。私が黙っていて も被害者だとわかると、今でもこの言葉を口にされる方がいます。
口にしている方は、他意はないのだとは思いますが、怒りがこみあげてきます。特に人生の先輩方や信頼していた友人であった時は、 情けなくなります。
しかし、被害者の会に参加して遺族や他の被害者の方々からいろ いろなお話を伺ってみて、少々身体がきつくとも何よりも命があり、 生活できる身体があり、喜怒哀楽を感じる心があることを感謝しな ければいけないと思いました。
私と同様に不調を訴えて病院に行っ ても、検査結果が数値的に正常であれば異常なしと診断され、未だ に不調が続いている方など、身体的精神的苦痛を体験している方や、 それ以上の苦痛を体験している方々の存在を知りました。
中には、 ご自身も被害に遭われているにもかかわらず初対面の私に「ひどい ことを言われたね。負けないでがんばって!」と心を感じる言葉を かけて下さった時は、思わず目頭が熱くなりました。 しかし、政府の対応と言えば、不良債権や不正融資には莫大なお 金を引き当てる対策を打ち出し、まして我々国民の税金で負担させ られるというのですから信じられません。
労せずして利殖を求める あまりに受けた被害者に対しても、今や懸命に対策を打ち出してい ます。 この2年間で「地下鉄サリン事件」の遺族や被害者にとっては、 どのような具体的対策や補償があったでしょうか。
人災によって一 瞬にして人生の明暗を分けてしまった弱者のこの怒りはどこへ向け ればよいのでしょうか。
被告の松本は、自らの裁判にも改心の情なく幾度となく退廷させ られ、被告人不在の裁判が続いています。やりきれない気持ちでい っぱいです。
私達の力は、ケシの実のように小さなものです。政府をはじめ無 理解な人々を相手に活動するには困難な道ばかりですが、亡くなら れた方や未だに入院中の方々を思いますと、動ける身体の私達が、 長い長い道程を少しでも良い方向へ向かって進んでいけるように力 をあわせて活動していけたらと、私は思います。
そして、現代社会 で忘れられている「人を思いやる気持ち」を持ち「人の痛み」のわ かる人間になれるよう心がけたいと思います。
最後になりましたが、日夜東奔西走して頂いている弁護士の先生 方をはじめ、ご支援下さっている方々に心より感謝申し上げます。
以上
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