この本に注目!!

『「神々の指紋」の超真相』
H・ユウム、S・ヨコヤ、K・シミズ著、データハウス刊
四六判並製、217頁、1996年11月25日初版、定価1200円


 

 

『ムー』にバカにされたベストセラー

 

『神々の指紋』(上下二巻、グラハム=ハンコック著、大地舜訳、翔泳社)といえば『脳
内革命』とならぶ1996年の代表的ベストセラーである。だが、この本を最初、書店で
見かけた時、私はまったく気をひかれるところはなかった。なぜならその中身にまったく
目新しいものはなかったからだ。

 なにしろ冒頭の古地図の話にしてからが、すでに1960年代、議論されつくした感の
ある内容のものだったからである。オカルトや超古代史に関心がある人ならば、この手の
古地図の話は何度も目にする機会があっただろう。

 南米、中米、エジプトの古代遺跡の話にしても古代文明ファンの間ではすでに知られた
話ばかりである。最後の終末予言にいたっては「ものみの塔」(エホバの証人)まで持ち
出す始末で、オウム真理教事件で世間もオカルトには懲りているだろうに、今時、こんな
本をハードカバー、上下巻で出すとは奇特な出版社もあるものだと思った程度だった。

 しかし私は間もなく自分の不明を思い知らされることになった。『神々の指紋』は朝日
新聞
(ふだんオカルトに批判的な立場をとるあの「朝日」である)をはじめとする大手マ
スコミから次々と好意的な書評を寄せられ、たちまち70万部を越えるヒット作となった
のだ。しかも日本語訳が出る前にすでに十二カ国で発売されていたというのだから、世界
中でどれだけの人がこの怪しい本を歓迎したか、考えるだに恐ろしいものがある。

 ちなみに学研『ムー』1996年9月号所収の「ムー新聞」には「『神々の指紋』がな
んだ!」と題して次のような文が掲載されている。
「あの本が出るよりも先に同じ内容の「ムー・ブックス」が出ていたのを知ってます?実
は『アトランティスは南極大陸だった!!』と『神々の指紋』の内容はほとんど同じといっ
ていいくらいなのだ。すなわち、われわれはあのベストセラーの原点ともいうべき本を先
駆けて出していたのだ。ドーだ、エライだろう。(中略)あっちは上下巻で3000円、
こっちはお手頃価格の870円。どうせ同じ内容なら安いほうがいいに決まっているよね
っ!」
『ムー』編集者は「ドーだ、エライだろう」と自画自賛しているが、『神々の指紋』とム
ー・ブックス『アトランティスは南極大陸だった!!』はどちらもチャールズ=ハプグッド
なる人物が1966年に出した著作『古代海王たちの地図』を主なタネ本にしているのだ
から、内容が似ていても不思議ではない。そもそも30年も前のネタを未だに使い回して
いること自体、あまり自慢にするべきことでもあるまい。

 しかし、オカルト本の老舗『ムー』から見れば、どこかで聞いた話ばかりの『神々の指
紋』のヒットはいささか合点のいかない事態であったことはうかがえる。

 

ようやく出た批判の書

 

 さて、『「神々の指紋」超真相』(以下、本書)はこのベストセラーを分析し「事実の
歪曲、都合のよい文章だけ引用、知っているくせに知らないふり、二分法の罠(二者択一
を装うが実は真実は別にある)、明らかに誤りと知りつつ引用、読者の無知に便乗、失わ
れた環の詐術、虎の威をかるキツネ、年代のごまかし、ミスディレクション(誤誘導)、
そしてイラスト詐欺・・・・・・などなど、およそ考えられる文章トリックのほぼすべて
が駆使されている、希代の書物であること」(本書7〜8ページ)を考証した好著である
。その帯には「世界各国で話題騒然、希代のトンデモ本を暴く!まるで手品と一緒、詐術
のオンパレード!!」とある。
『神々の指紋』にならって、本書もまた古代地図の話から始まる。16〜18世紀の西欧
の世界地図には当時、まだ発見されていなかったはずの南極大陸が描かれている・・・こ
れは『神々の指紋』で重要なツカミとなっている話だが、それに対する回答は簡単だ。

 本当のところそれら西欧の地図で南極にあるとされる陸地の形と実際の南極大陸の形は
あまり似ていないのだ。ハンコックは、地図作成当時の人々の脳裏から生まれた空想上の
大陸を南極のスケッチだと言い張っているのである。

 それは注意力のある人なら必ず気がつく程度のトリック、もしくはハンコック(そして
ハンコックのタネ本を書いたハプグッド)の感違いだ。

 本書では、それをハンコックの懺悔(?)という形式でユーモラスに語っている。

 実はハプグッドに重視され、ハンコックもまた太古の南極地理が描かれているとみなし
たトルコの古地図(ピリ=レイス地図)には、南極など描かれてはいない。その地図上の
南方に広がるのは当時、正確な地理がわかっていなかった南米大陸にすぎないのだ(35
〜39ページ)。

 また、ハンコックが西欧の古地図において南極大陸とみなしたものはルネサンス時代の
空想上の大陸「テラ=アウストラリス」であり、その名は現在、オーストラリアに譲られ
ている。その証拠に、ハンコックによって南極が描かれているとされた西欧の古地図には
いずれもオーストラリアが描かれていないのである(本書42〜45ページ)。

 さらにナスカの地上絵と地元の伝統的な土器の紋様が類似している事実について、ハン
コックが隠していること(本書49〜53ページ。この事実を認めれば地上絵が現地の「
原始部族」の手になるものではないというハンコックの主張は成り立たない)、インカの
遺跡でハンコックが南米にいないはずの象の浮き彫りと言い張るものが実はコンドル、絶
滅動物トクソドンの像と言い張るものがネコ科の動物(おそらくはジャガーかアンデスネ
コ)に過ぎないこと(本書92〜101ページ)など、中南米文明に関するハンコックの
ごまかし(もしくは無知)を明らかにする。

 そして、129〜190ページのエジプト関係の論文では、すでにエジプト学の世界で
解決済みの問題について、いかにハンコックが未解決の謎にしたてているか、その手口が
明らかにされているのである。

 そしてハンコックの終末予言と阪神大震災に関する記述を通して、彼にこの書物を書か
せた(と推測される)深層心理についても分析を試みる。
「白人優位主義者のハンコックにしてみれば、マヤやインカやエジプトが、あれほど優れ
た文明を、しかも独自に発達させた、なんてことは金輪際考えられない。

 超古代文明の創始者はもちろん白人だが、彼らがマヤやインカやエジプトに文明を伝え
たと考えると、すべての矛盾は解消される。

 そして現代においても、黄色人種が支配する日本国が世界に冠たる国になっているなん
てことは、何かの間違いか、悪い冗談としか考えられない。

 だが、今の日本の繁栄はつかの間のまぼろしだ。インカやマヤやエジプトが滅んだよう
に、きっと近い将来、日本も滅亡するに違いない。神戸の地震はその前兆だ。

 黄色人種の国が繁栄するなどといったことが、神の理にかなっているはずがない。すな
わち、神戸の地震は、神がくだした審判なのである。
−だからハンコックは、聖書の一節を引用するのとまったく同じ理屈(気持ち)で、神戸
地震のルポも引用することができるのだ」(本書206〜207ページ)

 この指摘に疑問を持たれる方はあらためて『神々の指紋』を読み直していただきたい。
必ずやその文章のはしばしに人種差別的記述があることを見出すことだろう。

 

「インベントリー石碑」について

 

 なお、本書160〜161ページでは、ハンコックが「インベントリー石碑」といわれ
る碑文について「スフィンクスも大ピラミッドも、クフ王が王位につく遥か昔から存在し
ていたということがはっきりと書かれていた」としているのを引用し、次のように述べて
いる。
「この石碑には、スフィンクスや「大ピラミッド」が、クフ王が王位に着く前から存在し
ていたと本当に書かれていたのだろうか。クフ王の大ピラミッドの前からあった「ピラミ
ッド」なら、話は理解できるのだが。・・・・・・(中略)ハンコックさんは、いったい
どこから、この怪しげな話を引用してきたのだろうか?」
『「神々の指紋」超真相』スタッフはインベントリー石碑まで調査が及ばなかったようだ
が、実はその碑文には大ピラミッドがクフ王の時代より前にあったとは書かれていない。
この碑文は大ピラミッド東の神殿で発見されたものであり、そこに書かれているのは、ク
フ王が新たな神殿を建てたということとスフィンクスを補修復興したということである。
すなわちこの石碑が発見された神殿の由来書きとみしてよいだろう。ただし文面にはクフ
王がいたエジプト古王国の第四王朝のものとは思えない語彙があるため、実際に石碑が建
てられたのは遥か後世、新王国の第十八王朝頃ではないかと言われている。

 つまりインベントリー石碑は大ピラミッドについて何ら言及していない。また、クフ王
がスフィンクスを補修したとしても、それは必ずしもスフィンクスが「クフ王が王位につ
く遥か昔から存在していた」ということを示すものではないだろう。エジプト人最初のエ
ジプト学者セリム=ハッサンは、スフィンクスに雷によると思われる損壊とその補修の跡
があることを指摘し、インベントリー石碑との関連を推測しているが、そのような事故は
建造直後においても起こりうるものだからだ。

 インベントリー石碑というあまり知られていない資料を持ち出し、そこにあたかも大ピ
ラミッドのことが書かれているかのように言い張る、これもまたハンコックによるトリッ
クの一例だったのである。

 

『オリオン・ミステリー』

 

 さて、ハプグッドとならんでハンコックがタネ本として書籍に最近、日本でも話題にな
ったロバード=ボーヴァルの『オリオン・ミステリー』(エイドリアン=ギルバートとの
共著、日本語版はNHK出版刊)がある。ボーヴァルは最近、ハンコックと共著で『創世
の守護神』という本まで出すにいたった。

 本書でもこの本については「『オリオン・ミステリー』という本がベースにあって、そ
れに数種類の香辛料を加えて『神々の指紋』を作った、というのが正解だ」(167ペー
ジ)「第49章は、ほぼ全文が『オリオン・ミステリー』からのパクリである。もっとも
、ハンコック流にアレンジされているので、興味のある方はオリジナルの方を読まれるこ
とをお勧めする」(184ページ)として言及されている。

 実際、ハンコックによる『オリオン・ミステリー』の利用にはいささか問題がある。ハ
ンコックはボーヴァルの説を要約して次のようにいう。
「三つのピラミッドは、信じがたいほど正確にオリオン座の三つ星に対応しているという
。それぞれの星相互の位置関係だけでなく、光度までも(建造物の大小を通して)示して
いるという。さらにこの天空図は南北に広がり、ギザ台地の他の建造物も含むものとなっ
ており、やはり正確に天体の位置を示すものとなっているという。だが、ボーヴァルの天
文学の計算がもたらした、真の驚きは別のところにある。ボーヴァルによると、大ピラミ
ッドが天文学的に〔ピラミッド時代〕との関連性を示しているにもかかわらず、ギザの建
造物全体の配置を見ると、それらが示している天空図は紀元前二五〇〇年の第四王朝のも
のではなくて、紀元前一万四五〇年頃のものだという」(『神々の指紋』下巻106ペー
ジ)

 だが、この要約は実はボーヴァルの説の弱点ばかりを集めたものとなっているのだ。

 早稲田大学の近藤二郎講師は「巨大ピラミッドとオリオン信仰の謎」(『別冊歴史読本
』「謎の超古代文明と宇宙考古学」所収)で『オリオン・ミステリー』に批判を加えてい
るが、それによるとまずオリオンの三つ星の光度と三大ピラミッドの大きさには実際には
対応関係はない。ボーヴァルによればメンカフラー王の第三ピラミッドに当たるデルタ星
は2・23等と確かに三つ星の内でもっとも暗い。しかし、カフラー王の第二ピラミッド
に当たるというイプシロン星は1・70等、クフ王の大ピラミッドに当たるというゼータ
星は2・05等と、これでは大ピラミッドの星の方が第二ピラミッドの星よりも暗いとい
うことになってしまうのである。

 近藤講師は「彼(ボーヴァル)が著書の中で使用しているオリオン座の三つ星の写真は
、ある意味で作為的であり、読者の目を惑わす働きをしている」と指摘する(『オリオン
・ミステリー』で掲げられた三つ星の写真ではイプシロン星とゼータ星がほぼ同じ明るさ
のように見える)。

 また、たとえオリオン座の三つ星の位置と三大ピラミッドの配列が対応するとしても、
その三つ星によって指示されるはずの位置にあり、古代エジプト人の信仰上、三つ星以上
に重視されていたはずのシリウスに相当する場所には特別なモニュメントはない。これで
は、三つ星とピラミッドに対応関係があるという仮定そのものが怪しくなるだけではなく
、三大ピラミッド以外の建造物を含む天空図があるとはとても言えそうにない。

 かくして近藤講師は次のように論じていくのである。

「一方では、歳差や固有運動などの影響を加味した数理天文学の手法を使った厳密な天体
の位置計算を実施していながら、星の光度や古代エジプト史の資料操作や解釈などで厳密
性を欠く論旨の立て方は、学問的に極めて不適切である。特に、ボーヴァルが『オリオン
・ミステリー』の後半で、紀元前一万四五〇年頃のオリオン座の三つ星の位置が、現在の
三大ピラミッドの配列と極めて酷似しているとの理由から、三大ピラミッドの起源を紀元
前一万四五〇年頃まで遡らせようとする説を展開しているが、これは自らの計算に溺れた
結果であると断言できる。まったく受入れられない机上の空論を展開することは自らの正
しい説までを窮地に追い込むことになりかねない」

 ボーヴァルの主張は、専門のエジプト学者からも、学問的に検討しうる要素を含むと認
められているようだ。だが、それがハンコックのもてはやすような要素とは決して重なら
ないということもうかがえるのである。
スサノオは臼をひくか?

 さて、本書の指摘とは別に『神々の指紋』の日本語版を読んでいて私がもっとも違和感
を覚えたのは、これだけ大部の著書で詳細な原註がついているにも関わらず、訳註が一つ
もないということだった。

 たとえば『神々の指紋』上巻の255ページ、中国の記録として次のような引用がある
。「人類が神々に反抗したため、宇宙の体系が混乱した」
「惑星は軌道を変えた。空は北に向かって低くなった。太陽と月と星は動きを変えた。地
上は裂かれ粉々になり、荒れ狂う海の水は溢れ陸地を襲った」

 少しでも中国の神話に関心がある人なら、これは前漢代の悲劇のプリンス、淮南王劉安
の編になる思想書『淮南子』からの引用であることは一目で明らかである。

 ところがハンコックによると、これは「ヨーロッパ人として初めて中国を訪れた人々の
一人、初期のイエズス会に動向したある学者」が「王朝の図書館」で見た「古代から伝わ
る〔すべての知識を網羅する〕といわれる四三二〇巻の書物」に記されていたものだとい
う。ちなみにハンコックはこのくだりをチャールズ=ベルリッツの著書から引用している
。ベルリッツ(バーリッツともいう)は有名なベルリッツ語学教室の創始者の親族だがア
トランティス実在の信念にとりつかれ、バミューダートライアングルやフィラデルフィア
実験の話を流布した奇想の人である。
『淮南子』のような有名な古典からの引用をなぜハンコック(もしくはバーリッツ)はあ
たかも一般の目に触れない特殊な文献の記述のように語らなければならないのか。まあ、
漢籍と馴染みの薄い英語圏の人がそのようなハッタリをかますのはいいとしても(本当に
いいのか?)、なぜそれに日本人がつきあわなければならないのか。訳者の大地氏は訳注
でそのことを指摘するべきだったのではないか?

 この疑問は『神々の指紋』上巻、335ページでとけることになる。そこでは「天の球
体が臼の石のように回り、繰り返し災いをもたらす」という寓意が『旧約聖書』の「ガザ
に住む盲目の男で、奴隷とともに臼をひいた」サムソンに現れるとした上で、「同様のテ
ーマは、いろいろな場所で姿を現す。日本、中央アメリカ、ニュージーランドのマオリ族
、フィンランドの神話である」としている。そして、その原註によると、「日本の神話で
は、サムソンにあたる人物はスサノオと呼ばれている」という。

 問題は日本神話にはスサノオが臼をひいたというくだりなど存在しないということであ
る。なるほど、スサノオの荒々しさや反抗的性格には聖書のサムソンと比較できる要素も
あるだろう。しかし、ここでの問題は臼をひいたかどうかである。その一点に関する限り
スサノオを日本のサムソンというのは見当外れだろう。そして、訳者がそのことに気づい
た様子はまったくないのだ。

 どうやらこの訳者は中国どころか日本の神話に関する知識も怪しいのではないか?

 

無知と傲慢

 

 奥付ページの訳者略歴によると訳者の大地氏はジャーナリストとして活躍してこられた
方であり、『大統領の戦争』『右脳開発法』『インナーセックス』『人生のささやかな真
理』などの訳書があるという。この訳書の中に神話もしくは考古学と関係のありそうな本
が一冊もない。

 その大地氏がなぜこの本を訳してしまったのか。しかも、なぜ「『神々の指紋』は世界
史を塗り替えるきっかけとなった本として記憶されるだろう。書物の中には「読まなけれ
ばならない」という類の本がある。本書はそういう書物の一つだと思う」(「訳者あとが
き」)とまで言えるのだろう。

 その「訳者あとがき」では日本語版出版のいきさつが次のように説明されている。
「この本の存在を知ったのは、一九九五年六月のことだった。米国のジャーナリスト、パ
トリック・ベクストン氏から「英国で面白い本がナンバーワン・ベストセラーになってる
よ」と連絡があり、そこでさっそく本を入手して読んでみた。

 第一部を読んだだけで、興奮を覚えた。一六世紀に編纂された世界地図に南極大陸が描
かれていたという話は初耳だった。さらにアインシュタイン博士による「地殻移動説」の
解説にも衝撃を受けた。
そんなときにお会いしたのが翔泳社編集部の新田氏だった。「一晩、本を貸してください
」という。そして翌朝電話がかかってきた。「すごい本ですね。やりましょう!」そんな
わけで急遽、翻訳に取りかかった」
「テラ=アウストラリス」のことは古地図に関心がある人なら誰もが知っているような話
である。また、アインシュタイン博士の「地殻移動説」なるものはランド=フレマスなる
人物からハンコックに寄せられたという書簡に出てくるものだが、どうもこれは前述のハ
プグッドの著書『地球の移動する地殻』にアインシュタインが序文を寄せたことを指して
いるらしい。だから正確には“アインシュタイン博士の”ではなく“ハプグッドの”「地
殻移動説」なのである。

 もっともこの地殻移動説が現在の地球物理学で議論の対象とされていない以上、誰が唱
えようが同じことなのであるが(地殻移動説が物理学的に成立しにくいだけではなく、ハ
ンコック自身の他の主張とも矛盾してくることは本書193〜202ページ参照)。

 第一、前述したように南極が書かれた古地図の話はオカルトや超古代史の本ではすでに
おなじみの話題だったのである。

 どうもこの訳者には、それまで自分が知らなかったことは大変な新事実だという思い込
みがあるようである。関心がない方面への知識が欠けるのは、無知といえば無知だが責め
るべき筋合いのことではない。しかし、単に初耳なだけの話を過大評価するのは傲慢とい
うものだろう。それは自らの無知にさえ思いいたらないということだからである。

 大地氏は次のように述べる。

「私は個人的にはUFOも信じないし、ムー大陸の存在なども非科学的であるとして否定
してきた。もともと荒唐無稽な話は嫌いで、確固たる証拠を要求する性格なのだ。だが、
本書には強い説得力があった。太古に高度な文明がなったことも、それが跡方もなく消え
てしまったことも、科学的・論理的に説明されており、十分に納得できるのだ」(「訳者
あとがき」)

 どうやらこの文に大地氏が『神々の指紋』に魅かれた理由が示されているようだ。大地
氏はUFOもムー大陸も嫌いな自分が認めるのだから、この本は本物だといいたいようだ
が実情は逆である。UFOやムー大陸が嫌いでその種の本を読まなかった大地氏にとって
「一六世紀に編纂された世界地図に南極大陸が描かれていたという話は初耳」であり、そ
れは「確固たる証拠」のように思えた。そして最後まで読んでみて、嫌いなUFOもムー
大陸も出てこなかったから「科学的・論理的に説明されており、十分に納得できる」内容
ということになったのである。大地氏がその時点で止まることなく、自ら古代文明のこと
を調べ、ハンコックの主張の妥当性を確かめていれば果たして「世界史を塗り替えるきっ
かけとなった本として記憶される」とまで褒めちぎることができただろうか。

 マスコミ紙上で『神々の指紋』に好意的な書評を寄せた人々にとっても、この本の内容
は初耳であるが故に新鮮味があったのだろう。

 その上、上下巻という分厚さと多くの原註、そしてハードカバーの製本と上品な装丁が
高級そうなムードを醸し出し、読者の知的虚栄心をくすぐる要素となっている。

 いかにお手頃価格でも、新書版で派手な装丁のムーブックスではこうはいかない(いや
、それどころか値段の安さがかえって足を引っ張ることになる)。
『神々の指紋』という本には読者の無知と傲慢につけこむような要素がある。うわべのム
ードに惑わされず、自分で物事を調べ、自分の頭で考える習慣がある人ならば、この本の
底の浅さに気づくことはさほど困難ではないはずだ。しかし、そのような本が国際的なベ
ストセラーになるというところに現代の知的頽廃が現れているといえよう(すぐ底が割れ
るという点では日本におけるもう一つのベストセラー『脳内革命』もいい勝負である)。
『「神々の指紋」の超真相』の登場がこの頽廃にすこしでもプレーキをかけることを望む
ものである。

 

 

 

                       96年12月21日  原田 実