Back Numbers : No.70~雑想ノート



だって、それって不良品~映写事故を考える


去る8月16日(土)、新宿のミラノ座に、その日が初日だった【HERO】の夜9時からのレイトショーの回を見に行った。

チャン・イーモウ監督の【HERO】は、この夏で1、2を争うほど楽しみにしていた映画だった。実際映画が始まると、その画面のスケールの大きさや色彩のあまりの美しさに鳥肌が立ちっぱなし、気分も高揚しっぱなし。物語がどんどん盛り上がってくるにつれてこちらのボルテージもどんどん高くなり、ここぞ中盤の山場 !! とも言うべきシーンが最高潮に達したその時に !

音が出なくなってしまったのである。

あれ~おかしいなぁ ? もしかしてこういう演出のシーンなの ? ……なんて訳はやっぱりない。待ってても音が出てきそうにないので、異変を察した何人かの人が劇場の人に言いに行ったようだった。ほどなくして画面は止まり、「只今巻き戻していますのでしばらくお待ち下さい」との声が場内に響く。が、しばらく待って映し出されたのはさっき止まったところと同じシーン。ちょっとぉ、それじゃあ意味が無い。だったら止めずにそのまま続けていた方が、感情の流れが途切れずにまだしもマシってもの。と思った人は他にもいたのだろう、新たに抗議を受けたのか再び画面は止まった。が……今度はなかなか再開しなかった。

毎週何本かの映画を見るような生活を(年がバレるので言いたかないが)もうざっと15年以上もの間続けているので、映写事故くらい、今までに何度か遭遇したことはある。回数にして多分10数回ぐらいにはなるだろうか。でもその中でも、今回の止まり方はちょっとひどいかなと思った。時間は正確には計っていないけど、どんなに短くても5分以上、多分10分やそこら以上は止まっていたのではないか。場内は明るくなってしまうし、何も映し出されていない画面にどこかの部分のセリフだけが細切れに流れる。同じ中断でもそんなのはあまり見たことない。あぁ最悪、気分ぶち壊し。実際、私の周りの席だけでも、怒って席を立って帰ってしまった人が少なくとも4~5人はいた。1000人以上入るような、多分都内でも最大クラスの広い劇場なので、6~7分くらいの入り(多分)の劇場全体では、20人やそこら以上は帰ってしまったのではないだろうか。大抵の場合、いくら途中で中断してもやっぱり続きが見たいから、客は不満に感じながらもシーンの再開をおとなしく待っているものなのに……こんなことは初めてだ。

私も余程帰ってしまおうかと思った。ここまで来れば、ここで一旦中断させてもう一度最初から見直した方がちゃんと感動できるというものだろう。ただ、ここのところ、スケジュールが毎日タイトで忙しい。今日を逃してしまうと、もう一度同じ映画を見に来る時間を本当に取れるかどうか分からない……私は涙を飲んで、そのまま席に居座った。しばらくして、やっと映画は再開したけれど、もう既に、感動もへったくれもあったものではなかった。

1年365日、毎日数回映画を上映していれば、望ましくはないことだけど確率的に言ってどこかしらで事故が起こってしまうのは仕方のないことなのではないかと私は思っている。例えば仕事をしている時も、どれだけ細心の注意を払っているつもりでも、ミスを全く0にしてしまうなんてことは事実上不可能だ。だからそこのところを怒っているのではない。では何を問題にしたがっているのかというと、ミスが起こりうるのならばそのダメージをどうすれば最小限に抑えることができるかということを常に考えておく必要がある筈なのではないかということが言いたいのである。例えば私の仕事などでも、ミスの確率を具体的に減らしたいなら、時間が許す限りの二重三重のチェックは欠かせないし、万が一ミスが発見されたら、被害を最小限に食い止めるため、出来るだけ速やかに修正したりバックアップの手段を取ることがどうしたって必要だ。でも例えば今回の場合、映画館の人は事故が起こってからしばらくの間誰一人気づいてなかったらしいということは、上映が順調に行われているかどうかのチェックを全く行っていなかったのだろうと思われるし、復帰にここまで手間取ってしまったということは、事故が起こってしまった場合に取るべき具体的な方策について、日頃からの何の訓練も準備もなされていないか、全く不充分であったということが考えられるのである。それでも企業か、やる気があるのかコラ。でも私の怒りはこれだけに留まらなかった。

映画館にとっての基本的な商品は何かというと、言うまでもなく映画を上映することそのものである。完全な状態での上映が出来なかったということは、それはつまり商品に不良箇所があったということだ。普通の企業ならそういう場合、商品の返品や返金の手続きを取るのが当たり前だろう。実際、映画を見せることにちゃんとポリシーを持っているように見受けられる映画館では、映写事故が起こった際、その回に見ていた観客の全員に、次回以降に使える無料招待券を平身低頭で謝罪しながら配っていたりするものだ。失った時間が戻ってくる訳でもないし、それが劇場側に出来る最大限のことならば、その姿勢に込められた誠意はそれなりに受け止める気持ちにもなれるものなのである。

しかるに今回の場合、映画が中断したことを謝罪する旨の場内アナウンスがあっただけだった。そりゃあ大昔には、そんなアナウンスすらないような場合だって何度かあったから、それに較べれば進歩しているという言い方ももしかしたら出来るのかもしれない。しかし、時代も観客の認識も、昔とはとっくに違ったものになっているんじゃなかろうか。この人達はこれだけ最悪な上映をしておいて、ただ謝るだけで済ますつもりなのか ! そんなこんなの怒りを抱え入り口近くのカウンターにいってみたら、どうやら、そうやって何か直接文句を言ってきた人達だけには返金らしきことをしている様子なのである !! !

なんだそりゃーっ !! 違うでしょーーっっ !! やるせない不満と悲しい気持ちをいっぱい抱えながらも何にも言わずに静かに劇場を去っていってしまっている大多数の人達はどうなるのっっ !! もしその中に、今までそれほど映画を見たことがなくて、たまたま居合わせた今回の上映のせいで映画なるもの自体にネガティヴな感情を抱くようになった人がいたら、どうやって責任を取るつもりなのよっっ !! あなた方は、今回この映画を見た観客の全員に返金するか、もしくは同等の映画鑑賞の機会を与えるべきなのだ。私はそう主張した。が、彼等はどうやら、ただひたすら謝るだけ謝ってこの場をやり過ごせばいいとしか思っていない様子、人が言っていることに耳を傾けようというフリすらない……そして彼等は、結局これが欲しくてゴネてるだけだろうと言わんばかりに劇場招待券をちらつかせ始めた……そうじゃないっつーに !! 私が言いたいことはだなぁっ。……収拾がつかないくらいの怒りに達した私は、結局手ぶらで劇場を後にした。

思えば、私が以前に非常に不愉快な思いをしたことがある今は無き渋谷のパンテオンも、今回のミラノ座と同じ松竹東急系の映画館だった。顧客の立場に立ってものを考えるという商売の基本中の基本の姿勢が浸透しておらず、現場の一人一人に危機意識や管理意識が欠けているような企業に、未来がある訳ないだろう。映画産業を建て直すという気概の無い映画会社は滅ぶしかあるまい。

心配しなくても、もっと誠意とやる気のある会社が骨は拾ってくれるんじゃないのかね。そういう会社でなけりゃ、今後、映画界の未来は任せられないんだけれど。

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