「はい、環境保護部です」
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「関連会社部の曽根原といいます。当社の子会社の鷽旭川販売で石油が漏れる事故がありました。対応を相談したいのですが」
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「わかりました。そちらに伺いますか?」
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「いや、環境保護部に伺います。今行きます」
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「了解しました。お待ちしています」
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ほどなくドアが開いて曽根原が現れた。
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「森本さん、ちょっと同席してくれるかな。それと横山さん、廣井部長がお見えになったらこちらに顔を出すように伝えてください」 曽根原と森本と山田は打ち合わせコーナーに集まった。 | |||
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「朝一に事故の概況の報告がありました。 鷽旭川販売という子会社で、本日三連休明けで出社したら、暖房用灯油が漏れているのに気が付いたということです。石油は屋外にある1,000リットルのタンクから建物内のボイラーまでの配管から漏れたようで、漏れた量は不明ですがタンクは空になっていました。休み前にどれくらい入っていたかは不明です。 漏れた石油は地中に浸透し一部は側溝に流れ込んだとのこと。消防署と市の環境対策課には連絡して、業者に頼んで漏れた石油を回収中とのことです。 当社としてまず何をしたらよいかということです」 | ||
「火災の危険性と、河川への汚染発生の可能性はどうなんでしょうか?」
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「消防車が来ているというので火災の方は大丈夫かと思います。汚染は河川というより土壌がメインのようです。所在しているところは都市部と郊外の中間という雰囲気のところで、周囲に農地はありません」
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「わかりました。対策としては当社にマスコミなどが取材に来た時とNPOや一般の方からの問い合わせや苦情の対応、鷽旭川の事故対応の支援、グループ内への情報展開、役員への報告というところでしょうか。 とりあえず現地確認が必要ですね。関連会社部から誰か行きますか?」 | |||
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「そうすべきと考えていますが、まだ主だった人が来ていません。もし環境保護部の方も一緒に行っていただけるなら大変ありがたいのですが」
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「森本さん、旭川に行く方法を調べてくれないか」
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森本が ![]() 入れ替わりに廣井が山田の隣に座った。 | |||
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「ああ、お二人の声が聞こえたのでだいたいわかった。つまらんことですが曽根原さん、鷽旭川の持ち株比率はどのくらいですか?」
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「15%です。ただ冠称会社なので無視というわけにはいきません」 冠称会社とは三菱〇○とか、トヨタ〇○、パナソニック〇○というように、社名にグループの名称を含んでいるものをいう。当然一般社会はその会社はグループの一員と認識し、万が一、不祥事などがあるとグループ全体が非難される恐れがある。 | ||
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「曽根原さん、まず確認したいのだが、先方からこちらに支援要請とかありますか?」
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「正確に言えばありません。このような事故が起きました、このような処置をしていますという通報があっただけです」
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「株の比率が少ないから向こうの了解がないと乗り込むのはどうかな? この程度の事故なら、マスコミといっても地方新聞とかローカルテレビ限定だろうとは思うが」
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「昨今は一般社会の声が非常に大きなファクターですから、最大限の対策を講じておきたいと思います」
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「わかりました。当面の対策は、山田君が言ったようなところだろうね。状況を把握するためには誰か行く方が良い。といって何人も行くこともないだろうから、どうするか・・」
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森本が戻ってきた。 「羽田発11時のJALが一番早いようです。それで行きますと、旭川市内に13時半到着です。今9時前ですから、時間的には十分ですね」 | ||
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「午後1時半か・・千歳経由ならもっと早く着かないかな?」
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「当たってみましたがかえって遅くなります。千歳から旭川まで電車で2時間かかりますから・・・」
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「ありがとう、じゃ羽田に10時半に着けばよいとして、まだ1時間の上は時間があるわけだ。その間に対応を決めましょう」
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その後、鷽旭川と広報担当の総務部と調整して、曽根原と山田が旭川に飛ぶことにした。大手マスコミからの問い合わせや取材はないだろうが、状況を把握して共有を図ることにする。 山田はいったい鷽旭川とはどんな会社かとイントラで調べた。鷽八百社の製品だけでなく種々の機械部品を扱っている。本社が旭川にあり支店が数か所、従業員約100名、地方の販売会社としては結構な規模だ。事故が起きたのは旭川市内にある本社である。 もっとも旭川市は札幌、仙台に次ぐ北日本で第三の都市であるから地方というのは失礼かもしれない。 ●
鷽旭川に着いたのは午後2時を過ぎていた。消防や市の職員はとうに帰っており、建設業者のパワーシャベルが石油のしみ込んだ土を掘り起こしているところだった。かなり石油の臭いがした。ガードマンが数人周囲にいて消火器も十本以上おいてある。● ● 二人は鷽旭川の社長と三浦という総務部長に挨拶した後、総務部長から話を聞いた。 石油タンクは駐車場の暖房というか融雪用である。雪の多いところでは駐車場の雪を解かす設備も必要なのだ。もちろんいかに雪国と言えど春から秋までは不要であるが、中の石油を空にすることはせず次の冬を迎えるのが通例であるという。そして漏えいはタンクではなくタンクから太さ1センチくらいの地下配管で建物内のボイラーにつないでいるところが長年の間に腐食して穴があき、そこから漏えいしたという。漏れた量であるが、タンクのメーターはあまりあてにならず、推測ではタンクの3分の1くらいだという。 側溝に流れたという情報であったが、実際にはそれはなかった。地下浸透も敷地内でとどまり近隣に迷惑はかけていないという。 当面対策として、行政と打ち合わせてというか行政の指導によって、駐車場のコンクリートをはがして土を掘りだし石油を処理した後埋め戻すという。 その後の処理であるが、1年ほど前に消防法と水質汚濁防止法が改正になり、以前のような構造にはできず、今後はコンクリートのピットを設けてそこに配管を通すか、地下配管を止めることになる。 なお、マスコミ報道については市内の新聞社と道内の新聞の支社が来たが、話だけ聞いて帰った。その後新聞社に問い合わせたら記事にしないという。 道路沿いには販売会社や倉庫などが立ち並んでおり、人が住む住宅はなく今のところ苦情や問い合わせなどはない。 今までの日常管理は見える部分の漏えいと、タンクのメーターの確認をしていた。連休後に出勤してタンクのメーターを見たらメモリがゼロになっていた。だいぶ前から漏えいしていたと思われるが、タンクのメーターが頼りなく、日々の減少はわからなかったという。今まで地下配管は点検したことはない。まあ、それはやむを得ないだろう。 三浦総務部長の説明は、朝から消防や警察などから何度も聞き取りされたせいか、よどみなく滑らかであった。 現時点被害が出ているわけではなく、法違反もないので行政は罰則の適用は考えていない。むしろ的確な点検と報告を行ったことでだいぶ心証が良いようだ。 対策のスケジュールであるが、土の掘り返しは明日にも完了し、処理後埋戻しは1週間後、その後凍結防止配管再設置と舗装のし直しをする。タンクからの配管は空中化する。もっとも詳細はこれからという。雪が降るにはまだ三月あるだろうから、検討の時間は十分ある。 その後、曽根原は三浦総務部長と費用の件を話したが、山田はあまり関心がなく現場で工事の状況をながめていた。 曽根原と山田は翌日、状況を確認して東京に戻ることにした。 既に定時を過ぎていたが以上を本社の環境保護部と関連会社部に報告する。 翌朝、ホテルでいくつかの新聞を確認したが、新聞には載っていない。 会社に来て掘り返している様子をみると、掘り起こした土はもう石油の色は見えない。昨日であらかた石油が漏れた部分は掘り出したようだ。掘削が間もなく終わる見込みであることを確認して二人は帰ることにした。 ●
旭川空港からの便の都合が悪く、帰りは千歳から羽田に飛んだ。曽根原と山田が本社に着いたのは6時過ぎであった。● ● 早速、総務部、関連会社部、環境保護部など関係する部署を集めて説明会を開く。 当面処置と今後の対策、及びマスコミ報道で特に問題がなかったということで各部門の了解は得られた。しかしいろいろと注文が出された。 | |||
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「環境保護部は環境監査でしっかり見ているのか?」
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「非製造業に対しての指導や教育は、製造業に比べて少ないじゃないか」
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「地下配管などの規制が厳しくなったというが、元々が危ない設計施工だったようだ。事故防止のために法規制以上の当社基準を定める必要があるのじゃないか」
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「事故は仕方がないとして、グループ企業に再発防止を徹底する方法を考えてほしい」
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環境保護部はサンドバッグ状態である。 事務所に戻ってきてから廣井は山田に言った。 | |||
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「山田君、環境保護部ばかり悪者になってしまったな。職務分掌からは、こちらも言い分があるが、まあ今回は黙っていよう。 ともかく、我々もなんとかせにゃならない。明日朝みんなと対策を打ち合わせたい」 ●
翌朝、山田は森本と藤本を打ち合わせ場に集めた。
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「鷽旭川の問題はなんとか落着しそうだ。しかし環境保護部として、今後の対策を考えたい。」
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「再発防止と発生の予防ですね、」
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「そうです。まずグループ内に一斉点検をさせたい。水濁法、消防法が改正になって各工場・各会社が対応していると思っていたが、非製造業の暖房用までは気が付かなかった。まずグループ企業に一斉点検をさせる。漫然と点検させてもしょうがないので、仮でも良いから技術基準が必要だ。まず、それをまとめたいね。 それと点検基準も必要だなあ。今回は毎日タンクの残量をチェックしていたので気が付いたが、もしタンクの量を見ていなかったら気が付くのは冬になるまで数か月遅れたわけだ。点検基準も仮でも良いから決めておきたいね。 それと俺の反省でもあるのだが、山田君の怠慢でもあるよ」 | ||
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「ああ、非製造業に対する環境管理教育の遅れですね。すみません」
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「分っているならすぐやることだ。といっても山田君にはいろいろと余分なことを頼んでいるので・・藤本さんに非製造業の環境教育の計画を考えてもらいたいと思うのですが、いかがですか?」
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「喜んで、私は素人なのでむしろ知らない人に教える方法を考えるには適任かもしれません」
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「すみませんねえ、それじゃ藤本さんは非製造業の環境管理教育のカリキュラムを考えてほしい。あまり完璧でなく簡単でいいです。A4で3ページ程度、但し、非製造業という業種はありません。オフィス管理、販売、工事、運送などいくつかのカテゴリーに分けてそれぞれにどのような教育を行うべきかを考えてください。1週間もあればいいですよね。 それと森本君、君はタンク類、特に地下配管の当社グループの管理基準と点検基準をまとめてほしい。俺の想定しているのは、そうだなあ、A4で10ページ程度でいい。そしてあくまでも仮で良いから10日くらいでまとめてくれないか。 山田君は今回の事故についてまとめてその情報発信と類似事例の有無、当面の点検、対策、報告をさせてほしい。来週の役員会議には事故と対策状況の速報をする必要がある。 質問はないか? じゃあ、あとは山田君が指揮してやってくれ」 廣井はそういうと自席に戻ってしまった。 | ||
「森本さん、廣井さんの指示で大体は理解できたかい?」
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「山田課長、現時点で必要な情報は大丈夫と思います。一両日で方向を考えますから、そしたら課長と話をさせてください」
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「オーケー、藤本さんの方はいかがでしょうか?」
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「非製造業は工場と違い、環境管理なんて考えていないところがほとんどだ。だけど、私は全くの素人状態から山田さんに教えてもらったので、そういう素人に教える方法を理解したと思う。 当社の子会社の実態を調べて、カテゴリー分けして、何が必要で何を教えるかをまずリストしてみよう。次に、教える方法だが、それはまた別途考えたい。とりあえず私も二三日考えてみるよ」 | ||
「わかりました、よろしくお願いします」
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「ちょっと別の話だが・・・ 私の身の振り方だがね、予定だと出向までもう1月もない。こういう仕事も面白いと思うし、取り掛かれば中途半端で放り投げることもしたくない。ちょっとその辺が気持ちの整理がつかないね」 | ||
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「お気持ちはよく分ります。廣井部長はなにか腹にあるような気がしますけど・・」
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「まあ、頑張ろう、じゃあ来週の月曜日頃には森本さんと私の検討結果を話し合うことにしよう」
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その後、山田は馬力をかけて鷽旭川の事故の経過をまとめ、調査事項、点検事項、報告手順などをまとめて公文を作成して社内工場と支社、関連会社それも製造業と非製造業すべてに発信した。昼過ぎまでかかり、けっこう疲れた。時計をみると3時近い。甘いものがほしいなあと心底思う。● ドサッと軽い音がして山田の前にコンビニの袋が置かれた。顔を上げると横山が森本の机にも似たようなものを置いている。 | ||
「横山さん、これなーに?」
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「山田さんお疲れのようでしょ、甘いものが欲しいかなと思って地下のコンビニでロールケーキ買ってきたの ♥」
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「それは感激だ」
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山田は立ち上がってコーヒーを持ってくる。 横山はその他のメンバーにも配っている。それから山田のところに戻ってきた。 | |||
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「山田さん、ちょっとお願いがあるのよ」
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「お金なら、私より横山さんの方が可処分所得は多いのとちゃいますか?」 山田は既に横山からもらったロールケーキにぱくつきながら応えた。
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「お金は間に合っているんですけど・・、お願いはですね、今後は事故とか起きた時に私も行ってみたいんですけど〜」 横山の要求はもっともだ。ロールケーキなんて賄賂を使うまでもない。山田は立場を考えて、これからは自分がしゃしゃり出ないで、森本と横山を表に出し活躍してもらうべきだと感じた。 | ||
「わかりました。環境保護部のメンバーはみな同じく対応できないと困るからね。これからは横山さんにも行ってもらいます」 そう応える山田のほっぺにクリームがついていた。 |