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「弊社ではISO9001認証を受けたいのですが、御社では半年後の審査は可能でしょうか?」
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「半年後ですか、お待ちください」
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田原部長は大学ノートを取り出して佐田の目の前で開く。そこには○○社、住所、何月何日審査なんていうふうに、大き目の字でいくつか書いてある。普通の会社で業務の予定を大学ノートに書いておいたりするものだろうか。そしてそれを来客の前で広げたりするとは思えない。あまりしっかりと業務を管理しているようには見えない。
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「ああ、その時期は大丈夫でしょう。せっかくですから日付まで決めておきましょうか。8月20日ということにしましょうか」
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佐田はこんなにとんとん拍子に行くとは思わなかった。頭の中で日程を考えてみるが、特になにかあるということはない。
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「それはありがたいですね。ではその日でお願いします。それで、私の方のマニュアル提出日とか、その他、しなければならないことも多々あるのでしょうが、それについて今それらの日程も決めていただけますか」
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「ハイハイ、こちらに実施事項の一覧表があります。それぞれの項目でマス目があるでしょう。そこにそれらの日程を書き込んでおきますね」
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その後、しなければならないことなどの説明を聞いて、佐田は懸案事項が問題なかったとホッとしておいとました。審査費用の振込は審査のひと月前で良いという。今日時点の大まかな見積もりは110万だった。とはいえ、それが高いのか安いのか見当もつかない。 USO社の入っている雑居ビルを出ると、佐田の前に田原部長に呼ばれた人 ![]() | |
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「すみません、私は今USO社にISO審査の打ち合わせに来たのですが、お宅様もでしょうか?」
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「ハイ、ウチもISO認証を受けたいと考えておりまして、だいぶ前にUSO社にお願いしていたのですが、今日審査の最終確認に来たら、ウチの審査が予定通り出来なくなったというのです」
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「えええ! それはいったい?」
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「費用を振り込むのが約束より遅かったなんていうのです。でも元々いつまでなんて言われておらず、漠然と審査のひと月くらい前までと口頭で言われただけでした。それはもう水掛け論です。今となってはどうしようかと途方に暮れてます。会社ではみんなが審査日を目指して頑張っているので、このまま帰れません」
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まるでここで腹を切りたいという風情である。
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「ここじゃなんですから、その辺でお話をお聞かせください」
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二人はコーヒーショップに入る。
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「私も契約書も作成していないので、おかしいとは思っていたのですよ。何か問題が起きたらおしまいですからね、会社対会社の関係で、お金が関わるときに、文書を取り交わさないなんてことはないですよね」
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「しかしUSO社が契約を反故にしても、お金が儲かるわけじゃない。何が理由でそんなことをするのでしょうか?」
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そのとき隣のテーブルに座っていた人が話しかけてきた。この人も先ほどUSO認証の廊下のソファで見かけたことを佐田は思い出した。
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「あのう、私も話に加わってよろしいですか。実は聞いた話なのですが、USO社は仕事をたくさん取りすぎて、審査が間に合わなくなっているらしいのです。それで審査がバッティングすると、お金を先に払ったところとか、金額が大きいほうを優先しているという噂を聞きました」
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「失礼ですが、お宅様もUSO社に審査を依頼しているのですか?」
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「依頼していたというのが正しいですね。今日はお金を振り込む前に契約書を取り交わしたいという話をしに来たのですが、その結果、まあ決裂したというわけです。単に契約書を作る作らないということではなく、話の様子ではウチの場合も、もう審査できない状況だったようです」
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「でも、決裂したらお宅は審査してもらえないわけですよね」
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「そうなるわけですが、元々最初に打ち合わせた通りには審査してもらえなかったわけで、直前になって判明するか、今わかったかの違いですよ。どうせなら早く分った方がリカバリー出来るチャンスが大きいと思いますよ。私は今日わかってホットしています」
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こちらは同じ状況でもどっしりと構えている。
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「なるほど、しかし困ったことには変わりないですね。お宅はなにかアイデアがあるのでしょうか?」
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「これまた噂ですが、最近こちらに進出してきたイギリスの認証機関のことを聞いてきましたので、これからそこを訪ねてみようと思います。しかしなんですね、物を売るのに苦労をするのは当たり前のことですが、物を買うのに苦労するってのは、めずらしいですねえ、アハハハハ」
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佐田はつられて笑ったが、もう一人は笑わなかった。 結局、その人、電子機器メーカーの井上さんと名乗った人について、佐田ともう一人、やはり電子機器メーカーの小山さんがその認証機関に行くことになった。 ●
その認証機関BB社はそこから地下鉄で数分のところにあった。● ● ![]() こちら側は元々訪問する予定だった井上氏が主導権を持つ。 | |
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「弊社は3か月後に審査を受けたいのですが、御社は審査できますか?」
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「お宅様が十分準備ができていて、運用期間が半年あるなら審査ができます。システムの運用期間はどれくらいありますか?」
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「3か月後の時点でなら、十分半年以上の期間が確保できます」
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「それなら大丈夫ですよ」
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「私の方としましては、御社が忙しく審査できないことを心配しているのですが」
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「心配いりません。実を言ってまだ事業展開をしておらず、今日お見えになった皆さんが最初のお客様です」
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「すみません。私は御社のことを良く知らないのですが、御社は認定を受けているのでしょうか?」
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「ああ、もちろんです。ええとこれが当社のパンフレットです」
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そう言いながらA4サイズの封筒を三人に配る。 ゴードンも同じパンフレットを手に取って、 | |
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「私どもはイギリスのDTI、日本でいえば通産省ですね、そこの認定を受けています。ここをご覧ください。認定された機関は番号がついてますから、問い合わせていただければわかります」
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パンフレットを開いて指差す。当時はまだUKASはない。
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「わかりました。私も審査が受けられるかどうかのご相談に来たのですが・・」
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「今申しましたように、現時点私の方の審査予定は白紙です。審査員が足りないならイギリスから呼びますから、二月以上先であるならいつでも日程を入れましょう」
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「ちょっと待ってください。イギリスから審査員が来るとおっしゃいますと、英語で審査するのでしょうか? 審査ばかりでなく、マニュアルも英語で書けとか言われるとちょっと・・・」
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「まず現時点、日本人で主任審査員の資格を持っている者は当社にはおりません。現在ここに私の他にイギリス人の主任審査員が2名います。もちろん今後は日本人の審査員を募集あるいは養成する予定ですが、当面人手が足りないときはイギリスから呼ぶ予定です。それで飛行機の運賃や滞在費は審査費用に上積みされます。もちろん一社のために来日するわけではなく、効率的な予定をたてて行いますから、まるまる全額を一社で負担するようなことはありません。 審査の言葉ですが、私は日本語を話しますが、他の人たちは話せません。御社で通訳を用意していただくか、手当てできないときは当社で手配します。普通の通訳ではなく、ある程度専門用語やISOの規格がわかる人でないと困ります。 マニュアルは・・・もし欧州に輸出するために認証するのであれば、はじめから英語版を作っておくことがよろしいのではないかと思います。ご存じと思いますが、顧客にISO認証をしていると言いますと、認証の証書と品質マニュアルの提出を求められるのが普通です。最初日本語のマニュアルを作っていても実際のビジネスになると英語版を作ることになります。 なお下位文書はお宅様が使われている日本語もので結構です。通訳に読んでもらいます」 |
佐田はそのように審査を行うとは知らなかった。
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「なるほど勉強になりました。 審査費用はどれくらいになるのでしょうか? 当社は従業員250名、事業所は1か所、仕事はプレス作業です」 |
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「審査費用は審査工数、これは業種、規模、拠点数などによって決まります。それに1日あたりの人件費をかけまして、その他に旅費や宿泊費が加算されます。御社の詳細な情報が分りませんが、250名なら審査費用そのものは70万くらいでしょう。旅費などはまあ二人で10万くらいでしょうか、正確なところは御社から会社情報を出してもらって見積もります」
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なんだ、なんだ、USOの田原部長が言っていたよりも安そうだ。 その後、井上氏と小山氏は審査を依頼するという前提で話を詰め、佐田はもう一度お邪魔したいとアポイントをとった。 ●
翌日、佐田は星山専務と菅野の三人で、USO認証とBB社を訪問した報告と今後について打ち合わせをする。
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「基本的に認定を受けている認証機関ならば、どこから認証を受けても価値は同じということだな?」
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「そのようです。ただ認定機関というものが国ごとにあるようで、まだ日本にはありませんが、その認定機関によって差があるのかどうかわかりません」
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JAB(日本適合性認定協会)の設立は1993年11月である。
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「わかった。じゃあ審査機関をどうするかということだな。その審査が日本語で良いか悪いかになると、わしゃ日本語の方が良いなあ。それに通訳を雇えば一日4・5万はとるだろう。二日で二人なら20万か、専門性なんて言われたらその倍くらい行くんじゃないか」
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「でも私ではまずいですか。この会社のことはわかってますし、ISOについても佐田さんから教えてもらいましたから大丈夫と思いますよ」
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「でも菅野さんは一人しかいないぞ。審査員が二人来たらどうする?」
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「そのときはそのときですよ。通訳が必要になれば私の元同僚に話を付けましょう」
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「マニュアルを英語で作らないといけないという。それは・・」
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「ウチは欧州に直接輸出する予定はありませんが、ゆくゆくタイの工場でISO認証するなら、今から英語版マニュアルを作っておくのもよろしいじゃありません」
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菅野はなかなかしぶとい。
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「わかった。佐田さん、その認証機関に一緒に行った人がその後どう決断したかを聞いてくれないか。それを確認して決めようじゃないか」
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解散してからすぐに佐田は井上氏と小山氏に電話をする。 井上氏は認証しないと輸出できないので、あの後すぐに審査契約をしたという。井上氏の会社はアッセンブリー、400名規模で、審査費用見積もりは宿泊費込みで110万だったという。 小山氏もすぐに契約したそうで、やはり業種は電気製品のアッセンブリー、従業員300名弱で審査費用は80万という。先日、ゴードンが言った見積もりは間違いなかったようだ。 それを報告すると星山はBB社で行くと決めた。 ●
佐田は翌週に再びBB社を訪問した。今回は受付前にあるソファに2人座っていた。訪問者が増えたとは商売が順調になったのだろう。● ● 佐田は時間になると呼ばれた。ゴードンともう一人の外人と営業担当という日本人が現れた。佐田は二人と名刺交換する。外人は、マーチンと名乗ったが日本語を話さない。 | |
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「ゴードンさん、当社として御社に審査を依頼したいと考えています。これからの手続きと提出資料などについて教えていただきたいのです」
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営業担当者が必要な資料、見積もり、契約の日程、審査の日程などを決めていく。以前、横浜のB社やL社に行ったときの先方の対応とは全然違う。おって見積もりを送るときに、契約書を一緒に送るのでサインして返せという。規模は小さいが、することはちゃんとしている。 BB社をでると、佐田はUSO認証に向かった。BB社に頼むとなったので、こちらを断っておかないといけない。アポイントは取っていなかったが、佐田が行くと田原部長が会ってくれた。 | |
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「お世話になっております。先日審査を依頼した件ですが・・」
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そこまで言うと田原部長は佐田を遮って、
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「ウチではあのお話の後、すぐに審査費用の一部を振り込んでいただけると思っていましたよ。お宅はまだ審査料金を振り込んでいませんね」
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佐田は驚いた。だってまだ正式な見積もりももらっていないし、審査契約も結んでいない。
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「ちょっと待ってください。先日は審査のひと月前に振り込むようにと言われています。それに、まだお宅から見積書も頂いていません」
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「ISO認証では審査のお話をすれば、すぐに手付を入れてもらうのが当たり前です」
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当り前だって? 契約書もなく、お金を振り込む世界があるのか? まるで不動産屋だな。いや不動産屋だって正式な見積もりもなく手付を入れる人はいないだろう。
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「そういうことで、先日お約束した8月20日の審査はキャンセルになりました」
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佐田はただただ、あっけにとられて黙っていた。しかし心中、断りに来たのだから先方から断ってきたということは、面倒が減ってよかったとも思う。 その後しばらく田原部長のイヤミを聞いて佐田は立ち去った。 ●
佐田はクシナダ向けの品質マニュアルをもとに、ISO規格の項番対応に見直し、不足している項目を追加してISO対応のマニュアルを作った。クシナダのときと違い、今は社内の仕組みができていたし、そのルールも文書化されているので、マニュアルを書くのはキーボードを叩く速さで決まる。正味1日半で終わった。● ● それを菅野が読んで、若干言い回しを直し、星山専務がみた。 | |
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「『経営者の責任』なんてあるから、なんだろうと驚いたが、書いてあることは当たり前のことだけだ。なんでわざわざこんな項目があるのだろう?」
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「それは星山専務がまっとうだからですよ。普通の会社、私の元いた会社もですが、なにも考えず指示もせずに、結果が悪ければ文句を言うだけの経営者、管理者が珍しくないです」
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そういってから佐田はあたりをきょろきょろ見回した。 菅野は笑った。 | |
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「佐田さん、川田取締役なら今日は通院でお休みですよ」
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佐田はホッとした表情をする。
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「川田さんも変わりましたね。以前は自信過剰で傲慢そのものでしたが、最近は違います」
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「うん、変わったということにわしも同意だが、川田取締役はいく度も変わったと思う。こちらに来た当初は我々を上から見ているのがありありだった。やがて自分たちがすることがうまくいかなくて自信喪失したようだった。最近は、彼も自分の立場や仕事を理解してきたせいか謙虚になったが、その分自信を持って仕事をしているように思う」
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「素戔嗚では有名大学を出て、上司の引きがあればそこそこの地位になり、部下がそれなりに優秀ですから管理職が勤まります。しかし中小企業では、部下を育て教えることができる人だけが管理職が勤まります。大企業で管理者になっても中小企業で管理者が勤まるわけではありません」
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「それはISO規格に書いてある『経営者の責任』の項目そのままのような気もするな」
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「ISO規格の『経営者の責任』の項に書いてあることは、星山専務が日常していることそのままです。しかし素戔嗚の管理者はそんなことをしていません」
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「具体的には何が違うのか?」
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「経営者の責任というのは多くありません。4つです。 まず方針を定めよというのがあります。これは立派な方針を作るとか掲げるということではありません。目指すところを全員に示せと言うことです。 第二は組織と人の責任と権限をはっきりさせろと言うことです。 第三にリソースを確保しろということです。リソースとは資源ですから、人・金・物でしょうねえ。 最後は経営者による見直しですが、会社の仕組みが適切かどうか、そしてそれが正しく運用されているかを見て、必要ならそれを見直しなさいと言うことです」 (1987年版を基にしている) |
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「そんなこと、この会社でしているのだろうか? いや素戔嗚ではしていないということか?」
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「最初の方針ですが、卑近な例をあげますと、クシナダの仕事を取らないと会社がつぶれてしまうということをみんなに理解させ、だから品質監査で合格しようと目標を示して頑張ったということです。あいまいなまま進めてはいけません」
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「なるほど」
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「責任と権限ですが、私はこの会社に来て驚いたことがあります。多くの中小企業は組織とか職階あるいは役職名は無関係です」
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「無関係ってどんなことでしょうか?」
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「ある人が有能とか過去に実績を出したりすると部長とか課長とか役職名を与えますが、実際にはそんな部署がないとことは多いです。あるいは社長の息子は役職名がないけど、実質的に大きな権限を持っているというのもあります。この会社では課長は課の長であり、係長は係の長であり、それぞれ名前に見合った権限を持っています。例外は私の担当部長と伊東委員長ですね」
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「アハハハハ、伊東委員長はよかったですわ、」
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「伊東は本来部長とかにしたいのだが組合委員長だからしょうがないんだよ。まあ会社側も組合員も実力を認めているからだれも文句を言わないが・・」
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「三番目のリソースを確保しろですが、それは例えばクシナダの品質監査のときも今回も、私のところに菅野さんを応援させるというようなことです」
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「素戔嗚ではそういうことをしないのか?」
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「しませんね。言い換えると社員が優秀なのです。経営者もしくは上級の管理者が『あれをやれ』と言うと、部下の管理者や一般社員がいろいろ考えて、リソースを融通したりしてなんとかしてしまうのです」
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「そのほうがレベルが高いように見えるが?」
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「確かに部下のレベルは高いかもしれません。しかし本来の経営者、管理者の仕事をサボっているということです。従業員が優秀でないと、そういう経営者では会社がつぶれてしまいます。つぶれなくても仕事が進まないでしょう」
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「こんなことを言ってはなんですが、安斉課長がいましたでしょう。あのような何もしない課長でも素戔嗚では勤まったということですね。ウチでは製造課の仕事が滞ってしまいましたが・・」
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「そうです。もちろん素戔嗚でも安斉さんに対する部下の評価は良くありませんでした。でも部下が頑張ってそれなりになんとかなっていたのです」
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「なるほどなあ、そして経営者による見直しか。確かにこの会社は小回りが利く。武田君のような若いのを素戔嗚では課長にすることはないだろうし、この仕事を取るか取らないかという経営判断も簡単にはできないだろう。なにをするにもハンコが5つも6つも欲しいだろうしね」
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「おっしゃる通りです。以前、鈴田課長がプラダンを試してみたいというとき、川田取締役がやってみろと言って試行しました。あんなことだって素戔嗚なら、予算がないとか固定資産になるんじゃないかとか、内部の調整が大変ですよ。素戔嗚では1千万1センチと言われていました」
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「1千万1センチとは?」
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「1000万円の予算を取るには、厚さ1センチの資料をそろえなければならないということです。1億なら10センチというわけです」
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「ホウ!」
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「佐田さんが言うようなことが経営者による見直しなら、わしは毎日しているように思うよ。そうしないとそれこそ会社がつぶれてしまう。 しかし定期的というのは変だろう。ISO規格の説明を佐田さんから聞いたとき、定期的に行えと言うのがおかしいと思った。きっとあれは大企業向けなんだろうなあ。 わしは毎日現場を歩き、営業にも技術にも顔を出している。そして全部の課長の顔を見て問題を聞いている。もちろん直接の管理はそれぞれの部長が行っているわけだが、わしも状況を把握しておかないとな」 |
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「経営者による見直しというものを、どう解釈するのか私はまだわかりませんが、常識で考えたことが間違いであるはずはありません。我々はこの会社の業種と規模に見合った仕組みでしっかりと経営しているのだと自信を持つことが大事です」
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「我々はレベルが低いけど努力しているということか」
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「レベルという言葉は不適切でしょう。それと努力したかどうかは重要じゃありません。成果を出していることが重要です」
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「なるほど、よしそれはともかくだ、経営者っていっても俺じゃない。社長がインタビューを受けるわけだろう。どうしようかなあ、」
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「どうしようかとおっしゃいますと?」
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「事前に社長になにかレクチャーしておく必要があるだろうか? ガイジンにISO用語で聞かれたらギョットするんじゃないかなあ?」
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「うーん、私はなにも言えませんね。私が今までみていた偉い人には二種類あって、ひとつはバカ殿タイプで部下がこう言ってくださいというとそのまま棒読みするという方と、もうひとつは余計なことをするなと言って自分の言いたいことを語る方です。もし社長が前者ならQ&Aというか問答集を作っておいた方が良いでしょうけど、後者なら・・星山専務はお付き合いが長いから社長の性格をご存じでしょう」
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「社長は半分眠っているようだけど、それなりに考えておられるから・・・ヨシ、なにもしないことにしておこう」
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「じゃあ、もう特段準備することもなさそうですね。内部監査にしても製造部門はクシナダ対応でしたものがそのまま使えますし、営業や技術は先日仕上がり状況を見るために行ったのをまとめれはよろしいでしょう」
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「そうかそうか、あとは待つだけ、待てば海路の日和あり、果報は寝て待てと・・・ちょっと思いついたんだが」
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「専務、私は専務の考えが分りましたよ」
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「ホウ、じゃあ当ててもらおうか」
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「ISO審査の時期を可能な限り前倒ししろということでしょう。心の中では明日にでもと思ってらっしゃるのでは」
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「いや、ズバリだよ。佐田さんのマニュアルの説明を聞いて、我々がこれから新たにしなければならないことはなさそうだ。どうせ同じお金を払うなら早い方がいい。 ところで運用期間が半年っていったよな。菅野さんが作った規定で一番最後のものは、制定してからどれくらいになる?」 |
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「ひと月半ですね」
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「じゃあいくら早くてもあと4カ月はダメか」
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「いや規定を作ったのは最近ですが、現実の運用は過去からしていますから、そこは話次第でしょう。とはいえ明日には無理でしょうけど。 思うのですが、BB社はまだ審査も認証の実績もありません。それなら我々がすぐにでも審査してくれといえば、向こうも実績を上げるために乗って来るのではないかという気がしますね」 |
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「なるほど、佐田さんよ、大至急話をしてくれないか」
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「菅野さん、マニュアルを英語に翻訳するのにどれくらいかかりますか?」
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「文章は事務的な決まり文句でよろしいでしょうから、文学的な表現とは無縁ですね。簡単ですと言いたいですが、やはり1週間は欲しいですね」
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「マニュアルをそれくらいに提出できるということで良いですね」
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佐田はすぐにBB社に連絡を取った。まず他社の状況を聞くと、井上氏は3カ月後、小山氏は4カ月後に審査することになっているそうだ。それを聞いてから佐田が審査の日を早めたい、マニュアルは最近作ったが従来から運用していると話すと、BB社としては早いところ審査実績を出したかったようで佐田の提案に乗ってきた。まずマニュアルを見たいという。審査はそれを見て考えるが、だいたい二月後でどうかという。彼らも仕事がなさそうだが、ないなりに向こうにも都合があるのだろう。もちろん実際に審査できるかどうかはマニュアルを見た結果次第である。 菅野はその日からマニュアルの翻訳に取り掛かった。とはいえ、彼女にとってマニュアルの和文英訳など鼻歌交じりの仕事のようだ。契約書の翻訳に比べたら真剣さが違うわと佐田に言った。 マニュアルを送付したのは10日後だった。それから三日後にゴードンから電話があって、来週にでも予備審査に行きたいが大丈夫だろうかという。佐田は予備審査というものがなにか知らなかった。ゴードンが言うには、事前に審査員が訪問して本審査ができるかどうかを確認するのだという。良いも悪いもない、ぜひお願いしますと回答した。どうせこちらは星山専務と該当者だけでいいのだろう。 |