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「おい、星山君、予備審査というとわしは何をすればいいんだろう?」
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「予備審査では社長にお出ましいただくことはないと思います。私が経営層の代表として対応します」
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「そうかそうか、とはいえその後の本審査といったか? そこではわしは何かせんとならんのだろう?」
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「ISO規格では経営者の責任といいますが、経営者がしなければならないことが決まっていますので、それをしっかりやっているということをお話しいただければと思います」
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「そうか、いずれにしてもまだ日にちがあるな。どうせ今聞いても忘れてしまうだろうから、その時になったら教えてくれ」
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社長はそう言って社長室に入っていった。 ![]() 星山も佐田も心配していないとはいえ、ISO審査など誰もが受けたことがない。みな心配して佐田のところに相談に来る。 始業前に、星山と佐田がコーヒーを飲んでいると、設備係長が来ていう。 | ||||||||||||
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「佐田さん、おれんとことではコンプレッサーや機械のメンテナンスだけじゃなく、植栽や暖房とか建物やトイレの修繕とか、とにかく何でもやっているわけよ。だけど植栽の維持とかトイレの修理などについては手順書というか、規定もないし作業指示書も作ってねえんだよね。ISO審査でそこんとこを聞かれたらどうしようかねえ〜」
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「心配しないでください。ISO審査は製品の品質に関することしか審査しません。トイレ修理の品質を確実にする仕組みを審査するわけではありません」
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「だけどさ、昨年の暮れ、構内通路沿いに植えてある銀杏の枯葉が落ちて、それが風で通い箱に吹き込んだという問題があったよね。あんなのは広い意味では製品品質に関わるよね?」
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「まあ、そう言えばそうですねえ、でもそんなに気にしないでいきましょう。そんなことを言ったら給食で食中毒が起きたら技能者が休むことになり、品質に影響するということにもなりますし。忘れましょう」
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「それと、公害防止についてもルールを作ってないんだよね。例えばコンプレッサーに異常騒音が起きたときどうするとか・・」
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「でも品質を確保するための日常点検とか定期点検、あるいはエア圧が上がらないときの手順は決めていますよね?」
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「だけどそれは品質対応であって公害防止対応とは書いてないからなあ」
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「会社の仕事に限らず、このためにはこれをするというふうな1対1ではないと思います。ひとつのことがいくつもの役割を果たすとか、ひとつの目的のためにいろいろなことをするとか だから品質のためにしていることが、同時に公害防止になっているとも言えるでしょう。そういうことは気にしないでいきましょう。問題になったら私が説明しますよ」 | |||||||||||
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「うーん、でもISO規格ではこう書いてあるが、そのためになにをしているとか聞かれたら、サット答えられないよ」
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「そうだ、わしもそこが気になっているのだが・・・・現場で、いや総務だって営業だって、『ISO規格では何々することと書いてあるが、お宅ではそのために何をしているか?』と聞かれたらどうする。作業者はもちろん管理者もISO規格など読んでいないぞ」
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「あのうですねえ、ISO審査の現場のヒアリングは、ISO規格のこの項番に対してなにをしているのかと聞くことはないはずです。我々はISO規格のそれぞれの項番について、それぞれの要求事項に対してどんな社内文書でどのようなことを決めているか、どのような記録を残しているかを品質マニュアルに記載しています。 そして審査員はまずこちらが提出した品質マニュアルをチェックします。彼らは、マニュアルの内容がISO規格を満たしていることを確認したから審査に来るわけです」 | |||||||||||
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「そうなのか?」
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「この前、日本規格協会のISO規格の本を買ってもらいましたよね」
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「ああ1万円以上した本だな」
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「はい。その本にはISO9001規格だけでなく、審査の方法を決めた規格も載っていました。そこでは『(品質マニュアルと同等の)文書の審査を行い被監査者が記述している品質システムが要求事項を満たすには不適当であるということが分ったならば、このような懸念が解消(中略)するまで、それ以上の資源を監査に使わないほうが良い』とあります。(ISO10011-1:1990) つまり、審査員がこちらに予備審査に来たということは、我々が提出したマニュアルがISO規格の要求事項を満たしていると判断したということです」 | |||||||||||
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「ということはマニュアルに書いてあることだけをしていれば良いのだな」
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「そのとおりです」
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「そして我々はISO規格を知らなくてもよいということは、審査員はマニュアルに書いてあることが実際にしているかどうかを確認するだけだから、それ以外を聞くことはないということなのかい?」
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「そうです」
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昼前に鈴田課長がやって来た。
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「佐田君よ、この前事故で急きょ追加生産したとき、プラダンが間に合わず段ボール箱で代用してチョンボしたことがあっただろう」
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「ああ、あれは既に是正処置をしただろう?」
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「是正処置って? 何を作成したんだっけ?」
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「次回から梱包箱を作るときは、実際に使う前に箱をゆすって動かないことを確認することとか、高さ50センチから床に、底面と4稜と4角を落としてみて、中の製品が傷んでないことって決めたじゃないか」
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「ああ、あれか、あれを是正処置っていうのか? だけどこの問題については、この是正処置をしたというのが分るように、なにか記録を作っておかなくてはならないのじゃないのか? 実はさ、おれもISOの解説本というのを本屋で見つけたので買って読んでいるのだけど、それによると是正処置をしたら『是正処置報告書』というのを作らないとならないと書いてあった」 | |||||||||||
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「ISO規格でいっているのは、不適合が起きたらそれが二度と起きないように手を打ちなさいということだけだよ。まあそれを是正処置というのだけどね、別にそれを是正処置と呼ばなければならないとか、その記録は是正処置報告書でなければならないというのではなく、議事録でも、報告書でも形や名称は何であれ、その対策をしたことが分るようになっていればいいんだ。 あのことについて言えば、まず打ち合わせ議事録があるだろう。それからお宅の梱包箱を作る手順書に今いった非常に簡単だけど振動試験と落下試験をすることを盛り込んで改定したはずだよね」 | |||||||||||
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「そうなんだけど・・だけど、それは『是正処置報告書』なんて名前じゃないよ」
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「だから言ったようにさ、名前なんてどうでもいいんだ。ともかく文書や記録をたどればしっかりと是正処置をしていることが分るだろう」
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「ISOの解説本を読むと、是正処置記録という名称のものが必要なのかと思ったのだが・・」
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「ISO規格では不適合が起きたら、二度と起きないような対策をしていればいいんだよ。考えてごらんよ、名前がなんであれ、やることやっておけばお客様は安心するだろう。立派な名前だって実際にやってなきゃ意味がないよ」
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当時の実際の審査は佐田の言うようなものではなかった。規格で『(4.16参照)』と書いてあるものについては、規格に書いてある通りの名前の記録がないと審査員は「不適合」と大声で叫んだ。それは審査員のレベルが高かった、いやもとい、低かったからだろうと思う。今もレベルの低い審査員はいる。多いか少ないかはどうなんだろう。 そして当時(いや現在でもかな?)、ISOのための参考書には、さまざまな手順書のひながたや様式が載っている。内部監査プログラム、内部監査報告書、内部監査不適合通知、内部監査是正処置報告書、イヤハヤ あんな参考書を読んで、それに合わせて手順書を作り、様式を作り、帳票を作っている会社もあるのでしょうねえ〜 なんとか鈴田が納得して帰ると、佐田もいささか心配になった。少し前、営業でお客様の注文数を一桁間違えたことがあった。あの是正処置の記録はちゃんとあるかなと気になったのだ。 佐田は営業に歩いて行く。 | ||||||||||||
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「営業課長さん、先日 | |||||||||||
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「おいおい、もうそれを言うのは止めてくれよ」
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「いえいえ、責めているのではありません。あの是正処置はしましたよね?」
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「是正処置って何だっけ?」
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「あのあと再発防止の打ち合わせをしたじゃないですか。あれを実行しましたかということです」
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「ええっと、ホワイトボードのコピーがあったな」
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営業課長はINBOXをガサゴソ探す。
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「あった、あった、これだ、これ、ええとやったかどうかとなるとだな・・・ 受注の仕組みは営業業務規定を菅野さんに頼んで改定してもらった。規定改定は完了だな。 それからウチの連中もあれからは慎重になって、必ず相互チェックをしておれに確認を求めてくる。おれが見たらハンコを押しているんだ。うん、運用も大丈夫だ」 | |||||||||||
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「営業課長さん、そのホワイトボードのコピーは大事ですから、何かのファイルにとじておいてくださいね。立派な記録ですから」
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「ああ、わかった。佐田さんのいうのは是正処置をしたかと聞かれたら、このホワイトボードのコピーを見せて、規定の改定を見せて、それから今の運用状況を見せろということだな」
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「ハイ、よくできました。期待していますよ」
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「だがよ、おれんとこのミスを説明するのは嫌だな。見せなくても済むなら見せたくない」
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「もちろん審査員が是正処置の事例がないですかと聞かなくちゃ見せることはないですよ」
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「そうか、じゃあ質問されないことを祈っているよ」
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佐田が自分の席に戻ると武田が来ていた。
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「佐田さん、いよいよISO審査ですね。心配事がいろいろあって相談に来たのです」
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「どうしたの、武田君は先日のクシナダの品質監査のときだって、ピンチヒッターをちゃんと勤めたじゃないか」
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「クシナダになくてISOにあるものがあってさ」
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「ナゾナゾみたいだな、なんだろうか?」
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「いろいろあるんだが、まずトレーサビリティとか、」
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「ウチで決めたものだけトレーサビリティを把握しているといえばいいんだよ・・・いや、違った、君の場合は、単に規定に定められたとおりに伝票を書いているし、また定められたとおりに識別管理していると答えればいいよ。識別管理なんて言葉を使うこともない。決められたラベルを貼っていること、不良が出たら決められたとおりの表示をしていること、そんなことを言ってくれたらいい。それ以上のことをする必要はない」
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「わかった。そう答えるよ。(武田はメモをする) 国家標準がない場合には校正に用いた基準を文書化しておくってのは、どうなんだろう?」 | |||||||||||
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「うーん、実際問題としてはウチにはそういうものはないんじゃないかなあ?」
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「粗さとかは国家標準というのはないよね?」
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「粗さだって国家標準につながらなくはない。表面粗さ計の校正方法ってのを見たことがある。だけどウチの場合は粗さというかバリじゃないのかなあ、まあどうでもいいけどさ、そういったものは見本で良否を判断していると言えばいいんじゃないか。その見本は、客先が承認したサンプルなんだし。 ええと、余計なことを言うと迷ってしまうだろう。武田君は、国家標準につながらない計測器はありません。バリやキズの見本は客先が承認していますと言えばいいんじゃないか」 | |||||||||||
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「わかった。ところで特殊工程っておれんところにあるのだろうか?」
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「特殊工程って、加工後に良否を判断できないものって理解だ。プレス加工で加工後に検査の良否がわからないものがあるかい?」
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「厳密に言えばたくさんある。例えば深絞りの潤滑油の塗布とか、考えるときりも限りもない」
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「潤滑油の塗布に問題があれば、加工した時にシワとかワレができてんじゃないの。加工してから時間がたってから問題が起きるのかい?」
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「いやウチが作っている品物では、そういうことはないな」
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「あのさ、特殊工程とは特殊な管理を必要とするものじゃなくて、良否を検査できないことだよ。」
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「わかった。それじゃ安心したよ、といってもあまり安心してないんだけど」
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あっという間に日が経って、今日は予備審査である。● ● 当日、佐田は妻の軽自動車を借りてJR駅まで迎えに行った。マーチンが田舎の駅舎の前に一人で立っていた。佐田は英語はからっきしだめだ。とりあえず通じなくても日本語で挨拶して、狭い車に長身のマーチンを押し込んで、会社に向かう。 会議室には星山専務、社長、川田取締役、伊東委員長、菅野がいた。佐田を加えても6名である。
格調が高くなったのではなく、審査員のプライドが高くなったのかもしれない。
今日の予定は事前にもらっていた。主に書面審査となっている。オープニングの後、現場を1時間ほど歩き、その後規格対応の文書と記録の有無をチェックするとあった。 全員席について菅野が立ち上がった。そして何やら英語で話す。 事前に菅野がいうには「本日はISOの予備審査に来ていただきありがとうございます」から始まって、こちらのメンバーの紹介と会社の概要説明とのことである。 社長が日本語で挨拶すると、菅野は同時通訳をする。事前に内容を聞いていたのか、それとも即興なのか佐田は知らなかった。 その後にマーチンがなんだかわからないが英語で話す。 菅野はそれを通訳する。 | ||||||||||||
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「今日はご対応ありがとうございます。本日はみなさんの品質保証の仕組みがどれくらいできているか調査するのが目的で、本審査に移ってよいかを判断します。なお審査基準はISO9001の1987年版で行います」
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当時オープニングで審査員の挨拶などはそれくらいの内容できわめて短時間だった。審査員が大演説するようになったのは、ISO14001の審査が始まった1997年以降である。それまでは、会社を良くするとか御社のためなんて言葉を聞いたことがない。 ところで大演説をするということは、演説者(審査員)が組織側よりも人格高潔で知識もあふれているということなのだろうか? 審査員の中には自分の歌に酔ってしまうのか、マイクを離さない人もいる。
オープニングが終わり、工場視察となった。案内者は専務、補助が佐田、通訳は菅野である。 社長は社長室に引っ込んでしまった。川田は自分の仕事があるという。伊東は会議室で書類を用意し、審査に対応する該当部門から質問があれば対応することになっている。 最近は工場に来ると、整然としてきたと星山も感じる。工場において雑然と整然の違いは何かといえば、就業時間中に通路を歩く人がいるかいないか、加工中のものが多いか少ないか、物が水平・垂直・直角に置いてあるか否か、余分な物や余分な機械がないこと、そんなことだろう。今は人に見せても恥ずかしくはないと星山は思っている。 マーチンはざっと眺めて菅野さんに何か聞く。 | ||||||||||||
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「ここでの管理項目は何かと言ってます」
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「環境条件は特段ない。まあ常温なら問題ない。加工機械の管理項目は多々あるが日常点検で見ていると言ってくれ」
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菅野さんが何か説明する。 工場の他に倉庫を見て、それから外回りに移ってコンプレッサーや排水なども一通り見て会議室に戻る。 菅野さんがマーチンと星山専務におしぼりを持ってくる。 5分ほどマーチンは菅野さんと何か話していた。星山専務も伊東も佐田も英語はからきしなので内容は解らない。 書面審査になった。 今回は本審査に進めるかどうかということで、あまり細かいことまではみない。マニュアルに書いてある文書や記録が過不足なくあるのか、規定に定めていることが実際に行われているのかということを抜取でチェックする程度だ。もとより基本的なことはしっかりしているだろう。仮にあっても、記録の記載漏れがあるとか、ファイリングのミス程度だろうと佐田は思っている。 ときどきマーチンが菅野さんに質問する。 | ||||||||||||
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「この書類に書いてある日本語は、マニュアルに英語で書いてある通りなのかと聞いています」
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「その通りですと答えてください」
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何度かそんなやり取りをする。 マーチンはおかしいなあという顔をしている。 クロージングになった。 マーチンが語るのを菅野さんが通訳する。 | ||||||||||||
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「今日はどうもありがとうございました。事前確認なので細かくは見ていませんが、本日拝見した結果では問題はありませんでした。今日の結果から本審査に入れると判断しました。会社に戻りましたらそのように報告します。 次回の本審査は二人で訪問します。またお会いできるのを楽しみにしています。 以上が正式な結論です。不思議に思っていることがひとつあります。今まで多くの会社の審査をしていますが、これほどシステムができているところはありませんでした。日本語が読めないので本当にそうなのか、私には分りません。次回来るもう一人は日本語ができるので良く見てもらいます」 | |||||||||||
星山がお礼を述べ菅野さんがそれを通訳する。
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「今日は一席設けようかと思っているのですが、マーチンさんはいかがでしょうか?」
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菅野がそれを伝えると、マーチンがアハハハと笑って、我々にそのような気遣いは不要ですといって、駅まで送ってくれという。 星山は迎えに行ったのが佐田の軽自動車だと聞いて、それではまずいと自分のマークUで送っていった。 本審査まであと30日、それまですることもない。まあ前日に掃除でもしておけば大丈夫だろうと佐田は思う。 |