15.06.25
これはISO14001ではなくISO9001に関することである。私は日本でもISO9001の草分け、黎明期からISO9001やISO9002に関わってきたが、2000年以降はISO14001一筋だった。そんな関係でこのウェブサイトにはISO9001専用コーナーがない。
ということでここに書く。
まあ、お読みになる人はみなプロ、セミプロだろうから変な勘違いなどするはずがない。
2015年6月時点、まだISO9001:2015は発行されていないが、そのDISでは品質マニュアルの要求がない。それについて巷ではいろいろ発言を見る。私の意見をここに書いておく。
なお、ここに書く前に、私のブログでいろいろ書いたものを基にしている。ブログをお読みになられた方は、その旨ご了承願いたい。
・
アイソス番外編(システム規格社のメルマガ)
★
2015.06.17
メルマガアイソス番外編第200号というのが昨日届いた。米戸さんという方が規格改定で品質マニュアルが要求事項から消えたことについて解説しているとある。私は今はアイソス誌を購読していないので、米戸さんがどのような解説をしているのかわからない。
しかし私はそもそもが品質マニュアルとは質の低い審査員がいたから要求事項であったのだろうと考えている。
ISO9001が発祥した1987年版では品質マニュアルというものはなかった。それが1994年改定で要求事項になったわけは明白だ。87年版ではその用途を、基本的に二者間の品質保証に使われることを意図していた。しかしその後に第三者認証に使われることがメインとなり、現状の後追いか94年版では明確に目的の一つとして第三者認証にも使えると明記したからである。第三者認証とマニュアルはどういう関係かと問われると実際は関係ない。しかし87年版では二者間取引においてはテーラリングをしなさいとくどいほど書いていた。ようするに商取引とは個々の取引ごとに条件が種々異なるから一概にはいえないということを規格策定者は理解していたのだ。
だが第三者認証になると、あたりまえだが要求事項のテーラリングを認めるわけにはいかない。要求事項の内容にバリエーションがあれば第三者認証の普遍性が崩れてしまうから
とうことで品質システム要求事項が標準化固定化された、そしてそれを記載した品質マニュアルは提出先によって変わることもなくなった。だから品質マニュアルが固定化したのだろう。
だが品質マニュアルがなければ審査できないかといえば、全然そんなことはない。ご存じのように審査には項番順審査とプロセスアプローチの審査方法があり、JABも項番順は止めろと言い出してからもう数年になる。まっとうな審査員なら現実を観察し、(ISO項番ではない)いろいろな切り口からヒアリングすることによって各項番の規格要求事項を満たしているかいないかを判断できるだろう。ならば品質マニュアルは不要だ。現実にLRQAはマニュアルの事前提出は不要といっていた。
まあ、そんなこんなで要求事項から消えたのだろうと思う。
米戸さんの解説がどうなのか想像つかないが、私はそう考えている。
もっとも質の低い審査員がマニュアルがないと審査できないと言い出すかどうかは定かではない。
|
・
アイソス誌の米戸氏の論稿を読んで★
2015.06.22
数日前、メルマガ「アイソス番外編第200号」でアイソス誌7月号(6/10発売)に米戸氏が品質マニュアルを放棄した理由を解説しているとあった。
http://blogs.yahoo.co.jp/nihonjinobaq/27251977.html
私がブログで今アイソス誌を購読していないのでそれについて論評できないと書いたら、同志が該当号を見せてくれた。ありがたい!持つべきものは友である。
早速、米戸氏の論稿を読んで思ったことを書く。
まず驚いたことがある。米戸氏は「ISO9000:2005では、品質マニュアルは『組織の品質マネジメントシステムを定義する文書』であると規定している」と書いている。オイオイオイ!それって論理が通らないよ。もしかして不肖おばQは今まで品質マニュアルなるものを誤解していたのかと、頭が真っ白になったのです。ともかくJIS規格原文を確認しました。
正しくは「ISO9000:2005では、品質マニュアルは『組織の品質マネジメントシステムを規定する文書』であると定義している」でありました。そうでしょう、そうでしょう。そうでなくちゃ論理がとおりません。単なるワープロミスだとおっしゃるかもしれませんが、単純ミスにしては大きすぎまっせ
まあここは単純ミスとしましょう。
しかし全体を読みますと、どうも米戸さんという方は品質マニュアルというものを理解していないのではないかという気がしてきました。
師のたまわく「マニュアルはISO9001の要求事項へ逐一対応する内容であるべきだということは本来意図されてはいない(p.45右段上)」
そうなのだろうか?
ISO9001:2008 4.2.2b)で「品質マネジメントシステムについて確立された“文書化された手順”又はそれらを参照できる情報」を含まなければならないと要求している。ここでいう「品質マネジメントシステム」とはISO9000の定義である一般的な「品質に関して組織を指揮し、管理するためのマネジメントシステム(3.2.3)」ではない。ISO9001が「組織の品質マネジメントシステムに関する要求事項を規定している(1.1a)」のだから、当然「ISO9001の要求事項を満たした品質マネジメントシステムについて確立された“文書化された手順”又はそれらを参照できる情報(4.2.2b)」となる。ISO規格では定義を代入しても意味が変わらないことが保証されている。そして参照(reference)とは「to mention another book, article etcthat contains information connected with the subject you are writing about:(Longman English Dictionary Onlineによる)」であるから、記述されたあるものに対して関連する情報をつなげることである。つまり規格が求めているのは、品質マニュアルを「規格要求に対応する組織の手順がどれか分るように書け」ということなのである。
注:ISO9000はISO9001の定義集ではなく、独立したISO規格である。ISO9001がISO9000を引用しているに過ぎない。
マニュアルの記載が規格項番順でなくてもいいじゃないかという意見があるかもしれない。だが、上記4.2.2bからは「規格要求から引けるもの(たどれるもの)」であることが推定される(異議は認める)。仮に業務フローから規格要求を引く形式で記述した場合は、規格要求からマニュアル項番が引けるような目次(対照表)を設けておかないと要求を満たさないように思える。現実に多くの認証機関は、審査契約書もしくは同等の文書でそういう形態もしくは対照表を作ることを求めている。
注:私は品質マニュアルがそうあるべきだと考えているわけではない。私はマニュアルなどなくても規格適合か不適合を審査できる力量のない人は審査員をすべきでないと考えている。
米戸さんは「(前略)このようなマニュアルは管理職や実際の業務に役に立たないから業務指針として使うことはない。彼らはISO9001の認証を取得するためのマニュアルだとしか認識していない(p.45右段下)」と書いていていて、更にその後数行にわたりマニュアルは顧客や審査員だけでなく社内の人に役立つものであるべきだと書いている。
それって本当?
それは間違っていると思う。はっきりいって大間違いだろう。
そもそも品質マニュアルを社内で使えという文言はどこにあるのか? 私は知らない。品質マニュアルという文書は、ISO認証のために作るものなのである。いや認証のためだけではない。1990年以前から品質保証をしてきた人はわかるだろうが、二者間で品質保証を要求されたときに、社内の品質保証の概要を記述して顧客に提出するものが品質マニュアルであった。
なぜそう言ったものを作る必要があったのか?
これも理由は明白だ。社内文書(会社規則や手順書類)を外に出すことは知的財産を見せてしまうことであるから、それを出す代わりに相手が要求したことに対応することのみを記述したものを作って相手に納得してもらったのである。
そういう品質マニュアルというものの発祥や実態を踏まえると、米戸さんが書く品質マニュアルの役割と使い方とあるものはほとんどすべてが見当違いである。
1.組織のビジョン、価値、使命、方針、及び目的を伝達するための手段(p.46)
そういった目的は品質マニュアルの出番ではない。企業がそういう情報を伝達するには社内報やそれなりの冊子がつくられるだろう。そして通常は品質だけということはない。コンプライアンス全般や環境、地域との関係、歴史と伝統など包括的なものになるだろう。
2.システムがどのように設計されているかを示す手段
これまた品質だけということはありえない。就業規則と文書管理規則、あるいは出張関係を切り離して説明したり理解しろというのは論理的ではない。
3も4も2に同じである。
5.新入社員教育に役立てる
まあ役に立たないこともないだろうが、品質について覚えろ、環境について覚えろなんていうのは支離滅裂だろう。一度でも新入社員教育をしてみれば論理的に進めないことが分る。
そもそもISO規格で「組織のマネジメントシステムには、複数の異なるマネジメントシステムを含むことがある(3.2.2注記)」とある。教育にあたってはまず「包括的なマネジメントシステム」を教えなければ新入社員は途方に暮れるだろう。ものごとは細かいことを教えるのではなく、鳥瞰的に全体構造から示さなければ理解しがたいのである。
どうも米戸氏の文を読んでいると、この方は社内手順書の上位文書としてマニュアルがあると考えているようだ。そこんところが私と米戸さんの発想というか生い立ちの違いなのだろう。そして根本的な相違点は、米戸さんは天動説、私は地動説ということである。彼の文章を読むと、ISO規格は会社の仕組みよりも偉いというか優先するとお考えのようだ。私はISO規格とか認証というものは渡世の義理と考えている。会社の仕組みは創立以来の伝統と理念によって作られており、それは必然的にISO9001や14001などを軽く上回っていると信じている。
マニュアルを作るために切られた材木を悲しむ前に、マニュアルとは何ぞやと再考すべきだろうと思います。
おっと、2015年版で品質マニュアルを放棄した理由ははっきり書いていない。おっと、2015年版で品質マニュアルを放棄した理由ははっきり書いていない。それは中尾社長が拡販のために書いたセリフなのかもしれないが・・
|
・
日経エコロジーに書かれた吉田さんの説★
2015.11.12
毎月見ているが、今回号をみていよいよ環境もISOも過去のものだと感じた。いや環境が悪いということではなく、そんなものもう当たり前になってしまってそれだけを取り出して論じるという意味がないということだ。
20世紀末期、雨後の竹の子のようにあった企業で環境と冠した部門、大学で環境と冠した学部や研究科が、21世紀の現在どんどんとなくなってきたということがその証左だろう。
今まで環境を語って生きてきた人たち、安井至とかその他大勢は良き時代に生きたのだ。いや彼らは眼先がきいて環境の時は環境を語ったということだろう。これからは温暖化が当たり前になった時代での社会を語るのだろうか?
ともかく12月号を読んだ感想を
今回は吉田先生の「今から備えるISO14001」に限定する。今回のお題は「文書化した情報」である。
環境マニュアルはもともとISO規格では要求事項ではない。しかし今までISO14001認証していた企業は100%作成していたのは間違いない。なぜ作成していたのか?
簡単だ。
認証機関が要求していたからだ。であればISO14001のマニュアル作成の必要性は規格改定とは無縁である。吉田さんが規格改定と合わせて語っているのは勘違いだろう。
そして認証機関の要求はISO規格改定とは無縁だから、規格改定になったとして環境マニュアルの作成義務がなくなるかどうか、それは規格とも吉田さんの解説とも関係ない。認証機関が要求事項、その多くは審査契約に書いてあるが、を見直すか否かにかかっているだけだ。
とはいえ、多くの認証機関は規格改定を根拠に環境マニュアルを不要だと言い出すに違いない。いかに認証機関が規格を理解していないということの証拠になるだろう。
|
ISO9001が発祥した1987年版では品質マニュアルというものはなかった。それが1994年改定で要求事項になったわけは明白だ。87年版ではその用途を、基本的に二者間の品質保証に使われることを意図していた。
|
私が「意図していた」なんて書いたところで意味がない。裏付けを書かなければウソ同然だ。根拠をあげておく。
ISO9000:1987 8.1一般に「購入者及び供給者は、この規格を読んだ後にISO9001、9002、9003を参照し、これらのどの規格が契約に最も適切であるか、また、もし必要なら、どのような特定の修正を行うかを決定することが望ましい」と明記してあった。
更なる注記であるが、ISO9000:1987は複数あった品質保証規格ISO9000sの「選択及び使用の基準」であり、現行のISO9000:2005「基本及び用語」とは性格も中身も全然異なっている。
|

しかしその後にISO9000sは第三者認証に使われることがメインとなり、現状の後追いで94年版では明確に目的の一つとして第三者認証にも使えると明記したからである。
|
ISO9001:1994序文の冒頭に「供給者がその能力を実証するために、及び外部関係者が供給者の能力を評価するため」となっている。
|

第三者認証とマニュアルはどういう関係かと問われると実際は関係ない。しかし87年版では二者間取引においてはテーラリングをしなさいとくどいほど書いていた。ようするに商取引とは個々の取引ごとに条件が種々異なるから一概にはいえないということを規格策定者は理解していたのだ。
1994年版でも
「契約によって修正(テーラリング)することが必要になることもある(序文末尾)」とあるが、第三者認証になると、あたりまえだが要求事項のテーラリングを認めるわけにはいかない。要求事項の内容にバリエーションがあれば第三者認証の普遍性が崩れてしまうから
とうことで品質システム要求事項が標準化固定化された、そしてそれを記載した品質マニュアルは提出先によって変わることもなくなった。だから品質マニュアルが固定化したのだろう。
だが品質マニュアルがなければ審査できないかといえば、全然そんなことはない。ご存じのように審査には項番順審査とプロセスアプローチの審査方法があり、JABも項番順は止めろと言い出してからもう数年になる。まっとうな審査員なら現実を観察し、(ISO項番ではない)いろいろな切り口からヒアリングすることによって各項番の規格要求事項を満たしているかいないかを判断できるだろう。ならば品質マニュアルは不要だ。現実にLRQAはマニュアルの事前提出は不要といっていた。
個人的なことを言えば、私は10年間環境監査をしていたが、環境マニュアルどころか、法規制一覧表も、著しい環境側面一覧表も、有資格者一覧表もみたことがない。みなくてもちゃんと環境監査をしてきたつもりだ。
まあ、環境マニュアルも品質マニュアルも必要でないから要求事項から消えたのだろうと思う。
もっとも質の低い審査員がマニュアルがないと審査できないと言い出すかどうかは定かではない。
米戸さんの解説がどうなのか想像つかないが、私はそう考えている。
友人が米戸氏が書いたアイソス誌を見せてくれた。ありがたい!持つべきものは友である。
米戸氏の論稿を読んで思ったことを書く。
まず驚いたことがある。米戸氏は
「ISO9000:2005では、品質マニュアルは『組織の品質マネジメントシステムを定義する文書』であると規定している」と書いている。オイオイオイ!それって論理が通らないよ。でも不肖おばQ今まで品質マニュアルなるものを誤解していたのかと、頭が真っ白になったのです。ともかく原文を確認しました。
正しくは
「ISO9000:2005では、品質マニュアルは『組織の品質マネジメントシステムを規定する文書』であると定義している」でありました。そうでしょう、そうでしょう。そうでなくちゃ論理がとおりません。単なるワープロミスだとおっしゃるかもしれませんが、単純ミスにしては大きすぎまっせ
まあここは単純ミスとしましょう。
しかし全体を読みますと、どうも米戸さんという方は品質マニュアルというものを理解していないのではないかという気がしてきました。
師のたまわく「マニュアルはISO9001の要求事項へ逐一対応する内容であるべきだということは本来意図されてはいない(p.45右段上)」
そうなのだろうか?
ISO9001:2008 4.2.2b)で「品質マネジメントシステムについて確立された"文書化された手順"又はそれらを参照できる情報」を含まなければならないと要求している。ここでいう「品質マネジメントシステム」とはISO9000の定義である一般的な「品質に関して組織を指揮し、管理するためのマネジメントシステム(3.2.3)」ではない。ISO9001が「組織の品質マネジメントシステムに関する要求事項を規定している(1.1a)」のだから、当然「ISO9001の要求事項を満たした品質マネジメントシステムについて確立された"文書化された手順"又はそれらを参照できる情報(4.2.2b)」となる。ISO規格では定義を代入しても意味が変わらないことが保証されている。そして参照(reference)とは「to mention another book, article etc that contains information connected with the subject you are writing about:(Longman English Dictionary Onlineによる)」であるから、記述されたあるものに対して関連する情報をつなげることである。つまり規格が求めているのは、品質マニュアルを「規格要求に対応する組織の手順がどれか分るように書け」ということなのである。
注:ISO9000はISO9001の定義集ではなく、独立したISO規格である。ISO9001がISO9000を引用しているに過ぎない。
マニュアルの記載が規格項番順でなくてもいいじゃないかという意見があるかもしれない。だが、上記4.2.2bからは「規格要求から引けるもの(たどれるもの)」であることが推定される(異議は認める)。仮に業務フローから規格要求を引く形式で記述した場合は、規格要求からマニュアル項番が引けるような目次(対照表)を設けておかないと要求を満たさないように思える。現実に多くの認証機関は、審査契約書もしくは同等の文書でそういう形態もしくは対照表を作ることを求めている。
注:私は品質マニュアルがそうあるべきだと考えているわけではない。私はマニュアルなどなくても規格適合か不適合を審査できる力量のない人は審査員をすべきでないと考えている。
米戸さんは「(前略)このようなマニュアルは管理職や実際の業務に役に立たないから業務指針として使うことはない。彼らはISO9001の認証を取得するためのマニュアルだとしか認識していない(p.45右段下)」と書いていていて、更にその後数行にわたりマニュアルは顧客や審査員だけでなく社内の人に役立つものであるべきだと書いている。
それって本当?
それは間違っていると思う。はっきりいって大間違いだろう。
そもそも品質マニュアルを社内で使えという文言はどこにあるのか? 私は知らない。品質マニュアルという文書は、ISO認証のために作るものなのである。いや認証のためだけではない。1990年以前から品質保証をしてきた人はわかるだろうが、二者間で品質保証を要求されたときに、社内の品質保証の概要を記述して顧客に提出するものが品質マニュアルであった。
なぜそう言ったものを作る必要があったのか?
これも理由は明白だ。社内文書(会社規則や手順書類)を外に出すことは知的財産を見せてしまうことであるから、それを出す代わりに相手が要求したことに対応することのみを記述したものを作って相手に納得してもらったのである。
そういう品質マニュアルというものの発祥や実態を踏まえると、米戸さんが書く品質マニュアルの役割と使い方とあるものはほとんどすべてが見当違いである。
1.組織のビジョン、価値、使命、方針、及び目的を伝達するための手段(p.46)
そういった目的は品質マニュアルの出番ではない。企業がそういう情報を伝達するには社内報やそれなりの冊子がつくられるだろう。そして通常は品質だけということはない。コンプライアンス全般や環境、地域との関係、歴史と伝統など包括的なものになるだろう。
2.システムがどのように設計されているかを示す手段
これまた品質だけということはありえない。就業規則と文書管理規則、あるいは出張関係を切り離して説明したり理解しろというのは論理的ではない。
3も4も2に同じである。
5.新入社員教育に役立てる
まあ役に立たないこともないだろうが、品質について覚えろ、環境について覚えろなんていうのは支離滅裂だろう。一度でも新入社員教育をしてみれば論理的に進めないことが分る。
そもそもISO規格で「組織のマネジメントシステムには、複数の異なるマネジメントシステムを含むことがある(3.2.2注記)」とある。教育にあたってはまず「包括的なマネジメントシステム」を教えなければ新入社員は途方に暮れるだろう。ものごとは細かいことを教えるのではなく、鳥瞰的に全体構造から示さなければ理解しがたいのである。
どうも米戸氏の文を読んでいると、この方は社内手順書の上位文書としてマニュアルがあると考えているようだ。そこんところが私と米戸さんの発想というか生い立ちの違いなのだろう。そして根本的な相違点は、米戸さんは天動説、私は地動説ということである。彼の文章を読むと、ISO規格は会社の仕組みよりも偉いというか優先するとお考えのようだ。私はISO規格とか認証というものは渡世の義理と考えている。会社の仕組みは創立以来の伝統と理念によって作られており、それは必然的にISO9001や14001などを軽く上回っていると信じている。
マニュアルを作るために切られた材木を悲しむ前に、マニュアルとは何ぞやと再考すべきだろうと思います。
おっと、2015年版で品質マニュアルを放棄した理由ははっきり書いていない。これは米戸氏の責任ではなく、拡販を狙った中尾社長のご意向かな?
ISO14001:1996では環境マニュアルを要求しなかった。
そのときいろいろなことが言われた。ISO9001であまりにも文書や記録を要求して反発を食らったから、アメリカがマニュアル類に嫌悪を示したから、文書一辺倒で管理重点のISO9001に対してISO14001が経営の規格であることを示したかったから、などなど
しかし最大の理由は、環境マニュアルがなくても環境管理には問題がなく、ISO審査において必要でなかったからというのが最大で本当の理由だったからだと思う。
翻って品質について考えてみても品質マニュアルがなくても品質管理には問題がなく、ISO審査において必要でないというのは事実であろう。ではなぜに今まで要求していたのかということになる。
前述したように、ISO9001で第三者認証が行われるようになり、その結果個々においてのテーラリングを廃止したとしても品質マニュアルは必須になるわけでもなく、そもそも第三者認証とマニュアルは関係ないわけだ。関係あるとすればISO14001で第三者認証をするには環境マニュアルが必要だということになる。
ここからは下衆のかんぐりであるが、1994年以前にもISO9001の第三者認証において、企業は品質マニュアルを作り認証機関に提出するのがデフォになっていたということがある。そして審査員から見ればまさに品質マニュアルは規格と企業の実態を結ぶ対照表であり、審査が効率的に漏れなく行うためのツールとして非常に便利だったはずだ。だから相手がこばまないならあった方が良いということで要求事項に盛り込んだのだと私は思う。

まとめると!
結論として、ISOTC委員がどういうご意向で品質マニュアル要求を削除したのか分らないが、元々、品質マニュアルなんて会社にとっては無用の長物であったのだ。
では環境マニュアルとは・・・となるが
これも同様に会社にとっては有難迷惑でさえない、純粋な無駄、きっすいの蛇足である。それは何のためかと言えば、認証機関が楽をするため、質の低い審査員が審査できるために企業に作らせていたに過ぎない。
ああ、結局品質マニュアルと同じことだな・・・
改めてマニュアルの必要性を考えてみよう。
- 認定機関にとって
マニュアルがあろうとなかろうと関係ないだろう。
- 認証機関にとって
認定機関と同様だろう。提出を受けて審査員分コピーしたりするのも手間がかかってめんどうなだけではないかな?
- 審査員にとって
マニュアルがあったほうがいいことは間違いない。会社(組織)概要を一瞥できるし、規格要求と会社の該当事項が比較対象できる。これは便利だ。頭を使わなくても審査ができる。
- 企業にとって
これはその会社のレベルによって異なるだろう。
元から社内標準化が進んでいる会社にとってはまったく不要である。新規に作成する手間がかかるだけマイナスだ。しかし手順書が整備されていればその作成はそんな手間ではない。私の経験ではひとりがかりで2日あればおつりがくる。
社内標準化が進んでいない会社では、作成するのが大変だろう。その代り作成することによって社内の仕組みの再確認ができ改善のベースとなるものを手に入れることができる。とはいえマニュアルを作ったから良くなるわけではない。改善の心があったならマニュアルを作らなくても継続的改善がおこなわれているはずだ。
- 顧客や近隣住民
まったく関係ありません。
うそ800の目次にもどる
ISO14001:2015解説に戻る