*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基にしております。
審査員物語とは![]() | ![]() |
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お友達の愛ちゃん | 三木の娘の裕子 |
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「おとうさん、どうしたのこんなとこにいるなんて」
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「仕事だよ。もっとも明日からだけど、裕子は学校じゃないのか?」
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「今日は日曜日だよ、友達とお買いもの 愛ちゃん、こちらは私の父。こちらは愛ちゃん」 |
![]() 聞くとこれから昼飯というので三木がごちそうすることにした。近くのホテルに入る。 | |
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「ホテルのお昼なんて高いんじゃないですか?」
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「昼食のバイキングなら大したことはないよ。私より皆さんの方が豊かで、いいものを食べていると思うよ」
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「そんなことないよー、かじるほどの脛がないもの」 |
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食後、コーヒーを飲みながら三人は雑談をする。 ![]() | ||
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「三木さんは出張とおっしゃいましたが、どんなお仕事をされているのですか?」
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「ISO審査員をしています。ISO審査員なんてご存じないでしょうけど」
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「知ってますよ、すごい!審査員をされているのですか」
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「ほう、ISO審査員をご存じですか。でも全然すごくないですよ。正直言って前の職場で肩叩きされて審査員になりました」
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「ご冗談を、するとほとんど毎日出張ですか?」
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「そうです。今回も審査は明日からですが、明日の朝からなので今晩はこちらのホテルに泊まります。せっかくだから京都見物をしようと今朝早く家を出て、午前中は長岡京を訪ねてきました」
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「おとうさん、最近は京都に凝っているの?」
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「京都というよりも古代というべきかな、最近は古事記を読んでいるだ」
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「年寄りになると皆、古事記とか邪馬台国に凝るというわね」
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「まだお年寄りじゃないでしょう。 三木さん、審査員のお仕事のお話をしてください」 |
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「審査員の仕事といっても特別なことはありませんよ」
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「愛は環境学部なのよ。だから環境マネジメントだっけか? そういうことに興味があるの」
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「環境マネジメントシステムを卒論にするつもりなんです」
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「ほう、今時分は環境がはやりですか?」
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「ゼミの教授は環境経営が会社を救うといつも語っています。私もそう考えています」
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「ほう、そうですか」
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「あれ? 三木さんはISO審査員をしていてもそうお考えではないのですか?」
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「そりゃISO審査員にもいろいろいるでしょうけど、環境も大事ですが財務も大事、人事管理も大事、知的財産も大事なんですよ。環境はワンノブゼムなんです」
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「でも環境経営っていうのはすべてにわたって環境配慮を進めることでしょう。それは経営の基本だと思いますけど」
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「そうなんですか。環境経営ってどんなことなんでしょう?」
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「えっ、ISO審査員をされていてご存じない?」
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「冗談でしょ」
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「いやいや、冗談でなく知らないな。というか知っている人はいないと思うよ。だって法律とかで使われている言葉ではなく、雑誌やマスコミあるいは企業が使っているだけだ」
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「えっ、でも環境経営って環境に配慮した経営ってことですよね」
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「ちょっとちょっと、環境経営ってEnvironmental Managementの訳として使われているけれど、そもそもEnvironmental Managementというのは英語でも特定の意味を持つ熟語とはなっていないようだ。それは1990年代初めまでは環境管理と訳されていた。そうそう産業環境管理協会ってところで出している『環境管理』という雑誌は英語名称を『Environmental Management』としているよ。そして環境管理とは公害を出さないことだったんだが。いつしかそれが環境経営と訳されるようになったようだ。 おっと、ISO14001ではEnvironmentもEnvironmental Management systemも定義されているが、Environmental Managementはない」 |
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「三木さんのおっしゃることはどういうことでしょうか?」
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「どうというほどじゃない。環境経営ってなんだろうってことです。いろんな人が環境経営とはと語っているけど、はたして環境経営とはどういうものかしっかりした定義を見たこともないし、聞いたこともない」
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「うーん、ということは前提なしに環境経営という言葉を使っちゃいけないということですね」
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「そのとおり。それから環境という言葉も定義して使うべきだろう。環境を語る人によって対象がこれほど違う言葉もない」
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「ええ、環境って私たちを取り巻く環境・・・つまり空気とか森林とかでしょう」
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「まず環境基本法その他の法律では定義されていないね。ISO規格では大気、水、土地、天然資源などと定義されているけど、漠然としすぎていて読み方によると職場環境も人間関係も含まれるようにも取れる」
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「はあ〜、難しいものですね。 しかし三木さんは堅苦しいですね、定義、定義って」 |
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「堅苦しいというか議論を始めるなら使う言葉の意味をしっかりと決めてからでないとね、愛さんと私が同じ言葉を使っても異なることをイメージしていては議論になりませんよ。そういうことは大学の先生の方が厳密でしょ」
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「そういえば先生はいつも定義をはっきりしろとおっしゃるわ。とはいえ先生の環境経営の定義を聞いたことはないけど」
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「ところで定義はともかくとして、環境経営をすれば会社が良くなるとかいうのもまた変な話だね。今までの経営と環境経営とは何がどう違うのかもわからない。それにまた定義のことになるが、会社が良くなるってどういうことなんだろう?」
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「私のゼミの先生は、持続可能になること・・」
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「持続可能というのは結果でしょう、俗な言葉でいえば長続きするってことはつぶれないってことで、つまり儲かるってことじゃない」
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「なるほど、そうすると環境経営をすれば儲かるってことになるのか」
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「なんかそう言い切っちゃうと俗っぽ過ぎるような気もするけど」
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「いやもちろん会社が良くなるってことを別の言葉で言い換えてもいい。ただ裕子の言い方だと環境経営は儲かるものである。となると対偶は儲からない企業は環境経営ではない。それは正しいのだろうか」
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「審査員の方って三木さんみたいに理屈っぽいのですか?」
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「審査員も大勢いるから人それぞれだよ。私は確かに文字解釈をする方だろうね」
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「愛は、環境経営ってどんなものだと考えているの?」
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「事業をする上で常に環境配慮をするということなのかな・・・あまり自信はないけど」
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「環境配慮ってどういうことですかね?」
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「例えば取引先を決めるときISO認証をしていることを条件にするとか・・」
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「取引するときISO認証を要求することはできないよ」
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「えっ、なぜですか?」
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「独占禁止法というのがあってね、正しい名前はなんだっけかな? 私的独占のなんとかかんとかと長ったらしいのだが、まあそれはいいとしてだ・・ 購入に際して納入業者や下請けに対して、ISO認証を必要条件とするには、十分な理由がなければならないんだ。そうでないと独禁法違反になる。公正取引委員会が昨年だか『製造業者が部品等の納入業者に対し,品質マネジメントシステム(ISO9001)構築の認証取得を要請すること等について』という見解を出している」 |
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「まあ!でも選択の際に考慮することは構いませんわね」
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「それはそうだろうね。とはいえISO認証していることイコール環境配慮ではないだろう」
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「どうしてですか?」
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「ISO14001規格は第三者認証ばかりではなく、認証を受けずに規格を基に会社を改善しようとしても良いし、自己宣言といって自らISO規格に適合していると認めることも良い。 だからISO認証していれば環境管理は一定水準にあるとみなされるだろうけど、ISO認証していないから環境管理をしっかりしていないということではない」 |
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「ゼミの先生はISO認証している会社は環境配慮しているとおっしゃってましたけど・・」
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「誤解があるといけないが、ISO規格は当たり前のことが書いてあるだけで、ISO規格を満たしてもエクセレントではなくスタンダードということだよ。学校の成績でいえば、優良可の優ではなく可のレベルなんだ」
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「まあ!」
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「その先生が実際にはどんなニュアンスで語ったか知らないが、あまりひいきの引き倒しでは困るね。おっとその先生のお考えを否定するわけじゃないよ。私は実際にその発言を聞いていないからね。 それと環境配慮というのはISO規格が現れる前からどの会社もしてきたことだ。というか、ISO規格に書いてあることで会社がそれ以前からしていなかったことってないように思う」 |
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「だって環境側面を調べてそれに対応するとかってありましたよね」
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「ほう、愛さんはISO規格をだいぶ読み込んでいますね」
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「へへへ、」
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「環境側面という言葉はISO規格に初めて出てきたけれど、その発想というか元々法規制を受けたり事故が起きたら大変だというものについてはISO規格で求めているようなこと、つまり作業標準を決めたり、それを教育したり、定期的に点検したりということはどの会社でもしてきたことだよ」
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「まあ、じゃあISO規格とかEMSを導入すると環境経営になるというのはどういうことなのかしら?」
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「EMSを導入って・・・EMSを導入することはできないように思うが・・・お嬢さん、EMSってなんですか?」
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「えっ、それも知らないと思われたら失礼だわ、ISO14001に基づく環境マネジメントシステムのことに決まっているでしょう」
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「うーん、残念だけどそれは違うね。企業のマネジメントシステムの中で環境に関する部分をいいます。ISO14001の定義ではもったいぶった言い回しですが言っていることは同じです」
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「ですからそれはISO14001のことでしょう?」
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「どの企業もその会社をどのように動かしていくかという手順とか判断基準になるものがある。それをシステムという。システムとは本来は支配体制のことでね、人を支配するなんていうと恐ろしいですが、実際問題として大勢の人を秩序立てて暮らせるようにするには約束事を決めて、それを守らせる、破った人を処罰するという仕組みが必要になる。システムとは本来そういうものです」
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「つまりどの会社でもルールがあって、そのルールの中で環境に関わることを環境マネジメントシステムと呼ぶということね。そしてそれはISO以前からあったはずということになる」
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「そういうことだ。どの会社だって環境に関わるルールもある。誤解してほしくないがどの会社にも環境マネジメントシステムは存在するが、それが完璧な会社もあるだろうし、不完全というか法律を守ったり事故を起さないためには不完全な会社もあることは事実だ」
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「そうするとISO14001は完璧なマネジメントシステムを作るためのものということね」
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「そうではある。そうではあるが、ISO14001規格でなくても完璧なシステムは存在しうる。だってどんなものにも、これしかないなんてことはないからね。代替手段、代用品というのは常に存在する」
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「ああ、聞いたことがあります。京都にはKESという環境マネジメントシステムがあります」
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「そうそう、ISO14001はあまりにも完全武装で重すぎるからと、中小企業向けにもっと簡略化したものを考えたんだ。それ以外にも環境省が唱えたエコアクションというのも、その他にもいろいろある」
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「分かりました。まとめるとどの企業にもEMSつまり環境マネジメントシステムが存在するけど、遵法と事故予防のためにそれを完全にしなければならない、そしてそれにはISO14001だけでなくいろいろあるということね」
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「そういうことだ」
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「あれ、さっきおとうさんが環境マネジメントシステムとは会社のルールの中で環境に関わることと言ったけど、そうすると環境マネジメントシステムというのはシステムじゃないような気がするわ」
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「というと?」
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「だって会社のルールというのは全体でひとつのものでしょう。環境に関わるものだけを取り出したら、それらだけでは機能を果たすひとつのシステムとは言えないんじゃないかな」
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![]() 三木は裕子の言葉を聞いていささか驚いた。わが娘ながら頭の回転は速いし結構考えているものだ。そして裕子の言ったように環境マネジメントシステムというものは実はシステムじゃなくてシステムを構成する要素を抜き取っただけのものではないだろうか。確かにどう考えてもISO14001の規格要求事項だけでは動くはずがない。予算、人事、懲戒、その他のものがなければ会社では仕事が進まないのは自明だ。 ちょっと待てよ、環境側面がアクチャルな側面を意味するのではない単なる名称であるように、環境マネジメントシステムとはマネジメントシステムの一種ではなく環境に関わる要素の集合ではあるがシステムではないものの呼称なのだろうか? |
いつしかそれが環境経営と訳されるようになったようだ Management by Objective(職務の目的を明確にする事による管理)が、いつの間にか「目標管理」というテキトーな数字を並べて部下を怒鳴り散らすだけの簡単なオシゴトに化けたのと同じで、都合のいい翻訳をする(したい)人達は何処の世界にも居るようです。 |
名古屋鶏様 毎度ありがとうございます。 一般的に言葉の概念というのは拡大していくようです。これをISO用語の宇宙の膨張、用語の赤方偏移とは言いません、キリッ Qualty managementは昔、といっても1995年頃までは「品質管理(広義)」と訳されていました。ちなみに「品質管理(狭義)」はQualty controlです。ところがいつしかQualty managementは「品質マネジメント」になりました。 あれっ、同じ英単語は日本語にするときには同じ日本語にするはずなのですが、「Environmental Management」は「環境経営」で「Qualty management」は「品質マネジメント」ですか、ナンダカナー いや、そうすると managementとは経営のことなのでしょうか? しかしmanagementと経営とは概念が大きく違うでしょう。managementとは会社の仕事を管理や調整する活動です。経営とはそういう細かいことではなく、大局的な会社の方向を考えることだと思うのです。 普通managerといえば課長クラス、まさか社長をmanagerとは呼ばないでしょう。普通はpresidentあるいはrepresentative of directors。managementを経営と誤訳したとたんに誤解を生み、混乱を招いたのではないかと思います。 そんなことを考えると、経営の規格だということそのものが誤解、勘違い、経営から見るも何も経営レベルじゃなかったってことなんでしょうかねえ〜 ともかく審査員が経営に寄与する貢献ができるのかどうかとなりますと、どうなんでありましょうか(棒) |