*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基にしております。また引用文献や書籍名はすべて実在のものです。
審査員物語とは![]() ![]() ![]() |
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![]() | 「アハハハ、そりゃ勘違いだろう。届先は市長じゃない、県知事だ。そうそう、お前さんももう課長なんだからしっかりしてくれよ」 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() 氷川は陽気な男だ。あと1年で定年と聞く。ということは肥田より4つか5つ年上だ。 ![]()
だが工場や関連会社から絶大な信頼があり、ぜひ嘱託で残してほしいと陳情を受けている。出世するよりも公害防止の指導をしたいと言って、管理職になるのを拒否したと聞く。肥田は氷川の人生観というか生き方は理解できなかったが、歴代の環境管理部長と同じく最高の査定をしていた。 氷川が電話を終えたので肥田は声をかけた。 ![]() | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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「氷川さん、ちょっといいかな?」
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「ハイ、なんでしょうか?」
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![]() 氷川は立ち上がり肥田の机にやって来た。 肥田は立ち上がり、ちょっといって部長席の後ろにある小さな会議室に入った。 ![]() | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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「私が来月認証機関に出向するってことはご存知と思う。なんせ人事千里を走るというくらいだからね」
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「噂は聞いております」
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「私はISOは全くの素人なので本田君に講義を受けている」
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「そのようですね」
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「本田君からはISO規格とか認証制度というのは聞いて分かったつもりになってきたところだが、ISO認証ビジネスという観点について本田君はあまり関心がないようだ」
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「そりゃそうでしょう。我々、人様の事業がどうなろうと関心はありません。我々の関心事は自社の事業です」
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「オイオイ、そう熱くならないで。それに私にとっては今後ISOビジネスが自分のビジネスになるのだし。いろいろ聞くとISO認証ビジネスは終焉に向かっているようだ」
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「ボストン・コンサルティングの金のなる木と負け犬理論ですか。あまりそういうステレオタイプ的な考えをすることはありませんよ。どんな事業だって良いときもあれば悪いときもある。認証制度がおしまいってわけではありません」
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「悲観することはないということか?」
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「悲観とか楽観ということではなく、認証件数が減ったからといって、時代に合わなくなって寿命が尽きたのかどうかはわかりません。なぜ減少したのか、新規登録が減ったのか、認証返上したのか、認証組織を統合した結果なのかとか、現状を調べなければなりません」
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「おっと、単純に減ったというのではなく認証組織を統合ということもあるのか」
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「そうかどうかも分かりません」
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「向こうに行けば売り上げ拡大というのが私の仕事になるだろうなあ」
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「どんなビジネスでもマーケットの限界があります。それを超えて拡大しようというのはそもそも無理です」
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「とはいえ数年前に比べて規模が小さくなっていると聞く。だから元の規模までは戻せるのではないかという気もするのだが」
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「業界規模については昨年産構審がとりまとめた資料があります。それによると2005年で450億となっていますね。ただ規模は認証件数だけではなく、認証の値段との掛け算です。ここ数年は新規認証機関の参入で大分値崩れしてきました」 *産業構造審議会 新成長政策部会・サービス政策部会サービス合同小委員会(第5回)(2008)「平成20年4月22日‐配付資料4(10)」 ![]() | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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「聞いたよ。どんな商品でもサービスでもうま味があると見えれば新規参入者が現れ、供給過剰になれば値崩れが起きる。それを防ぐには参入障壁が高くないとならない。とはいえ認証ビジネスはイニシャルコストが少ないし、法的規制もなく参入障壁が低い。新規参入を防ぐには規制強化という古典的な方法しかないが、それは難しいだろう」
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「外資系の認証機関もありますし、外国の認証機関が日本で審査しているケースもありますから、日本固有の規制は不可能でしょう。 もっとも中国では中国が認定した認証機関の認証しか認めないようですが」 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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「ほう、それは国際ルール違反じゃないか?」
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「アハハハハ、部長、中国がグローバルスタンダードを守っているものってありますかね? 中国はジャイアンといっしょでやくざな国ですよ。ともかく日本の認証機関は保護を受けずに頑張るしかありません。しかしノンジャブは固定費も変動費も限界までさげて頑張ってますからね、」
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「しかしナガスネは純粋な営利ではなく、出向者受け入れも目的にあるのか?」
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「元々はそういう意味合いも強かったでしょうね。だから審査員は出資会社からというのもお決まりでした。しかし出資会社とその関連会社だけではマーケットが小さい。それで設立後まもなく審査員を出資会社以外からも採用するようになりました」
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「ほう、それは?」
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「我々以外の業界から客をとろうとすると、その業界からも出向者を引き取らなければならないというのは当然です」
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「なるほど、だけどそれが行き過ぎたら元々の業界設立という意味が・・」
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「そこなんですよ。そこんところが難しいというか、元々出向者を受け入れるという発想は矛盾含みなんでしょうね。 ナガスネの二三代前の社長のとき、人件費を下げることと、女性の活躍をアッピールするために新卒女性を何名も採用して審査員に養成したことがありました」 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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「ほう、面白い試みだな。それはどうなった?」
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「そもそもの考えが間違いでした。出向者の人件費の半分は出向元が補てんします。部長級が審査員をすれば年収1000万になるでしょう。実際にはその他に人件副費、つまり健康保険、年金、通勤費補助、住宅手当、まあそんなものが主費の半分くらいかかりますか。仮に主費1000万、副費500万とすれば、ナガスネとしては主費と副費の半分750万くらいの負担になるわけです。 これに対してプロパーを雇用すれば新人であれば主費350と副費180くらいでしょうかね、まあ500そこそこ。とはいえ一人前になる頃には主費と副費で700くらいにはなるでしょう。となるとナガスネの負担は出向者を受け入れたときと、新人を育成して一人前にしたときはトントン。それじゃ経営的に意味がないし、そもそも設立の趣旨に反してしまう」 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() 肥田はなにもない斜め上をながめて氷川の語るのを聞いていた。 ![]() | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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「それで2年程度で取りやめになり、それからは出向者受け入れのみになったはずです」
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「なるほど。契約審査員というのもあると聞いたが」
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「そちらも状況をお聞きになったと思いますが、すべてを契約審査員にしたら出向者問題がおき、ゼロにすると人件費が薄まらないということになる」
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「どちらに転んでもうまくない」
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「ノンジャブなどでは契約審査員100%というところもあります。そういうところは出向者を受け入れるしがらみがありませんからね」
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「いっそのこと出向者対策だと割り切ってしまうという選択肢もあるのだね」
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「というか、それが実情です。それは別に恥ずべきことではありません。業界設立の認証機関はたくさんありまして、事情はどこも同じです」
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「じゃあ割り切って問題ないのか?」
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「現実はそうですが、しかし利益は出さなければなりません。出向者対策と言っても赤字垂れ流しでは出資会社が許しません。 それと問題はそれだけではありません」 ![]()
「他にも問題があるのか?」
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「現状は審査を受ける企業には潜在的な不満が多々あるのです」
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「なんだろう」
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「審査の質といいますか、まっとうな審査をしてほしいという要望です」
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「オイオイ」
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「我々からすればナガスネは出向対策であり外部流出費用を回収するためなのだから、そこに依頼しろという指示は、うれしくないけれど渡世の義理というのは理解します。ただISO規格を正しく理解していないとか、審査員の横暴とか規格の間違いは困ります」
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「そういう話も聞いたことがある。とはいえ21世紀になってから審査員の質は良くなったと聞いているが・・」
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「確かに1997年頃に比べれば良くなったと言えるかもしれません。特に食事とかお土産のトラブルは減りましたね。しかし一日14万も払うほどの審査かと考えれば・・・」
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「審査費用が高いとも聞いている。だが先ほどの出向者対策と考えれば、その費用は単純に他の認証機関と比較できるわけではない」
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「そうではあるけれど、まっとうな審査をしてほしいという願いは変わりません」
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「氷川さんの口調からすると、ISO審査でのトラブルは多いのか?」
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「多い少ないの基準はわかりませんが、ISO担当者が悩み苦しむ程度には発生していますね」
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「そういう問題は氷川さんが担当しているのかね?」
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「いやウチでは本田君が担当です。とはいえ実際はほとんど泣き寝入りですね」
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「トラブルになるとまずいということか」
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「といいますか・・・ISO認証制度では審査のトラブル対応手順は定まっています。しかし現実には企業側が苦情を申し入れても認証機関がノラリクラリと対応してくれません。そんなことに労力をつかうなら諦めようということになります」
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「大人の対応というわけか」
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「まあその結果として企業のISO対応コストを引き上げ、担当者の心証を悪くしているわけです。いつかは暴発するでしょうね」
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「暴発というと」
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「マスコミとかに密告とか、最近はスマホで動画も取れますからそういったものを流すとか」
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「そこまでいかずとも認証をやめる会社もあるのか?」
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「認証返上は既に起きています。当社グループで今年は2件ありましたね」
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「返上とはいえいろいろしがらみがあるだろうから、それは決断だったのだろうなあ」
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「そうですね。義理があるからこそ毎年2社程度で済んでいるわけです。 山内さんってご存知ですよね? 元、ここの部長だった方です。トラブルが起きるとあの方がいろいろと調整してくれているのでなんとか治まっているのです。 とはいえ恒久的な対策はなかなか難しいですね。ナガスネ10個師団なんて言われていましてね。アッ、お分かりと思いますが、ナガスネの株主会社は10社ありまして、出向者はナガスネの上司よりも出向元の査定権限者の顔色を見てますからね。ナガスネで取締役になっても部下に命令なんてできないんです」 |