*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基にしております。また引用文献や書籍名はすべて実在のものです。
審査員物語とは![]() ![]() ![]() ![]() |
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![]() ある日、木村は課長に呼ばれた。 | |||
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「おい、木村君、ISO9000という品質管理じゃなかった品質保証の国際規格って知っているか?」
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「名前だけ聞いたことがあります。数年前に制定されたと思います」
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「それだ、それだ。木村君がそういうことに明るくて良かった」
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「はあ?」
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「欧州統合って聞いているだろうけど、ウチもヨーロッパにはそうとう輸出している。なんでも欧州統合すると輸出するにはそのアイエスオー認証が必要になるという。ということでこの工場も再来年の春までに認証しなければならない」
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「はあ?」
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「それで君を認証担当してもらうことにした」
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![]() 課長の話だと今後はISO認証の専任にさせるという。 木村は席に戻ったが、はて?アイエスオーとはなんだ? 認証とはなんだ? ともかくISO認証なるものを調べなければならない。 ●
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彼なら何か参考情報を持っているだろう。 ![]() | |||
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「ISO9001なんて聞いたことありますか?」
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「あるともさ、品質保証の規格だそうだ。なんでも今までのISO規格はものを対象にしていたが、これはものじゃなくて仕組みを対象としているそうだ」
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「私が認証を担当せよと言われました。それで全くの素人なんで初歩からわかるもの、それと近隣とか当社内でISO認証しているところとかご存知ないでしょうか?」
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「あのさ、ウチは大会社だぞ。そういうときはどうするかってのは決まっている。そんなことも知らんのか?」
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「そういう手順は決まっているのですか?」
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「例えばこの工場の設計が新しい技術、そうだなあ例えば新しい潤滑剤を採用したいとする。その時どうすると思う?」
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「当社には、研究所がありましたね。そこに研究依頼するのでしょう」
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「そうではあるが・・・研究所というのは単なる作業をするところだ。技術本部という組織が本社にある。まず工場から技術本部にこういう製品を作りたい、そのためにはこういう技術や材料が必要になるということを説明して、いろいろなアドバイスを受けるというかそこの了解を得ないと進めない。新しい技術は外から買ってくることもあるし、研究所に依頼することもある。あるいはその技術は止めた方がいいということもある」
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「なるほど、でそれはISOとどう関わるのでしょう?」
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「お前、頭が足りないのと違うか。製造技術とか公害防止とか俺に関係することではCAD導入などは生産技術本部というところがある」
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「生産技術本部?」
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「そこで新しい製造方法とか公害の規制対応とかを考えるわけだ」
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「ということは品質保証のことは、その製造技術本部の品質担当のところに相談ということになるのですね」
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「そういうことだ。この工場は量産品がメインだから品質保証というのはあまり関係なかったが注文品がメインの工場では品質保証部門がある。そして製造技術本部には品質保証担当がいていろいろ相談の乗ってくれる」
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「品質保証って何ですか?」
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「おまえ・・・お前の仕事は何だ?」
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「品質管理ですよ、五十嵐さん知ってるじゃないですか」
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「10年も品質管理をしていて、品質保証を知らんのか?」
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「すみません」
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「良否を分けるのが検査、品質を維持向上するのが品質管理、品質保証とは品質を作りこむ仕組みを作ることだ」
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「ああ、だからそれで品質保証の規格というのか」
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「40過ぎても会社の仕組みも知らず、品質保証も知らずでは、課長になれないのも当然だな」
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![]() 木村は五十嵐の毒舌を無視した。 ![]() | |||
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「そうしますと生産技術本部のどこに問い合わせればよいのでしょう?」
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「社内電話帳で調べろよ。知らない人に電話するくらいの度胸はあるだろう」
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注:1992年当時はイントラネットのある会社はなかっただろう。
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木村は自席に戻って大きなパイプファイルの社内電話帳をめくる。本社の・・・生産技術本部の・・・品質保証という部門はあるのか・・・品質部というのがあり、その下は細分化されずに肩書のつかない10数名の名前が並んでいる。電話帳からは誰が品質保証の担当なのかわからない。いささか腰が引けたが電話帳の筆頭に載っている人に電話する。● ● ![]() | |||
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「ハイ、本社品質部です」
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![]() 愛想のよい返事だ。 木村は恐る恐る・・・ ![]() | |||
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「静岡工場の木村と申します。ISO9001のご担当の方がいらっしゃいましたら代わっていただきたいのですが」
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「ハイ、お待ちください。おーい、友ちゃん、静岡工場の木村さんという方から電話、ISOの件だって」
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「お電話代わりました。 | ||
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「静岡工場の木村と申します。欧州へ輸出するためにISO認証をすることになりました。そちらでISO認証のご指導などしてくれるのでしょうか?」
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「ああ、もちろんですよ。欧州統合でISO認証が必要になりましたからね。ゆくゆくISOの説明会などをしようと考えています。まだ認証を受ける工場はないと思ってました」
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「ええと再来年つまり1994年の3月までに認証しろと言われているのです。見通しとしてはどうでしょう?」
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「1年半あるわけですね。十分ですよ、もちろん今から取り掛かればですが」
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「友保様、一度訪問してお話をお聞きすることはできますか。それともこちらに来てお話していただけるなら、どのような招聘状を書けばよろしいのでしょうか」
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「静岡かあ〜、私もスケジュールが混んでいるので、こちらに来てもらえればうれしいですねえ」
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![]() 木村は藁をもつかむ気持ちだ。 ![]() | |||
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「分かりました。いつお伺いしたらよろしいでしょう?」
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1週間後に木村は本社に出張した。● ● 大分ゆっくりしていると思うかもしれないが、その間に工場の関係部門にヒアリングを行い、疑問点、質問などをとりまとめ、また自分自身何を知りたいのか整理してきたのだ。 品質部に行くと、友保と名乗った木村より若い30代の男が窓際の打ち合わせ場に案内した。本社と言っても立派な事務所でもない。事務机もありふれたコクヨのものだし・・トレンディドラマとは大違いだ。 しかし座っている人がみな偉そうだ。参事というのはこの会社では部長級で部長職にいない人の肩書なのだが、ヒラの席に座っている人の何人もの名札には氏名の上に参事なんて書いてある。とすると肩書がない他の人でも課長級かよと木村は驚く。友保という若いのも課長級なのだろうか。 ![]() | |||
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「ISO認証なんて言っても難しくないですよ。お客様から品質保証協定なんてありますよね、あれと同じです。というかお客様によって品質保証協定の内容が異なって我々が困ることって多いですよね。それは外国でも同じようで、そういった不都合をなくそうというのがこのISO規格の始まりです」
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![]() 木村は品質保証という語を知ったのもつい1週間前のこと、五十嵐氏に話を聞きに行った時のことだ。品質保証協定って何だ? ![]() | |||
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「すみません、品質保証協定って何でしょう?」
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「へえ!品質保証協定ってご存知じゃありませんか? 木村さんは品質管理とありますが品質保証にはタッチしてなかったようですね。」 |
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![]() 友保は木村の名刺を眺めながらそういう。 ![]() |
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「うーん、どうしようかなあ〜? とりあえずですね、ISO9001を理解するには基本的なことを勉強しなくちゃなりませんねえ〜 そいじゃ、まず『品質保証の国際規格』という本を買ってください。結構高いです。1万何千円かしましたね」 | |||||
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「いっ、1万・・・」
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木村はISO規格がそんなに高いとは知らなかった。 ![]() |
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「ISO規格は高いですからね。 それから静岡工場は量産品だから品質保証協定書なんて結ばないのか・・・あのね、品質保証についての本を本屋で買って勉強してください。とはいえタイトルが品質保証でも中身は品質管理だったりするのが多いんですよね。著者が品質保証を理解していないことが多いんですよね、どうしようかなあ〜 そうだ、川崎工場は個産品というか客先仕様の受注生産だからあそこに教えを請いに行ったらどうでしょう。川崎工場の品質保証課の課長に話をしておきますよ。 あのね、木村さん、品質保証とは何かということを良く理解してないとISOどころじゃありませんからね」 ![]() | |||
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「いや、ありがとうございます。右も左も知らない者で申し訳ありません」
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● ● ![]() 友保には無知をさらけ出して恥をかいてしまったが、まあそれはしょうがない。今日、友保に教えられたことを明日から少しずつやっていくことにする。 まず『品質保証の国際規格』という本だが、本社を出た後、八重洲ブックセンターに寄って探したが取り寄せになると言われた。八重洲ブックセンターにもないとは一般的ではないのだろう。工場に帰ったら五十嵐さんに話して技術管理課で手配してもらおう。 それから川崎工場に訪問する日程調整をしなければならない。川崎工場では品質保証について教えてくれるという。これも友保のおかげだ。 それから工場内部で調査することを指示された。計測器の管理、機械設備の管理、作業指示文書の管理状況・・・ おお、なによりも認証機関に交渉しなければならないと言われた。まもなく多くの企業がISO認証を始めるからそうとう早めに予約しておかないとダメと言われた。ただ突然いっても相手してくれるかどうかわからないとのことで、最初は友保が同行してくれるという。 ![]()
木村はこれがチャンスになると考えた。誰もやったことがないことをすれば、その分野の第一人者になれる。そうすれば出世の遅れを挽回することもできるだろう。例えば静岡工場に品質保証課ができて課長になれるかもしれない。ISO審査のときは品質保証部門がといめんになるというから、そのときは晴れ舞台だなとニンマリした。 ゴクゴクとビールをのどに流し込みながら木村は友保に感謝した。しかしあとで友保も食えない奴であることを思い知らされるのである。 |