*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基にしております。また引用文献や書籍名はすべて実在のものです。
審査員物語とは
ある日、潮田取締役からちょっと話したいと言われた。何事だろう?
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「木村さん、ウチの認証件数が毎年少しずつ減ってきているのは知っているでしょう?」
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「はい、存じております。私も以前からどうしたらいいものか考えておりました」
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「いや、さすが木村さんですね。登録件数が減っているのでウチだけではないのですよね。認証の市場規模というかJAB登録件数全体が減ってきています。ISO認証という事業がもう盛りを過ぎたように思います」
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「残念ながら私もそんな気がしています」
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「我々経営陣もなんとかしなければと危機感を持っている。それで新事業を検討するプロジェクトというか委員会を立ち上げることにした」
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「ほう、新事業ですか」
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「とはいえ我々に画期的なアイデアがあるわけじゃない。それでベテラン審査員に参画してもらい検討を進めることにした」
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「なるほど」
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「それで木村さんにも参加してもらいたい」
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「へえ!私ですか、私より三木さんが適任ではないでしょうか。彼はいろいろと考えていらっしゃるようですが」
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「三木さんにも参加してもらうつもりだ。あと数人考えている。それで木村さんに第一回会合までに企画書まではともかくアイデアをいくつか考えてきてほしいのだよ」
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「なるほど、おっしゃることはよくわかります。ただアイデアですか・・・今は新規に認証するところもめっきり減りましたしねえ」
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打ち合わせまで2週間と言われて木村はISO認証の状況を調べた。正直言って木村は三木ほど認証ビジネスについて考えていたわけではない。自分が日々の審査で認証が減っているとか、今までナガスネで認証していた会社が他の認証機関に鞍替えしたという話は聞いていたが、毎年どれくらい減っているのかとか、今後の市場予測など考えたことはない。技術部に行って資料をもらったり、アイソス誌のバックナンバーなどをめくったりした。● ● ISO認証だけでなく簡易EMSも調べた。それらはまだ減少はしていないがもう飽和したような曲線を描いている。認証というビジネスはもうダメなんだろうか? そうだ、古巣の仲間に相談しようと頭に浮かんだ。木村が駿府照明にいたとき、地域の企業のISO担当者が定期的に会合を持っていた。今でも活動しているのだろうか? 木村がそこから離れてもう7年になる。仮にあの会合が継続していてもメンバーは入れ替わっているのだろうなあ。 木村は早速、元の同僚の小林にメールを打った。
思いがけないことに翌日小林から返事がきた。
木村は是非と返信し、数日後に小林から実施日時の連絡を受けた。 木村が指定された居酒屋に着くと、懐かしい顔が三つそろっていた。 ![]() |
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「木村さんの活躍を祈念して乾杯」
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「小林さんから聞きたいことがあるって話だったけど、どんなことなんだい?」
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「正直言いまして、ISO認証は毎年毎年減ってきています。我々認証する側としてはどんどん認証してほしい。どうすればいいだろうかと・・・ みなさんの意見やアイデアを頂きたくて」 |
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「つまりなぜ認証しないかということか?」
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「そう言ってもいいし、どうすれば認証してくれるかということでもある」
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「その答えは簡単だよ。一言で言えば必要ないからでしょう」
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「お客様から認証要求はないですか?」
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「ない、ない。リーマンショック以降、値段とか品質とか厳しくなっているけど、余計なと言っちゃなんだがISOの話は聞かなくなったね」
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「リーマンショック? そんなにおおごとだったかな」
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「木村さん、認証機関はリーマンショックなんて無縁でしたか? 我々のところはもう大打撃ですよ」
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![]() 木村だってもちろんリーマンショックは知っている。ただ認証機関にいると不景気だとか取引が減ったなどを体で感じたことはなかった。一般企業は直接景気の影響を受けるが認証機関はワンクッションあるから、景気変動を少し遅くそして揺れ動きの幅を小さく感じるのだろう。 ![]() | |
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「すみません。確かにリーマンショックで売上が大打撃を受けたとは感じなかったですね」
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「ITバブルがはじけてから何年もアメリカも低調で、それがやっと持ち直したと思ったらリーマンショックだったからねえ、我々中小企業は余計なことをする体力もなくなったよ」
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「木村さん、それと時代がどんどん変わってきました。ウチの製品だって木村さんがいた頃とは様変わりです」
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「様変わりと言いますと?」
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「木村さんがいた7年前は蛍光灯が100%だったと思います。いや洞爺湖サミットのあった2年前でも蛍光灯電球は省エネというイメージがあったと思います。でも今照明は蛍光灯からLEDに切り替わりつつあります。今は蛍光灯は悪者、LEDが正義の味方なんです」
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「えっ、蛍光灯が悪者ですって?」
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「まだ法律になっていないけど、水銀の悪影響って騒がれているでしょう。あれ、水俣病の原因だからって」
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「水俣病って何十年も前のことでしょう。それで今、蛍光灯が悪者に?」
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「蛍光灯が悪者どころか、ゆくゆく禁止になるらしいです」
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「ひえええ!」
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「木村さんの時代、蛍光灯オンリーだったでしょう。あのままだったら今では先がありません。今ウチでは工場の設備、技術開発、資材調達全てLED用照明機器生産体制への切り替えです。 ISOは形だけで審査をやり過ごしています。まじめに対応する余裕もない」 |
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「水銀だけでなく、欧州では鉛規制が始まりましたし、今は化学物質全般についての規制が検討されていますからね。そういう対策がISO認証よりも優先します」
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「ああいった規制に対応するためにISO認証は役に立つと思うけど」
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「まあ無縁ではないでしょうけど・・・化学物質管理はシステムもありますが、具体的管理手順を決めてトレーサビリティも具体的ですから、ISO認証よりも即物的ですね。今はどこでもそういうシステムを作るのが最優先です。ISOとの一番の違いはシステムがあればいいということでなく、絶対に問題を起こしてはならないということでしょうね」
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「佐竹さんの言うのと同じことをウチもやってるよ。理屈で言えばISO9001の上に化学物質管理のシステムが乗るのだろうけど、現実にはISOはどうでもよくてとにかく化学物質管理体制を作ってしっかり運用しようという状況だ。ISO9001も14001も形式は立派だけど実効がねえ〜」
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「私んところもISOどころでないというのか、ISOが期待した成果を出さないからというべきか、ともかくISOのために労力、費用を投じる雰囲気ではないんですよ」
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「木村さんがここにいた頃は、ISOを活用して会社を良くしようとか、効率向上、品質向上あるいは費用低減しようなんて希望もありましたが、実際にはISO認証の効果はなかったようですねえ」
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「でもISOで言っていることに間違いはないと思うけど」
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「確かにISO規格に書いてあることは間違いないようですが、ISO認証というか審査は役に立たないですね。 例えば環境目的が3年より短いと不適合って言われても、現実には起業投資なんて計画すれば立案から実施まで3年もかけられません。それにまた変化の多い今の時代、3年以上の長期計画なんて立てられませんよ。そもそも3年という期間はなにからきたのか?」 |
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「環境側面も点数じゃないとダメってのもバカバカシイですよねえ」
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「そうそう、今でも点数以外の方法ではイチャモンを言われるからね、おっとナガスネの場合だけど」
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「点数がバカバカしい?」
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「だって我々だって素人じゃありません。私も会社に入ってから20年公害一筋です。工場を一目見れば関わる法律も問題が起きそうなところもわかりますよ。でもそれじゃダメなんです。 調査項目を決めて細かい数値を調べて計算して、やっと対策する改善対象が分かったという筋書きでなくちゃね、そんな脚本通りってバカバカしいでしょ? ああ、もちろん仕事はISOの手順通りじゃなくて自分の直感に従って一直線にやりますよ。ISOは後付けです。そんなことをしていてISOに価値があると思いますか?」 |
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「ウチも佐竹さんのところと同じく毎年バカバカしいことを繰り返している。だけどさ、親会社が木村さんの認証機関の株主だからって鞍替えできない。ナガスネはナガスネ流だからねえ〜、もう困っちゃうよ」
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「できるなら鞍替えしたいのですか?」
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「ノンジャブに鞍替えすれば審査費用は今の6割くらいになるらしいね」
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「いや私は鞍替えどころか認証を止めたいです。こんなこと言っちゃなんですが、木村さんが審査員をしていくために我々が金を払っているわけでしょう。 ![]() |
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「なるほど、ボクが審査員をしていられるのは、みなさんが認証してくれているからなのだなあ」 ![]() 木村は小林の言葉を聞いて正直驚いた。今まで審査員という立派な仕事をしている気でいた。だが露骨に言えば、木村の出身会社が審査という仕事を出してくれるおかげで木村は出向できたし、今賃金を頂けるわけだ。 木村がしている仕事は以前は存在しなかったし、今でも社会が必要としているとは思えない。目の前の人たちはISO認証なんて意味がないと言っているではないか。 そして認証を増やそうというのは、義捐金を増やしてほしい、お金を恵んでくださいということなのだろうか? ![]() |
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「せっかく遠くまで来られた木村さんに苦言ばかり言いたくはないですが、審査のバラツキにも困っていますし、細かいことを言えば審査時の対応も大変です」
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「審査時の対応というと」
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「ウチは新幹線の駅から15キロくらいあるでしょう、いつも送り迎えですよ」
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「タクシーで来てくれと言えばいいじゃないですか」
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「理屈から言えばそうなんでしょうけど、そうもいかない。まして帰りはタクシーが時間通り来てくれるかということもあるしね・・・なにしろ田舎だから そうそう、今年の審査最終日に帰るとき、地元の有名な菓子店に寄ってくれって言われて・・・アハハハハ」 |
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「どうしたの?」
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「その店の菓子は駅で売ってないもんだから駅と反対方向の店まで行った。そしたら既に営業時間を過ぎていて閉店していてさ」
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「ほう、それで?」
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「その審査員諦めずに隣町の本店に行けというんだ。冗談じゃないよ、あとで送ることでなんとか審査員を説得した。苦労したよ」
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「そういうことは審査後のアンケートに書いているの?」
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「いやいや、アンケートに苦情は一切書いてない」
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「書いたらいいじゃない」
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「まあこちらがいっとき我慢すればいいことだしね。ただああいったことは地味にダメージがあるねえ」
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「ダメージって?」
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「ISO嫌いになることかな、アハハハハ」
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「審査員が上から目線ってのもいやだね。ウチの社長よりエライと思っているんだもん、みんな気分が悪いですよ。いくら中小企業の社長と言っても会社を経営したことがない審査員が経営を語るのを拝聴しなくちゃならないってことはないでしょう」
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「まあ審査員によるんだろうけどそういう人いますよねえ〜。規格適合だけ見てくれればいいんだけど、それだけじゃいけないと思っているのか、今年の審査では経済情勢とか最近話題の経営手法の話をされたよ。時間の無駄だよね」
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![]() 酒を飲むにつれて苦情がどんどんでてくる。いろいろあるが一番大きな問題はやはり規格解釈だと木村は感じる。 ![]() 小林たちと話すと三木は正しいと実感する。だが三木は社内で上からは疎まれ下からは敬遠され、主流にはなれない。 いや待てよ、三木の考えを理解していないからISO認証は先細りになって来たのではないだろうか。それはナガスネだけでなく認証関係者が三木のような考えをしていないからではないのか? 木村は酒を飲みながら考える。 |