*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。但しここで書いていることは、私自身が過去に実際に見聞した現実の出来事を基にしております。また引用文献や書籍名はすべて実在のものです。
審査員物語とは●
翌日、三木が木村の席にやって来た。● ● ![]() | |||||||||||||
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「やあ、木村さん、何か相談事とか?」
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「三木さん、お久しぶりです。困ったら三木さんというのがこの会社の習わしですからね」
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「オイオイ、冗談はやめてくれよ」
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![]() 二人は給茶機でコーヒーを注いで空いている応接室に入る。 | |||||||||||||
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「ご存知のように私は新事業プロジェクトのメンバーでいろいろ検討しているのですが、これがなかなか」
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「分かりますよ、簡単ならとっくに誰かが始めているはずです」
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「おっしゃる通り、それで・・・今日は三木さんとその辺をお話したいと思いました」
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「そんな、私が答えを知っているわけがない。それこそ知っていれば私がしているよ」
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「いえいえ、三木さんとお話しするといろいろ気づきがあるのです。雑談でよろしいので付き合ってください」
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「そりゃ構わないが」
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「そいじゃ、そもそもからですが、化学物質管理の認証というアイデアはご存知ですよね」
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「もう1年か2年前だったかな。打ち合わせがあったね。そのとき話題になったと思う。私はそれっきり新事業プロジェクトから離れてしまったが」
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「そうそうそれです。 その悩みというか問題というか・・・・化学物質管理を認証しても、我々は何も提供できないのです。ええと例えば万が一使用禁止物質が混入したとき、認証した我々が企業を弁護したり補償金を出すわけでもない、欧州の関係機関が何か免除してくれるわけでもない。そんなわけですから客観的に見て認証を受けるメリットがありません」 | ||||||||||||
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「その通りだ」
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「となると化学物質管理の認証なんてありえないことになりますね」
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「そんなことを言えばISO9001もISO14001も同じだよね」
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![]() 木村は考える。言われてみると確かにその通りだ。ISO9001を認証しても特段メリットはない。今のところあると言えるのは、国交省入札のときに点数が加算されるというくらいかな ![]() | |||||||||||||
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「そう考えるとまったくそうですね。しかし何の補償もメリットもないISO9001は、なぜこんなに流行したのでしょうかね?」
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「まあそもそもは欧州統合の際に、域内で流通できる製品はISO認証の工場製造であることという要求があり、日本はもちろん域外だけど欧州に輸出していた企業が生死に関わるから認証したということが発端だろう」
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「その結果、ISO認証した企業は良い会社というイメージが持たれたということですか?」
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「まあそういうことじゃないかな」
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「最初は必要条件であったけど、いつしか単なるブランドになったということか」
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「ブランドであったのもいっときで、すぐに単なる流行(ファッション)になったのだろう。ヴィトンのバッグは元々金持ちしか持っていなかった。そのとき貧乏人はヴィトンなるものを知らなかった。ところがお金持ちはヴィトンを持つと知って、それをブランドと認識した。そして猫も杓子も貧乏人もヴィトンを買うようになった結果、ヴィトンはブランドではなく単なるファッションになり、流行が過ぎた今は単なる高いバッグに過ぎない」
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「確かにいっときは電車の中を見渡すとヴィトンを持っている人が過半数いましたね、最近は1両で一人いるかいないかです。その1名はほんとのセレブなのか、流行遅れなのですかね」
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「ISO認証はブランドから流行になったが、今メリットがあるのか再評価されているところだろう。ホントを言えば認証する前に考えないといけないんだけど 木村さんは、そもそもというか結局というか、こういう認証サービスの基本的な価値というのは何だと思いますか?」 | ||||||||||||
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「ブランドの確立ですか? それとも信用を確保することですかね」
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「木村さんが思っているのと私が思っているのが同じなのか違うのかわからないが、私の表現で言えば、実質的なメリットがなければならないということだと思う」
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「認証の実質的なメリットとは?」
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「例を挙げるならUL認定だろうね。アメリカで電気製品いやその他いろいろ、家具などもあるが、UL認定を受けていればそれによる事故が起きたとき保険会社が保険金を払う。UL認定を受けていなければ保険金がもらえない。まあ認定と認証は違うけど」
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「それって、つまり実質的な価値とはISO認証を受けていれば無条件で品質を保証するとかですか? でもISO認証とはマネジメントシステムだけだから製品やサービスの品質を保証しているわけじゃありません」 | ||||||||||||
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「そのとおりだ。だけど言い方を変えれば製品やサービスの品質を保証していない認証が商取引において有効だと考えることはそもそもおかしいのではないかい?」
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「でも、でもですよ・・・その議論になるとそもそもISOマネジメントシステム認証とは意味があるのかという議論になってしまいます」
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「そうだ。そして実はISOMS規格はその議論を逃げているわけじゃないということだ。ISO規格は制定以来そのことについてちゃんと説明している」
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「へえ?」
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「1987年版の序文では『この規格の中に規定した品質システムの要求事項は、(製品・サービスに関する)技術的規定要求事項を補うもの(とって代わるものではない。)であることを強調しておく』と記述されていた。それ以降の改定版でもこの記述はなくなっていない」 ![]() ![]() | ||||||||||||
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「ええと・・それはISO9001だけでは品質を保証できないということですか?」
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「その通り」
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「そうするとそもそもISO9001の存在意義がないような気がしますが」
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「先ほど欧州統合のとき、域内で自由に流通するためにはISO9001認証が必要だと言った。 しかしそのときISO認証だけでなく、というか話は逆かな、元々 BtoB の商取引において仕様や品質水準を決めて、受入検査をして合格品を受け入れるというのは当たり前のことだ。そして当時だって品質保証という考えもあったわけで、品質保証協定を要求するのも当たり前のことだった。 ISO9001認証していれば品質保証については満たされていると認めるということだったんだ。誤解しないでほしいがISO認証していれば、受入検査をしないで受け入れるという意味ではないし、ISO認証さえしていれば域内に自由に売れるというわけじゃない。品質保証限定なんだ」 | ||||||||||||
![]() 木村は首を傾けて考える。木村が20年前、静岡工場にいたときのことを思い出そうとする。あのとき客先であるフランスやイギリスの代理店から仕様や品質水準の要求があり、当然それを満たして納入していた。それだけでなく品質保証協定を結んで年に1回くらいわざわざ品質監査に来ていた。 ISO9001を認証してもそれが変わったわけではない。製品の受入検査はもちろん、彼らはISO認証しても年に1度来日して工場監査をした。 製品の受入検査をするのはわかる。だけどなぜ工場監査に来たのだろう。 思い出した。 彼らは計測器管理がどの程度の精度で行われているのかとか、アースの接地抵抗の実測、工作時の環境条件などを記録や実地において確認した。つまりISOの審査はシステムだけだ。しかし実際の製造条件の項目や水準は定めていない。だから客がそれを確認しに来たのだ。 ISO規格ではそういう煩雑さを避けるためにISO認証機関と客先が一緒に監査を行う方法も定めていた。確か・・共同審査とかいったような気がする。 ![]() ![]() ![]() だが木村が静岡工場にいた間は、認証機関と顧客は別々に監査に来ていた。 | |||||||||||||
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「昔ISO9001認証したときのことですが、客先つまり買い手の品質監査とISO認証機関の審査を受けていましたね。三木さんが言わんとしていることはそういうことでしょうか?」
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「木村さんの体験したものがどうだったのか、私にはわからない。でも品質と検査の関係を図に書くとこんな風かなあ〜」
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三木は立ち上がりホワイトボードに簡単な表を描いた。
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「先ほど言ったように、ISOマネジメントシステム要求事項は品質システムあるいは品質マネジメントシステムなるものに限定されていて、個々の製品の仕様、品質水準に関わらないだけでなく、具体的製造条件についても言及していない。 だからISO認証しているといっても客先は製品そのものの品質を確認しなければならないのはもちろんだし、製造工場における具体的な製造条件や製造環境も自ら確認しなければならない。多くの人は製品・サービスの品質確認は客先がしなければならないと理解しているが、製造条件についての確認については忘れているようだ。 もっとも消費者や大学の先生は、製品品質も保証すると考えているようだけどね」 | ||||||||||||
![]() 木村はこの図を見てISO9001の意味をすべて理解したような気がする。 ![]() | |||||||||||||
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「ええっと、自動車のTSなんてものは、製造条件に関わる具体的こととシステムを審査しますね。あれなら・・・」
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「そうそう、ああいった形ならシステムと製造条件の両方を満たすだろう」
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「しかし待ってください。それではISO9001の意味というか存在意義はなくはないでしょうけど、ものすごく守備範囲が狭いものだということですね」
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「うーん、それは考え方次第ではないのかな。元々品質保証要求事項が客によってさまざまで供給者が困っていたわけだ。それを統一すれば楽になると考えた。それに意義があることはわかるよね」
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「はあ」
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「だけど要求事項と言っても統一できることもあるしできないこともある。計測器の校正システムは同一でも、校正頻度とかその精度あるいはトレーサビリティの厳密さというのは共通にできるわけがない」
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「それもわかりますが、それじゃ」
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「初めからISO9001認証というものはそういうものだったのだろう。だからISO認証すれば良い品質だなんてことがないのはもちろんだが、それだけでなくISO認証すれば個々の品質以外は審査してくれているというのも誤解だ。 だけどそういうホントのことを言ってても商売にならない。いつしか、まあ1995年頃だろうけど、ISO認証すれば良い品質だという人が現れ、ISO認証すれば会社が良くなるとなり、ISO認証すれば儲かると言い出したということじゃないのか。それはまったく違うのだけどね。大学の先生の中には、ISOは経営の規格だなんて言う人がいるが、そういう輩はISO規格を理解しているとは思えんね」 | ||||||||||||
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「今気が付いたんですが、製造条件も品質システムも顧客が監査すればわざわざ認証なんていらないじゃないですか」
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「その通りだよ、というか元々はその形だったわけだ。だけど品質システムの監査を私たちが代理でしますという人が出現して、製品に関わりない共通部分だけでも外部にやってもらおうとアウトソースしたのが認証の始まりだよ。当時認証機関は顧客の代理人と自称していたそうだ。そんな流れでいつのまにか製造条件など顧客対応の部分が忘れ去られてしまったようだ」
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![]() 木村は考え込んだ。新事業どころじゃないな、ISO認証ビジネスにおいてその意図をはっきりと示さなければどうしようもないということだ。今さらという気もする。 |