*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。民明書房からの引用はありません。
7月16日 ![]()
7月19日 作戦開始 関東大震災というのは関東地方に地震が起きて大災害が起きたということだ。それで発生する前に地震対策のために作られた組織は「東京大地震減災作戦」と命名された。 総指揮官は内務大臣に就任した後藤新平である。内務省は警察、消防、建設を管轄しているから主催者になるのは当然であるが、その他文部省、陸軍省、海軍省、枢密院、宮内省、司法省、農商務省、逓信省と結局全省庁が参画している。 後藤大臣から、大地震が起こる可能性、今までの検討結果、対策の実施状況などを説明したのち、各省庁の検討事項、実施事項が指示される。 内務省はもちろん陸軍、海軍は過去2回の防災訓練に参画しており要領は理解していたが、司法省や逓信省などは計画を聞いて驚くばかりである。 地震が起きたら早急に戒厳令を敷くこと、官僚、軍隊、消防は近隣県からの応援を求めること、避難施設は8月25日頃には構築することなど挙げられた。 7月23日 ![]()
7月24日 ![]()
7月24日朝 政策研究所である。中野、米山そして幸子がいくつもの新聞を読んでいる。彼らも人の子、噂話や新聞報道を気にするのはしかたない。 ![]() | |||||
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「新聞というのは常に上から目線で批判ばかりするものですね。自分は絶対に正しい、いや自分は神だと思っている」
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「私の世界でもそうですよ。向こうの世界では新聞だけでなくラジオやテレビがありますが、報道関係者はみな自分は正しく賢く、一般人はバカだと思っています」
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「それじゃ人々はみな洗脳されていきますね(注6)」
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「新聞、ラジオ、テレビというのは一方的に情報を送り出すだけです。私の世界ではそれらをオールドメディアと呼びますが、その情報発信の非対称性から捏造や偏向報道が容易く、国民を操縦しようとする権力はそれを掌中にしようとします。 しかし1990年後半からのインターネットを使ったニューメディアは情報発信の垣根を低くして情報発信が対称になったことにより、オールドメディアが国民を洗脳することは困難になりつつあります」 | ||||
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「なりつつあるとはまた奥歯に物が挟まったような言い回しだね」
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「高齢者はオールドメディアを信じる人が多く、オールドメディアはニューメディアを貶めて、今まさにオールドメディアとニューメディアの熾烈な戦いなのです」
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「お話を聞くと、オールドメディアが強いと全体主義になりやすいように思います」
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「まさしく、私に言わせればオールドメディア死すべしです」
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「この世界もまさしくそれと同じだ。新聞が国民を扇動している感が強い。中国やロシアとの戦争も、新聞が焚きつけて起こした」
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「インターネットのないこの時代、いかに双方向の情報交換ができる仕組みを作るか、難しい課題です」
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7月24日朝 新潟県某所 山梨工業の社長宅である。社長夫婦が朝食の後、コーヒーを飲んでいる。ドロシーのお腹が膨らんでいるのは赤ちゃんができたのだろう。 ![]() | |||||
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「ジョー、今日の新聞読みましたか?」
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「ジョー、何言ってんの! 2年前の今頃、伊丹さんのお宅でごちそうになったときのことを覚えている?」
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「すまん、忘れた。なんだっけ?」
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「しっかりしてよ、あのとき東京に工場を作りたいと言ったでしょう。だけど伊丹夫婦に止めなさいと言われたの、忘れたの?」
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「あっ、思い出した。そう言えばあのとき強く反対されたね」
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「伊丹夫婦はあのとき既に、地震のことを知ってたに違いない。だから私たちを止めたのよ」
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「そうだったのか。もし投資していれば工場が完成してすぐ地震で壊滅だったかもしれない。伊丹さんにお礼をしなくちゃならないね」
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「ジョー、しっかりしてよ、そんなことしたら伊丹さんが秘密を漏らしたことがバレちゃうでしょう。なにもしてはいけないわ」
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「えっ、それじゃ恩を返せないよ」
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「いいのいいの、慌てずに将来的に恩を返せばいいの。でもジョー、あなたもう少ししっかりしてくれないと困るわ」
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7月25日 ニューヨークニューズ紙
7月26日 ここは内務省会議室である。後藤大臣を始め関係者が20名ほど集まっている。 ![]() | |||||
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「先日の「東京大地震減災作戦」第1回打ち合わせから1週間が過ぎた。 内務省の担当業務の進捗はどうだろう?」 | ||||
![]() 役人A |
「避難の手引き(案)を作りました。今現在関係部門で検討中です」
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「どれどれ・・・うーん、布団や衣類など可燃物があるとそれに火がついて死者が多くなると言われている。逃げる時はお金や位牌などに限定し、あまり荷物を持たせないこと、避難者が自動車や荷車の利用、布団やこおりなどを持っている場合は警官、軍人は即放棄させることを明記してほしい | ||||
![]() 役人A |
「承知しました」
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![]() 役人B |
「江戸時代と同じですね」
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「そうだ。まあ消防官の指示に従わない者を切り捨て御免とはできないがな。 ああ女性は避難する時は、モンペを着用するように追記してくれ | ||||
![]() 役人B |
「モンペですか? そりゃ嫌われますよ」
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「嫌われても人殺しと呼ばれるよりはよろしい。そう書きなさい」
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![]() 役人A |
「大臣から参考用に見せていただいた関東大震災史では死者はいくつかの場所で大量に発生しています。ついてはそういう場所に避難しないように、また当面近づかないようにということを盛り込みたいです」
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「避難場所はもちろんだが、新吉原の花園池対策はどうする?」
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![]() 役人B |
「遊郭では火事があっても遊女は逃げられないことになっています」
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「地震発生したらすぐに警官隊を出して、遊女だけでなく男衆も一緒にまとめて強制的に避難させるよう計画してくれ。逃げるところがなく池に溺れて死ぬなんてかわいそうなことはさせてはいかん」
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![]() 役人B | ![]() 「忘八が騒ぎますよ」
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「それを考えるのがお前だ。ハムラビ法典では火事場泥棒は火刑だったという 分かっていると思うが、我々がしているのは遊びじゃない、戦争だ。人命を救うために最大限考えてほしい。そして君たちが企画したことを警官や消防官や軍人に徹底させるのだ。君たちが死ぬとき、俺は頑張って生きてきたと言えるようにせい」 | ||||
![]() 役人A |
「戒厳令に災害出動を追加する法案です」
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「細かくは見れん。出動した兵士の権限はどうなっているのか?」
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![]() 役人A |
「交通規制、避難命令、避難時の命令については巡査と同じと・・」
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「よろしい。出動する部隊へ、して良いこと悪いことの教育をすることも書いておけよ」
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ここは緊急医療の教育である。 ![]() | |||||
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「それは軍隊でもしているぞな。兵隊より下士官、下士官より士官、士官より華族様優先じゃ」
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「残念ながらそれは我々の基準とは違う。我々のトリアージは4段階に分けて優先度の高い方から治療する トリアージの判定を担当するものはこの基準に従って傷病者に色のついたカードを付け、治療担当医師はそのカードの色に従い処置をする」 | ||||
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「逸脱した場合は?」
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「戒厳令の根拠となる緊急勅令により治療に当たるすべての医療関係者は一時的に軍属扱いとなる。よって最悪死刑、軽くて医師免許はく奪だろうな」
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「えっ」
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「戒厳令下では陸軍刑法が適用される。敵前において上官の命令に服従しない者は死刑または禁錮10年だ | ||||
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「承知しました。教育において周知徹底します」
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「あれ、島村先生じゃないか。向こうの世界とつながりが切れそうだと聞いたが、君は帰らなかったの?」
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「アハハハ、私は元々世界中の戦場を歩いて治療に当たっていました。どこで死ぬかは成り行き次第です。ここで死ぬならそれも運命です」
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「そうか、一段落したら皇国大学の医学部教授にしてやる」
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「後藤大臣、ご遠慮しますよ。私は常に一兵卒です。教授なんかよりも南洋に憧れているのですよ。南洋諸島の病院なんかいいですねえ〜」
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「それは贅沢な望みだ、よって叶えられん」
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7月29日 さくらはいつものように27日の金曜日に伊丹邸に来て、土曜日は新宿、日曜日は巣鴨で遊んできた。日曜日の夕方、日本の世界に帰ろうとドアを開けると敷島国につながっている。コーヒーを飲んで再びトライしてもまだ敷島国だ。 嫌な感じがして新世界技術事務所の工藤社長の自宅に電話をする。 ![]() | |||||
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「工藤の小父様いらっしゃる? あっ、さくらです」
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「さくらさん、なんでしょうか?」
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「小父様は向こうの世界とのつながりを毎日チェックしていると聞きました。今日はいかがですか?」
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「さくらさん、まだこちらにいたの。なぜそんなバカなことしているの。最近はものすごくつながりが悪いのですよ。昨日など20数回試してみて、つながったのは一二度だったと思いますよ。今日の状況はわからないな。実験をしている者に問合せして電話をかけなおしましょう」
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一旦電話を切ってさくらは受話器のそばで待つ。20分ほどして電話のベルが鳴った。さくらは飛びつくように受話器を取る。 ![]() | |||||
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「伊丹です」 (さくらは伊丹邸から電話しているのだから、受けたら伊丹ですと応えるのは当然) | ||||
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「ああ、さくらさん、工藤です」
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「どうでしたか?」
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「昨日の土曜日は24回試してさくらさんの世界につながったのは2回だそうです。それも昨日の朝のことで昼以降はだめだった。 今日は今まで17回中、さくらさんの世界につながったのはゼロです」 | ||||
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「ええっ、それじゃもうつながらないということ?」
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「何とも言えませんが、過去3か月減り続けてきました。もうだめかもしれません」
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注4 |
防災マップとも呼ぶ。水防法(下)によって市町村長は「水防法第 15 条第 1 項各号に掲げる事項を住民に周知させるため、これらの事項を記載した印刷物の配布その他の必要な措置を講じなければならない」として水害、液状化、がけ崩れなどの危険性を記載した地図を作成し配布する義務がある。 だが私の経験では配布は一回限りで、配布後の転入者やハザードマップの改定などは配布が徹底していないようだ。 参考 ![]() | |
注5 |
国土地理院地図 「江戸川・中川・綾瀬川流域-1」 江戸川区ウェブサイト「江戸川区の地形」 海抜と標高は違う。標高は各国の基準海面からの高さであり、海抜はその場所に最も近い海面からの高さだそうだ。つまり高潮とか津波の危険は海抜で考えなければならず、どの山が一番高いかというのは標高で比べなければならない。もっとも基準海面は東京湾だから、平井なら海抜も標高も同じだ。 ![]() | |
注6 |
「洗脳」とは中国共産党による「洗?」を1951年にエドワード・ハンターが「Brain-washing」と訳したことから、朝鮮戦争でアメリカが捕虜となった兵士が共産主義を信奉するよう死蔵教育することに使われた。第二次大戦後に中国にいた日本兵が中国に思想教育されて親中、共産主義に染まった中帰連(中国帰還者連絡会)はその具体例である。 おっと、この物語は1923年であるから「洗脳」という言葉はまだ存在していない。 ![]() | |
注7 |
日本のラジオ放送は昭和天皇ご成婚や衆議院選挙速報など実験放送は1924年に行われたが、定常的な放送は1925年3月22日である。 ![]() | |
注8 |
被服廠跡で逃げ込んだ38,000人のほとんど全員が焼死し、横浜公園に逃げ込んだ60,000人はほとんどが助かった。その差は被服廠跡に逃げ込んだ人たちは家財道具を大八車などに積んできて可燃物だらけであったことと、そのために隙間がなかったこと。対して横浜公園に逃げ込んだ人たちはオフィス街の事務員がほとんどで着の身着のままで可燃物が少なかったこと、更に横浜公園では水道管が破裂、公園が水浸しになり、それが火災から人々を守ったと言われる。 「実は被害甚大だった横浜の関東大震災を知っておきたい」 「横浜公園の由来碑」 ![]() | |
注9 |
モンペとは農村女性の作業着であった。第二次大戦に都市の女性に着せる時、格好が悪いと相当な抵抗にあったという。戦前と言っても全体主義が通用する状況ではなかったようだ。 ![]() | |
注10 | ||
注11 |
東京都福祉保健局「トリアージ」 第1順位【赤】生命を救うため、ただちに処置を必要とするもの。 第2順位【黄】多少治療の時間が遅れても、生命には危険がないもの 第3順位【緑】軽易な傷病で、ほとんど専門医の治療を必要としないもの 第4順位【黒】心肺蘇生を施しても蘇生の可能性のないもの ![]() | |
注12 |
陸軍刑法第57条 ![]() |
akitaiwan様 お便りありがとうございます。 不肖おばQ、防災士なるものを知りませんでした。 そういうものを学べば客観的で広い視野で防災、災害をかんがえられるのでしょうね。 私の場合は実戦というとかっこいいですが、日々の業務で切羽詰まって火事だ、漏洩だ、公害だと(以下略) とはいえ今更学ぶというのも「老いて学べば死して朽ちず」どころか「老いても迷うばかり」ですからもう見込みがありません。 また機会あればメールください。 |