*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。民明書房からの引用はありません。
1935年新春 ![]() 第二次世界大戦が終わって1年半が経った。欧州とロシアは工業も農業も復興過程にある。扶桑国は戦争中から復興初期に輸出で儲けていたが、復興が進むにつれて輸出が減少し景気に陰りが見えてきた。まあ、よその国が戦争していたから景気が良かったのだから感謝せねばならないが、景気が良いのが当たり前と思うようになっていて、今は国中が不景気で困ったという雰囲気である。 とはいえ二度の大戦でとんでもない戦死者が出て、もう戦争はたくさんだという思いは全世界共通である。戦争が続いてほしいなんて思っている人はいない。そして当面戦争の危機が去ったことで世界的に気分は明るい。 戦争中に発達した電子機器や輸送機械は、これから民生品に使われるようになるだろう。それは暮らしを大きく変革し向上させるだろう。 更にこの世界では共産主義国家が崩壊したことで、それ以外の国々でも共産主義の評価が下がり、共産主義政党の弱体そして消滅が進んでいる。理想は存在しないとき輝いて見えるけど、ひとたび現実となると粗が明らかになり共産主義は理想ではなくなった。 とはいえアンシャンレジームともいえる植民地の解放と人種差別の消滅が進めば、新しい秩序が定まるまで新興国が抗争を起こす懸念はある。なにごとも良いことばかりではない。 扶桑国内を見れば、昨年末の126事件は速やかに制圧され、首謀者は現在公開裁判中だ。首謀者の上官や支援者は関与の具合に応じて、処罰されるだろう。 ![]() 幸いクーデターに対して速やかな対応と公正な裁判により、国外と国内から統帥や政情が不安と思われるより、むしろしっかりした法治国家であるとみられたようだ。 新聞でも一般社会でも、維新を叫んだ青年将校たちを弁護する論調はなく、変な動きもない。扶桑国民も126事件の結果、目的は手段を正当化しないと認識したと思える。経済問題は、武力では絶対に解決できず、解決するためにはこの国をもっと発展させ体力を強くしなければならないことを理解してきたようだ。 そんな様子を見て、政府はホッとした。 ●
1935年1月20日● ● ● ![]() 政策研究所である。皇帝、中野、犬養首相、高橋大臣、岩屋、伊丹夫婦である。 ![]()
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「毎年新春には伊丹邸でお酒を飲みながら夢を語り合っておりましたが、126事件の直後でもあり、本日はここで素面で意見交換することにしました。 この国をより良くするための抱負、懸念、施策など自由にお話いただきたい」 | ||||||||||||||||||||||||
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「まずは下級士官の困窮対策だな。それが126事件の反省じゃろう」
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「単純に下級士官の俸給を上げれば解決するわけではありません。陸軍大学校や海軍大学校出身でないと将官になれない、軍内に派閥があり所属する派閥が昇進や任官に影響することなど、非合理なことが多々あると聞いています」
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「同感です。軍内部の透明化というか、昇任や異動の運用を公明正大にしなければなりません」
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「そういうことだけでなくもっと根本的な見直しが必要と思います」
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「根本的な見直しと言いますと?」
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![]() | ![]() しかし現在は軍艦の発達、飛行機や戦車の登場で兵器が高度化し機械化が進み、兵士を一人前にするには長い年月を要するようになりました」 | ||||||||||||||||||||||||
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「確かに飛行機の操縦士は一人前になるまで、4年から5年かかるらしい。だから飛行機乗りの兵はおらず、最低でも下士官だ」
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「閣下のおっしゃる通りです。そしてそれを指揮する士官も従来以上の力量と学問が求められるようになりました。 現行の士官や下士官・兵の人員構成や俸給は歩兵の時代の考えです。将官と佐官は少数で間に合うから賃金を高く。尉官以下は直接兵を指揮するので多数必要だが養成が短期間で済むから俸給は安くて良いという考えのようです。そして兵士は徴兵のみ。 しかし申しましたように現代では小銃だけでなく電気装置や機械を使わなければなりません。まして飛行機や自動車を操縦や整備する兵や下士官を考えると、徴兵制の見直しが必要かと思います」 | ||||||||||||||||||||||||
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「徴兵制を見直すって!」
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「奥様の話では徴兵制を止めて志願兵にすべきということですか?」
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「うーん、考えがまとまっていないのですが……戦争そのものが変わってきました。70年前は元気な若者を集めてきて鉄砲を撃てるように訓練し、心身の鍛錬をすれば間に合ったのでしょう。でも現代では高度な機械操作を教えなければなりません。ですから兵隊検査では、従来の甲乙丙丁という分け方でなく、肉体的に頑健でなくても頭の良い者や手先の器用な者を採用するというのもありでしょう。 そして兵役が終わったあとも技術系の兵士は退役させず下士官に志願させる工夫も必要です。技術のある兵士は満期退役しても民間で引っ張りだこになるでしょうし、それはそれで国のために良いことではないですか」 | ||||||||||||||||||||||||
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「なるほど、奥さんの意図は分かりました。それは時代にあっていると思います。ただ従来通りの徴兵制も継続すべきと思います。旗を揚げるのは歩兵という言葉もありますように、歩兵は国防の基本です」
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「伊丹奥様のお考えも岩屋君の思いも分かった。なるほど、派閥競争以外に考えるべきことはたくさんあるのだな。 まもなく飛行機乗りだけでなく高度な兵器を操作する者が全員士官になる時代もくるだろう。しかしそのとき部下なしではあるが高度な技術を持つから士官に遇される者と、大勢の部下を持つ指揮官としての士官が同じ階級で同じ待遇で良いのかと考えると、そのへんは検討しなければならんな」 ![]() ![]() | ||||||||||||||||||||||||
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「閣下、この政策研究所では発足した20年も前から、能力に応じて処遇することを決めていました(第49話)。すごい研究をしている人なら、年齢に関わらず最初から将官待遇とか、コンピューターのプログラムができるなら若い女性でも下士官待遇とか」
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「ちょっとピンと来ぬがそれは待遇であって、階級ではないのだな?」
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「同じ組織といっても研究所ですから軍隊とイメージが違うかもしれません。佐官級の待遇の人を尉官級の上司が指示命令することは普通にあります」
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「なるほどというか不思議というか」
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「そもそもは階級とは指揮対象によって決まったのでしょうね。小隊長なら少尉、中隊長なら中尉と。英語でキャプテンとは隊長とか艦長という意味です。しかし人事処遇のために階級が細分化されたり階級に見合わない部隊を指揮したりということが起きてきたのではないのでしょうか」
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「話が細かいことになってしまいましたが、言いたいことは若手士官が困窮しているから俸給を上げれば良いというような簡単な話ではないということです」
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「よく分かった。犬養首相、陸軍大臣、海軍大臣に検討させてください」 ![]() 注:作戦行動についての指揮権は参謀本部にあるが、人事とか福利厚生は陸軍大臣の職掌である。 ![]() | ||||||||||||||||||||||||
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「かしこまりました。検討過程を公開するなど皆が納得するよう方法も考えます」
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「しかしここ最近のできごとから考えると問題解決はただ一つだな、何だか分かるか?」
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「恐れながら」
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「恐れることなんざないさね」
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「この国を富ませること、それに尽きます」
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「それだ! まさしくそれ。貧富の差が問題じゃない。下層の人が文化的な生活ができないのが問題だ。他と比較して貧しくても衣食住が満たされて文化的な生活ができるなら人は誇りを持って生きていける」
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「126事件で決起した士官は、農村では娘が売られていると叫んでいましたが」
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「伊丹さんの世界の日本ではそうだったかもしれないが、この国はそこまでひどくありません。まあ、俺たちは貧しいと言いたくはなかったのでしょう」
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「それが事実としても、そもそも国が貧しければ皆を豊かにはできません。できるのは他人から奪い自分が食べることだけです」
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「一国の生産高、それは全国民の所得と同じですが、経済学では国民総所得(GNI)といいます。当たり前ですがどんな分配をしても、それを人口で割った金額以上の豊かにはなれません」
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「国民総所得か……それを大きくしないと国は豊かにならない」
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「欧州の王侯貴族とかロスチャイルド家ならともかく、三井・三菱の財を没収して国民で分けても一人当たりいくらにもなりません。更に資本の集中がなければ先端産業への投資ができない。そういう当たり前のことを知らないのが126事件のアホどもです」
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「みんなが良い暮らしをするには、人口に文化的な生活コストをかけたお金が必要になる。しかし現時点まだ我が国にそれだけの国力がないのが問題だ」
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「簡単に国を富ます方法なんてありません。世の中の原理なんて2,000年前と変わりません。一人一人が真面目に仕事をし精進するしかありません。仕事に励むことが仏の道であると信じて」
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「いや、そんな悲壮なことでもありません。私たちがこの国に来てまだ25年しか経っていない。10年前、20年前を振り返ればとんでもなく進歩してきたはずです。我国の自動車は性能も品質もアメリカの車を追い越しています。川西も中島も世界最高の飛行機を作っています。電子技術はいうまでもありません。そして娘を売る人もいない。 あと10年、国民が己の仕事に精進すれば陛下の願うレベルに到達するでしょう」 | ||||||||||||||||||||||||
![]() | ![]() 「ワシが生きているうちにそんな社会を見てみたいものだ」 ![]() 注:高橋是清はこのとき81歳、100年前の81歳は現在の90歳相当だろう。 | ||||||||||||||||||||||||
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「前向きの話なんだけど身が引き締まるね」
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2月10日● ● ● ![]() 新世界技術事務所の会議室だ。20年前、工藤と伊丹が立ち上げた新世界技術事務所もいまや丸の内に事務所を構える大会社である。今の社長は上野で、この国の大手企業から町工場まで手広く技術コンサルタントをしている。 今日は古い仲間であるドロシーと伊丹を招いて、新ビジネスを売り込んでいるところだ。 ![]()
実は半蔵時計店の宇佐美にも声をかけたが、今や半蔵時計店の社長となった宇佐美は認証ビジネスなんて歯牙にもかけなかった。 ![]() | |||||||||||||||||||||||||
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「これから伸びる宇宙産業向けの品質保証審査をして認証を出すというビジネスを始めたい。ぜひご協力をお願いしたいと思います」
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「素晴らしいわ、大震災後の品質保証制度も6・7年は続いたものの段々と認証が減り消滅してしまって、第三者認証制度はダメなのかと思っていたの」
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「どんな分野でも品質保証の第三者認証制度の必要性があるかどうかが問題だよ。売り手と買い手の二者間で品質保証協定を結ぶなら第三者が入る余地がない」
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「叔父さん、入る余地がないなんて弱気なことじゃなくて、我々が品質保証規格を作って売り手と買い手に売り込まなくちゃ」
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「伊丹さんはまだ何も話してませんけど、ご意見を聞きたいわ」
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「大事なことは売り手と買い手が必要と考えているかどうかだ。そして第三者認証制度で、我々が何を提供できるのかはっきりしておかないといけない。もちろん提供できないこともハッキリさせておかなくてはならない」
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「できないことと言いますと?」
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「大震災のときの認証制度が長続きしなかったのは、提供できること・できないことが明確に示すことができなかったからだと思う。当初の目的であるおかしな会社の排除できたけど、そういう会社は認証制度がなくても元々受注できなかったのではないかな」
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「伊丹さん、そうでしょうか? 認証制度があったからこそ不適切な会社を書面審査で弾くことができた訳でしょう」
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「いや……確かに品質保証は役に立っただろう、しかし認証制度がなくても同等の成果は出たのではないかなという思いはある」
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「私もずっとそこを考えていたのです。認証しなくても品質保証要求だけしてそれを満たしているなら応札しなさいというだけで良かったのかもしれない」
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「それじゃ嘘をつく会社もあるじゃないですか」
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「嘘をついたら取引解除とか損害賠償はできるよ」
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「でも元々損害賠償も払えないようなクズ会社もあるでしょう」
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「あの方法が悪いとは言わないが、震災後という異常時の対応としては意味があったが、平時においては必要でなかったのかもしれない。 元々品質保証を考えたのは砲弾の不良対策だった(62話)。そのときは不発弾が非常に多いという問題があった。だから生産工程全体を「特別に管理を厳しく」することを考えた。それを品質保証と呼んだ。しかしそんな管理をしばらく続けていると不良がどんどん減ってきたし、その管理が特段厳しいものでなく当たり前のことになってきた。品質保証が根付いたわけだ」 | ||||||||||||||||||||||||
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「伊丹さん、だからこそ品質保証の価値があるのです」
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「そうだ、品質保証には価値がある。しかし品質保証の第三者認証に価値があるとは言い切れない」
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「伊丹さんは第三者認証制度は不要ということですか?」
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「そうではありません。必要な場合もある。だけどそれはある条件下においてのみだと考えている。大震災の混乱時とか製造工程に全く新しい方法を取り入れるときとか」
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「そもそもの発端は、お客様が調達先に品質保証を要求しているとき品質監査を代行することからでしたね」
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「そうですね。似たようなことは砲兵工廠が品質保証をとりいれたとき、私たちが品質監査を代行しました」
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「そういえば……あのとき変なことが起きました」
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「変なことってなんですの?」
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「砲兵工廠が調達先に品質保証を要求し、その結果調達品の品質が向上したのです。それを聞いたまったく砲兵工廠と取引のない会社が、ウチに品質監査をしてほしいと言い出し、その結果、ウチの品質監査で合格すると品質が良いと言い出したのです | ||||||||||||||||||||||||
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「うーん、再帰的な話ね」
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「再帰ってなんですか?」
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「関数やアルゴリズムが入れ子になっていることだよ」
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「積分なんかで変形すると同じものが右辺にでてくれば、それを移項して2で割って解決となるところだけど、この場合はそうではなく単にバーチャルとしか思えないね。 何て言ったかな……そうだバブル、実態以上の価値があると思われるのをバブルと言ったね。価値があると思ってどんどん高い値が付いて、冷静になって考えると意味がなかったという」 | ||||||||||||||||||||||||
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「叔父さんも伊丹さんも半信半疑どころか不信100%ですね。商工省に行って相談してみますよ」 ![]() 注:明治初期に農商務省が作られ、大正末期に農林省と商工省に分かれ、第二次世界大戦後に通産省となり2000年に経産省になった。 ![]() | ||||||||||||||||||||||||
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「上野君、まずは君自身がその価値を理解できるかどうかだよ。そして第三者に価値があることを説得できなくちゃならない。少なくても私は上野君の話に懐疑的だよ。 商人であろうと技術者であろうと、価値ある品物やサービスを提供しない人は詐欺師だ」 | ||||||||||||||||||||||||
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「詐欺師とはひどいな」
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「詐欺の定義は「人ヲ欺罔シ又ハ恐喝シテ財物若クハ證書類ヲ騙取シタル者ハ詐欺(旧刑法390条)」だ、そのまんまじゃないか」
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2月20日● ● ● ![]() ここは本郷の皇国大学である。 今日、伊丹は藤田少将に呼ばれたのだ。伊丹が初めて会ったときは若々しい少壮中尉だったが、今は少し白髪が混じった47歳の将軍になっていた。もちろん伊丹も52歳から74歳になった。 ![]() | |||||||||||||||||||||||||
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「藤田少将、お久しぶりです。どうしてここに?」
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「お久しぶりです。おかげさまで順調です。順調なのですが……」
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「なにがお困りですか?」
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「人生が空しくなったというか……」
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「何を冗談語っているのですか」
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「冗談ではないのです。特に能もない私でしたが伊丹さんのお力で博士にもなりトントン拍子に昇進し、いまや同期で最初に将官になりました。 ところが私は固有技術と言いますか、専門がないわけです。普通に考えれば同期トップで少将になれば工廠長という流れでしょうけど、固有技術がない私に工廠長を任せられないと考えたようで、皇国大学の教授に出向辞令を受け、自分に教えるものがあるのかと悩んでおりまして……」 | ||||||||||||||||||||||||
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「藤田少将は管理工学でも生産管理でも工程管理でもお詳しいじゃないですか。溶接とか切削加工とか研磨というようなジャンルが確立したものだけが工学ではありません」
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「どんな学科を教えるべきか、伊丹さんとお話したかったのですよ。 今のお話を聞いて思い出しましたが、私はそもそも日程計画から始まったのでしたね(第7話)。 でも日程計画では範疇が狭すぎるだろうから工程管理とか生産管理という学科を立ち上げるか」 | ||||||||||||||||||||||||
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「工程管理とは日程計画ではありませんよ。明確な定義はありませんが、製造だけでなく事務でも営業でも良いですが、仕事が流れていくとき、それぞれの工程でどのような項目を管理するかを考えることです」 ![]() 注:ISO9001認証が始まった1993年頃、工程管理(process control)を日程計画と思って審査を受けた会社を思い出した。その会社はスケジュールはしっかり管理しても、品質計画は考えなかったのでしょうか。 | ||||||||||||||||||||||||
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「品質計画みたいなものですかね?」
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「品質計画の一部であり詳細なものと言えますか」
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「なるほど、」
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「確かに固有技術がないと不安かもしれません。なにしろ固有技術がなければ物が作れませんからね。しかし現代は1個作りではなく大量に均質な製品を供給することが求められています。また造船とか大規模な設備などの開発や建造はプロジェクト管理が重要になってきます。個々の固有技術があっても、全体を管理するのはできません。総合的に管理するのは、ひとつの技術です。 他の誰も研究をしていないのは、あなたの強みです」 | ||||||||||||||||||||||||
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「なるほど、確かに私のような日程計画とか工事管理など誰も専門に研究していないので価値が分かりませんでした。考えてみれば製品を開発した効果と比べて、私がしてきた工事短縮やトラブル対策はそれと同等の費用低減をしてきたように思います」
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「開発期間の短縮とか、冗長や無駄をなくすというのは新技術採用と同じ効果があります。 技術報国です、技術報国。どんな分野でも己の才覚で世のため人のためになる、それが技術者の矜持でしょう」 | ||||||||||||||||||||||||
伊丹は国民の生活向上には産業発展、そのためにはみんなが自分の仕事を精いっぱいすることだ。そして精いっぱい働けば国民すべてが豊かになると信じている。まあ信じることは自由だ。 |
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注1 |
1980年代そのようなことは多々あった。 一例を上げると、当時NTTは資材調達の品質保証協定としてNQAS(エヌカス)という規格を持っていた。ところがこの品質保証協定の監査に合格すると品質が良いとみなされたと理解した企業はNTTと取引する予定はなくても品質保証協定を結ぶために審査を受けたものだ。なぜ知っているかって? 勤めていた会社が(以下略) なおエヌカスはISO9001とのグローバル大戦に敗退して…… 蛇足であるが、1970年頃は企業は自社の財務が健全かどうか知りたいとき、お金が必要でなくても日本興業銀行に融資を申し込んだ。審査が通れば当社はスバラシイとなり、審査が通らなければもっと頑張りましょうとなった。まあ、これは関わるのが自社のみでエヌカス認証とは少し違うか。 ![]() |