私は監査というものを習ったことがない。もちろん審査員研修というものは受けたが、あんなもの、ためになるとは思わない。私の監査方法は、独学というよりすべて自分が考えた。とはいえ全く手がかりがなかったわけでもない。
習わぬといえど見聞きどころか自分が監査されたことは多々あったし、自分がしたこともあった。もっともそのときは「監査を受ける」とか「監査をする」と認識したわけでなく、そもそも「監査」と呼ばれたものでもなかった。
まあそんな私の監査にまつわる遍歴を書いてみる。
昔々は電気用品取締法(電取法)というのがあって、規定以上の電圧を使う電気製品は国の検定を受けなければならなかったのと、更にそれを製造している工場は、通産省の検査だか審査を定期的に受けた。製造部署では耐圧試験、絶縁試験、検査や品質管理に使うと指定された計測器の管理や校正記録の保管をしなければならない。当時私はそんな部署の現場監督者だった。1970年代末、30歳くらいのときであった。
とはいえ私が関わったことは製造の、そのほんの一部であり、監査がどうとか講釈を語れるような経験はない。言われたとおりに現場に指示して、実際にしているかどうか確認しただけ。そして通産省の技官とかいう人がライン巡回した時に立ち会い、問われれば答え記録を見せただけだ。そして正直言って私がその部署にいたとき、立ち合いがあったのはたったの2回だった。
だからあれが監査の類と言われてもピンとこない。
当時勤めていた工場では、大手や中堅メーカーから電子機器の注文を取り、製品を納めていた。電子機器といっても、当時のことでアナログ回路オンリーで、電子楽器、ステレオといった類だ。
設計は客先が製品はもちろん梱包用段ボールまで図面を書いていたときもあり、仕様書だけで勤め先が設計したときもあった。
そして勤めていた会社が内作することもあり、一部を外注に出すこともあり、丸ごと外注に作らせることもあった。
よく建設業界の重層下請構造、そして仕事を右から左に回すだけのピンハネが批判される。私は門外漢だからそういう業種の実態がどうなのかわからない。
電子機器の場合、販売者が設計から製造すべてをするならば、いろいろな設備を備え技術を持たなければならず固定費もかさむ。だからといって工程やパーツを分割して、それぞれ末端の下請けに発注すれば安いのがわかっても、ものができあがるかどうか、不具合が起きた時の対応、クレームなどの保障を考えると二の足を踏む。
下請けにしても顧客から受注するにはある程度の力がなければならない。多少は設計できなければならず、機械部品、プラスチック成型、電子回路、木工などをまとめて受注できるほど技術はない。また種々の部品・材料を調達するパワーもない。
その間を取り持つ企業があれば円滑にいくわけだ。元請になる企業にしても、企画はできない、販売網がない、ブランドもない。
結果として重層構造となる。階層が上の会社が設計をし、部品材料の調達をし、技術指導をして物を作る。考えてみれば建設業や電子機器に限らず、アパレル業界だって同じだ。
ことの善悪はともかく世の中はそうなっている。特に1990年代に製造業が海外移転する前はそういう形態が一般的だった。今は上流のみ日本に残り、中流以下は中国に移ったということだろう。
当時下請けはメーカーごとに系列化されていたところもあるが、そうでないところも多かった。作るものが技術も秘密もへったくれもない、コモディティだったこともあるだろう。
さて当時の私の勤め先は注文を受けて、客先支給品以外は製品を図面に展開し部材を調達して下請けに支給する。そして私のような若いものを下請けに派遣して、物がちゃんとできあがり客先の受入検査が終わり検収してもらえるまで頑張って来いと送り出すわけだ。小規模な仕事ならひとり、大仕事なら二人くらい。
孫請けになるような会社だって、町工場ではなく人数はいるし設備もそれなりにある。だけどそういうところが絶対的に弱いのはスタッフだ。
そういった企業は、行政の補助金で数千万の機械を躊躇なく買うのだが、人に投資しない。だから立派なNC工作機械があっても使いこなせず、特定のものを製造するとき以外埃をかぶっているなんてのも珍しくない。
技術スタッフが薄いから、図面・材料・部品を与えられても工程設計が弱い。それで私が派遣されると、現地到着後に工場と機械を見て、加工から組み立てまでの工程を立案し、それを説明することから始まる。それは加工工程順に、使用機械、切削条件、寸法測定箇所、使用計測器、使用する組立ジグ、使用工具、検査工程、検査機器、検査項目などを細かく示す。
もちろん各工程ごとの寸法や加工条件を1枚の紙に書ききれないから、工程ごとに要領書XXによると指定する。そして各工程ごとに、加工内容や組み立てに展開した要領書を作る。それは場合によっては1機種100枚とかそれ以上になる。
もちろん出張する前にできるなら工程設計をしておくが、実際の工場レイアウトや保有設備にもよるし、会社によって作業の得手不得手もあるから個々の対応となる。
そのほか、どうしても必要になる専用刃物(バイト、ドリル、カッターなど)やジグ、スクリーン印刷のスクリーンなどは事前に作成して持ち込む。
工程の概要を書いたものは、いってみれば品質計画書である。実は私は品質計画という言葉を知らなかった。名前は知らなかったがそういうものを作り、個々の作業の指示書に展開するのは呼吸するように当たり前のことだと思っていた。ISO9001と出会って、初めて工程管理とか工程計画という言葉を知った。
ちなみに私が勤めていた会社内ではあまり細かく展開しなくても、職長とかベテラン作業者が考えるので支障なくものができた。例えば新機種生産にあたっても、図面と機種対応のジグと専用刃物だけ手配して現場に渡せば、彼らが加工順序を決め、伸びしろとか加工条件など決めて加工してしまうからひとりでに物ができる。
だから社内でしか仕事をしたことがないスタッフが下請指導に行くと、細かいとこまで気が利かないというかそもそも細かいことを知らないから問題を起こした。
私は能がないので、愚直に仕事をした。下請けに行くと、私の方法はビジブルで迷うところがないと喜ばれた。
簡単に書いたけど、部品がすべて支給されたとしても、機械加工、線材の加工、塗装からスクリーン印刷、簡単な基板加工、組み立て、場合によってはエージング、検査工程、梱包とあるわけで、結構大変である。
まったく順調にいくなんてことはめったにない。
ラベル貼りがあるとして、私が作ったジグがポカヨケがなくて本来の使い方以外で使えることが判明したりする。もちろん上下逆に貼れば不良だ。ジグにポカヨケを追加して、貼り間違えたものを改修する。ダメになったラベルの仕損処理と手配、新機種の立ち上げ時にはそんなことが10も20も発生する。
ものつくりができることが分かれば、次は文書である。文書といっても一般論ではなく、客先から求められたものを用意しなければならない。一般的に発注元から提出文書として職制表とか工程図とか、記録としては製造条件記録とか変更管理などが要求された。
職制表(or 職務分掌図、組織表など)を字義通り解釈すると、社長から総務・経理そして現場の管理体制までとなるのだろうが、ここで求められているのはそれではない。受入検査の体制、出荷検査の体制、決裁者など……というか、問題が起きた時は誰に連絡すればよいのかということだ。もちろん目的によって違う、納期の問題、コストの問題、品質の問題、問題によって窓口がどこかということだ。だから体制図の中に電話番号も書き込む。
まず必要書類の中に職制表とあると、下請け会社の社長がそんなのは出せないと言い出す。そうじゃないです、これこれしかじかと説明する。
そして相手の話を聞きながら自分が職制表を書き起こす。それを社長が見て、これは便利だとなると、それを大きく書けと言い出し工場に貼り出したりする。ヤレヤレ、
同じように工程設計した図を簡略したものを書いたり、工場レイアウト図を描いたりする。工場の図面はあっても、該当製品の倉庫とか製造ラインなどを、正確にでなくちょっとぼかして書かないと下請けも困るだろう。必要以上に情報を提供することはない。
また工程図や作業の詳細情報を客先に提供することは、今後私の勤め先をパスして発注される恐れがある。そんなことを上長に言われたことはないが、私は己の立ち位置から、我々の存在の必要性を認識させなければならないと感じていた。
まあ、ともかくそんなことをして物が流れ出来上がる。すると相棒の品質管理担当が寸法を測ったり試験や検査をして、あれが悪いとかここが図面通りでないとかケチをつけてくる。まあ、それが仕事だ。
初回ロットが客先の立会検査予定日前に何とか揃い、客先の立会検査を待ちます。
立会検査では製品検査と品質保証体制そしてそれが実施されているか……つまり監査ですね……が行われます。物と仕組みの両方が合格しないと検収受入してもらえません。つまりこちらとしては売上になりません。いや逆に違約金を払うことになります。
製品検査では当然と言っていいのかどうか、不良が見つかります。パネルのスクリーン印刷の文字切れがある、傷があるなど……もちろん限界見本とかAQLが決めてあるわけでルールに従って処理となります。
まあロット合格となり体制の確認、実地の確認となります。今なら二者監査というのでしょう。
客先の対面は元請から派遣された我々になるわけですが、客先も実態を知っているのでそれに加えて下請け会社のそれこそ職制表に載っている窓口の面々とで打ち合わせというか監査になります。
これもそう簡単ではありません。客先支給品の置き場は書類ではここだけど、今回は別の客先の部品が置いてあるので外部の倉庫を借りているとか、工程図ではこの登録番号の耐圧試験機だが、別の登録番号のものが使われていたとか、まあいろいろあります。
まあともかく立会検査が完了すると一件落着となり会社に戻ってこれます。短いときで2週間、長ければひと月というところでしょうか。
私はクレジットカードというものを持っていませんでした。必要になったことがありませんでしたから。ところが当初10日間の予定で行ったものの、トラブルが発生して長引いたなんてこともあります。下請け会社からお金を借りるのも憚られ、それ以降クレジットカードと銀行のキャッシュカードを持つようになりました。洗濯物は宅配便で家に送り、下着などは出先で買うということも多かったです。
泊る所はビジネスホテルの場合もありましたが、普通は建設労働者が長期泊まるような部屋の鍵もないような飯場のような感じのところが多かった。毎晩、そんなところで知らない人と酒を飲んでました。
一度だけですが出張中、私の従弟が亡くなって、出張先から告別式に参加してまた出張先に戻ったこともあります。長い人生にはいろいろあります。
もちろん自分が未熟で対応できない時もあります。もちろん日々上長に業務報告をしていますから、そんなときは上長がしょうがねえなあ〜と苦虫を噛み潰したような顔をして下請けにやってきました。人の問題とかお金のことなら親方が来れば解決しましたが、技術的な問題は解決しないこともありました。社内で試作してない場合、往々にしてそういうことがあります。
例えば凹み部分にスクリーン印刷したいが、寸法的にどうにもならないなんてこともありました。そもそも設計の検討不十分ですが、設計も試作もみな手抜きですから起こるべくして起きます。手抜きしないと儲からないというのも真理なのです。結局顧客と打ち合わせて、スクリーン印刷の代わりに印刷したパネルを貼り付けしてお茶を濁したこともあります。
思い返すと、私のしていたことはすべてISO9001の要求事項と関わっていたと感じます。
ISO9001:1987の要求事項は次のようでした。それらについて私がどんなことをしたのかという観点で考えるとどうだったでしょう?
規格項番 | 実施事項 |
4.1 経営者の責任 | 組織の職制表、責任や役割分担の明文化 |
4.2 品質システム | 手順書の作成 |
4.3 契約内容の確認 | 客先仕様書、注文書への対応 |
4.4 設計管理 | 設計に起因する問題あるときの交渉・調整 |
4.5 文書管理 | 手順書の作成、配布、維持 |
4.6 購買 | 下請けの管理がすべて、及び孫請けの管理 |
4.7 購入者による支給品 | 客先支給品の受入検査、保管管理、員数管理 |
4.8 製品の識別及びトレーサビリティ | 客先支給品については結構うるさかった |
4.9 工程計画 | 工程設計、指示書の作成 |
4.10 検査及び試験 | 検査仕様は品管担当、検査仕様の実地への展開 |
4.11 検査、測定及び試験の装置 | 実施運用 |
4.12 検査及び試験の状態 | 実地の管理 |
4.13 不適合品の管理 | 実地の管理 |
4.14 是正処置 | 関係者を集めて指揮 |
4.15 取扱い、保管、包装及び引渡し | 実地の管理 |
4.16 品質記録 | 実地の管理 |
4.17 内部品質監査 | 教育後のフォロー、日常点検 |
4.18 教育・訓練 | 導入時の実施 |
4.19 付帯サービス | 該当なし |
4.20 統計的手法 | 品管担当 |
こうして見ると、ISO規格の項目のほとんどを外注指導でしてきました。
社内にいれば、上記全部ということはありえず、せいぜい4.9と4.11そして4.14だけなんてことになるでしょう。そして担当の仕事は詳しくなりますが、ちょっと離れれば何も知らないということも多々。なんでもいろいろやる機会がないと能力は広がりません。
当時を振り返ると、規模は小さくても下請けに行ってモノづくりを指導して実行させたということは、品質保証と監査の勉強そのものだったと気づきます。
もちろん品質保証や監査の勉強のためにやったわけではありません。そうではなく、品質保証とか監査とは、業務全体を知らないとできない仕事だということでしょう。
作業指導と検査は違います。検査は基準と合っているか否かを見れば役目を果たしますが、作業指導は基準を満たすものを作れるようにしなければ役目を果たしません。そのためには、まず自分ができる力量を持っていて、作業者の力量に合わせて指導し仕事ができるように教えなければならないのです。
監査の観点からそれを見ればどうでしょう……
項番順といいますが、要求事項あるいは製品仕様の項目ごとに、しているか/いないかとか、合っているか/いないかという判定をするだけなら簡単です。
しかし自分が直接指導していなくても製造部門の人なら作業工程を見れば、観察したことと要求仕様との比較検討を頭の中でしているわけです。つまりモノや作業を見て、それが仕様通りか仕様通りに作るために適切なのかという見方をします。それはまさしくプロセスアプローチです。
私が二者監査をするようになって、過去に工程設計とか作業指導をしてきたことが、ものすごく役に立っていると感じました。それは対象について技術や経験がなくてもできます。見たものが要求事項に対してどうなのかという発想が大事なのです。
実際のISO審査を受けて感じたのは、項番順審査がほとんどだったということです。
「ハイ、では項番○○について審査をします。組織は○○しなければならないとありますが、これについてどうしていますか?」
そして自分が期待する回答が反ってこないと機嫌を悪くする。
こういう質問をしてお金をもらえると思うことがおかしいと私は思います。そんな聞き方は小学生でしょう。
だいたい審査員の質問を一般人が聞いて理解できません。
具体例をあげましょう。
「工程内検査で識別はどうしていますか?」
そりゃISO規格をかじった人なら質問されたことが分かるかもしれません。でも分からなくてもおかしくない。
「この検査で検査をしていないものと検査をしたものは、どのように区別しているのですか?」
くらい質問できないものでしょうかね?
驚くことにISO審査で審査員の質問を理解できないと、レベルが低いとか教育が悪いと言います。審査を受けるためにISO規格を勉強しないとならないっておかしいでしょう!
そんな審査って難しい仕事ではないし、簡単なお仕事でさえありません。簡単すぎるお仕事ではありませんか?
現場でものつくりの指導を10年もしてきた人なら、そんな上から目線の考えなしの質問などできません。なぜならダメと言えば自分の仕事がおわりじゃないんです。教育とか指導とは、分からない人がいれば、分かるように教えて実行させないと己の職責が果たせず、おまんまの食い上げです。
まさに山本五十六です
製品の取扱説明書や保証書それにお客様登録のはがきなどの袋詰めを内職に出していて、欠品や2枚入れたのが発生したとしましょう。
それを見て「だめだなあ〜、レベルが低い」と言ったところで、あなた個人の憂さ晴らしになっても不良対策になるわけはありません。
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作業台に段ボールを貼り付け、そこにマジックで10個の枠を書いて、そこに取説を1枚ずつおき、保証書を1まいずつおきというふうにさせて、枠の中のものを一袋に詰める、10個袋詰めが終わったら段ボールの上にはなにもない、そしたらもう一度枠の中に一個ずつ置きましょうと教え、仕事をさせる。もちろん作業指示書に段ボールを置いて仕事すると追記します。
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そして段ボールの上に10個並べる時間を支払うよう手配する、そういうことをしないと物はできません。ひょっとして、初めに予定していた以外の作業をさせて、それをタダでやらせろと思った人いますか?
実際にはほとんど変わらないし、あるいは速くなるかもしれない。だけど人を動かすには気を使ったことを見せなくちゃならないんです。
上にあげた例をレベルが低いとおっしゃるなら、お手並み拝見といきましょう。
私が下請で作業指導をして反発されたことは数え切れません。こうしたら仕上がりが良くなる、速くできるといっても、すぐに従ってくれる人なんていません。だから口で説得できなければ、実際に仕事をして見せて私の方が速く良く楽にできると納得させなければならないのです。そういうことをずっとしてきたのです
それから理想を語っても仕方ありません。問題が起きたら、その場で使えるもので対策しなければならない。最善ができないなら次善の策、それもできないなら少しでも良くなる今できることをする。何もしないことは罪です。
おっと、忘れてはいけません。次回巡回したときは、段ボールに書いた枠の中にに品物を並べて袋詰めしているかどうか点検するのです。もししていなければ直ちに仕事を止めて、その方法をとっていないものを点検させます。だって作業指示をして、その分お金を払っていて、言うことを聞かなければ重大な命令違反です。
そしてもちろん、なぜそのような事態が発生したのかを追求します。監督者がやらなくて良いと言ったのか、パートのおばちゃんがめんどくさがったのか、それともなんなのか? それは指示に従わないという問題だけでなく、お金を盗んだと同じなのですよ。
本日の感謝
私は監査に携わる前に、そういう仕事をしていたことが運が良かったと感じている。そういった経験が監査の力量につながったから。
きっと監査の神様がいて、私に教えてくれたのだろうと思います。
注1 |
ISO9001:1987では、会社の手順書(規則)をprocedure、作業の指示書をinstructionと区別していた。今は昔かな? ![]() | |
注2 |
「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」と山本五十六は語ったといわれる。実際に彼が語ったかどうかは知らないが、指導においての名言、至言である。 ![]() |