ギャローデット大学におけるニュース
2005年1月〜6月


●医師の卵がギャローデット大学で集中講座を受講
5年間160万ドル[約18,000万円]という全米ガン研究所(National Cancer Institute)の助成により、カリフォルニア州立大学サンディエゴ校ムーアズガンセンター(University of California at San Diego’s Moores Cancer Center)でろうガンプロジェクト(Deafness and Cancer Project)を始めました。向こう5年間にわたってガン患者のろう者に治療ができるようにアメリカ手話を使ってコミュニケーションする医師を育成することが目的です。

医療現場では、以下のような問題がこれまで指摘されています。
1)ろう者が読話できると信じている医師とコミュニケーションがなかなかできないと多くのろう者が訴えています。実際は、いくら読話がうまい人でも英語語彙の約30%しか読み取れません。
2)筆談なら意思が通じるといわれていますが、重病など複雑で情緒不安定な状態では満足に筆談するのは不可能です。
3)正確で時間的に無駄がないという一番いい方法は手話通訳で、前述の1)、2)よりもずうっと効果がありますが、重病など個人的な問題について手話通訳者を介して医師と話すのにはいくらか心理的に抵抗があります。

問題解決のため、患者と医師が直接にコミュニケーションできるようにすることがこのプロジェクトの目的であり、医学部学生がギャローデット大学で6月27日から7月末まで4週間の集中講座を受講することになりました。アメリカ手話を学ぶだけでなく、とくに医療現場でろう者・学生とどのようにコミュニケーションするかを把握し、ろう者の生活に関する理解を深めるようにします。現在、医学生は8人、受講中です。ほかの医学系大学も見習ってほしいものです。

ちなみに、ワシントン特別区周辺にあるジョージタウン大学のろう児クリニック(Georgetown University's Kids Clinic for the Deaf)では、医師と患者とのコミュニケーションは手話で行われていることが知られています。院長は手話が堪能だけでなく、ギャローデット大学で精神保健カウンセリング修士号を取得しています。
(2005年6月27日)


●モデル高等ろう学校卒業式で先輩が基調講演

ギャローデット大学構内にあるモデル高等ろう学校(Model Secondary School for the Deaf: MSSD)で2005年6月10日、卒業式が行われました。グレグ・リボク(Greg Hlibok, 1990年卒業)が基調講演を始める前に、まず卒業生36人に目覚ましコールをかけて「目覚まし時計を買うように」と述べ、「君たちは今や、自己決定によりみずからの運命を切り開いていく時がきたことを自覚してほしい」と話しかけました。

連邦通信委員会(Federal Communications Committee: FCC)の代理人(attorney)を務めているリボクは、自分の運命と向き合ったときは平凡な学生だったと述べました。1988年3月、ギャローデット大学学生会会長だったリボクは、大学理事会に対してろう学長任命を求めた、「今こそ、ろう学長を」(Deaf President Now: DPN)という学生運動を起こし、世界中からメディアの注目を集めました。「ろう学長を求めて運動するのは、学生が卒業証書を受け取るために好成績をとったものと同じではない。これまで身につけた自分の知恵と価値観をよりどころに自分の運命を切り開く能力である」と説明しました。

「学生運動が収まった直後、普通の学生にもどったとき、注目されても自分を見失うことなく『人生の根本原理(the fundamentals of life)』にたち、それが連邦通信委員会での仕事につながることになった。字幕付テレビ番組やテレビ電話などに関する問題に取り組んでいるが、連邦通信委員会の決定がろう者の生活を左右するため、ろう者を代表して、きちんとした決定内容であるように発言している」。

学生運動の最中に、3つの「R」、すなわち認知(Recognition)、尊敬(Respect)と責任(Responsibility)をモットーにしていたとリボクは述べ、卒業生たちに「さあ、君たちはろう者市民としての責任があり、有能であることを周囲の人たちに示そう」とはなむけのことばを送りました。
(2005年6月24日)


●ギャローデット大学生、連邦議員事務所で実習予定
三菱電機アメリカ財団(Mitsubishi Electric America Foundation)では、2002年から連邦議会インターシッププログラム(Congressional Internship Program)をスタートさせています。障害がある学生が夏休みの間に、連邦議員の事務所で助手として実習を行い、それにより、立法・政治過程に関する知識を身につけ、教育経験を豊かにし、さらに進路の機会の拡大に導く貴重な学習経験を得ることを目的にしています。今年は、カリフォルニア出身の学生アンドリュー・フィリップス(Andrew Phillips)を含む8人の学生が選ばれました。かれは、政治学専攻で来春卒業予定ですが、カリフォルニア選出のバーバラ・ボクサー上院議員(Senator Barbara Boxer)の事務所で実習することになっています。
(2005年6月12日)


●大学卒業式、行われる
2005年5月13日午後、ギャローデット大学が卒業式(Commencement)を行い、173人余りの学部生および153人の院生に卒業証書を授与しました。オリバー・サックス博士(Dr.Oliver Sacks)が記念講演を行い、大学から名誉博士号(an honorary doctorate degree)を授けられました(詳細は過去のニュースを参照)。
その他に、元レキシントン聾学校長のオスカー・コーヘン博士(Dr. Oscar P. Cohen)に名誉博士を授与し、また、英語科教授のナンシー・ケンシッキ博士(Dr. Nancy E. Kensicki:1965年卒業)が名誉教授(Professor Emeritus)になり、大学同窓会の元会長のジェラルド・バーンステイン(Dr. Gerald "Bummy" Burstein:1950年卒業)は2005年度DPN(ろう学長運動)記念リーダーシップ賞を受賞しました
(2005年5月16日)


●ケンドール初等聾学校生徒、イラク駐留の米軍兵士と交流

2004年秋の頃から、ギャローデット大学・ケンドール初等聾学校(Kendall Demonstration Elementary School)で6〜8学年の生徒たちがイラク駐留のアメリカ軍兵士のアール・ジェイ・ビーティ(Earl "Jay" Beatty)とほとんど毎日、インターネットを通して交流を続け、これにより、イラクの現状や生き残りをかけたアメリカ軍の様子を身近に知ることができました。
ジェイは2005年3月18日に帰国し、妻を伴ってケンドール初等聾学校を訪れ、初めて生徒たちと対面を果たし喜びあいました。2004年の夏、担当教師の親友であるジェイがイラクへ派遣されることを知り、親友を励まし、支えるために担当クラスの生徒たちと交流することを考えたのがきっかけでした。
先生は、初めてジェイのことを生徒たちに説明したとき、「両親にテレビをみるなと叱られてつらくなるだろうが、ジェイにとって戦友が殺されたことはとてもつらいのだ」というと、生徒たちがみんな静かになったそうです。「文化と世界の事情」という授業テーマで生徒たちは、イラクにいるジェイとメールやブログを通して情報の交換を始めました。
メリーランド州の州兵であるジェイはファルージャ(Fallujah)、アブグレイブ刑務所(the Abu Ghraib prison)などで勤務した後、帰国していますが、再び派遣されるそうです。
(2005年5月4日)


●2005年度ギャローデット大学同窓会表彰受賞者、決まる
ギャローデット大学同窓会とローレント・クレーク*文化基金委員会より、2005年度表彰受賞者が決定したと発表がありました。日本人関係では、ろう者の福祉向上に尽力した国内外のリーダーに与えられる「エドワード・マイナー・ギャローデット賞」に、三ッ井詠一・也子夫妻が選ばれました。過去に竹島昭三郎氏、高田英一氏が受賞しており、三人目の快挙となります。2005年4月9日に行われる予定の大学創立記念日祝賀会において授賞式が行われます。
(2005年3月9日)

*Laurent Clerc:パリの国立ろう学校で教えていたフランス人のろう者で、ギャローデットとともにアメリカで初めてろう学校(American School for the Deaf)を建て、ろう教育の発展に尽くした人物。


●大学創立141周年記念日祝賀会、開催予定
1864年4月8日、当時の大統領エブラハム・リンカーン(Abraham Lincoln)の署名によって国立ろうあ大学(ギャローデット大学の前身)が創立されました。それがきっかけでリンカーン大統領は初代の名誉学長Patron Ex Officio)となりました。現在、大学と大学同窓会が4月9日に創立記念祝賀関連行事の企画を進めています。
(2005年3月3日)


●ギャローデット卒業生、大学理事会理事に任命される
ギャローデット大学理事会理事長グレン・アンダーソン博士(Dr. GlennAnderson;ギャローデット大学卒業)は、新任理事にハ―ヴェイ・グッドステイン博士(Dr. Harvey Goodstein)とトム・ハンフリーズ博士(Dr. Tom L. Humphries)を任命したと発表しました。2005年2月11日・12日に開かれた理事会で新理事が選出され、満場一致で承認されました。新理事は5月開催予定の理事会に出席する予定です。
 グッドステイン博士は1965年に卒業、アメリカ大学で博士号を取得後、ギャローデット大学で数学部教授として30年以上指導にあたりました。2002年開催のデフウェイII 国際会議・芸術祭典の組織委員長、メリーランド州ろう協会会長、メリーランド聾学校理事、全米ろう協会副会長などを歴任。現在アリゾナ州在住。
 ハンフリーズ博士は1968年卒業。現在、カリフォルニア州立大学サンディゴ校教員養成課程助教授。博士の研究によって得られた理論の多くが現在のろう学科(Deaf Studies)に採用されており、世界中から専門的なテーマでの講演の依頼が多数。ろう学科参考文献として多く引用される著作を著しており、夫人で元大学理事会理事のキャロル・パッデン博士との共同執筆による著作「Inside Deaf Culture」が最近、ハーバード大学から出版されました。
(2005年2月28日)


●津波被災者への援助に焼き菓子セール
ギャローデット大学社会福祉学部と社会福祉学部専攻の優秀な学生グループが、スリランカのろう学校やろう者たちのために、2005年2月14日のバレンタインデーにベイク(焼き菓子)セールを行いました。ギャローデット大学関係者は、当日の朝早く、学生会館に焼き菓子(またはバレンタインデー・カードやキャンディー)を持参するように呼びかけられました。学生有志は、持ち寄られたお菓子などを終日販売しました。
(2005年2月16日)


●ピーコフ同窓会館の改装計画
ギャローデット大学同窓会(GUAA)は、同大学キャンパス内の同窓会事務局も含めた同窓会館大改築計画を開始したと発表しました。大学同窓生や教員、職員の尽力により、ピーコフ同窓会館(Peikoff Alumni House)は外装・内装の修復が行われます。およそ170万ドルをかけたこの改築計画は、2006年秋に完成する予定です。この計画の大部分は、同窓会館維持基金(1964年にGUAAの創立100周年を記念し創設された3つの基金のうちのひとつ)からの120万ドルの資金提供で行われます。また、残りの資金の多くは、大学の維持基金から支弁されます。「オールド・ジム(ジムおじさん)」(Ole Jim)と呼ばれて親しまれているピーコフ同窓会館は、建築家フレデリック・ウィンタースの設計により、1881年に建てられ、アメリカでも初期の室内プールが備わった、ギャローデット大学の最初の体育館として使われていました。
(2005年2月16日)


●ギャローデット大学の選手、デフリンピックで賞賛を集める
オーストラリア・メルボルンで開催された第20回デフリンピックに、ギャローデット大学生28名が選手として参加しました。女子ビーチバレーで銅メダルを獲ったことで総合ベスト選手に選ばれたタミジオ・フロンダを始め、その他17名の学生が、各種競技でメダルを獲得しました。
1月8日、男子円盤投げと男子ハンマー投げで、各選手が3位と2位を占めたことから、ギャローデット生のメダル獲得ラッシュが始まりました。その直後、女子水泳選手が400メートル自由形と200メートル背泳ぎで銅賞を獲得し、また同選手がその後、4×100メートルと4×200メートルのメドレーリレーに参加し、2位となりました。
しかしそれは単なる序幕でした。ギャローデット生6名を含む室内バレーボール・チームは3対0でイタリアに勝ち、銅メダルを獲得しました。
11日間のデフリンピックは、男女バスケットボールでともに銀メダルを獲得して閉会しました。男子バスケットの決勝戦では、熱戦の末、スロベニアを108対78で破りました。その試合で、ギャローデット学生たちが印象的な活躍を見せました。女子バスケットでは、対スウェーデン戦で89対75と一方的な勝利を記録しました。また、スウェーデン人の学生はインターナショナル・チームで銀メダルを、ギャローデット大学月間優秀選手に選ばれた学生もUSAチームで金メダルを獲りました。
(2005年1月23日)

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8/17/2005
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