『首飾り』 モーパッサン

  『首飾り』はモーパッサンの有名な短編作品です。この短編はマチルドの人生の浮き沈みの激しさと印象的な結末が読者を引きつける作品です。主人公のマチルドは友人のフォレスチエ夫人に首飾りを借りて舞踏会に出ます。マチルドは首飾りをなくしてしまい、借金して別のダイヤの首飾りを買って返します。マチルドは十年間で借金と利息を返済した後で、それが偽物だったと知らされます。
 私たちは、この作品前半部のマチルドの質素な生活への不満や贅沢な生活への欲望の評価に作品解釈のキーポイントがあると考えています。マチルドのこの不満や欲望に対して、私たち自身も批判的に考えがちです。マチルドの欲望や不満に対する批判的な考え方を突き詰めると、マチルドが身のほど知らずの欲望のために苦労して、最後に偽物と知り十年間の苦労が無意味になる皮肉な結末で終わる作品と解釈されます。あるいは、このマチルドの欲望のために貧乏生活に転落して身分相応の感情を持つに至る作品と解釈されます。これらの解釈では、マチルドの不満や欲望が首飾りの紛失の原因とされ、マチルドの苦労は特殊な不満や欲望を持ったことへの罰として位置づけられ、結末ではマチルドが反省したと想定されます。私たちは、この作品では首飾りの紛失はマチルドの欲望や不満と関係のない偶然的な事件として扱われたという観点から分析を進めました。マチルドと夫のロワゼルは浮き沈みの激しい運命をたどりますが、彼らの運命に庶民の精神の通常の発展が描写されているというのが私たちの基本的な立場です。
 私たちは今までに何度かこの作品を授業で取り上げてきました。『首飾り』は作品自体の持つ魅力が読者を捉えるすぐれた作品です。前半部の解釈によって作品の本当の姿が見えてくればより感動的になると思います。


 『首飾り』
 マチルドは下級官吏の娘として生まれ、持参金も遺産の目当てもないままに彼女の身分に相応しい文部省の小役人であるロワゼルと結婚した。この作品にはこういう境遇における人間の精神の発展や変化が描写されている。モーパッサンは自分の置かれた状況を受け入れられないマチルドが、のちに自分の境遇と自分自身を肯定する新しい精神を獲得する過程を描いている。
 マチルドは美しくて愛嬌があった。彼女は華やかなドレスやアクセサリーを好み、贅沢な生活と人から注目され持て囃されることを切望していた。彼女は美貌に相応しい贅沢な生活を夢想していた。
 マチルドは自分の美貌や愛嬌が今の境遇に相応しくないと感じ自分の境遇を否定的に見ていた。彼女は粗末な家、貧弱な家具、質素な夕食、着飾ることができないことに不満を持っていた。一方でマチルドは簡素な服装で押し通していた。それは彼女の境遇に応じた生活だった。このような対処が彼女の不満をかき立てる要因にもなっていた。マチルドは貧しい境遇とそこに塗れている自分に不満であった。マチルドの生活では境遇への実践的対処と不満が同時に進行していた。
 マチルドには金持ちの友人がいた。マチルドはフォレスチエ夫人の贅沢な暮らしを見るたびに自分の境遇への不満を募らせた。夫は同じ境遇でマチルドと対照的な意識を持っていた。夫は素朴にマチルドとの質素な生活に満足していた。夫はマチルドを信頼し、マチルドの不満や空想を彼女の個性の一部と見ていた。彼らは生活への現実的対処においては一致し堅実な生活を送っていることが次の場面に描かれている。
 夫が苦労して舞踏会への招待状を手に入れたことで、マチルドは幸運にも美貌を生かせる稀な機会を得た。マチルドは着飾って舞踏会に出て注目されたいと考えている。夫は、マチルドが晴れ着がないから行きたくないと泣きだす様子を見て晴れ着を作ることを提案している。夫はマチルドが美貌で注目されることを自分の喜びとしていた。
 「ねえ、マチルド。どうだろう、いくらぐらいするもんだろうね?まあ、着て出て恥ずかしくない、そしてほかの場合にも役立つような、なにかこうすっきりした単純な仕立てのもので?」 彼女はしばらく考え込んだ。いろいろと胸算用をし、それからまた、つましい小役人のご亭主がきもをつぶしてとんでもないと叫び、即座に拒絶したりしない程度に請求しうる額はどれくらいだろうと思いながら。
 とうとう、ためらいながら、彼女はこう答えた。
 「はっきりしたことは私にも言えませんけれど、四百フランもすれば、どうにかなりそうに思えますわ。」
  夫は少し青い顔になった。ちょうどそれだけの金額をとりのけておいたのである。猟銃を買って、この次の夏には、四五人の友人といっしょに、ナン テールの近郊へ、猟に出かけるつもりだった。その友人たちは、毎日曜日、その方面へ、ひばりをうちに出ている。
 ご亭主はそれでもこう言った。
 「よし。400フランつごうしよう。しかし、きれいな着物をつくらなくちゃだめだよ。」
 マチルドは夫に即座に拒絶されない金額として400フランを申し出ている。400フランは猟銃を買うために夫が貯めておいた金額と一致していた。400フランは彼らの生活で可能な出費の限度額として設定されている。彼らは400フランにどれほどの労力や倹約が必要であったかよく分かっている。彼らの家計では猟も舞踏会も一挙に楽しむことができない。夫は晴れ着に400フラン使うことで彼女への愛情を示している。招待状を手に入れることは滅多にない機会なので夫は自分の予定を断念し今回はマチルドの欲望を優先することにした。マチルドは夫の協力で彼らの家計で可能な最も立派なドレスを手に入れた。
 晴れ着を手に入れたマチルドは、何とかそれに似合う装身具を身につけたいと願っていた。夫はマチルドの望みを満たすためにフォレスチエ夫人に借りるアイデアを思いついている。フォレスチエ夫人に借りることは、舞踏会のための彼らの最後のけなげな努力である。彼らは装身具を借りることで余すところなく満足できる。彼らは金と知恵を出し合うことで首尾よく舞踏会に出る準備を整えている。
 ロワゼル夫人は、まず腕輪を見、それから真珠のくびかざり、その次には、 すばらしい細工の、金と宝石でできた、ヴェネチア製の十字架を検分した。 鏡の前に立って、いろいろ試して見、ためらい、といって、断念し、返す決 心はつきかねているのだった。いつまでたってもこうきいた。
 「ほかにはなくって?」
 「そりゃ、あるわ。さがしてちょうだい。どんなものがあなたの気にいるか、 私にはわからないもの。」
 いきなり、ロワゼル夫人はみつけた。黒ビロードばりの箱の中に、すばら しいダイヤのくびかざりを。彼女の心臓は制しきれぬ欲望のために激しく動 悸を打った。それをつまみあげながら彼女の手は震えた。…そのくびかざり をつけて見ると鏡の中のわが姿にみいりながら、うっとりとなった。
 マチルドは準備の局面局面で精一杯の努力をしている。マチルドは何とか自分に似合う装身具を懸命に探している。マチルドは舞踏会にぴったりの首飾りを見つけることができた。晴れ着も装身具も一つ一つのマチルドの努力は全て成就した。マチルドは舞踏会で晴れやかな気分を味わえる確信を得ることができた。マチルドは手段を整えたことで自分の望むような形で舞踏会に出席できることが分かり幸福の絶頂にある。マチルドは舞踏会のためにこれだけの手段を整えることで満足している。彼女のあらゆる不満は舞踏会で晴れやかな気分を味わうことで解消される。
 マチルドを道徳的に批判する観点によれば、舞踏会への参加を悪いことと考え首飾りの紛失とその後の苦労をマチルドの欲望への罰と考える。この作品ではマチルドの欲望が夫にとって受け入れがたいものとされていない。「女の虚栄を戒めたもののように解釈されている」見方や「ペシミズム」が作品の真実であるという批評はこのことを考慮に入れる必要があろう。
 彼女は、酔ったような気持で、夢中で踊りつづけた。快楽に酔ったのであ るが、もうほかのことはなにも考えなかった。彼女の美貌の勝利、今晩の成 功の栄光、こうした全てのお世辞、賞美、めざめさせられた欲望、女の胸に とってこのうえもなく甘い完全な勝利、そういうものからできあがっている 一種の幸福の雲、その中でいっさいを忘れていた。
 マチルドは舞踏会で誰よりも美しく上品で愛嬌があり、男たちの注目を一身に集め、大臣の目にも止まるほどの成功を収めた。マチルドの望みは舞踏会で実現された。彼女は舞踏会の帰り道も家に着いてからも成功の余韻に浸っていた。夫も舞踏会の成功に満足していた。舞踏会の場面は、彼らの生活の喜ばしい瞬間の一つとして描かれている。
 もう終わってしまった。これは彼女の感慨だった。そして、彼は、夫は十時 には役所に出なければならない、と思ってみた。
 彼らは成功の安堵感と落ちついた感情に満たされている。舞踏会が彼らの生活を大きく変えることはない。マチルドの望みが満たされたことで、不満が大きくなるか、別の不満が生じるか、一時的な平穏を得るか、舞踏会の成功が彼女の生活と意識にどういう変化を与えるかは分からない。舞踏会によるマチルドの生活の変化は、彼女の今までの生活の枠を超える変化ではない。
 彼女は肩を包んでいた着物をぬぎ捨てると、鏡の前に立って、もう一度自分の姿を栄光のうちにながめようとした。が、とつぜん、彼女はあっと叫んだ。 くびかざりがなくなっているではないか。
 首飾りの紛失はマチルドの日常的な生活の流れを断ち切る大事件であった。
 一週間たち、あらゆる望みの綱が切れた。  ロワゼルは、急に五つ六つ老いこみ、改まった口調でこう言った。 「かわりを見つけることを考えなければならん」
 彼らは首飾りを見つける可能性がなくなった時に、躊躇なく首飾りを返す決心をしている。彼らの見つけ出した首飾りは3万6千フランだった。400フランを貯めるのに苦労した彼らは、3万6千フランを生活に係わる重要なものとして認識し、そういうものとして返さねばならないと考えている。彼らは自分たちの堅実な生活に対する真剣さで3万6千フランを捉えている。
 彼らは3万6千フランの支払いのために可能な精一杯の現実的対処をしている。彼らは遺産の1万8千フランを支払いに充て、残りは借りられるところから借り3万6千フランを都合できた。彼らは将来の苦労を思い浮かべると空恐ろしい気持ちになりながらもためらわずに代金を支払った。
 ロワゼル夫人がフォレスチエ夫人にくびかざりを返しに行くと、夫人は感 情を害した様子で、こう言った。
 「もっとはやく返してくださるのが当然じゃないかしら。私だっているか もしれないのですもの」
 フォレスチエ夫人は箱のふたをあけて見ることはしなかった。それはロワ ゼル夫人のひそかにおそれたところだったが。もしも品物がとりかえられて いるのに気がついたら、どんなことを思ったろう? なんと言ったろう?
 ロワゼル夫人を泥棒と思いはしなかっただろうか?
 マチルドたちは今までしてきたこと以上の対処は出来ない。彼らは失ったものは返さねばならないと考えている。彼らは出来ることをして後はなりゆきに任せている。彼らは返さないことによって起こる事態を想定しない。あるいはそこでの瑣末な配慮を考えない。彼らを動かしているのは瑣末な配慮や偶然的な事情ではない。彼らは単純に労苦を引き受けている。今までの彼らの生活によって返す以外のことは考えられず、彼らは躊躇なく労苦に満ちた生活に踏み込む。
 ここで正直に言うべきだ、あるいは正直に言わなかったのは何故かと考えるのは、この後の借金返済の十年間の生活を否定的に見ることから来ている。マチルドは首飾りを返さないとか、あるいは許してもらおうとは考えない。なおさらマチルドに首飾りを借りたことを反省する意識はない。
 マチルドは瑣末な不満や欲望以外に失うものがない。夫も唯一持っていた父親の遺産を放棄する決意をしている。マチルドの不満は強制的に払拭されている。彼らに残っているのはもともとの堅実な生活だけである。堅実な生活での彼らの一致が表に出ている。マチルドや夫のように全てを放棄して、単に労苦を引き受けるだけの生活に入る決定をするのは困難である。失うものが多ければ、この決定はより困難になる。これができない場合は失ったことをあれこれと思いめぐらすことになる。この場合は3万6千フランを失った原因を舞踏会に行ったことやあるいは欲望をもったことに求める。さらに舞踏会へ行ったことを反省するかしないか、あるいは返すか返さないかが心理の奥底にあるものだと考えられる。
 彼らにとって、3万6千フランは今までと同じ生活をしていたのでは返却できない大金である。彼らは労働と生活の切り詰めで400フランを貯める質素な生活をしてきた。彼らの取りうる手段は倹約と労働による借金の返済に限定されている。ここでマチルドは今までの生活と意識を変える必要に迫られている。
 夫は首飾りの代金の工面に奔走するのに対応してマチルドがすべきことははっきりしており、彼女はそれをあっさりと実行している。彼らは取りうる手段をすべて尽くしている。彼女は、女中に暇を出し屋根裏部屋に移り、家事仕事をすべて引き受けた。マチルドは切り詰められるものを切り詰めなりふり構わず少しでもお金を守ろうとした。夫は仕事のあとで商家で働いたり夜なべ仕事に清書をしたりした。彼らは働きづめの生活を十年間やり通して借金と膨大な利息をすべて返済した。
 彼らは堅実な生活を徹底し十年間の労働を受け入れることを強制された。彼らが強制されて取る手段に判断の深さが表れている。彼らの判断の深さは十年の労働を受け入れた後に獲得した新しい精神によって示される。
 ロワゼル夫人は、いまでは、お婆さんのように見えた。がっしりした、ごつ ごつした、しっかりものの女に、貧乏なうちのしっかりもののおかみさんに なっていた。髪もろくろくくしけずらず、スカートがぶかっこうに曲がって いても平気で、まっかな手をして、声高にしゃべり、水をざぶざぶ使って床 を洗った。それでも、ときに、夫が役所に行っている留守中、窓辺に腰をお ろし、あの夜会のことに、自分があんなに美しくあんなにちやほやされて女王のように振る舞った舞踏会のことに、思いをはせることがあった。
 十年間の労働はマチルドを逞しい女に成長させた。彼女はてきぱきと仕事をこなすしっかりものの女として周囲から認められている。マチルドは舞踏会の思い出を仕事の合間にしみじみと味わうことが出来る。舞踏会のために努力したこともマチルドの現在を作ったものとして認められている。マチルドは自己と自己の境遇を肯定できる精神を獲得した。これは十年間の生活を経て獲得したマチルドの新しい質の余裕である。彼女には、若いころの夢想や不満を否定する必要はない。マチルドは若いときの自分の意志とは別の強力な力によって人生が進んできたことを認めそれで満足である。
 あのくびかざりをなくさなかったら、どんなことがおこっていたろうか?それこそ、だれにだってわからないではないか! 人生って、なんという奇妙なもの、なんという変わりやすいものだろう!ひとひとりを破滅させたり救ったりするのに、なんというわずかのことしかいらないことか!
 マチルドの十年間を否定する観点からは、マチルドの欲望と首飾りの紛失を因果関係で結び、些細なことから悲惨な境遇になるものだという教訓を読み取ることができる。マチルドの十年間を肯定する場合はこの文章の意味が全く違ってくる。マチルドは人生の変転をなるべくしてなったものであるとして現実を肯定し現実と一致する意識を獲得した。マチルドは若い頃の感情や舞踏会のことを自分の人生を形作ったものとして肯定している。
 マチルドは働きつづけた息抜きにシャンゼリゼを散歩しているときにフォレスチエ夫人と出会った。この場面にはマチルドの新しい精神がよく表れている。
 ロワゼル夫人はぐっと胸にこみ上げてくるものを感じた。話しかけてやろうか?むろん、話しかけてやろう。今ではもう借金を払ってしまったのだから、全部打ち明けて言おう。どうして言ってはならないことがあろう。
 彼女はつかつかとそばへ寄って行った。
 「こんにちわ、ジャーヌ?」・・・「よく似た別の品を持ってあがったのよ。ちょうど十年かかったわ、そのお金を払うのに。私たちのような、財産も何もないものにとって、それが容易なことでなかったことは分かってくださるわね……でも、とにかく、やっと片づいたのよ。私とってもうれしいわ」
 フォレスチエ夫人は立ちどまっていた。
 「私の品のかわりに別のダイヤのくびかざりを買ったっておっしゃったわね?」
 「ええ、そうよ。あなたは気がつかなかったわ!そっくりでしたもの。」
 こう言って、彼女は誇らしげな無邪気な喜びを顔にあらわしながら、にこやかに笑っていた。
 マチルドはフォレスチエ夫人に堂々とした態度で臨んでいる。マチルドは以前とは違う落ち着きを持ち、フォレスチエ夫人とは違う自分の人生に自信を持っている。マチルドはこの時にフォレスチエ夫人に首飾りが別の品であり十年かかってその返却を終えたことを友達同士の会話の一つとして打ち明けている。マチルドは借金を返済しおえたことで心から満足している。打ち明けたあとのマチルドの笑顔は自分の人生すべてを肯定する力強い精神を示している。
 フォレスチエ夫人は、はげしく胸をつかれて親友の両手を握った。
 「まあ、どうしましょう、マチルド!わたしのはにせだったのよ。せいぜい五百フランぐらいの品でしたのに!……」
 マチルドが端的な対応をとったことで、フォレスチエ夫人も模造品だったと率直に打ち明けている。マチルドとフォレスチエ夫人は10年間の生活を肯定的に感じ取っている。彼らにとって偽物だったことは過去の出来事である。読者がマチルドの十年を否定する場合は、偽物か本物かに関心が行く。肯定する場合は偽物だったことは偶然的事件である。マチルドが十年間苦労し新しい精神を獲得したことから比べれば、本物か偽物かは些細な問題である。二人の会話はマチルドの十年間の重さを認めた上で軽やかに交わされている。 
                            

1998年7月5日

寺田昌雄

 追記 この批評は近代文学研究会で討議した結果をまとめたものです。前半部のマチルドの欲望への批判的評価を払拭することを目指して研究を進めましたがまだ研究の余地が残っています。マチルドの獲得した新しい精神の評価も今後の課題です。なお『首飾り』の引用は、筑摩世界文学大系47 『モーパッサン』(杉 捷夫 訳)によるものです。


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