見所控99      
99.11.4(木)第11回 万之介狂言の会 還暦記念
東京・国立能楽堂 18時30分〜

        鍋八撥
                浅鍋売り:野村万作、羯鼓売り:深田博治、目代:野村又三郎
        笛:一噌幸弘 花子 夫:野村万之介、妻:石田幸雄、太郎冠者:野村萬斎
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 今回のメインは「花子」。披きから30数年振りの2度目の舞台だそうです。
 狂言見続けて10年以上になり、「花子」も野村万作、萬斎、石田幸雄、茂山千作といくつか見ていますが、その中で今回のが一番面白かった花子です。断言できます。万之介先生(以下、先生と略)に稽古をつけてもらっている立場ですので、勿論贔屓目もありますし、いくつか不満な点・もっとこうだったらというところが無いわけではないです。しかし、その分を差し引いても今回の花子は「良かった」と太鼓判押せます。

 やはり、「花子」は中年過ぎの男の恋物語であり、大曲意識ばかりに目が行くと、この恋物語が変に重くなって、単なる稽古曲みたいになってしまうんでしょうね。若いときには体力でこなせるが、年を経て演ると舞う体力、謡う気力が限界に達すると、如何にもマスコミ受けしそうな枕詞がこの「花子」に冠せられてしまっていますが、その色眼鏡をとっぱらってくれたのが、今回の「花子」です。事実、あの恋心の謡の詞章は、中年じゃないとしっくり来ないです。また、舞もきっちり舞っただけでは、恋に迷う風情は出ません。名手と言われる人が舞って、最悪のパターンが重たくなるだけという結果も待っているわけです。

 太郎冠者や妻との掛合いで、必要以上に下司っぽくなればなるほど、この恋心との落差が面白くなります。一緒に見た先輩も「こんなに分かりやすい花子は初めてだ」と言うくらいのものでしたからね。

 それと客層が、いつもの狂言の会に来られる層と趣が違った気もします。万作の会に来られるように、名手拝見主義でもなく、若手狂言師の追っかけでもなく、非常に落ち着いた感じだったですね。花子が橋掛かりを道行く際も、見所一帯が息を詰めて見ていたのに、台詞の掛合いではしっかりと理解して反応していましたからね。きっと、あの見所に居った方達は「花子」の大曲さより楽しさを知ってもらえたと思います。

 見所の雰囲気も重要なんです。万作さん、萬斎さん、羨ましいでしょう(^^;

 ここまで褒めちゃうと臭くなるので、この辺で止めにしておきます(^^;。舞の所など、もうちょっとスムーズだったらとか、台詞の掛合いももうちょっと上品にという欲もありますが、前に良かったと言ったところと矛盾してしまいますね。この微妙なバランスが舞台なんですよね。妻はやはり石田さんでなくてはならなかったですね。本当にわわしい女を演らせたら、絶品です。僕にあんな妻が居たら、12年以上帰らないでしょう(^^;;;。萬斎の太郎冠者は、ちょっと強かったかなぁ。「花子」の曲自体から考えると、中高年の召し使いには、昔から使えている爺やみたいな人でないとおかしいんだよね。主人の妻に、いろんな縫い物をプレゼントしてあげるからと煽てられるのは、若い召し使いじゃ勘狂っちゃうでしょう。だからと言って、万作さんが冠者をしてたら、シテを喰っちゃったかもしれないです(^^;。

 このサイトで先生の会を紹介してて、先生の舞台には波があるので正直言って不安なことも多いです。ですから、曲が始まって今日は調子いいのでホッとした気持ちもあります(^^;。(これ見たら、何様だと首締められますね)。

 今回来場された方が、また次回も来られるように、面白い公演を続けて欲しいです。そのためには、大曲か?という気持ちもありますが、やはりいつもは見られない曲で、しかも先生でないと味が出ない曲を選んで欲しいですね。大曲や希曲は曲に振り回されてしまうけど、そうじゃない狂言も知って欲しいですよね。少なくとも、重たくならずに、男女の情や老いた風情を出す点では、万作さんでも敵わないと思います。

 「鍋八撥」ですが...... う〜ん。悪くはなかったと思いますが、シテに花が欲しいです。こればかりは稽古だけでは、獲られないですよね.....

99.8.21(土)第16回 やるまい会東京公演 〜「技」と「業」と「術」の競演〜
東京・宝生能楽堂 13時〜

        牛馬
                牛商人:山本東次郎、博 労:山本 則直
                目 代:大島 寛治

        庵之梅

                庵主  :野村又三郎、 
                里ノ女 :野村小三郎、佐藤 融、野口 隆行、井上 靖浩、奥津健太郎
                地謡  :藤波 徹、佐藤 友彦、井上 祐一、松田 高義


        (素囃子)早舞 舞返
                大:柿原 弘和、小:鵜沢洋太郎、太:助川 治、笛:松田 弘之

        大般若
                僧 :野村 万蔵、神子:野村 良介
        施主:野村 英丘

        宝の笠
                太郎冠者:野村小三郎、主:松田 高義、
                スッパ:佐藤 友彦

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毎年日曜日の公演なので、今年も日曜だと開演の4時間前まで思い込んで、危うく券を無駄にするところでした(^^;。
 「牛馬」は初見。笑わせどころが2カ所しかなく、労多くして功少なし的なところが、遠くなっている原因でしょうか。話自体は、干支の話に近いんですよね。一番乗りの為に、夜明け前から出発するモチーフで。悪人顔の則直が牛商人を演った方が、着きすぎかもしれないけど良かったかも。東次郎が台詞を間違えたのはご愛敬としておきますが、目立つよねぇ。大島寛治さんは、今回のような中立な目代は、いいです。ホント、いつまでも元気で嬉しい。
 「庵之梅」は、昨年の名古屋公演で又三郎さんのを観ていますが、やはり初演の時とは緊張感が違うのか、物足りなく感じました。立衆・里の女は前回と一部入れ換えていて、謡や舞もちょっと差し替えてました。僕は裾を見せるような舞があった前回の方が、庵主と里の女の年齢差を際立たせて良かったと思ったので、今回のは残念。庵主の可愛さだけの曲に成ってしまったな。
 「大般若」は、故元秀のを三越で観て以来2度目。万蔵のスケベ坊主振りが笑えました。今にも腰を撫でそうな感じで。
 「宝の笠」。やはり田舎のぼんが何故かしっくりいく小三郎です。というか、今の彼は、何を演っても田舎者にしか見えない。又三郎さんの若い頃もそうだったのか? 軽さが感じられないところが、田舎くさく感じさせるのか? 狂言の難しさ、面白さは、きっとこの軽みの塩梅なんだと思うのだが、どうだろう。「美味しんぼ」で究極の料理に、おいしい水で炊いたお米が出てきたことがあるが、行き着くところにくると、飾りっ気のない演技が素晴らしく見えるのだろうと思う。

今回の舞台では、小さな子が則直の顔を見て「恐い」といったり、「大般若」で僧と神子の掛合いを喜んでみたり、しゃぎりで留めた後つかさず笑ったり、思わぬ効果音となりました。4つ観た後、全体的に感じたことは番組のバランスが洗練されていないことですか。カレーを食べた後に、寿司喰う感じでした。

99.7.16(金)第288回 大槻能楽堂自主公演 ろうそく能「鬼の世界」
狂言 神鳴 シテ(神鳴) 茂山千五郎
      アド(医師) 善竹忠一郎
      地謡 千之丞、茂、宗彦、逸平

能  山姥 シテ(前・女、後・山姥) 片山九郎右衛門
      ツレ(都の遊女) 味方玄、
      ワキ(都の男) 宝生欣哉 ワキツレ(供の男) 殿田謙吉、大日方寛
      アイ(境川の者)茂山七五三
      笛 光田洋一 小 横田貴俊 大 河村大 前川光長
         地謡 大槻文蔵、上田拓司、山中義滋、上野雄三 他
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大蔵の神鳴を見るは3年程前の千作の芸を見る会以来。あの時は千作・千之丞で見 たんだけど、今回の千五郎・忠一郎もなかなか良かった。蝋燭の薄暗い空間だと例 の乱声(ランジョウ。鏡の間で太鼓の音のように足拍子を踏み鳴らす)が一層引き立つね(昔の自分のRログを確認したら、千作・千之丞の時も乱声をしていたけど、見事に記憶から欠落していた(^^;)。神鳴の面も、一本角の生えた鬼で愛くるしい顔つきだった。善竹だけだと、ちょっと唸ってしまうんだけど、千五郎家と混ざって出ると渋くていい感じ。最後に又、天上に還る時の稲光でも千五郎さんは遊んでました。今日は山姥だけの心算でいたので思わぬ拾い物です。
山姥は初めて見る曲だったんだけど、全然詞章を勉強していかなかったことを後で 後悔。あんな長い曲だったんですね。前シテが最後さっと橋掛かりまで駆けていって、舞台を振り向くところは恐ろしかった。これだけしか喰いきれませんでした(^^;。前場だけで十分なんでしょうか。後場は詞章が聞き取れなくて、何だかこっちは消化不良。アイが「どんぐり眼」とか語りで笑いをとってましたね。

蝋燭能の時は、前から3列目までに座らないと、顔や面の表情が全く判断できないですから、今日も早めに行きましたね。正面・中正では座れなかったけど、脇正の1列目で拝むことが出来ました。聞くところによると、蝋燭能だと、囃子の共鳴が普段よりいいとか。これは見所がざわつかないからなのかなぁ。実際、今夜も謡本やパンフを捲る音がなくて、舞台に集中できて良かったです。

99.5.16(日)第42回 やるまい会名古屋公演 〜「技」と「業」と「術」の競演〜

        入間川
                大名:野村小三郎、太郎冠者 :野口 隆行
                入間ノ何某:松田 高義

        (素囃子)序之舞 美奈保
                大:筧鉱一、小:柳原富司忠、笛:竹市学

        蝉
                蝉ノ亡霊:野村又三郎、旅僧:野村 万作、所ノ者:井上禮之助
                地謡:野村小三郎、松田 高義、奥津健太郎、野口 隆行
                大:筧鉱一、小:柳原富司忠、笛:竹市学

        文蔵
                主:野村 万作、太郎冠者:野村小三郎

        お茶の水
                新発意:茂山七五三、住持:木村 正雄、いちゃ:茂山 正邦

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今回の目玉は「蝉」。和泉流しか現存しない曲。学生時に小謡の蝉を習ったことがあり、この節回しや詞章が気に入っていたので、一度は舞台で見てみたいと思っていましたから、これを見るために名古屋へ。
「入間川」がこんなに面白い曲だったっけ?というのが正直な感想。何度も見ているけど、今回の舞台が秀逸です。アドの入間の某がキーポイントになるんだよな。これが無愛想なヤツから、段々と大名に心を許していって、最後の最後に初めて出会ったときのいけずの仕返しをまんまとさせられる様子が、ほんとわざとらしくなく出来ていましたね。反面、シテの大名は強すぎ。しつこくて、万之丞の悪い癖の影響をモロ受けている感じ。又三郎家の雰囲気が感じとれませんでした。大名のお蔭で太郎冠者の素っ気なさ光ります。あと、道行に左回りがあるとは! 今まで見た中で初めて(の筈)。大名の装束の模様が「北条の魚鱗の紋」で、このシテのが関東大名だった雰囲気を出してましたね。
「蝉」は、結局はワキの万作さんが引っ張る舞台。シテの蝉・又三郎さんは負けちゃいましたね。出ずっぱりのワキに負けるのは仕方ないのかな。アイはちょっと厳しい....  能の構成のパロディなんだけど、キリの舞が呆気ないんで、その意味でもの足りない。もうちょっと長ければ、見ものになるはずなんだけどなぁ。能のパロディなら、通円の方が見ごたえあると再認識。舞の詞章も節回しも三宅派と又三郎家がかなり違っていました。
「文蔵」は、これまた万作さんの独り舞台。案の定でした。が、小三郎さんの太郎冠者が....やっぱり、強い。あ〜。
「お茶の水」は、正邦くんはいちゃ良かった。ああいう年相応の自然さが小三郎君にもあればなぁ。でもさぁ、この4つの番組の中では、一番浮いちゃうよねぇ(^^;。

最後に、去年と同じく名古屋能楽堂でのチケットのもぎり方に不満だなぁ。一緒に見た名古屋の友人も認めていたけど、この能楽堂の構造自体が、素人会には向いてて、有料の会の催しに向いていない作りなんだな。受付となる入り口が、見所の外を分断している形で、住宅で言うと居間を通らないと台所の生ごみを出せない作りみたいなモノ(これはイッセーのネタにもあったな(^^;)。老松・若松の張り替えることも大事だけど、ここも検討した方がいい気がしますね。

99.3.13(土)大槻能楽堂 粟谷能の会大阪公演

        能「景清」    

           景清:粟谷菊生 人丸:粟谷充雄 里人:福王茂十郎
           人丸の従者:森本幸冶
           笛:赤井啓三 小鼓:荒木照雄 大皷:辻 芳昭 
           地:友枝昭世、粟谷幸雄、粟谷明生、中村邦生ほか

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他にも番組があったのですが、今日はこれだけを見に大槻へ。限りなく正面に近い中正で見ました。見所が息を呑んで菊生さんに喰いいって見ている空気が良く分かりましたね。人丸や従者が今一だったんだけど、景清に免じて大目に見ます。屋島の合戦での物語では、鎧帷子が見えるようだったし、波間の音も聞こえてきました。最初に人丸が訪ねてきて、無下に帰してやるとき、彼女が去る姿をちらっと横目に見る様も、全く臭くなかった。このさりげない風がいい。景清が杖をつき舞台を去る様も、敗残の将の悲しさとその孤独をしっかりと受け止めて生き長らえている武士の強さが感じられたなぁ。緊張感のある舞台を久々に見て、引き締まる思いがします。禅的な質実さが清々しく新鮮に感じました。

余談ですが、拍手は幕までもうちょっとの一の松までありませんでした(^^;。やっぱり、緊張感のある時は、出来ないはずです。

99.1.4(月)大槻能楽堂 新春能公演 

  「翁」
       翁:梅若六郎 面箱:茂山 茂 千歳:大槻一文 三番三:茂山七五三
         笛:藤田六郎兵衛 
         小鼓頭取:大倉源次郎 脇鼓:清水晧祐、上田敦史
                 大皷:山本哲也 
            地謡:泉 嘉夫、泉 泰孝ほか
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翁・三番三を見ないと正月の感じがしないので、大槻の新春公演を今年もまた寄せたんです..... う〜ん。六郎さんの翁は初見で、いかにも福々しい翁で良かったんですが、七五三さんの三番三が全然颯爽としていなくてもの足りませんでした。暮れに祖母・寿賀さんが亡くなられていろいろあったからという贔屓目に見ても、辛い舞台でした。今までで初めてです、三番三の印象が翁に負けたのは。何かが生まれそうな期待感を湧かせてくらない三番三は、三番三じゃないです。