「父、帰宅」

後編

 祐一と浩二郎は商店街を片端から探し回ったが、名雪の手がかりは見あたらなかった。
 百花屋でも当然聞いてみたが、名雪らしい女の子は来ていないという。
 なんでも名雪は店内コードで「イチゴ姫」と呼び名までついているらしい常連である。顔だけでも出していれば覚えがあるはずだと、古参のウェイトレスに太鼓判を押されて、二人はひとまず途方に暮れた形になった。
「あと……名雪の行きそうな所……」
 祐一は必死に記憶を手繰ってみた。
「くそっ、いらいらする……」
 ふと、その自分の言葉で、思い出したことがあった。
『え、いらいらしたとき?……うーん、やっぱり、走るのが一番かな』
 いつもの四人組でストレス発散の話になったとき、名雪が言った言葉だった。
「学校、かも知れない」
「……よし、行ってみよう」
 ほどなく学校にたどり着いた二人は、校門の前で意外な人物に遭遇した。
「あれ?舞に佐祐理さん」
「あら、祐一さん、お久しぶりですねーっ」
 ぱたぱたと手を振る佐祐理に対して、舞の表情はひどく厳しかった。というより……例の剣を抜き身のまま、ぶら下げている。一級の臨戦態勢、である。
「どうした、舞?」
 尋常でない様子に、つい祐一は近寄って問いかけた。
「……魔物がいる」
「……何だって……?『まもの』は、けりがついたはずじゃなかったのか?」
 驚く祐一に、
「別の魔物」
 そう答えて、舞は校門の隙間へと滑り込んだ。
「門が開いてる……ってことは、誰かが入った……?」
 祐一がそう呟くと、浩二郎は既に校内に入ろうとしていた。
「あ、浩二郎さん?!」
 慌てて祐一がその後を追った。一瞬置いてけぼりになった佐祐理もそれにならう。
「まずいな……まさか、『あれ』を察知してしまうとは……」
 意味不明なことを呟きながら浩二郎は舞の後を追い、祐一と佐祐理が多少距離をおきながらもそれに続く。
 やがて、舞が屋上への扉を体当たりで開いた。
 ややあって屋上に揃った一行の前に──
 オベリスクのようなものに鎖で繋がれた名雪がいた。意識のない様子で、ぐったりとしている。
 そして、その傍らに、「臨時コーチ」の姿。
「ほぅ。人質の増員を届けに来たのか?ヴァリアン」
 「臨時コーチ」は笑ってそう言った。
「減員、だ。名雪はこの場で返してもらうぞ!」
 やはり妙な名で呼ばれたことは気にもせず、浩二郎が返す。
「あの、ヴァリアン、って──?」
 祐一の問いかけが途中でトーンを変えた。
 眼前で……異常なことが、起こっていた。
 「臨時コーチ」の姿が陽炎のように揺らぐ。
 揺らぎながら……その姿が、人外のものへと、変貌して行く。
 揺らぎが収まったとき、「臨時コーチ」は怪物へと変わり果てていた。
『くっくっくっ……このアスリートオブルダの足に着いてこれるか?ヴァリアン!』
 怪物はそう言い放って、一気に浩二郎へと迫った。
 その時、いつの間にか舞がその間に割り込み、怪物に斬りつけた。おそらく、怪物が変化を始めたときに既に走り出していたものだろう。
「よせ、川澄君!」
 なぜか舞の名を知っている浩二郎が叫ぶが、既に遅かった。
 舞本人は吹き飛ばされた程度で済んだものの、その剣はまっぷたつに叩き折られていた。
『ふん……ただの地球人が小賢しいマネを!』
 怪物の視線が舞へ……そして、その近くで色を失った様子で、がたがたと震えている佐祐理に向かう。
『さぁ、どうする?ヴァリアン?』
 と……浩二郎は不意に、両腕を空に突き上げた。
 同時に、高らかに叫ぶ。
晶着(しょうちゃく)!
 その瞬間──何が起こったのか、祐一にはもう理解できなかった。
 浩二郎が叫んだのとまったく同時に、その姿が金属質に輝く、白い装甲のようなものに覆われていたのである……。
 浩二郎(らしい人物)は腰から大口径の銃(に見えるもの)を取り出して構え、叫んだ。
宇宙刑事、ヴァリアン!!

 宇宙刑事ヴァリアンは、わずか1ミリ秒で晶着を完了する。
 ではそのプロセスを説明しよう。
 グロバリオン号に集められた深宇宙の恒星のパワーが
 白銀(はくぎん)のコンバットスーツへと変換され、
 ヴァリアンに晶着されるのだ。

……それはともかく。

『ほぅ。では、これでも撃てるか?』
 怪物は……名雪を縛めたオベリスクの周りを回転するように凄まじい勢いで走り回り始めた。たまにその姿が見えるのは、存在を示すために、わざとスピードを落としているものらしい。
「くっ……スコープに映らんっ!!」
 浩二郎……というか、ヴァリアンは銃口をオベリスクの辺りに向けたまま、引き金を引こうとしなかった。迂闊に打てば名雪に弾(正確にはエネルギー弾)が当たりかねない。かといって、外せば先ほどのような駿足で一気に間合いを詰められるのは間違いない。──いや、こちらが一瞬でも気を緩めれば、その隙を見逃さず襲いかかってくるだろう。
 膠着状態のヴァリアンと怪物を目の前に……祐一は呆けているしかなかった。
 が、
「ゆーいちさーん」
 微かな声に祐一が振り返ると、舞を膝枕に介抱しつつ、佐祐理が手招きをしていた。
 祐一は固まったままのヴァリアンとほとんど見えない怪物を見ながら、思い切って二人に駆け寄った。
「あの、祐一さん、舞が……」
 佐祐理の言葉にかぶせるように、
「……消火器」
 舞が細い声で呟いた。
「?」
 首をひねる祐一をじろ、と睨んで、
「……足元。まいたら、滑る」
 舞はそう続けた。その言葉で、祐一も舞の言いたいことを飲み込んだ。
「なるほど、あの化け物をひっくりこかしてやろうってわけか」
「……はちみつ……けほっ」
「舞?!」
「大丈夫。もう痛くない」
 気丈にそう言ってみせる舞ではあったが、辛そうなのは一目瞭然だった。だが、顔色は別段悪くない。内出血しているとかいった剣呑な状況ではなさそうだ。
「よし、じゃ、俺が行ってくる。佐祐理さん、舞たのんだぜ」
「はいっ。祐一さん、気を付けて」
 返事代わりに祐一は佐祐理と舞に向かってぐっ、と親指を立てて見せた。
 そろり、とヴァリアン達の方を見ながら、校舎への出入り口へ歩を進める。ゆっくりと音を立てないように扉の向こうに体を滑り込ませ、下の階へ駆け下りる。幾度となく往復した廊下を少し進むと、記憶通りの位置に消火器が備え付けてあった。
「間に合ってくれよ……!」
 消火器を抱え上げ、走りながら安全装置を外す。ホースを捧げ持った格好で階段を駆け上がる。開け放たれたままの扉の向こうの状態は、幸い、祐一が屋上を後にしたときと変わっていなかった。
「調子こいてんじゃねーぞこの化け物!」
 わめきながら、祐一はヴァリアンの足元に滑り込み、力任せに消火器のハンドルを握った。
 ぼしゅっっっ!!
 たちまちのうちに、辺りに白煙が立ちこめる。
『なっ?!ぐおぉっ?!』
 慌てたらしい怪物の声がエコーを残しつつ屋上の柵の方へ流れて行く。
「そこか!」
 目には見えなくとも、音の動きで怪物の位置を察知したヴァリアンは、狙いを定め引き金を引いた。
 バシッ!
 白煙を突き破ってビームが延びる!
『グェェェエ!』
 怪物の悲鳴が轟いた。その悲鳴が、遙か下へと落下して行く。
「名雪!」
 すかさずヴァリアンの銃が名雪を縛る鎖を断ち切った。同時に跳躍し、崩れ落ちる名雪の体を抱き留める。
「すまん……名雪……」
 僅かな間名雪を抱きかかえていたヴァリアンだったが、そのまま一旦飛び下がり、
「有り難う、祐一君。助かった。悪いが、名雪を頼む」
 祐一に名雪を預けた。
「浩二郎さん……?」
「今はヴァリアンということにしておいてくれ。……まぁ別に変わらんか」
「なんなんです、一体?!」
 詰め寄る祐一をヴァリアンは押しとどめた。
「どうやらかなりのダメージを与えたようだが……こうなると連中の次の手は決まっている。その前に君たちをグロバリオン号に収納してもらった方がいいだろう」
 ヴァリアンは薄暮に染まりつつある空を見上げて、そう言った。

 ……ところ変わって。
 広大な宇宙のいずこにあるとも知れぬ、凶悪な広域犯罪結社──「ドゥーマ」の、本拠。
「うぬぅ……獣奇兵アスリートオブルダが、よもやこのような子供だましの手で!!」
 悔しがるドゥーマ軍事部門の長、ゴルグ将軍。
「今さら悔いたところで始まるまい、将軍」
 冷静な様子だが、手に筋が浮くほどの怒りを堪えているのは、ドゥーマ技術部門の長、妖博士ゾーナである。
<<ゾーナよ。かくなる上は、きゃつらまとめて、幻現界へ叩き込め>>
 壇上の椅子にかけた、巨大な甲冑姿の人物──ドゥーマ総裁、ジズンの言葉に、ゾーナがにたり、とおぞましい笑みを浮かべる。
「御意!」
 ゾーナがばっ、と両手を広げると、下っ端の構成員達が一斉に巨大な機械に取り付く。
幻現界、召喚!!

 ……ところ戻って……
 ヴァリアンが見上げている空の一角が、何やら夕焼けとも夜の闇とも違う、異様な色に染まり始めた。
「くそ、毎度毎度芸のない奴らだ!」
 ヴァリアンは毒づいて、左手首の通信装置に呼びかけた。
「秋子!名雪達を収納してくれ!」
『了承』
 これまたコンマ数秒のやりとりと同時に、名雪・祐一・舞・佐祐理の姿がかき消えた。
 それを確認して、ヴァリアンは叫んだ!
ヴァルヴィークル!!
 その頃には、空の一角を染め上げていた妖しの色は、ヴァリアンの視界全体を覆い尽くしていた。

幻現界は現実と夢の狭間にある空間である。
どちらにも属さない不安定さゆえに行き場のないエネルギーがうずまき、
その内部ではほとんどの生物が生存することができない。

 ……ま、それはともかく。

 やがて天空の彼方から、大きめのサイドカーといった風体の乗り物がヴァリアン目掛け飛んできた。幻現界のような異常な空間への突入を可能とするスーパーマシン、ヴァルヴィークルである。
 跳躍したヴァリアンはヴァルヴィークルに乗り込み、幻現界の荒れ狂うただ中へと飛び込んで行った。

 一方……
「な、なんだ、ここ?」
 校舎の屋上にいたはずが、いきなり妙な場所に現れた祐一達はあわてふためいていた。
 そこへ、
「グロバリオン号へようこそ、祐一さん」
 聞き慣れた声に振り返った祐一の目が点になった。
 そこにいたのは確かに知った人間……というか、早い話が秋子であったのだが。
 その服たるや……「メタリックな全身タイツ」とでも言おうか。
「何ですかその服……」
 呆然とつぶやく祐一に、
「宇宙刑事の標準制服ですよ。何かおかしなところでも?」
 平然と返す秋子であった。
「って、その……宇宙刑事ってそもそも何なんです??」
「そうですね……」
 ふむ、とあごに手を当てて考える風だった秋子だが、
「それじゃ皆さんお揃いですし、CICで説明しましょう」
 と言って、すたすたと通路を歩いて行く。
「……どーなってんだ」
 気を失ったままの名雪を肩にもたせかけて、やはり舞に肩を貸したままぽかんとしている佐祐理と共に、祐一は秋子の後を追った。
 何度目かのスライドドアをくぐると、
「あ、祐一君!名雪さん、大丈夫?」
 という声と同時に何かが祐一目掛けて突進してきた。
 反射的に避ける祐一の横を、
「うぐぅ?!」
 猛スピードであゆが通り過ぎて、壁に激突した。
「あゆ……ってことは」
 振り返った祐一の目に、手を振る真琴とその横に美汐、そして、
「……なんで栞と香里が?」
「こっちが聞きたいわ」
 いささか憮然とした様子で、香里。栞の方はどこか所在なさげである。
 広めの室内に、卓とそれを囲む数個の椅子。そして、部屋の奥には面妖な模様を映し出すスクリーンと、その前に何かの制御卓とおぼしい装置、二つ並んだ椅子が据え付けてあった。──汎時空艦・グロバリオン号の戦闘情報司令室である。
「とりあえず、これで全員揃ったわね」
 いつの間にか、秋子は奥にある椅子の一つに掛けていた。
「うぐぅ……」
 腫れた鼻の頭をさすりつつ、あゆが部屋に戻ってきたところで、他の面々も卓の周りに掛ける。
「今さら隠すのもなんですから……実はわたしたち夫婦は、汎銀河警察機構の特別捜査官──いわゆる『宇宙刑事』なんです」
 いわゆるも何も「汎銀河警察機構」なるものからして初めて耳にした一同であったが、とりあえずツッコミを入れる気力のあるものはいなかった。
「ここ百数十年の間に、この宇宙に、巨大な犯罪結社が徐々に勢力を伸ばしつつあります……『ドゥーマ』と名乗るこの組織は、ついこの間まで地球で言うM165星雲で容赦のない猛威を振るっていました。それが……突然、この地球……いえ、正確にはこの町に重点を移してきたんです」
「なんで?」
 素直に聞き返す真琴。
「今年の初め……この町で異常な事態が立て続けに起きたんです。あり得ないような出来事──『奇跡』とでも呼ぶよりないようなことが、短い期間に、この町に集中して、いくつも」
 はっ……と、真琴と名雪以外の部屋中の人間が顔を見合わせた。
 夢の中で夢を見て現に帰れるはずのなかった少女。
 その未来があからさまに断ち切られていたはずの少女。
 想いを伝えるために命を捧げねばならなかったはずの魂。
 幼い日に切り離した己自身とともに自滅するところだった少女。
 そして……愛娘との永遠の離別を定められていたはずの母。
 その誰もが──ここに、生きて存在していた。
 ありえなかったはずの現在を、あらしめた「何か」があった、とすれば……。
「連中はこの町に何か特別な要因があると考えたのでしょうね。浩二郎さんが出張先のM165星雲から急遽戻ってきたのは、その動きを本部が掴んだから、だったそうです」
「それで……わたしたちをここへ集めたのは……?」
 質問、というより確認、といった口調で、美汐が問う。
「ええ。奴らがはっきりとその姿を現したいま、当事者に危険が及ぶことは避けなければいけませんでしたから……」
 と、室内に警報音が鳴り響いた。反射的にスクリーンへ視線が集まる。
 そのスクリーンに映し出されていたのは……
 雲を突くほどに巨大化した怪物・獣奇兵アスリートオブルダと、それに立ち向かうヴァリアンの姿であった。

幻現界では、獣奇兵は巨体と10倍の力を持つことができるのだ。

 ……ま、それはおいといて。

「いつもの手ですね……ほんと、変わり映えしないんですから」
 慄然とする一同とは対照的に、秋子はあっけらかんと呟くと、たたた、とコンソールを操作した。間を置かずコンソール中央からレバーがせり上がる。
「主砲発射準備、完了!あなた、いつでも撃てますよ」
『よし、頼む!』
「了承!グロバルカノン、発射!」
 幻現界を飛ぶグロバリオン号の主砲から迸るビーム光束が、過たずアスリートオブルダの巨体を捉えた。
『ゴォォォォ!!』
 ダメージを受けたアスリートオブルダは巨大化する力を失い、見る見るうちに元の人間大の大きさに戻っていった。しかし、10倍に底上げされた力のためか、倒れることなく、なおも常識外れの速度でヴァリアン目掛け疾走する。
「くっ!」
 スクリーンにはもはや、転げ回るヴァリアンの姿しか映らない。避けているらしい様子からすれば、ヴァリアン本人にはなんとか、敵の姿は見えているのだろうが……
「……」
 秋子の顔に焦慮が浮かぶ。ということは、やはりこの状況は楽観できるものではない、ということだろう。
 祐一は、隣に座らせてある名雪を見た。
「……く……ー……」
 あまり健康的とは言えない寝息。恐らくは薬物か何かで眠らされているのだろう。
「名雪。起きろ、名雪」
「う……」
 何故名雪を起こさなくてはいけない、と思ったのかは、祐一にも分からない。
 敢えて言えば勘、だろう。
(ここでもし……名雪の親父さんにもしものことでもあったら……)
 と、そこまで、明確に恐れてのことでは、なかったはずではある。
「う……にゅ……」
 むしろ、自然な眠りではなかったが故か、さほど辛そうな様子もなく名雪が目を開けた。
「……あ……れ?ここどこ……」
 まだはっきりしないらしい頭を左右に振って辺りを見回す。
「……おかあ……さん?」
 そのとき……
 スクリーンの中で、ヴァリアンが弾き飛ばされた。
「あなた?!」
 秋子の叫び。
「え……」
 どこかぼんやりとしていた目をぱっ、と見開く。
「……おとう……さん??」
 スクリーンの中に映る人影は、汎空間装甲を鎧って、表情を伺うことすら、出来なかったが……
 本人も自覚していない、いざというときの勘の鋭さ。
 その勘が、名雪に告げていた。
 今、スクリーンの中で、姿も見えない何かに翻弄されているのは……
 間違いなく、自分の実の父親なのだ、と。
お……とうさんっっっ!!!!
 名雪の叫び、が──
 通信機を通して、ヴァリアンの耳にはっきりと届いた。
「な……ゆきっ……!!」
 ヴァリアンは気力を振り絞り、立ち上がった。
 光学センサではすでに捉えきれない敵の動きを、空間振動感知でやっと把握する。
 敵は、距離をとって、ふらつくヴァリアンを目指し全速で迫りつつあった。
(いちか……ばちかだ……!)
 ヴァリアンは腰溜めに手をやり、ゆっくりと標準支給の剣を引き出す。
 その刀身にすっ……と手を滑らせる。
レーザー・ブレードッ!!
 刀身から純白のエネルギーが湧きだし、剣を光で包み込んだ。
 長時間の異空間での戦闘で、ヴァリアンの気力も、体力も、相当に消耗している。
 次の接触で決められなければ、勝機は……薄い。
 剣を正眼に構え、ヴァリアンは静かに目を閉じた。
 その様子を──上空、グロバリオン号から、皆が見守る。
 いつか、あゆが。
 名雪が。
 栞が、香里が、舞が、佐祐理が、美汐が。
 多分、つられて、真琴が。
 そして、祐一が、秋子が……
 祈りを、捧げていた。
 何に対して、でもなく。
 もし、この北の街に、奇跡を呼んだものがあるのなら。
 それは……ひとのおもい、以外のなにものでもなかったはずだから。
 そして──
 その一瞬に、皆の、全ての思いを込めて。
 裂帛の気合と共に、ヴァリアンの剣が唸る!
ヴァリアン・ターミネイション!!!!
 どむっ……
 重い音。そして、一瞬遅れて、
 『グ……ゲアァァァッ!!!!!!』
 両断されたアスリートオブルダの体躯が、負荷に絶えきれず、爆散する。
 アスリートオブルダの体を鍵にして浸出していた幻現界も押し返され、瞬時に星のきらめく夜空が戻った。
 ゆったりと剣を収めるヴァリアン。
 戦いは、終わった。

 翌週の日曜、市民マラソンが開催された。
 いつもの面々で参加するのは名雪と舞の2名のみ。ほかはスタート兼ゴールの陸上競技場で見物である。
「浩二郎さんは出ないんですか?」
 疑問に思った祐一だったが、
「いつ緊急呼び出しが掛かるか分からない体だからね」
 と「だんでぃ」な笑みを返されてしまった。
「あなた、ほら、好物の」
 と、横から秋子がバスケットを差し出す。浩二郎はバスケットの蓋を開けると、
「おぉ、これか。有り難う、秋子」
 ひょいとサンドイッチらしいものをつまみ上げて、頬張る。
 その瞬間──会場に来ていたいつもの面々がすざっっ、と体を引いた。
 間違いない。微かに匂うこの香りは……
「そ、それって、例のジャム……」
「うん。ミンパットの実のジャムだよ。私が小さいとき暮らしていた星の名産でね。地球では秋子くらいのものじゃないか、ミンパットを育ててるなんて」
 やはりこの世の、とは言わないまでもこの星の食べ物ではなかったのか、と妙に納得した一同であった。
 やがて走者が帰ってくる。1位、2位といった辺りは流石に招待選手が入ってくるが、
「あ、名雪さんだ!」
 あゆが名雪を見つける。ほどなく、
「あ、舞も入ってきましたよ」
 佐祐理が舞を見つけた。
 ゴールし、スタンドに手を振る名雪の瞳の中には、かけがえのない友人達と、そして大切な両親の姿があった──

北の町に平穏が戻った。
だが、ドゥーマの卑劣な作戦はなおも続く。
いつの日か、全宇宙の平和を取り戻すその日まで──
戦え、ヴァリアン。晶着せよ、宇宙刑事ヴァリアン!!

 ……それはもういいって。

 その後、佐祐理と舞が突然留学したとか。
 二人が戻ってきてから、女性宇宙刑事コンビの颯爽たる活躍が見られるようになったとか。
 その辺りの話はまた、別の折りに……

 (了)


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