その日は、秋子さんが高校の同窓会とかで、休日だというのに水瀬家は俺と名雪の二人きり。
昼前になって、唐突に名雪が言った。
「ね、祐一」
「ん」
「祐一、わたしに何かしてほしいことってない?」
「?」
急な申し出に疑問符を浮かべている俺に、
「お母さんが入院してたときのお礼だよ」
と言って、じっっ、とまっすぐに見つめてくる。
「あのままだったら、わたし……きっと壊れてたよ」
「あー……その、なんだ……」
まっすぐすぎる視線がちょっと痛くて、少し目をそらす。
「あれからもうずいぶんになるのに、そう言えばわたし、祐一にちゃんとお礼してないなって」
真剣な顔のまま、ちょこん、と小首を傾げる。
「うーん……」
正直……俺としては、お礼をしてもらうようなこととは思ってないんだが。
が、じーーーっっっ、と見つめられている内に、ふと、思いついたことがあった。
「じゃあ、料理でも教えてもらうかな」
これからここで暮らしていくのに、万年皿並べというのもちと、悔しい気がしたのだ。──いや、誓って妙なことは考えてないぞ。大体そーゆーことは別にお礼がどうこうでなくても……むにゃむにゃ。
ともあれ、俺がそう言うと、名雪はぱっ、と笑って、
「うん、いいよ」
そう言って、立ち上がった。
「そろそろお昼だし、じゃあ、お昼作るの、横で見てて」
ぱたぱたと嬉しそうに台所に駆け込んでいく。
そんなに嬉しいかね、と少し気恥ずかしくなりながら、俺は名雪の後を追った。
……10分経過。
「……くー」
参った。
今さら、名雪がどういう局面で寝ても驚くつもりはなかったんだが。
まさか、包丁持って鍋を火に掛けたまま眠れるとまでは思わなかった。
「こら、起きろ、寝ぼすけっ」
ゆさゆさ、と揺すっても起きる気配もない。
幸い鍋の中のものは煮立つまでしばらくかかりそうだが、刃物を持ったままでは危なくてしょうがない。
「とりあえず、包丁だけでもなんとかするか」
と、つぶやいて、包丁を握っている指に手を掛けたときだった。
『はいほーっ』
小さな、妙に甲高い声が聞こえたかと思うと……
まな板の上に、不可解なモノがいた。
姿かたちは、名雪そっくり。
眉の上くらいまで来るような、ぶかぶかのとんがり帽子。
名雪のお気に入りの外出着をちょっとアレンジしたような服。
かこかこ、と足音を立てるというのは、履いているのは木靴……?
で、身長……ぱっと見、5センチほど。
「こっ、小人っ?」
びっくりしている間にも、名雪の中から出てくるような感じで、はいほーはいほーとわらわら増えていく小名雪(たった今命名)。
その小名雪たちは、名雪の持っている包丁を引き受けたり、ぽんっとガス台の方へ跳ねて行って火の加減を見たりし始めた。
「……」
もはや何も言えずに、ただ見ているだけの俺。
で、3分後。
『くー』『くー』『くー』『くー』
……って、小名雪まで寝てるじゃねーかっ!!
それでも全員が寝ているわけではなく、中には働いている奴もいて。
起きたり寝ぼけたりまた寝たりしている内に、全体ではなんとか料理が出来上がっている……ような、気が、する。というか、そう思いたい。手順が進んでいるのは確かだ。
ふらふら寝ぼけ気味の小名雪がかちん、とガスの栓をひねって火を止めて、どうやら料理は出来上がったらしい。すると、寝ていた小名雪たちもむくっと起きあがった。……顔を見ると、ほとんどの奴が寝てるようだが。
『はいほーっ』
『いちごーっ』
なんかよく分からないことを叫びながら、とてとてと名雪に戻って行く。
小名雪がみんな名雪に戻ると同時に、名雪がぱちっと目を開けた。
「あれ?」
きょろきょろと周りを見回して、
「祐一、ひょっとしてわたし、寝てた?」
「……自覚はあるんだな」
俺の言葉に眉をひそめて、
「うー、言い方が意地悪だよ」
と言った名雪は、ようやく目の前の状況に気が付いたらしく。
「わっっ、びっっくり」
……いや、今回はもうちょっと驚いてもいいと思うぞ。
「祐一?これ」
くるっと振り向いた名雪に、俺は一時迷って──いや、あんなことそのまま喋ったら正気を疑われる──とりあえず、首を振った。
「うーん……ま、いっか」
……をひ。ほんとにいいのか。
「とりあえず、お昼だし、食べよ」
何の疑問もない笑顔でそう言われると、なんだか俺もどうでもいいような気がして。
そのまま、俺達は、謎の小名雪が作った食事を食べた。
……名雪が普通に作ったものよりも、きっぱりとうまくなかった。
「にしても、寝てる内に料理が出来てたら、変だとか思わないのか?」
俺がそう聞くと、名雪は、
「そうでもないよ。よくあるから」
「ま、言われてみれば、よくあること……じゃないだろ?!普通はっ?!」
俺のツッコミに、名雪はふるふるとかぶりを振って、
「去年の期末テストの時なんか、寝てる内に答案が埋まってたんだよ。……でも結局、追試になったけど」
……え?
「ほかにも、寝てる間に何か済んでたことって、よくあるから、別に気にならないよ」
……それって……
「う。なんか急にいちご食べたくなったよー。そう言えば、寝てる間に用事が済んだ後って、無性にいちごが食べたくなるんだよね」
そう言えば、あの小名雪、『いちごーっ』とか叫んでたな……
それきり、俺はそのことについて考えるのをやめた。
……いや、なんか怖いし。
(了)
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まぁこんな小人さんだっていることでしょう。某錬金術師でも居眠りしてたのはいますし(笑)。
なんか、自分で書いてて、小名雪が一人欲しくなってしまいました(爆)。