「ケツァルコアトル、俺の周囲をトレース。何らかの異常を察知したらすぐに知らせろ」
 人混みの中を歩きながら、総は小声で腕時計にささやいた。
「ケツァルコアトルって?」
 その少し前を歩く瑞穂が心持ち振り返って聞いてくる。
「一応俺の所有になってる航宙船。まぁちょっとしたクラック……ハッキングってった方が分かりやすいか。そう言う小技が効くんでね。あんたを付けてそうな奴の手がかりでもあったら調べてもらうように頼んだんだ」
「そーゆーこと、できるんだぁ」
 感心した様子で瑞穂はふむふむと頷く。
「……その知り合いさんからはどの程度うちのこと聞いてたんだ?」
「頼りになる探偵さんだってだけですけど」
(探偵に仕事頼もうって奴がそれだけで決めるかね)
 総は胸中でつぶやいた。
「……さてと。君の家へ行くにはここの駅からがいいと思うんだが」
「はい?」
 きょとんとした顔で振り返る瑞穂に、総は目の前の地下道の入り口を指し示して見せた。
「そう……ですか?」
「さっき書いてあった住所からするとそうなると思うんだけどな」
「そう……かしら」
 瑞穂はぽけっと空を見上げてつぶやくと、
「じゃ、ここから乗りましょ」
 そう言って再び歩き出した。
(ケツァルコアトル。俺が地下道に入ると同時に周辺の全システムに割り込み。動作を全てトレースし、俺に危険が及ぶような操作は全てキャンセルしろ)
 総は小声で──ちょうど瑞穂に聞こえないように──そう言って、瑞穂の後を追った。

「あの……」
 地下道に入るなり瑞穂がおずおずと言った感じで聞いてきた。
「?」
「そのお……ちょっと……」
 もじもじしながらちらりと目をやった方を見れば、お手洗いの表示板。
「へいへい。とりあえず入り口で見張ってるよ」
「す、すみません……」
 小走りにそちらへ向かう瑞穂の後を、総は足音を立てずに追った。そのポケットから、ゆっくりと濃いサングラスを引き出し、かける。
 瑞穂が女子トイレに駆け込んだところで、総は男女トイレの分岐点で立ち止まり、
「木原さん。実を言うとこの路線使うと、君の家からはまるで離れたところへ出る」
 返事は……ない。音一つしない。
「もっともあれが本当の君の家の住所ならだがね」
 返事はやはりない。そして突然光すらもなくなった。周辺の電気が一斉に消えたのだ。
(……危険が及ぶような操作は、って言ったからなぁ)
 総はくすりと笑うと、軽く体をひねった。何かが総のいた空間を走り抜ける。
「暗視装置か。カバンの中までは調べなかったからな」
 相変わらず返事はない。ただ、何か、がひょいひょいとよける総の後を通り抜ける。
「ケツァルコアトル。照明回復できるか?」
[これより回復します]
 あっさりとした回答通り、あっさりと光が戻る。ほぼ同時に、ガチャ、と言う音がした。そこにいたのは……木原瑞穂、と名乗った少女に違いなかった。ただ。
 その手にはどう見てもそこらで買えるとは思えない鋭さを持ったナイフが握られ、目は鋭く開かれてはいるものの、くちなわのように冷たく、暗い沼のように濁っていた。足下には大きな眼鏡のようなものが転がっている……照明が回復したので暗視装置を外したのだろう。
「……判断が難しいな。パペットか、スレイブか。スレイブでもこんな目をする奴はいるし……」
 総がそんなことをつぶやいている間に少女は再び床を蹴った。狙いからすると肝臓が目標のようだ。
「手慣れてるな……こりゃやはりスレイブか」
 その動きをやはりあっさりとよけ、今度は総は少女のうなじに手刀をたたき込んだ。
「ぎほっ」
 妙な声を上げて少女がたたらを踏む。その背中へ総は渾身の蹴りを入れた。
「連中から聞いてるかどうかしらんが、俺は自分の命を狙う相手となれば赤子でも手加減はせんたちでね」
 言って、今度は倒れ込んだ少女の一瞬の隙に軽く飛び上がり、片足で少女のナイフを持った方の腕の手首に着地し、そのまま全体重をかけて踏みにじる。
「……!!」
 少女が悲鳴をかみ殺す。
「一つだけ聞きたい。答えてくれるような気はしないんだが……肉親は生きてるか?」
 総は20秒待った。結局返答はなかった。
「……じゃ、消えてくれ」
 つぶやくと総は再び飛び上がり──
 次の瞬間、少女の姿は跡形もなく消えていた。

[暗殺者ですか]
 ケツァルコアトルの通信に総はため息ついでに答えた。
「暗殺目的だろうな。もっとも挑発かもしれんが……だったらあの子はよっぽどのお荷物だったって事だな。挑発目的であれ、俺に立ち向かってくりゃ、良くて廃人、まぁたいていは『消滅』だってこたぁ、連中百も承知のはずだ」
[やはり、バックは……]
「科技特だろ。川原の名前でトラップしかけるなんざあいつらしかいないよ」
[トレースされていますね。所長も、私も]
「ものがそこらの技術ならともかく……『EMMT』だからな」
 総は肩をすくめた。
「連中も必死なんだよ。まぁ、攻めあぐねてはいるんだろうがな」
 地下道をでて、西日につい習慣的に目を細める。
「今回の仕事、引き受けて得にはならなんだな……やっぱ、護衛なんてやってるほど暇じゃないか」
 ふと、総はサングラスをかけっぱなしだったことに気づいた。苦笑してサングラスをポケットにしまう。
「光を見てたわけじゃないんだが、な」
 サングラスを外す瞬間、総の瞳に焦点がなかったことに気づいた人間は……おそらく、いなかっただろう。
 総は改めて本当の西日に目を細めた。

<続く>


Attention
EMMT
Detected 2678/06/12 17:52
Level 6

「やられたようだな」


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