Another Story 振戸千絵(ふりど ちえ)

1998年、冬。

普通の学生であったオレの中に、不意にもうひとつの世界が生まれる。
それはしんしんと積む雪のように、ゆっくりと日常を埋めてゆく。

それでも最初は、オレはそれが何を意味しているのか、分かっていなかった。
そう、分かっちゃいなかったんだ……

12/10

 その日もまあなんてことのない日である。
 適当に授業を過ごし、帰り際に七瀬をからかい、帰途につく。
 昇降口を出て、なんとなしに中庭に目をやった。
「ん……?」
 ベンチに知らない女子が座っていた。変な奴だ。何だってこの寒い中、家にも帰らんとぼけーっと座ってるんだ?みさき先輩よりヘンだぞ。
 なんとなしに見つめている内に、そいつと目が合ってしまった。すると。
 にこっ。
 そいつが、笑った。ぱたぱた、手招きなんかしている。
 なんだなんだ。
「おいでよーっ」
 今度は大声で呼びかけてくる。
 仕方ない。
 無視して帰るというのも、ここまで話が進んでは後ろめたかった。
 オレは覚悟を決めて、その子の方へ歩いていった。とりあえず、「偶然ガン飛ばし」の詫びくらいは入れとかないとな。
「あ、来てくれた」
 あと一歩ほどのところで、そんなことを言われた。
「えーとさ。オレ、悪気があってあんたをにらんでたわけじゃないんだ」
「いいのいいの。へへ、うれしい」
「……はひ?」
 目が点になるってのは、こーゆーことなんだと、オレは初めて知った気がした。
「こんだけ目立つことしてても、だーれも声かけてもくれないんだもん。見てくれた上に近くまで来てくれたんだもん。うれしいなっ」
 満面の笑顔でそんなことを言う彼女。
「だれかと話がしたかったからって、こんなとこに座ってたってしょうがないんじゃないか?普通は」
 オレは心底呆れて言ってやった。
「ん。わたし普通じゃないし」
 しれっとそいつはそんなことを言って見せた。
「わたし振戸千絵(ふりど ちえ)。あなたは?」
「……折原だけど」
「うん、折原くん。よーし、覚えた」
 彼女、振戸千絵はぴょこっと立ち上がった。
「何年何組?」
「2年A組」
「あれ、わたしB組」
 そんなことに、振戸は目をきらきらさせて、
「隣のクラスだったんだね。ぜーんぜん知らなかった」
「まあ、同じクラスでも名前も知らない奴だっているしな」
「……それはかなり特殊だと思うけど」
 振戸は少し困ったような顔で笑っていた。
「会えてよかった。……また会おうね」
「……まぁ、そりゃ会うこともあるんだろうけど」
「会うよ。絶対」
 振戸はなぜか妙な自信めいたものを伺わせて断言した。
「似てるから」
「なにが?」
 オレが怪訝に思って聞くと、
「そのうち分かるよ。じゃねっ」
 振戸はにこっ、と小首を傾げて、てててっ、と走っていった。
「あー……じゃーな」
「またねー」
 律儀に手を振る振戸に、オレもとりあえず手を振り返してやった。
 ……ほんと、変な奴。

12/20

 帰り際、何の気なしにオレは中庭を見た。
 ……いた。
 振戸ってったか。
 やっぱりベンチに一人で座っていた。
 向こうもオレを認めたらしく、ぶんぶか手を振っている。
 こないだみたく大声で呼ばれた日にはかなわないので(なにしろ向こうはもうオレの名前を知っているのだ)オレは素直に振戸の方に歩いていった。
「や、折原くん」
 したっ、と手を挙げる。
「なんてーか、無意味に元気な気がするんだが」
 元気さとその空回りぶりは澪にも負けちゃないと思う。
「元気がとりえ」
 とん、と胸を叩いてみせる。
「ね、折原くん。隣座らない?」
 振戸はぱふぱふとベンチの横のスペースを叩く。
「……なんで?」
「空眺めようよ。冬の空って、昼間っからきれいだよ」
 言って、自分はもう視線を空へ向けている。
「こんなとこで空なんかぼーっと見てたって、寒いだけだろ」
 振戸は視線は空に向けたまま、ふるふる首を振った。
「案外寒くないよ。……日が傾いたら別だけど」
 うーむ。
 オレが思案していると、
「ひょっとして、用事があるのに呼び止めちゃった……?」
 振戸はひどくすまなそうな顔をしていた。
「いや、別に用があるって訳じゃ……」
 言って、しまったと思ったが、もう遅い。
「だったら、座って座って」
 ぐいっと腕を引っ張られて、オレはつい振戸の隣に座ってしまう。
「……」
 仕方ない。どうせ座っちまったんだ。
 オレは覚悟を決めて、振戸と同じように空を見上げた。
 ……そして5分後。
「なあ、振戸」
「なに?」
「これって首疲れるな」
「うん」
 自分でも間抜けだと思いながらも、そんな会話を交わす。
「でもほら。あの雲なんか、空に映えてすっごくきれいだよ」
 振戸は薄く延びた雲の一つを指さした。
「そんなもんかな?」
「そんなもんよ」
 振戸は手を下ろした。
「空は、変わるから」
「そうか?そりゃ曇ったり晴れたり、いろんな雲が出たりするだろうけど……空はいつだって空だろ。変わってるのは、空じゃなくて、空を飾る何か、じゃないのか」
「空は変わるよ。長いこと見てると、分かるの。一日だって、ううん、一秒だって、おんなじ空なんてない」
「そんなもんかな?」
「そんなもんよ」
 振戸は、んー、と体を反らした。
「もちろん、折原くんが言ったみたいに、雲や太陽や星も変わる。だから空って、見てて飽きないんだ」
 振戸は唐突にオレに視線を向けた。
「折原くんはどう?」
「どう?って、何が」
「空、退屈?」
「うーん……少なくとも今日は退屈だった」
 オレが正直なところを言うと、振戸はくすす、と笑った。
「そんなんじゃ大変だよ」
「何が大変なのさ」
 すると振戸は立ち上がって、
「時間に魅入られた者はね、時間を相手にするのが大変なんだよ」
 オレは……正直、ぎくりとした。
 こいつは……オレの、あの夢とも付かない妙な夢のことを……知ってる?
「なんだよ、その『時間に魅入られた者』って……」
「イブ、時間あいてる?」
 振戸はまた話題をすり替えた。
「そんなことより、その時間……」
「その話はイブにしたいな。もし空いてないんなら、その後♪」
 後ろで手を組んで、まだ座っている俺をのぞき込むように上体を傾けてくる。
「……分かったよ。イブに……」
「ここへ来て。その後ぶらつきたいから、私服の方がいいかな」
「……そんかわり……さっきの話の続き、絶対だぞ」
「うん。じゃ、ばいばい」
 やたら楽しそうに去っていく振戸と対照的に。
 オレは何か不可解な寒気を感じて、しばらく身動きが出来なかった。

12/24

 いったん家へ帰り、私服に着替えて学校へ駆け戻る。
 いつもの場所に、振戸はいた。
「やっ、おっりはっらくん」
 いつもの通り無意味に明るい。
「おっりはっらくん、じゃないだろ。ほら、さっさと例の話聞かせろよ」
 オレは振戸をにらみつけた。
「長くなるから、歩きながらにしようよ」
「前みたく、話そらすなよ」
「ひどいなぁ、べつにそらしたんじゃないよ。ちょっとロマンチックな話だから、イブが近いのにもったいないなって思っただけ」
 振戸はのんきにふくれっ面を見せる。
「何がロマンチック……」
 オレが頭に来てかみつくと、
「……ひょっとして折原くん、この話聞いたことある?」
 振戸は怪訝な顔でオレを見た。
「な……」
 もう少しで「とぼけるのもたいがいにしろ」なんて怒鳴りそうになった。
「人によっては、確かに話したあとで、『どこがロマンチックなんだ』って言われるから。でも聞いたことないんだったら、食わず嫌いはやだなぁ」
 振戸の顔がまたぷくっと膨れるのを見て、オレの激昂は逆にしぼんでいった。
 そうだ。
 オレが勝手に、振戸の話を、あの「もう一つの世界」に結びつけてただけじゃないか。
「……ごめん。何アツくなってたんだろな」
「いいよ。じゃ、話はじめるね」
 振戸はにこっ、と笑って、
「時間って時々気まぐれなことをするんだって。昔、神隠しなんて話があったでしょ?子供が行方不明になって、何年もしてから年も取らずにひょっこり戻ってくるとか」
「まぁ、そういう話は聞くよな」
 適当に相づちを打つ。
「あれはね、時間の気まぐれのせいなの。誰にも、何に対しても同じように流れているはずの時間が、たまーに流れ方が変わってね。遅くなったり、速くなったり、ひどいのになると、逆転したり、渦を巻いたり、メビウスの輪みたいになったりもするの」
「時間がメビウスって、なんだよそれ」
 オレはつい吹き出した。
「普通は気づかないんだよね。どういう単位でそれが起こるかっていうのもあるし、けっこう補償現象も起きたりするから。たとえば、そこらの石が一年だけ2倍の時間の流れにいたとしても、普通は分かんないよね。で、次の年にまた一年だけ2分の1の時間の流れにいたら、2年がかりで結局元に戻っちゃうでしょ?」
「そういう勘定に……なるか」
「だから、怖いのは時間を認識できるものが、時間の気まぐれの相手になったときなの。簡単なとこでは時計もそうよね。目覚ましが信用ならなかったら、いつ遅刻したっておかしくない訳じゃない?」
 振戸はそれがおかしかったらしく、自分でくすくす笑っていた。あいにくオレは毎朝長森と遅刻のスリルを味わっているため、どのみち目覚ましなんぞなんとも思っちゃいないのだが。
「それより大変なのは、人間が一人、気まぐれの餌食になったときなのよね」
 くるり。
 振戸はそう言って振り返った。
 いつの間にかオレ達は公園の丘の上に来ていた。
 沈みかけた夕日が振戸を逆光に照らす。
 振戸の表情が……闇に沈んだ。
「さっき言った神隠しなんかがそのいい例。気まぐれから解放されただけましかもね。でも、その子たちの昨日までの遊び相手は、もう大人。下手したら、もうこの世にいないかも知れない」
 オレの中で何かがざわめいた。
「まして、それが渦やメビウスなら……永久に、その人は本来の時間の流れに追いつけない。ある程度の期間を、ぐるぐると繰り返すだけ」
「……永遠、だよ。永久じゃ、ない」
 オレはかすれそうな声でそう答えた。
「そこには永遠があるんだ。そして、永遠以外は、何もない。永遠と……永遠にとらわれた者自身以外には」
「……やっぱり、知ってたの?折原くん」
 オレはかぶりを振った。
「違う話だと思うけど。でも、何となく似てるような気がする」
「そうかもね。……で、話の続きだけど、その渦やメビウスから抜け出すには、どうしたらいいと思う?」
「さあ」
「簡単よ。渦の外の人に引っ張ってもらうの」
 振戸が微笑んだのが、分かったような気がした。
「渦の外の人と絆を結ぶの。もともと渦は時間の気まぐれ。本来の強い流れに引いてもらうことが出来れば、抜け出せないものじゃないわ」
「……そうか」
 オレはその言葉を心に刻みつけた。
 振戸の言う「渦の外」。
 つまり、この世界。
 永遠が支配しない、この日常。
 ここにいる人との絆が、オレをこの世界にとどめてくれる。
 改めて考えてみれば、当たり前のことかも知れなかった。
「ね、折原くん」
 オレははっと、いつの間にかうつむけていた顔を上げた。
「何?」
「保険かけない?」
「何の?」
「だ・か・ら、時間の気まぐれの。わたし折原くんのこと、ずっと覚えてる。折原くんの碇になったげる。だから、折原くんも、私のこと覚えてるって、約束して」
 ……。
 オレは頷いた。
 ひょっとしたら、全ては振戸の、「ロマンチック」な作り話かも知れない。
 振戸は単に、友達が欲しくて、こんな手の込んだことをしただけかも知れない。
 けど、すこしずつオレの日常を埋めていく永遠には、
 こんなことも抵抗になるのかも知れなかった。

2/-

 その日。
 刺すような夕日に目を覚まして……オレは、
「来た」
 とだけ、つぶやいた。
 いつも起こしに来てくれる長森が、来なかったと言うこと。
 たぶん、この世界の中で、オレの存在が、そこまで希薄になってしまったと言うことだ。 下手をすると、学校に行っても、誰もオレのことを覚えていない。
 ってことも、十分あり得る。
 現に、昨日顔を合わせた由起子さんの目は、確かに他人を見ていた。
 ……待て。
 オレは思いだした。
 この世界への「保険」を。
 その瞬間、オレはあの場所目指して駆けだしていた。

「やほー、折原くん」
 手を振る少女の姿。
 息が荒い。
 走ってきたせいだけではない。
「振戸……」
 オレは体を投げ出すように、振戸の座るベンチに両手をたたきつけた。
「オレが分かるんだな……?」
「ずっと覚えてるって、言ったじゃない」
 振戸は微笑んで言った。
「大丈夫だよ。私は、もう時間に魅入られているんだから」
 オレは……愕然と振戸を見上げる。
「な ん だ っ て」
「折原くんも時間に魅入られてたのは、見たときから分かったよ。なんとなくだけど」
 二の句の継げないオレに、振戸は続ける。
「どんな風に魅入られたのか、までは分かんないけどね。でもこれで、私は折原くんの碇になれた。他の人とは、もう時間が違っちゃったんでしょ?」
「……もうすぐ、いる世界そのものが違っちまうよ」
 オレは脱力した体をどうにかベンチに預ける。
「オレが永遠の世界へ行っても……振戸は俺の碇でいてくれるのか?」
「それだけは保証できると思うな。私がいるのは、あくまでもここだから。もう20年もずっとね」
「……え?」
「私は繰り返しの中にいるの。もうじき終業式が来るよね。そして、4月1日が来ると、私は記憶だけを残して、一年前に戻ってしまうの。で、周りは私をおいて、そのまま進んじゃうの。だから私は、もう20回以上、2年生をやってるの」
「なんだよ、それ……」
「辛いのはね……みんなから、私に関わる1年の記憶が消えてしまうの。3年生になった元のクラスメート達は、誰も私のことを覚えてない。去年の学年受け持ちの先生もね。両親はまだ私のこと自体は覚えててくれるけど、でも10回も『おはよう、今日から2年生だな』なんて言われてたら、しまいにキレそうにもなっちゃったし。だからここ何年かは、始業式前後は夜遊びモード」
 振戸はいつかのように空を見上げた。
「3年目に知り合いになった子がSFマニアでね。こないだ折原くんに話したような仮説を立ててくれたの。結局その子にも忘れられたんだけどね。それでまた2年くらい自暴自棄になって。どんな無茶やっても、死なない限り次の年の春にはまっさらに戻れるんだもんね。かなりやばいこともやった」
 振戸はそう言って、いささか「らしくない」感じの笑いを口元に浮かべた。
「やけのやんぱちが過ぎて……で、なぜか例の子の仮説にすがりたくなったの。結局、この牢獄から抜け出せる、たった一つの示された道だったから。それからはいろいろやってみたわ。とにかくたくさんの友達を作って、下手の鉄砲で行ってみたり。逆に一人に入れ込んで……一回だけ、つきあってた人に嘘付いてわざと子供作ったこともあった。春が来たら……生まれる前に消え去ってたけど」
 振戸は視線を空から俺の方に向けた。涙に揺れる目に、どれだけのものが見えていたのかは分からないが。
「それでも毎年、毎年、誰かを求めてた。はじめの頃はただの手段だったけど、でも、今は違う。そうでもしないと、私、きっとおかしくなっちゃうから。忘れられるって分かってても、私のことを覚えててくれる人が欲しかったの」
 オレは……ほんとうに返す言葉を持たなかった。
 オレはあのとき、自分から永遠を求めてしまった。
 そのつけが、今回ってこようとしているだけだ。
 振戸の言葉で言うなら、幼い日のオレにつばを付けた「時間」が、今になって顎を開いただけのことだ。
 でも。
「振戸は……そんなこと、望んでたのか」
「望んでたら素直に受け入れてるよ」
 振戸は寂しげに笑った。
「それとも、覚えてないほど遠い昔に、望んでしまったのかな」
 ひょっとしたらそうだったのかも知れない。
 でも。
「今望んでいないのなら、抗おうぜ」
 振戸の表情がはっ、と固まる。
「オレは小さい頃にそれを望んだんだ。辛いことがあったんだ。その前の楽しい日々が、完璧にぶちこわされた。永遠なんてない。そう思ったとき、……誰かがオレに言った。『えいえんは、あるよ』って。あのとき、振戸流に言えば、オレは時間に魅入られた」
 振戸が怖いくらいのまなざしで、オレを見つめている。
「でも、今のオレには、そんな永遠はいらない。この世界が、気が狂いそうなほどにいとおしいんだ。もうすぐオレは、きっと永遠の世界へ行ってしまう。けど、絶対に戻ってきてやる」
 オレは振戸の顔を両手で包み込んだ。
「オレも、振戸のことを忘れない。振戸がオレの碇になってくれたように、オレは振戸の碇になってやる」
 振戸はこくこく、と首を動かす。
「少し待たせるかも知れないけど……オレが戻ってきたら、一緒にこんな時間のいたずらからおさらばしよう」
「……うん」
 そして、オレは振戸の唇に、唇を重ねた。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
4/-

 三年生のクラス分け表に目を走らせる。
 私の名前がないのはまぁ、予想していたけど。
「折原、折原……うーん、ないなぁ」
 念のため、二年のクラス分け表も見る。
 私の名前は見つかったが、彼の名前はなかった。
「そっか。……でも、私は覚えてるからね」
 だから待とう。
 あのベンチで。
 今年は……
 友達は作っても、恋人はやめとこうかな。
 だって、約束してくれたじゃない。
 戻って来るって。

-/-

「ふう」
 なんとなく空を見ていた。
 かくんと首を後ろに倒すと、桜のつぼみがほころびはじめているのが見えた。
 ひょくっと首を戻す。
「春が来ちゃったね」
 空に向かってそんなことをつぶやいてみた。
 17年くらい見つめ続けた私は知っている。
 空が悠久ではないことを。
 けれども、永遠の世界があるのなら、たぶんそれは空のかなた。
 そんな気がしていた。
 だから、彼に話しかけるときは、いつも空に向かってだ。
「もうじき、タイムリミットだよ」
 今年の、だけど。
 たぶん、その時からまた、来年へのタイムカウントが始まる。
 時間を過ごすことには慣れた。
 でも、待つのには慣れてない。
「あと2年くらいしたら、待つのにも慣れちゃうかな」
 そう、つぶやいたとき。

「悪い。オレって、遅刻魔でさ」

 気持ちより先に、体が振り返る。
「……お、おかえり」
「ただいま……かな?」
「うん。ただいまで、いいと思う」
 私ははじかれたように立ち上がって……彼の体を抱きしめていた。
「待たせたな……」
「ううん……全然」
 涙が邪魔だ。
 ぐいっ、とそれを拭って、私は聞いた。
「じゃ、どこ行こっか?」
 どこへでも行けるよ。
 もう、私たちは時間の玩具じゃないのだから。

(完)


「もし、ヒロインもまた、どっかの世界に行きそうになってる奴だったら?」
 って思いつきで出来てしまいました。
 ちなみに変なヒロインの名前ですが、「永劫回帰」でおなじみ(?)のフリードリヒ・W・ニーチェから作りました。
 考証はええかげんなので案外論理矛盾来してるかも知れませんが(^^;ま、ご勘弁を。
ではでは。


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