5.華麗なる淑女の嗜み

 くんくん。
 唐突にシエル先輩が片眉をひそめて鼻をひくつかせた。
 放課後の茶道室。先輩のお手前で茶菓子なんぞぱくついていたりする。
「変ですね……今、この部屋にはカレーに関するものはないはずなんですが」
 首をひねる先輩に、お茶を一口すすって、
「カレーの匂いでもするんですか?」
「はい。遠野くんも分かります?」
 言われて鼻を利かせてみたものの、特に匂いは感じない。首を横に振る。
「うーん……今朝カレーを2杯、お昼はカレーうどんにカレーパン、これだけ食べれば禁断症状だって出ないはず……」
 ……すごく不穏当な発言があった気がするけど聞き流すに限る。
 しばらく右に左にと先輩は首をひねっていたが、
「どうもおかしいですね、こういうときはカレーを食べるに限ります。というわけで購買でカレーパンを調達してきますね」
 お留守番を頼みます、と先輩は購買へ出かけてしまった。

 お茶もお菓子もなくなって、暇にしていると……
 微かに、ほんの微かに、カレーのような匂いを感じた。
「どこかな?」
 くんくん、と犬にでもなったつもりで鼻をきかせてみる。──押入?
 す、とふすまを開けたとたん、
 びしゅしゅしゅしゅっ!!
 「何か」が、ものすごい勢いで押入の隅っこに移動した。
 おそるおそる、その「何か」に目をやる。
「にぎえっっ!!」
 バケモノには耐性が有るはずの俺ですらのけぞった。湯気を立てるカレー皿、そこからにょっきりと生えた目ひとつ、耳ひとつ、そして甲殻類っぽい足6本。
 幸か不幸かそんなものに心当たりがあったりするわけで、
(……ゴゴ壱の並盛り大辛ってとこか)
 などと冷めた感慨が浮かんでしまう。
『志貴さんに見つかるとは思いませんでしたねー』
 口らしいものはどこにも見つからないが、もう世をはかなんで出家したくなるくらい想像通りの声が聞こえる。
「……琥珀さん。なんなんですか、『これ』」
『定点観測用のもんできんとですよ。こいつの持ち場はそちらの学校です』
「こんなとこで何を観測しようっていうんですか?」
 ため息をついてそう言った俺に、琥珀さんはあっさりと、
『それはもう志貴さんのあれやこれやを余すところなく』
「観測せんで下さいそんなもんっ!!」
『いえやっぱり秋葉さまのお気持ちとか、翡翠ちゃんの淡い想いを知る身としてはですねー』
「具体的に言うと?」
『30分5000円から1万円』
 売ってるし。
 と……扉の開く音とともに、ひいやりとした冷気が背中を打った。恐る恐る振り返った先には──
 いつの間に着替えたのかカソック姿の先輩。
「この手の小細工、やはり琥珀さん、貴女でしたか」
『あはっ、ばれちゃいましたか』
「例え知人、それも遠野くん絡みの、とは言え──これは許すべからざる冒涜です」
 冷え冷えとした声で先輩が告げる。
「そう、カレーの存在そのものに対する冒涜です!」
 ……怒りの力点はそこなんですか先輩。
「埋葬機関の一としてかかる冒涜を見過ごすわけにはいきません。勝負です琥珀さん」
『挑まれたからには受けて立つほかないですねー』
 気持ち身構えた風のもんできんと。
 次の瞬間……
 某映画のごとくブリッジ体勢にのけぞる俺。
 その俺の胴体があったところをためらいもなく先輩の黒鍵が突っ切る。
 そして、妙に背中が粟立つようなカサカサ音を立てて、もんできんとが天井へと逃れる。逆さになってもカレーがこぼれないのは感心していいのか呆れたものか。
 逃れたもんできんとを追って更にドスドス、と黒鍵が天井へ突き刺さる。もんできんとは更に壁へと移動して不意に動きを止めると、どう考えても物理的にありえない大きさにあんぐり、と「口」を開いた。
 そこへ先輩の黒鍵が5本まとめて突き刺さり、発火して五芒星を描く。今にも先輩を飲み込もうとしていた「口」はしおしおと縮み、もんできんと本体もぼたり、と床に落下した。どうやら、勝負はついたらしい。
「……さすが琥珀さん、一筋縄では行かない相手でした」
 にやり、と唇の端に笑みを浮かべて先輩がつぶやく。
(てゆーか、屋内で火葬式典はまずいでしょ先輩)
 黒鍵が無数に生えた茶室でそんなことを言っても無意味な気がして、それは心の中でツッコむにとどめておいた。

 校門をくぐるとアルクェイドがぶんぶか手を振っていた。
「おーい志貴ー……と眼鏡の破壊魔」
「誰が破壊魔ですか、このあーぱー女」
 顔を付き合わせるなりいつもの調子の二人。と、アルクェイドが俺の方に顔を向けて、
「ねー志貴、これって志貴んちのじゃない?」
 そう言って後ろ手にしていたものをひょいと俺に見せた。
(……う)
 なんというか、ずたずたに切り刻まれて「でろん」とぶら下がっているラーメンどんぶりというのは一種見物であるようなそうでないような。
「なんか視線を感じるなと思ったらこんなのが隠れてたから殺っちゃったけど、志貴ったらちょっと趣味悪いよ」
 ぷんすか、と憤慨するアルクェイド。
(この調子だと当然屋敷の中と有彦の家とアーネンエルベ辺りには潜んでるんだろうなぁ……)
 こいつらの同類があと何匹いるのか想像して、俺は青い青い空を見上げて途方に暮れたのであった。

(続いてしまいますか)

[[本日のもんできんと]]

定点観測用もんできんと(カレーバージョン)
結果 : シ(シエルによる抹殺・以降同じ)

定点観測用もんできんと(ラーメンバージョン)
結果 : ア(アルクェイドによる完殺・以降同じ)


目次へ戻る

ゲーム系ネタの小部屋へ戻る

ど〜じゅの客間へ戻る