夏本番。
ということで、家中総出で今日は海水浴である。
「──それにしても、静かで良い浜ですわね」
デッキチェアに横たわった秋葉がサングラスなど掛けてそうのたまう。
確かに、浜には俺たち4人を除いて人影一つない。
つーか、更衣室もシャワー室も無人で無料。海の家の一つもない。
(……どっかに「琥珀なんとか」って書いた看板があったような……)
いや、気にしたら負けだ。多分。
「秋葉さま、志貴さん、プレジャーボートの用意ができましたけど、おいでになりませんか?」
そこへ、琥珀さんがひょこっと顔を出してそう言った。
「プレジャーボート?そんなものに支出を許可した覚えは……」
眉をひそめて秋葉がそう言うのに、
「いえ、地元の方の好意で貸して頂けることになりまして」
「それなら構いません。兄さんもいらっしゃいますよね?」
……それで納得していいのか妹よ。
ともあれ、そのプレジャーボートに乗った俺たちは、付近を一回りしてくることになった。
「──それにしても、静かな船ですわね」
秋葉が首をかしげながらそう言った。
確かにやけに静かだ。この手の船って、結構エンジンの音や振動がやかましいものなんだけど。
嫌な予感を感じた俺は、こっそりと操縦室へと忍び込んだ。
そこには、脈が浮き出したパネルだの、びくんびくん痙攣するチューブだのを相手に「夜露死苦!」とか決めている琥珀さん。
「よもや、とは思いましたが……やっぱりもんできんとですね、この船」
「そうですよ。あ、一応秋葉さまには内緒でお願いしますね」
琥珀さんはそう言ってぐりん、と舵輪を回した。
「まぁ、そりゃ、ここで船ごと『略奪』されて溺れたくないですし」
ぐるり、と室内を見渡してみる。そこかしこが奇怪に生物めいていることに目をつぶりさえすれば、特に変なものは……
「あの、琥珀さん。あそこの隅にある、あれ、何ですか?」
ぴこーん、ぴこーんと音を出しながら、円形のスクリーン上を光の線がくるくると回転している。
とたん、琥珀さんの動きがかちん、と固まった。
30秒後、だらだらと冷や汗を垂らしながら琥珀さんは一言、
「魚探ですよ」
「ぎょたん?」
なんのことか分からず、そのままオウム返しに返す俺。
と、そのスクリーン上に、光る点がぽつん、と現れた。
途端。
ぐいぃぃぃぃん!
ものすごいGを掛けて船が針路を変えた。
「な、何なんですか、琥珀さん!」
「ちょ、ちょっと、制作中に聞いていたBGMに選択ミスがあったみたいで……」
「BGMって……何聞いてたんですか?」
「鳥羽一郎です」
「……それがこの現象とどういう関係が?」
「どうも漁師魂が宿ってしまったみたいで。あはっ」
そこで可愛らしくポーズ決めても仕方ないんです琥珀さん。
よく見れば舵輪その他操縦系は琥珀さんが触れてもいないのに勝手に動いている。
「琥珀っ!!これは一体どういうことなの?!」
叫び声に慌てて出てみると、据え付けのパラソルにつかまってなんとかしのいでいる秋葉と、平然と直立不動の翡翠。……すごいや翡翠さん。
それはともかく、
「いや、ちょっとトラブルだってさ。琥珀さん今手が離せないらしい」
そう言った俺に、翡翠の無言のアイコンタクトが飛んでくる。
(……また、ですね?)
(そう)
ふう、と諦めきった表情で返して、もう一度操縦室に戻る。
「で、どうなれば落ち着くんです?こいつ」
琥珀さんは魚探、と呼んだ装置を見て、
「もうじき目標地点に着きますから……あ、志貴さん、秋葉さまと翡翠ちゃんに、船室に入るように言って頂けませんか?」
意図は分からないまま、また外へ出て、二人にそう伝える。不承不承の体ながら二人は船室へと入っていった。
と……さっきまで二人がいた船尾のスペースの床ががばっ、と下へ口を開いた。
そこから──
噴水のように吹き上がってくるアジサバその他魚介類。
「とりあえず、吸い上げ漁とでも命名しましょうか」
他人の口調でそんなことを言う琥珀さん。
その時、例のスクリーンに新たな光点が浮かび上がった。
ぐぃぃぃぃいい!!
「またかっ?!またなのかっ?!」
夜。
晩ご飯は取れたての魚で舟盛り焼き魚天ぷら食べ放題。つーか食い切れません。
「あら?琥珀、灯りが点いたようだけど?」
「あ、夜はイカ釣りをやりますので」
……だからもう食いきれないってば。
一週間後。
「さっきの船、銃撃してこなかったか?」
「船腹にはキリル文字が書いてありました」
「昨日はハングル文字の書いてある船に追いかけられたわね」
琥珀さんを除く俺たち3人、揃ってため息。
「「「陸[おか]に帰りたーい!!!」」」
「ちなみにこの船、兄弟の弟なんですよー」
「……それって洒落ですか?」
(続くんだろうかねぇ)
[[本日のもんできんと]]
プレジャーボート改め漁船もんできんと
結果 : 使
※注:魚探……魚群探知機の略。