パックスギャラリー
ギャラリー内部

PAX Gallery
の資料

1985〜89

1985年秋から、1989年夏まで、まる4年間、東京目黒は権之助坂にPAXギャラリーというものが存在していたのをおぼえていますか。忘れてしまった方、ご存じない方のために、ささやかな資料集として、このページを作ります。
1985年春から初夏にかけて、友人たち(東京綜合写専OBですが)の間で自主ギャラリーを作ろうという話が持ち上がりました。ある程度メンバーが集まったところで、夏に不動産屋まわりをして、部屋を借り、内装工事まですべて自分たちでやり、10月20日にオープンしました。六畳間より少し広いぐらいのスペースです。(それでもビルの1フロアーというのがすごい) メンバーは江田康夫、小椋利文、小嶋 敦、後藤元洋、田中耕二、田村 博、古川敬三、望月基樹、山口貴子、で後に何人かがぬけ、88年から伊藤太郎が参加します。小椋、望月、伊藤以外は綜合写専OB(83,84,85年卒業)。江田、小椋は85年当時、同校研究科在学中(翌年卒業)。望月は日大芸術学部文芸学科、伊藤は日芸写真学科在学中でした。代表者は決めず、決定事項は話し合いで決めました。資金、維持費もメンバーで負担しました。

カメラメーカー系のギャラリーでは審査があるので、実験的な作品や写真の範疇からはみ出すようなものは、だめですし、作品ができてから展示までに1年も待たされることもあります。また、貸画廊では、賃料も高く、固定した人の流れを作れないということもあります。そこで、自分たちの「場所」を作ったのです。付加価値として、情報の集まる場所にもなりました。 PAXギャラリーは、固定した方法や方向を持ったものではありません。メンバーの個性はまちまちです。もちろん写真にのみこだわり続けるものでもありません。つねに変化する個の自由な表現の場です。その中で、時代のさきの何かを見つけていけばと思っています。その意味で表現分野を越えた活動を続けていくつもりです。
開催された写真展の資料です  GO>>
こういう「宣言」のもとに、ギャラリーを始めました。審査がないということで、個人の表現に制限は加わりません。ギャラリーとしての表現の幅も気にしました。それまでの自主運営ギャラリーでは、ギャラリーごとに写真の傾向が決まってしまうようでした。綜合写専OBが多いのですが、幸いにいろいろなゼミの出身者から成っており、傾向も様々です。また、さらに広くメンバー以外からの参加も募り、幅を広げていこうとしました。


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