薬害エイズ原告準備書面(22)


平成元年(ワ)第14265号 平成2年(ワ)第9730号
平成3年(ワ)第16226号 平成4年(ワ)第14708号

                                                  原告 原告番号1乃至47
                                                  被告 国         外5名

                                準備書面(22)

1993年10月18日
                               右原告ら訴訟代理人
                                                          弁護士 渡邊良夫
                                                          同   鈴木利廣
                                                                  外44名
東京地方裁判所 民事第15部合議係 御中

本準備書面の目的
第一 血液行政・薬事行政と国(厚生大臣)の怠慢
 一 はじめに
 二 国内献血による自給の確立の方針は推進されなかった
  1 血液行政の概観
  2 閣議決定と意見具申の検討
  3 血液自給に向けての具体的な方策はとられなかった
   (一) 400ml採血と献血量の増大
   (二) 成分採血(プラズマフェレーシス)の推進
   (三) 血液成分療法(成分輸血)の徹底
   (四) 血液(とくに新鮮凍結血漿及びアルブミン製剤)の適正使用
  4 1975年の血液問題研究会の意見具申を後押しするもの
  5 『血液事業における国の役割』について
   (一) 血液事業において国が果たすべき役割・責任について
   (二) 国内献血の推進は一部の声か
 三 血液行政における構造的矛盾について
  1 日赤と民間製薬企業との二元化現象
  2 国による製薬企業の利潤追求の容認
 四 小括
第二 ウイルス感染症の予見可能性
 一 総論
  1 はじめに
  2 血液を介する既知のウイルス感染症の危険
  3 血液を介する未知のウイルス感染症の危険
  4 ウイルス感染症の特徴
 二 濃縮製剤によるB型肝炎感染の必然性
  1 献血の推進と抗原スクリーニング
  2 安全な献血クリオとその改良
  3 アメリカの売血とプール血漿の危険性
  4 濃縮製剤の製造工程におけるウイルス濃縮
   (一) 第VIII因子濃縮製剤の場合
   (二) 第IX因子濃縮製剤の場合
  5 既に抗体を持っている血友病患者と濃縮製剤の導入
  6 まとめ
第三 結果回避可能性(その1)−本件製剤の承認・販売の不必要性
 一 はじめに
 二 血友病はどのような疾患と認識されていたか
  1 血友病の出血症状について
   (一) 「致死的な病」か
   (二) 出血の頻度
    (1) 凝固因子の活性レベルと出血症状
    (2) 頭蓋内出血の頻度
  2 血友病の予後について
   (一) 後遺症について
   (二) 患者の「平均寿命」「平均年齢」について
  3 血友病Bについて
 三 血友病の治療はどのように行われていたか
  1 補充療法の推移
   (一) 全血輸血時代における補充療法
   (二) AHG、クリオの開発と意義
  2 クリオにおける治療の状況
   (一) クリオの効能について
   (二) クリオの副作用について
   (三) 自己注射について
   (四) 本件製剤に比べ普及しなかった理由
  3 血友病Bに対する治療
 四 まとめ(クリオによる供給可能性を含めて)
第四 結果回避可能性(その2)−加熱によるウイルス不活化
 一 はじめに
 二 ウイルスの熱に対する特徴
 三 乾燥加熱について
  1 被告製薬企業らが導入した加熱方式
  2 乾燥加熱方式について
  3 乾燥加熱の前提である凍結乾燥の意味
  4 被告らの怠慢
 四 液状加熱方式について
  1 はじめに
  2 製剤の純化・精製と液状加熱方式
  3 被告ミドリ十字の「血液製剤」をめぐる特許申請
  4 安定剤は既に見いだされていた
  5 国の欺瞞
第五 被告らの責任
 一 被告企業各社の不法行為責任
  1 はじめに
  2 製薬会社の安全性確保義務
   (一) 安全性確保義務の存在
   (二) 安全性確保義務の内容
   (三) 特に新薬の場合の義務
   (四) 製造業者と輸入業者
  3 予見の対象
   (一) 本件製剤登場以前ないしは登場当時における、
      血液を介するウイルス感染症の危険の現実性
    (1) 血液の特殊性
    (2) 感染症は現実の問題だった−特に肝炎について
    (3) 未知のウイルスによる感染症の危険の現実性
    (4) 小括
   (二) プール血漿の導入による、ウイルス感染症の危険の飛躍的増大
   (三) 輸入売血の危険性
   (四) まとめ
  4 帰結としての製造・販売回避義務ないしは
    ウイルス感染症防止策実施義務の発生−結果回避義務
   (一) 製造販売回避義務
   (二) ウイルス感染症防止策実施義務
  5 被告企業の主張するいわゆる衡量論について
  6 立証責任について
  7 結論
 二 被告企業の債務不履行責任
  1 安全性に関して瑕疵のある製剤の供給
  2 安全配慮義務を基礎づける関係について
 三 被告国の責任
  1 国賠法1条の違法性の意義について
  2 薬事法に基づく厚生大臣の安全性確保義務
   (一) 改正前薬事法の趣旨・目的
   (二) 警察取締法規論の不当性について
   (三) 厚生大臣の安全性確保義務の存在
   (四) 安全性確保義務の内容
  3 厚生大臣の過失
   (一) 輸入売血プール血漿の危険性の予見
   (二) 国の杜撰な承認行為
   (三) 回避可能性
   (四) 過失
   (五) 欠陥医薬品についての過失の推定
  4 安全確保義務の違反

本準備書面の目的

  原告らは、血友病患者が本件製剤を通じてHIVに感染する以前から、本件製
 剤がプール血漿を原料とし、しかもそれが外国の売血を原料とするものである以
 上、HIVなど当時未知であった病原ウイルスが混入することが容易に予見でき
 たはずであると主張してきた。
  このことは、これまでの審理を通じて明らかにされており、従ってまた、病原
 ウイルス混入の危険を冒してまで、あえてこれを承認し、販売すべきではなかっ
 たのであり、またその必要もなかったのであって、被告らによる本件製剤の製造
 及び輸入の承認ならびに販売(以下単に「承認・販売」という)さえなければ、
 原告らが被った本件のごとき深刻かつ重大な被害も回避することができたことを
 主張してきた。
  被告らには、血液製剤という薬品を血友病患者に提供する以上、何よりその安
 全性を確保する義務があるのであり、本件製剤を血友病患者に提供する過程から
 すれば、HIVを含む未知の病原ウイルスの混入するおそれの極めて高いことが
 被告らには容易に認識しえたはずである。そもそも、本件製剤の承認・販売当時
 における血友病治療の状況からすれば、これが存在しなくとも血友病患者が血友
 病によって死に至るほどのことはなかったのである。
  また、血友病治療に本件製剤が有用なものであったとしても、当時知られてい
 た、血液を媒介とする肝炎ウイルスの感染を念頭におき、その不活化のため加熱
 などの具体的措置を講じるだけで本件被害を完全に防止できたのである。にもか
 かわらず、被告らは、こうした本件製剤の安全性を確保する手だてを何ら講じず、
 本件製剤を漫然と血友病患者らに提供した結果、本件被害を発生させたのであり、
 その責任は明らかである。
  本準備書面の目的は、原告らの被った現在の深刻な被害が、本件製剤の承認・
 販売される時期における右のごとき被告らの過失によってもたらされたものであ
 ることを、証拠に基づき、あらためて詳細かつ明確にすることにある。

第一 血液行政・薬事行政と国(厚生大臣)の怠慢

 一 はじめに

   国(厚生大臣)は、国民に対して安全な医薬品を供給する義務を負担してい
  る。血友病患者に対しては、安全な抗血友病血液製剤を供給すべき義務があっ
  た。
   そもそも人の体の一部である血液からつくられた血液製剤は、一般医薬品と
  は根本的に性格が異なる。血液製剤は、わが国においては、ワクチンなどとと
  もに生物学的製剤の範疇に入れられている。生物学的製剤とは「その製剤の効
  力(力価)や安全性を検査する試験が、物理学や化学の方法と技術だけでは不
  十分で生物学的な方法(動物実験だけでなく微生物や、動物由来の細胞などを
  使う場合も含む)を使わざるをえない製剤」をいう。この生物学的製剤につい
  ては、病原微生物または人体の血液から製造されるため、保存等その取り扱い
  については極めて細心の配慮が必要と考えられている。そのために医薬品一般
  に関しては通常最終製品の品質規格のみを規制するのに対して、生物学的製剤
  については原料の規制からはじまり製造工程全体の品質管理を要求するという
  特徴がみられる。
   加えて、血液製剤は生物学的製剤の中でもその原料としてヒト血液を使うた
  め、ヒトに感染する危険なウイルス等に汚染されていることが少なからずある
  し、かつ治療を目的として使用されるために一層厳しい品質管理が要求される。
   さらに、血液製剤は、人の血液を原料としている点において臓器移植と同様
  の側面をもっている。
   以上の点から、血液行政においては、高度な安全性とともに、血液を無駄に
  しないあるいは血液を利潤の対象にしないという高い公共性と倫理性が求めら
  れる(甲第86号証6頁、甲第248号証21頁)。ことに、血友病患者にとって血液
  製剤は一生使い続けるものであることから、その安全性の追求は血友病治療の
  中心課題となるもので(甲第244号証の1〜3頁)、右の性質に応じた製剤の供
  給管理は国を除いては主体足り得るものはないことは明らかである。
   しかるに、被告国は外国売血のしかもプール血漿を原料とするウイルス感染
  症の危険性の極めて高い血液製剤の、しかも製薬企業による供給を認め、本件
  被害を惹起せしめたのである。本件被害に関する責任ははかりしれなく重い。
   国は何をなすべきであったのか。

 二 国内献血による自給の確立の方針は推進されなかった

  1 血液行政の概観

    戦後、東大分院における輸血梅毒事件を契機に、日本の血液行政はスター
   トする(保存血液が輸血の際に使われていれば起こらなかった事件であった
   )。1951年(昭和26年)に民営のニホンブラッドバンク(現在の被告ミドリ
   十字の前身)及び横須賀血液銀行が設立され、1952(昭和27)年には日本赤
   十字社直轄の東京血液銀行が設置された。しかし、当初その中心は売血であ
   った。
    血液を売ることによって安易に現金を入手できることから、自己の健康も
   顧みず売血を常習とする者が現れ、頻回採血の弊害が目立ち始め、1959(昭
   和34)年頃から、売血者の貧血傾向が目立ち始め「黄色い血」と呼ばれる事
   態を招き、輸血用血液としての品質低下や輸血後肝炎の発症などの弊害が増
   加していた。
    1964(昭和39)年3月に発生したライシャワー事件は右のような事態の中
   で表面化したもので、過度の採血から重症の貧血症に陥っている売血者や、
   その血液の輸血による血清肝炎の発生の増加など、あらためて売血による弊
   害の実態をクローズアップされた。
    そこで、同年8月、政府は血液行政に関する諸問題について根本的な再検
   討をして、『可及的すみやかに保存血液を献血により確保する体制を確立す
   る』旨の閣議決定(以下単に「閣議決定」という)を行ったのである。
    右閣議決定における問題点は後述するとして、さらに、1975(昭和50)年
   の血液問題研究会の意見具申においても、『医療に必要な血液は、すべて献
   血によって確保されるべきである』旨の意見が提出されたのである(以下単
   に「意見具申」という)。
    右の閣議決定や意見具申に則って、血液行政が展開されていれば国・厚生
   省は血友病患者に対して安全な血液製剤を供給し得たはずである。
    にもかかわらず、1976(昭和51)年からは、アメリカの原料血漿あるいは
   血液製剤の大量輸入が始まってしまうのである(これは、1975(昭和50)年
   にベトナム戦争が終結して、アメリカに大量の余剰血液が生じたことを背景
   としている)。
    アメリカ由来の血漿あるいは血液製剤が2000人から25000人ともいわれる
   多人数の血液をプールして得られたもので、国内において得られる献血血液
   に比して、ウイルス感染症の危険性は飛躍的に増大するにもかかわらず、こ
   れを漫然と放置し、国内の献血による血液製剤の供給確保に向けた責務は全
   く果たされなかったのである。

  2 閣議決定と意見具申の検討

    1964年(昭和39年)の献血推進の閣議決定は、保存血液の面で確かに力を
   発揮した。しかし血液製剤として厚生省から認可されていたのが保存血液し
   かなかったという当時の事情のもとで、保存血液に関して献血を推進すべき
   旨が語られたのではあるが、その趣旨は医療用血液すべてに及ぶべきもので
   あった。この保存血液という用語が用いられたために、その後の保存血液以
   外の血液製剤の原料として外国の売血を使用する道を残してしまった(村上
   省三証人調書第8回99乃至105問答、第13回215乃至217問答)。
    むろん、閣議決定の趣旨を正確に把握すればすべての医療用血液に及ぶべ
   きことは当然であったのに、国は保存血液以外の分野について野放しにした
   のである。
    右の閣議決定の趣旨は、再度1975年の血液問題研究会の意見具申(甲第38
   号証)において確認された。右意見具申においては「医療に必要とされるす
   べての血液は原則として、献血によって確保されるべきである。今後の医療
   では保存血液に代わって血漿分画製剤や血漿成分製剤の使用が多くなること
   は明白であることからも、献血を一層推進し、医療に必要なすべての血液製
   剤は献血によって確保されるという体系を確立する必要がある」(3頁)「
   保存血液のみならず、およそ医療需要がある以上、いわゆる生血といわれる
   新鮮血液をも含めて、全血製剤、血液成分製剤、血漿分画製剤のすべての血
   液製剤にまで拡大し、その製造に必要な血液はすべて献血によって確保する
   という原則を確立すべきである」(7頁)ということを明らかにしている。
   さらに、血漿分画製剤についも言及して「現在、主として民間製薬企業によ
   って製造されているところであるが、その需要が急速に高まっており、今後
   は血漿分画製剤も献血によって製造されるべき」(15頁)とし、以上のこと
   に関連して、血液センターで血液製剤の製造にあたって排除されているHB
   抗原陽性血について「60度10時間の加熱によってその感染性活性を失うとい
   う経験的事実から、すでに欧米諸国では加熱人血漿たん白等の血漿分画製剤
   の原料血としてひろく使用されているところであるが、わが国においては、
   その安全性が確認されるまでは、一切の血液製剤に転用させないこととして
   いる」と明示している。
    この意見具申のHB抗原陽性血不使用の考えを基礎とすれば、HB抗原陽
   性血の蓋然性が極めて高い外来売血プール血漿(この点は第二、二において
   詳論する)は原料として非加熱のまま使用される余地はなかったはずなので
   ある。
    しかるに厚生大臣は、右の献血による自給原則確立のために何らの方策も
   講じなかったばかりか、それまで一切の転用を認められていなかったHB抗
   原陽性血を、輸入売血に関しては結果的に安易にすり抜けさせ、意見具申の
   翌年である1976(昭和51)年から血液製剤の原料血漿の輸入を開始させた。
   閣議決定以後輸血用血液の分野から撤退を余儀なくされていったミドリ十字
   をはじめとする民間血液銀行の生き残りの道として、閣議決定にはもともと
   「血漿分画製剤は売血で得た血漿で作ってもよい」という抜け道が用意され
   ていたと評価せざるを得ないが、右意見具申が出た後には、厚生大臣は明ら
   かに積極的に製薬企業のために(すなわち、意見具申の内容に反することに
   なっても、それを厭うことなく)、血友病患者や国民へのウイルス感染症の
   危険を無視して、米国由来の血漿の輸入を認めたのである。
    本来的には、閣議決定の趣旨をすべての医療用血液に徹底させ、さらに本
   件製剤の承認前から意見具申の内容に従って献血体制の充実を図り、400ml
   採血・成分採血を導入し、全血に代わり赤血球濃厚液の使用増加など血液成
   分療法を医療現場において徹底せしめ、さらには不適切な血液(特に新鮮凍
   結血漿やアルブミン製剤)の使用を適正ならしめることによって、安全な血
   漿の確保に早期に取り組んでいれば、HB抗原陽性血不使用の原則を崩すこ
   となく血漿分画製剤の自給自足を早期に実現することが可能であった。

  3 血液自給に向けての具体的な方策はとられなかった

   (一) 400ml採血と献血量の増大

     例えば、400ml採血に関して、国(厚生大臣)は1973年(昭和48年)に
    採血基準の見直しを検討したが、時期尚早との世論の反発があったと主張
    して、自らの責任回避を図ろうとしている。しかし、この問題はまさに国
    ・厚生大臣が「どのように宣伝をやるかということによって決まってくる
    ことであって、理解が得られなかったら得られるように努力するというこ
    とこそ必要なこと」(村上省三証人調書第11回219問答)なのである。実
    際にも、欧米諸国における標準採血量は400mlを越えていたのに、なぜ我
    が国だけが200ml採血であったかについてはその学問的根拠は明らかでは
    ない。しかも200ml採血は受血者にとっても不利なこととなることが指摘
    される。即ち、採血量が少ないということは、ひいては輸血において使用
    する本数が多くなることにつながり、結果として非A非B肝炎等の感染の
    機会が多くなり、またHLA等免疫の機会も多くなるのである。そのよう
    なマイナスがありながら、漫然と国は200ml採血を継続したということに
    なる。
     自らの怠慢を棚上げにして、被告国は血漿確保の困難性を指摘する。確
    かに、原料血漿の確保は「一朝一夕にして実現可能」なものではない。し
    かし保存血液について1964年の閣議決定以来10年かかったからといって、
    意見具申以後同様の期間が血漿分画製剤においても必要だということには
    ならない。既にそのときまでに相当量の血液が献血によって確保されるよ
    うになっているのであるから、その使用の方法や使用の適正化等を工夫し
    ていけば、その当時においてすら血漿分画製剤の原料をも国内献血によっ
    て供給するということは不可能ではなかったはずである。厚生大臣のとっ
    た現実の行動はそれとは反対の方向に向いていた。
     1984年(昭和59年)10月に血液事業検討委員会が設置され、1985年(昭
    和60年)8月に第一次中間報告がなされた(甲第37号証132頁)。ここで確
    認された内容は「医療に必要な血液製剤は全て献血により確保する」とい
    うことであり、10年前の意見具申の再確認でしかなかった。意見具申から
    10年が経ってようやく具体的な自給に向けての実施方針が検討されたに過
    ぎない。後手後手に回っている、血液行政のつけをだれが払わされている
    のか。
     被告らは、例えば昭和58,9年当時の現実からみてすぐに国内献血に全部
    切り替えることは簡単にできる問題ではないというような論じ方をする(
    村上省三証人調書第11回394問答)。しかしながら「58,9年当時の現状と
    いうものは、過去からの蓄積によって出来たものであって…そういうよう
    になったのはどういうことかということで」ある。「ある時点を捕まえて、
    出来る、出来ないというのはまともな考え」ではありえず、「そんな現実
    をだれが作ったか」ということこそが問われなければならないのであり(
    同調書394乃至397問答)、そのことは1970年代の血液供給においても言え
    たことである。

   (二) 成分採血(プラズマフェレーシス)の推進

     400ml採血とともに、血漿確保の面から重要なのが成分採血・プラズマ
    フェレーシス(採血に際して、血漿若しくは血小板成分だけを採って、残
    りの他の成分を供血者に戻すという方法)であった。
     プラズマフェレーシスそのものはアメリカ等では1970年代前半から既に
    実施されていた。これは、供血者に対して負担が軽くてすみ、かつ血漿の
    確保の面からも優れた採血方法である。しかるに、日本でプラズマフェレ
    ーシスが厚生省によって取り上げられたのは、ようやく1986(昭和61)年
    からであった。
     国・厚生省はプラズマフェレーシスが遅れた理由として、移動採血車で
    の限界や採血に時間のかかるデメリット、さらには血漿成分を分画製剤に
    加工するための技術をもっていなかったことなどを挙げている(村上証人
    調書第11回241乃至244問答)。しかし、それらはいずれも厚生省が本気に
    なって取り組む意欲があったかどうかで決定されるべき事項であって、何
    もすることなく誤った歴史を回顧的に振り返って、ある瞬間のみをとらえ
    て反論を組み立てるやり方は厳に慎むべきであろう。
     例えば、成分採血と400ml採血と200ml採血があるときのPRの仕方につ
    いて村上証人が述べているように(村上証人調書第11回241問答)、本当
    にやってほしいものを頭につけてPRするということをやっていないとい
    うことも、厚生省の取り組みの姿勢の弱さの端的な現れとみることができ
    るのである。

   (三) 血液成分療法(成分輸血)の徹底(甲第76号証乃至第80号証、乙共第
     38号証・第39号証・第42号証)

     成分輸血というのは、血液をなるべく多くの成分別にわけて、そのそれ
    ぞれをそれを必要とする患者に与えることであり、その必要性は経済的な
    側面と医学的な側面から説明される(甲第76号証3頁)。
     まず、経済的には血液を成分別に分けることができれば、一単位の血液
    を数名の患者に有効に与えることが可能となり、血液の有効利用が達成で
    きることになり、増加する血液需要に応えることになる。すなわち、全血
    に代って赤血球濃厚液を多用し、大量の血漿を血漿製剤製造の原料として
    確保できることになる(乙共第39号証)。次に医学的には、成分別にした
    ものを使用することによって目的とする成分をより多量に患者に与えるこ
    とができるようになり治療方法が高度になるし(クリオプレシピテートも
    その一つにあげられる)、また不必要な成分の輸血を除去することによっ
    て患者への負担を軽減することになるのである。
     この成分輸血は、欧米先進国の考え方からみれば、むしろはじめから血
    液成分療法から入っても不思議ではないという状況であった(甲第76号証
    )。欧米では1950年から60年にかけて医療用血液の供給について不安が生
    じており、これを切り抜けるために全血輸血から血液成分療法に切り替え
    られていったのである。
     成分輸血の成否を決定するかぎは赤血球製剤をいかに活用するかであっ
    た。世界の輸血先進国においては全血対赤血球濃厚液の比が1対3から1
    対4になっていた。一方わが国は血液成分療法に真剣に取り組んでいない
    ために、国際的にみて極めて高い献血率を誇りながら血液不足に悩まされ
    ている。わが国は全国的にみると1981年(昭和56年)でその比は1対1.1と
    低いレベルに止まっている。それすらも赤血球濃厚液と新鮮凍結血漿との
    抱き合わせ使用をかなりおこなって点数を稼いでいたので(この抱き合わ
    せ使用も、全血輸血を回避した意味を失わせる方法であること、感染率を
    倍加させる治療法であることから批判を受けていた)、実態としては1対
    1以下と考えられていた(乙第42号証11頁)。以上のように全血の占める
    率が高いということは、それだけ血漿の確保を困難にしているということ
    なのである。
     400ml採血や成分輸血の問題への取り組みが極めて遅れたということは、
    要するに製剤の安全性を高めるという見地を厚生省がもち得ていないとい
    うことを端的に示している。本件被害の発生と同じバックグラウンドがこ
    の点にも現れている。

   (四) 血液(とくに新鮮凍結血漿及びアルブミン製剤)の適正使用

     赤血球製剤の使用が十分になされていないということの反面に、新鮮凍
    結血漿の使用が不適切であったということも存在する。
     「わが国の現状を眺めてみると、新鮮凍結血漿に対する需要が極めて大
    きく、そのために血液事業全体がふり廻されている傾向がある」とまで指
    摘されていた(乙第42号証6頁)。このことは既に1979年(昭和54年)の
    厚生省血液研究事業の二之宮班の調査において、わが国では新鮮凍結血漿
    が栄養補給の目的で使用されることがかなり多い旨明言されていたのであ
    る。また、アメリカでは1975年にアルブミン使用に関する委員会が設置さ
    れ、1977年の同委員会からの報告においては栄養目的の使用は不合理な学
    理に合わない使用であるとして厳に警告がなされていた(同号証)。わが
    国では当初アルブミン製剤が入手難であったためもあって、当時において
    は新鮮凍結血漿が多く使用されていたのである。
     村上省三証人への反対尋問において、被告国の代理人は、新鮮凍結血漿
    及びアルブミン製剤の使い過ぎが問題視された時期を昭和50年代後半から
    に設定しようとする尋問を試みているが(同人の証人調書第11回169乃至
    179問答)、実際には昭和50年代の前半から新鮮凍結血漿の不適切な使用
    は問題視されていたのであるし(そうであるからこそ二之宮班の調査結果
    が出ている)、成分輸血に積極的に取り組む姿勢を持ち、原料血漿の確保
    を真剣に考え具体的な施策を模索していれば、アルブミン製剤の爆発的な
    使用を事前に防止することもできたはずである。
     アルブミンの使用量は、1976(昭和51)年から血漿輸入が開始されるや
    急激に増加し、1976年に16.1万lであったものが、1980(昭和55)年には
    約100万l、そして1985(昭和60)年には368万lまで伸張して(甲第44号
    証)、世界の3分の1を消費する事態にまでなってしまったのである。
    1976(昭和51)年ではアメリカの方が圧倒的に消費量が多く、アメリカが
    日本の8.6倍であったが、83(昭和58)年にはアメリカを抜いて世界一の
    使用国となり、ピーク時の85(昭和60)年には、逆にアメリカの1.3倍と
    なってしまった(同号証3頁)。民間製薬企業の競争原理に基づく消費拡
    大を野放しにした結果であることはいうまでもない。
     このような事態の中で、厚生省が真に国民の健康に目を向けて、真摯に
    各種製剤の適正使用に取り組みさえすれば、その適正化ひいては国内献血
    による自給に向けての具体的な展開は直ちに実現可能なことであった。
     例えば、1986(昭和61)年にアルブミンを含む血液製剤の使用適正化基
    準が示された(血液製剤使用適正化小委員会報告 甲第37号証138頁〜)。
    この使用基準が示されるや、アルブミンの使用量が3分の1減少し1987(
    昭和62)年には、241万lまで引き下げることができたのである(新鮮凍
    結血漿の使用も15%ほど減少した。甲第46号証328頁)。
     さらに、国・厚生大臣において真剣に血漿確保が検討されていれば、第
    VIII因子を含有成分とするクリオプレシピテートを除いたいわゆる脱クリ
    オ血漿を用いることもできたはずである。これも1986(昭和61)年の血液
    製剤使用適正化小委員会報告において考慮の対象とされているものである
    が(甲第37号証142頁)、既に風間睦美氏を委員長とするいわゆる風間レ
    ポートにおいても指摘されていることであり(甲第73号証261頁)、古く
    から取り組みの可能な方法であったはずである。

  4 1975年の血液問題研究会の意見具申を後押しするもの

    意見具申の出された1975年(昭和50年)にはWHOが勧告を出し加盟国に
   対して、「無償献血を基本とする国営の血液事業を推進すること」を要請し
   た(これは血液製剤が無償献血者よりもむしろ有償供血者から得られるよう
   になった場合には、伝染病の危険が高くなり、さらにあまりに頻回に採血を
   受けると供血者の健康に有害な影響を及ぼすということを考慮したものであ
   った−甲第247号証240頁)。このWHO勧告の後押しもあったのに全く生か
   されなかった。
    さらに1980年(昭和55年)の国際輸血学会では「献血と輸血に関する倫理
   綱領」25項目が定められた。この中には、「献血者と献血を集める責任者の
   いずれにとっても、決して経済的利益が動機であってはならない」(第3項
   )、「輸血の目的は患者のためにもっとも有効な治療と最大の安全を確保す
   るところにある」(第13項)、「患者は可能な限り必要な特定成分だけを投
   与されるべきである。特定成分しか必要としない患者に全血を輸血すること
   は、他の患者から必要な血液成分を奪うことになる…」(第21項)という綱
   領が示された。しかしながら、この綱領に示された理念も日本の血液事業に
   おいてその当時一顧だにされていない。

  5 『血液事業における国の役割』について

   (一) 血液事業において国が果たすべき役割・責任について

     被告国は、血液事業において国が果たすべき役割・責任について「血液
    製剤も医薬品であることにかわりないことから、その製造・輸入・供給は、
    経済活動の自由市場原理にゆだねられており…血液製剤に係る製造・輸入
    ・供給についても、その主体は国ではなく原則として私人たる製薬会社で
    ある」とし、「国(厚生省)には、自ら主体となって血液事業を推進すべ
    き法令上の根拠も義務もない」と主張する。
     しかしこれらの主張は無責任極まりなく、自らの責任を他に転嫁しよう
    とする姿勢の端的な現れと見ざるをえない。
     1987年(昭和62年)に厚生省が発足させた新血液事業検討委員会の第一
    次報告(1989年・平成元年)によれば、血液事業は「事業の性格上国をは
    じめとする公的な管理・役割は避けられない」として、国自らの責任の所
    在を明らかにし(甲第86号証51頁)、「血液製剤の供給者側においても、
    すべての血液製剤の医療需要を医療機関との緊密な連携のもとに的確に把
    握し、それに応じた製剤化及び供給を行うことが献血血液を有効に活用す
    るために必要不可欠であり、血漿分画製剤の原料の確保にも寄与すること
    になる。このためには国が関与する公的な組織において、…必要量を調査、
    推計の上、確保のための計画を策定し、それに応じて製造、供給すること
    が肝要である」(同45頁)ことを明らかにしているのである。これまでの
    献血の推進を目的とする1964(昭和39)年8月の閣議決定や、血液問題研
    究会の設置(1984年・昭和59年)、新血液事業検討委員会の設置(1987年
    ・昭和62年)等々のすべてが単なる行政指導の一環に止まり、当不当の枠
    内の問題でしかないというのは自らの立場を否定するものでしかない。

   (二) 国内献血の推進は一部の声か

     右の点に関連して、原告らは国内献血による自給体制の確立は早くから
    指摘されていたとしたのに対して、国はそのような「声は一部にあったも
    のの、その実現は容易でなくその必要性が叫ばれるようになったのはエイ
    ズ問題の発生によるものといっても過言ではない」と述べ、さらに1964年
    の閣議決定、1975年4月の血液問題研究会の意見具申等は血液製剤の自給
    化を目指すものであって、「国及び識者の間で、あるべき血液事業の目標
    として自給化が早くから唱えられていたものの、このような目標を実現す
    るための各種施策を講じるうえで必要とされる社会的コンセンサスが必ず
    しも醸成されていなかった」と主張する(被告国の準備書面(7)30〜32頁)。
     しかし、沿革的にみれば、様々な決定や意見具申や、そして研究を自ら
    行って来ていながら、それを具体化する姿勢にかけていた過去の怠慢に対
    して目を瞑り、問題となった瞬間だけを捕えて論を立てようとするもので
    あって到底受け入れられない。

 三 血液行政における構造的矛盾について

  1 日赤と民間製薬企業との二元化現象

    日本においては、輸血用血液製剤の製造が日本赤十字(以下日赤という)、
   血漿分画製剤の製造が民間企業と二元化されており、この二元化現象を是正
   することなく放置し続けたところに、今回の血友病患者の濃縮製剤によるH
   IV感染被害を引き起こした原因があり、血液事業の構造的矛盾がある。
    この問題に対して、被告国は二元化現象は経済的自由をそもそもの背景と
   して成立したものであり、国はこれを廃止ないし是正する権限も義務も存し
   なかったと主張する。
    国(厚生大臣)は1984年(昭和59年)に血液事業検討委員会を発足させ、
   さらに1987年(昭和62年)には新血液事業検討委員会を発足させている。そ
   して、新血液事業検討委員会による第一次報告(平成元年)にはわが国の血
   液事業において製造と供給を一元化すべきであるとする旨の報告がなされた。
    この一元化の方針は既に1975年(昭和50年)の血液問題研究会による意見
   具申にも示されていた。「わが国の血液事業は、国・地方公共団体、日本赤
   十字社が一体となってその推進に当たるべきである」として、日赤が中心と
   なって献血事業を担うべきと認められている最大の理由として「献血が人間
   尊重を基本理念とし、人々の善意に基づいて進められるべきものであること
   が、赤十字の理念である人道、博愛の精神に一致」することをあげている(
   甲第38号証)。この考え方が端的な形で、新血液事業検討委員会の第一次報
   告において示されたといえる。右報告は民間企業の能力の活用という点も留
   保しているが、基本的には血液事業においては「事業の性格上、国をはじめ
   とする公的な管理・統制は避けられない」としたのである(甲第86号証51頁
   )。結局、HIV感染被害という重大な結果を惹起してからようやく国は血
   液事業における性格を認識し一元化に取り組む姿勢を明らかにしたのである。

  2 国による製薬企業の利潤追求の容認

    以上の問題に関連して、原告らの「被告各製薬企業が濃縮第VIII因子製剤
   の安全性より経済性を優先し、被告国・厚生省が被告各製薬企業の利潤追求
   を容認した」という指摘に対して、国は何ら根拠のない中傷であるという。
   しかしながら、新血液事業検討委員会の第一次報告においては、「不当な利
   益の排除は厳格に行われなければなら」ず、「許容し得る利益については」
   「基本的事項は公表するなど透明化に努める必要」があるとした。また血漿
   分画製剤には差額(いわゆる薬価差)があり、まったくなくすということは
   困難であるが、その存在は「望ましいことではないし今後献血血液由来の血
   漿分画製剤に切り替わっていけばこうした差額はより一層容認し難いものに
   なる」と述べられている(甲第86号証53頁)。厚生省の発足させた委員会に
   よって原告の主張した事実は明らかにされている。
    被告国は準備書面(7)において、絶対的な献血量の不足と、治療現場にお
   ける血液製剤消費量の増大という状況においては、一元化ないし製薬会社に
   対する輸入・製造の禁止は到底不可能であるとする。しかし、これは本末転
   倒もはなはだしい。献血量の増大に向けて何らの取り組みもせず、治療現場
   の消費量の適正化に取り組みもせずに一元化が不可能であるというのは論理
   の順番を違えている。

 四 小括

   被告国・厚生大臣が、本来の責務に基づいて、血液の特殊性を十二分に認識
  し、外来売血による新たな病原ウイルス感染の危険性を野放しにすることなく、
  閣議決定や意見具申の趣旨に則って安全な国内献血による自給体制を確立し血
  液供給を行っていれば、血友病患者に対しても安全な抗血友病血液製剤を供給
  しえたはずであり、本件のような理不尽な被害は未然に防止できたのである。
  被告国の責任は思いと言わざるをえない。

第二 ウイルス感染症の予見可能性

 一 総論

  1 はじめに

    血液は本来的に危険性を内包したものである。被告製薬企業らは、その血
   液を原料とする製剤を製造・販売するものとして、本件製剤においてはそれ
   がB型肝炎ウイルスを初めとする各種既知の病原ウイルスに無防備であり、
   ましてやその危険を現実のものとして受けとめるべきであった未知の病原ウ
   イルスには何ら対策をとっていないということを十分承知していたし、また、
   被告国もそれを承知しながら漫然と承認した。
    本件の悲惨な被害は、右のとおり、被告らが病原ウイルスが製剤に混入し
   ていることを予見しながら何らその回避策をとらなかった末にもたらされた
   ものである。そして、本件製剤に何らかの病原ウイルスが混入しているとい
   うこと自体は被告らとしても実質的には争っていないのであるが、いわゆる
   総論立証が一段落した現在において、以下米国売血を数千人乃至数万人単位
   でプールしたものを原料とすることの危険性について、まとめて論じておく
   ことにする。

  2 血液を介する既知のウイルス感染症の危険

    本件濃縮凝固因子製剤に混入している可能性のある既知の病原ウイルスと
   しては、B型肝炎ウイルス(HBV)のほかにサイトメガロウイルス、エプスタ
   イン・バーウイルスその他のヘルペスウイルスなどが知られていた。また、
   既に1974年までに非A非B型肝炎ウイルスの存在が明らかになっており、原
   因ウイルスの発見・同定はされていないもののその病原がウイルスであると
   いうこと、及びそれが血液を介して伝播することは分かっていた。
    被告製薬企業らは、製剤の原料たる血液を多人数プールすれば、いわゆる
   中和抗体も同時にプールされることからこれにより病原ウイルスは中和され
   感染性が失われるなどと無責任なことを述べているが、同じ製薬企業たるベ
   ーリングベルケ社の論文では、右のようなことがあるとしてもなお残存する
   ものとして右の各ウイルスを挙げているのである(甲第14号証4頁)。
    B型肝炎ウイルスについては、HBs抗原スクリーニングが普及・進展し
   たことは事実であるが、これによって安全になったのは、供血者と受血者と
   の関係が基本的に1対1の関係にある輸血及びこれと同視できるクリオ製剤
   であって、後に後述するが、数千人単位で血漿をプールするということは、
   いくら精度の高い抗原スクリーニングを行なっても結局はその効果を台無し
   にすることなのである。

  3 血液を介する未知のウイルス感染症の危険

    1960年代後半になり、致命率の高い各種ウイルス性出血熱が相次いで報告
   された。即ち、
    1967年のマールブルグ病、
    1969年のラッサ熱、クリミア・コンゴ出血熱、
    1976年のエボラ出血熱、腎症候性出血熱
   等々である。これら感染症は欧米で突然に死者をもたらした。マールブルグ
   というドイツの都市の名前がつけられていることが端的にそれを表わしてい
   る。そして、これら感染症はいずれも高い死亡率を有し、患者との濃厚接触、
   特に血液・体液を介して感染することが知られていた。
    本件濃縮凝固因子製剤が承認・販売された時期というのは、「少なくとも
   先進諸国では認められていなかった新たなウイルス感染症とそれをもたらす
   ウイルスの分離同定の報告は絶えることなく続いている」(甲第25号証2頁)
   という背景を有していたのである。
    この間、1974年(昭和49年)にはこれまで血清肝炎として把握されていた
   ウイルス性肝炎の病態が、いわゆるB型肝炎ウイルスによるもののほかにも
   存在することが明らかにされ、非A非B肝炎と呼ばれるようになった。1968
   年(昭和43年)に大河内一雄がAu抗原(オーストラリア抗原)とB型肝炎
   との関連を明らかにして以来、HBs抗原スクリーニングが普及・進展した
   が、血清肝炎にはB型肝炎の他に別のウイルスが原因のものが存在すること
   が明らかになり、血液を介する感染症克服はスクリーニングだけでは容易で
   ないことが改めて認識されたのである。

  4 ウイルス感染症の特徴

    ウイルス感染症は大きく急性感染と持続感染に分けられるが、いずれにし
   ろ潜伏期があり、この間は他からも感染が気づかれずに人から人へと伝播し
   やすい。潜伏期が長いものが登場すると、当然のことながら当該感染者が発
   症するまでの間に他に伝播する頻度と範囲は大きくなる。
    一口に急性感染と言っても、当該症状を呈するまでにかなり長い期間のあ
   るものもある。B型肝炎はその端的な例である。そして、B型肝炎はときに
   いわゆるキャリアー化し、それは感染を拡大するという問題とともにキャリ
   アー自体もいずれ慢性肝炎、肝硬変、肝癌という形で発症するということで、
   その感染防止が叫ばれてきたのである。
    いわゆる持続感染は、さらに潜在感染、慢性感染、遅発感染に分けられる
   が(甲第159号証68頁)、いずれにしても感染者からその周囲への感染の拡
   大は誰にも気づかれずに進み、ひとたび発症者が健在化した時点では既にそ
   の周囲に相当程度感染が広がっており、まさに発症者は「氷山の一角」とい
   う様相を呈するのである。また、持続感染の特徴として、抗体がなかなか産
   生されない、あるいは抗体と抗原が共存するという現象が指摘されていた。
   これは、HIVのようなレトロウイルスに特有の現象ではなく、DNAウイ
   ルスであるヘルペスウイルス群においてよく見られることとして以前から知
   られていたことである。むしろ、免疫反応が体内からウイルスを駆逐する方
   向に十分働かないからこそ感染が長く持続するのだとも言えよう。
    さらに、ウイルス感染症には体内からウイルスを駆逐するという意味にお
   いての根治療法はない。
    従って、速水正憲証人が端的に指摘したとおり、ウイルス感染症に対して
   最も効果的かつ根源的対策としては、とにもかくにも感染しないようにする
   しかない(速水証人調書第20回第113問答、第119問答)。仮に供血者をスク
   リーニングして病原ウイルス保有者を排除しようとしても、未知のウイルス
   についてはやりようがない。また、既知の病原ウイルスについては、仮に精
   度の高い抗原スクリーニングが実施されても必ず漏れがあり、後述するよう
   に、数千人単位で血漿をプールすると当該ロットには必ず病原ウイルスが含
   まれることになる。
    従って、製剤の原料として大規模プール血漿を用いる以上は、その前提と
   して供血者スクリーニングが行なわれることは当然ながら、さらにこれをか
   いくぐって混入するウイルスの排除ないし不活化工程が要請されたのである。

 二 濃縮製剤によるB型肝炎感染の必然性

  1 献血の推進と抗原スクリーニング

    保存血液の供給を売血に頼っていたことでいわゆる「黄色い血液」が問題
   となっていたところに起こった肝炎をめぐるライシャワー事件を契機として、
   1964年(昭和39年)に「献血の推進について」の閣議決定がなされたことは
   前述のとおりである。売血から献血制度に切り替わったことにより、受血者
   の50パーセントをこえた輸血後肝炎の発生頻度は約15パーセントにまで低下
   した。
    既に原告ら第8準備書面、第14準備書面などにおいて輸血後肝炎、特にB
   型肝炎の重篤性については詳しく主張しているところであるが、B型肝炎ウ
   イルス(HBV)による急性肝炎、激症肝炎被害の防止の声に加えて、早くから
   HBVと肝硬変、肝癌との関係が疑われ、研究されていた。例えば葛西洋一
   ら「肝癌と肝炎ウイルスの関連をめぐる問題」においては、「わが国の原発
   性肝癌のHBsAg陽性率は、西岡らによると、地域により31〜60パーセントに
   及び」と、1972年(昭和47年)の西岡久壽彌らの論文を引き、「B型肝炎ウ
   イルスが原発性肝癌の発生に関与していることは疑いない」と述べられてい
   る(甲第281号証668頁)。
    かようなB型肝炎ウイルス研究の進展のもとで、1973年(昭和48年)から
   日赤においてR-PHA法という高感度のHBs抗原スクリーニングが導入され、
   輸血におけるB型肝炎の著減という成果をもたらした。

  2 安全な献血クリオとその改良

    右のとおり、献血の推進に加え抗原スクリーニングの導入によりB型肝炎
   に対する輸血の安全性は飛躍的に高まったが、輸血と同様に供血者と受血者
   とが基本的に1対1の関係にある献血クリオにおいてもこの理屈は同じであ
   り、献血クリオの安全性は非常に高まったのである。
    そして、クリオの難点とされたフィブリノゲン除去については、1974年に
   当時奈良日赤の福井弘らか54℃3〜5分加熱による簡単な分離法を発表して
   いる(甲第285号証)。この方法によればフィブリノゲン量は517mg/dlから
   46mg/dlに落ちるが、これは濃縮製剤のフィブリノゲン含有量と変わらない
   のである(甲第288号証8頁。後に「RCG-5」として治験に供され、その有用
   性・安全性が確認された中間クリオ−甲第20号証、甲第64号証649頁−は、
   右の福井らの方法にならったものである)。また、第VIII因子の収率のよい
   クリオが治療に用いられることにより貴重な血液資源の有効利用ができ、か
   つ、第IX因子は脱クリオ血漿から回収されるので、患者数が相対的に少ない
   血友病Bのための第IX因子製剤も国内原料で賄えたはずである。
    つまり、血友病A、Bのいずれの患者も献血原料製剤による治療が受けら
   れたのである。安全な血液を利用する権利と機会は、血友病患者も当然享受
   できるはずのものである。
    にもかかわらず被告らは、後述するように依然肝炎が必然であるアメリカ
   売血原料の濃縮製剤を導入した。血友病治療に肝炎は必然、やむを得ないと
   いう認識は、わが国における高度なスクリーニングの導入とクリオの改良法
   開発以後においてはもはやありうべきものではなかったのにである。

  3 アメリカの売血とプール血漿の危険性

    被告ミドリ十字は、「HBVのキャリアの頻度でいえば、米国血より日本
   血の方が高い」「B型肝炎感染の危険性はむしろ米国由来血漿の方が小さい
   と考えられていた」と述べる(準備書面(5)34頁)。しかし、これは献血と
   売血の危険性の違い、加えて、売血を2000〜25000人分プールした危険性を
   無視した暴論である。
    アメリカの売血者層のHBs抗原陽性頻度については1971年の時点で「
   Cherubinらによれば売血供血者では(一般の白人の)約10倍以上の1.2%に
   及ぶ」と報告されている(甲第280号証「輸血学」1978年版584頁)。仮に抗
   原スクリーニングを採用したとしても一定の率で漏れがあり(最善の条件で
   行った場合のRIA法をもってしても、2×10^4以下のHBV粒子は検出で
   きないとされている)、アメリカの売血者のようにHBs抗原陽性者頻度の
   高い層から採血する以上、当然検査に漏れるHBs抗原保持者の数も多くな
   るのである。
    R-PHA法採用後のわが国におけるB型肝炎予防効率は92.4パーセントであ
   るのに対し、RIA法による米国でのB型肝炎予防効率は1978年の時点で
   91.9パーセントであり(甲第282号証53頁)、予防効果はむしろ米国の方が
   低い。R-PHA法採用後のわが国におけるB型肝炎発生率は0.2〜0.5パーセン
   トとされているが(甲第283号証「血液を介する感染症」109頁)、右の予防
   効率からすると米国での発生率はわが国と同様かないしそれ以上ということ
   になる。つまり、米国売血者層から血液を採取すると、1000人に1人以上の
   割合で(B型肝炎を感染させるに足る)HBV汚染血が使用されるというこ
   とになるのである。これは、売血者を2000〜25000人という人数でプールす
   ると、そのロットは必ずHBs抗原に汚染されるということを意味するので
   ある。
    そして、1976年には志方俊夫らにより、HBs抗原陽性血清を10の8乗倍
   希釈したもの1ミリリットルの接種により感染・発症する、というHBVの
   強力な感染力が報告されているが(甲第281号証546頁)、売血を2000〜25000
   人分プールしたとしても10の3乗ないし4乗倍の希釈にしか過ぎず、HBV
   の感染力は影響を受けない。
    つまり、仮にRIA法などの高感度の方法によって検査していても、HB
   s抗原陽性者率の高い米国売血者層から採取した血漿を千人以上の単位でプ
   ールしたものを原料とすることは、高度なスクリーニングの効果を結局は台
   無しにするに等しいのである。

  4 濃縮製剤の製造工程におけるウイルス濃縮

    血漿分画工程の最終産物であるアルブミン製剤において加熱処理がされて
   いるのは何故か。高度なスクリーニング実施後においても大規模プール血漿
   にはHBVが含まれており、かつ、分画の過程で肝炎ウイルスが「落ちない
   」ことが分かっていたからである。以下に見るように、第VIII因子、第IX因
   子の分画・濃縮工程においても肝炎ウイルスは「落ちない」のであり、それ
   どころか、むしろ凝固因子と一緒に濃縮される。

   (一) 第VIII因子濃縮製剤の場合

     第VIII因子濃縮製剤の製造工程はクリオを出発点とする。クリオに含ま
    れる「第VIII因子は分子量が約200〜500万の巨大分子」(甲第27号証92頁
    )で、分子の大きさは直径390オングストロームとされる(甲第2号証21頁
    )。一方HBVの直径は42ナノメートル(1ナノメートルは10オングスト
    ローム)で、HBs抗原は約300万の分子量を有する(甲第280号証582、
    609頁)。両者はその大きさも分子量も似通っている。
     高分子化合物は大きさないし分子量が同程度であると一緒に動くので、
    その精製には相当複雑な工程を重ねる必要がある。いわゆるコーンの第I
    画分を例にとると、ここには原血漿蛋白の約5.5パーセントが回収され、
    含有蛋白の主体はフィブリノーゲン(凝固第I因子)であるが、第VIII因
    子もここに含まれる(甲第280号証696頁。このことから血友病Aの治療薬
    として分画I製剤がつくられたのは周知のことである)。フィブリノーゲ
    ンの分子量は約34万であり(甲第41号証171頁)、前述した第VIII因子の
    数値と較べると相当異なるように考えられるが、両者の相当量が同じ画分
    に含まれるのである。
     これからすると、直径も分子量も似通っている第VIII因子とHBVとが
    一緒に動くということは容易に理解されるであろう。コーンの第I画分は
    B型肝炎伝播の危険が大きいことが知られており、アメリカではFibrinogen
    (Human)の製造承認が1977年に廃止された(甲第41号証174頁。わが国にお
    ける第VIII因子濃縮製剤の輸入承認はその翌年である)。
     第VIII因子濃縮製剤の製造工程を被告ミドリ十字作成のフローシート(
    甲第17号証)で見ても、最後の乾燥加熱までにHBVを特異的に排除する
    工程は見当たらず、HBVが第VIII因子と共に濃縮されていることが分か
    るのである。

   (二) 第IX因子濃縮製剤の場合

     第IX因子濃縮製剤の製造工程については「血漿または血漿から第VIII因
    子、フィブリノゲンを分画した残りを燐酸カルシウムに吸着させ、クエン
    酸ソーダで溶出させるものと、DEAEセファデックスクロマトで分画したも
    のとの2種が用いられて」いるという(甲第27号証102頁)。仮に被告製
    薬企業等の第IX因子濃縮製剤が脱クリオ血漿から作成されているとしても、
    全てのHBVが第VIII因子と全く一緒に動くわけではないから、当然HB
    Vは脱クリオ血漿にも含まれている。
     1972年(昭和47年)に販売承認された被告ミドリ十字のコーナイン(後
    に被告バイエルから販売)の製法については甲第280号証704〜705頁に説
    明されている「DEAEセファデックスクロマト」というのはイオン交換クロ
    マトグラフィーと呼ばれる蛋白精製法の一種で、イオン交換体を用い、血
    漿蛋白成分のもつ荷電の強さの相違を利用して分画する方法であるが(甲
    第280号証701頁)、これは大量の試薬を比較的短時間で処理する際に用い
    られ、蛋白「精製の最初の段階での処理に適している」とされているもの
    である(甲第284号証「バイオ医薬品および産生細胞の品質安全性評価法
    」238〜239頁)。
     ところが、この同じ方法がウイルスの精製にも使用されるのである。甲
    第159号証28頁にはウイルスの化学的精製方法として「イオン交換樹脂、
    DEAE-cellulose、セファデックス、燐酸カルシウムゲルなどのカラムに
    virionを吸着させ、種々のpHとイオン強度をもつ緩衝液でウイルス粒子
    を游出させる方法もある」と記載されているが、これは先に引いた甲第27
    号証の第IX因子の精製方法と全く同じである。
     そもそもウイルス粒子の表面は蛋白質なのであるが、そうである以上は、
    蛋白質精製の方法がウイルス精製にも用いられるのは当然なのであって、
    第IX因子の濃縮工程はHBVの濃縮工程そのものなのである。

    右(一)(二)にみたように、濃縮製剤においてHBVは凝固因子とともに濃
   縮され、現実の使用経験からしても「商品化された多供血者製剤中には…H
   BVが含有されていることは確実」(甲第27号証262頁)なのであって、H
   BVは製品に含まれて血友病患者の体内に輸注されるのである。
    被告ミドリ十字は、「プール血漿の場合ウイルス混入の可能性もあるが、
   同時にそのウイルスに対する抗体もプールされる可能性がある」(準備書面
   (5)30頁)と無責任なことを述べている。しかし、仮にウイルスに抗体が結
   合したとしても単に希釈するだけで両者は解離するし、より固い結合でもp
   Hを変えることで解離することが知られている(甲第159号証62頁)。濃縮
   製剤の製造過程は希釈することもpHを変えることも含まれており、原料に
   混入しているウイルスが抗体によって中和されるなどとは製薬企業にあるま
   じき立論である。
    実際、第VIII因子阻害物質が出現した非血友病患者に被告ミドリ十字のコ
   ンコエイトを輸注して治療したところ、急性B型肝炎を併発して再入院した
   例が1982年の論文で報告されている(甲第299号証)。また、検査上も臨床
   上も非A非B肝炎が否定される健常ドナーから血漿を採取し、単一ドナーの
   クリオを作成してこれを用いて血友病患者を治療していたが、このクリオの
   在庫不足の折りに非加熱濃縮製剤を投与したところ非A非B肝炎の発症に至
   り「本症例は期せずして、NANB肝炎の感染防止にこのクリオがきわめて
   有効であることの証明になってしまった」という例も報告されている(甲第
   64号証636〜637頁)。
    既に1968年の時点で、プール血漿の危険性の故にアメリカ医学会専門委員
   会がその使用禁止を勧告していたが(甲第16号証)、これまで見たように大
   規模プール血漿はHBs抗原スクリーニング導入の成果を台無しにするもの
   であり、かつ、本件製剤の製造工程にウイルス排除工程が組み込まれていな
   い以上は、本件製剤は病原ウイルスが「野放し」のままであったと結論せざ
   るを得ない。つまり、(改正前)薬事法第56条にいう「病原微生物により汚
   染され、叉は汚染されているおそれがある医薬品」そのものだったのである。
    そして、濃縮製剤を初めて投与される血友病患者にとっては、本件製剤の
   輸注により、肝炎感染は必発だったのである。

  5 既に抗体を持っている血友病患者と濃縮製剤の導入

    被告国は「いったん肝炎に感染した血友病患者にとっては、それ以後の肝
   炎ウイルスの曝露は、あまり大きな意味をもたない」と述べる(平成3年1月
   21日付求釈明申立書10頁)が、この主張は医学的に非常に粗い議論で無責任
   そのものである。
    HBs抗原には、adw、adr、ayw、ayrの4つの型(サブタイ
   プ)があり、日本ではadrが75%弱、adwが24%強の割合であるが、ア
   メリカではadwが84%強、aywが15%強という割合になっており(甲第
   281号証499頁)、サブタイプの感染状況が異なる。そして、HBs抗原のあ
   るサブタイプによる感染は他のサブタイプのウイルスによるその後の感染に
   対して必ずしも免疫力を発揮しない、とされており(甲第280号証583頁)、
   実際にサブタイプの違うHBs抗原抗体の共存例も報告されている(甲第281
   号証555頁表2)。
    また、HBVキャリアーについては、従来は「自身には症状が出ないが感
   染源になる者」と理解されていたところ、研究の進展によって「キャリアー
   自体が慢性肝炎、肝硬変、さらには肝細胞癌への前駆病変である」と考えら
   れるようになった。そして、キャリアーの発症機序については、(HBVそ
   のものには肝障害に対する直接作用はなく)宿主の免疫能が関与する、HB
   Vに感染するとなんらかの抗原刺激によりT細胞が感作され、このT細胞が
   肝細胞膜に存在する抗原と反応して、肝細胞障害が起こる、と理解されるよ
   うになった(甲第281号証528頁及び534頁)。
    血友病患者は生涯頻回にわたって製剤の投与を受けるのであり、ひとたび
   濃縮製剤を導入すれば、その欧米における実使用の結果からたちまち治療の
   主流になることは容易く予想できた。その場合、B型肝炎ウイルスを必ず含
   んでいるはずの濃縮製剤によってアメリカからサブタイプの異なるHBVが
   もたらされると、すでに抗体を有している日本の血友病患者にどういう影響
   があるのか、十分に検討されるべきであった。
    さらに、一般人においてはHBVに汚染された製剤を長期間多数回にわた
   って投与されるようなことは考えられないところ、HBVキャリアーの血友
   病患者の場合、HBV感染による肝細胞障害の機序に関する知見からして長
   期間多数回にわたってHBVに暴露され続けた場合にどういう影響があるの
   か、十分に検討されるべきであった。
    濃縮製剤による治療が血友病患者にどのような結果をもたらすかについて
   は1977年にU.W.Hasibaらが、HBs抗原陰性の血友病A及びBの患者107名
   を対象に3年間にわたり治療スケジュール別に4群に分けてTransamynase(
   GPT)の変動を検討した結果として「Cryoprecipitate単独使用群では持続的
   肝機能異常者が少ない」ことを指摘している(甲第27号証263〜264頁)が、
   被告国は、濃縮製剤の承認審査において、このような欧米での実使用の経験
   やそれに基づく種々の研究の成果をつぶさに調査すべきであった。
    加えて、当時明らかになっていた非A非B型肝炎については「B型より慢
   性化しやすく、免疫反応が起こりにくいと考えられ」「抗体産生が十分に起
   こらない場合、再感染の可能性がある」(甲第281号489頁)ことを考え合わ
   せると、「いったん肝炎に感染した血友病患者にとっては、それ以後の肝炎
   ウイルスの曝露はあまり大きな意味を持たない」などという乱暴な結論が出
   ていたはずがないのである。

  6 まとめ

    以上に見てきたとおり、本件濃縮製剤は、米国売血者層から採取した血漿
   を2000〜25000人分もプールしたものを原料としており、肝炎ウイルスに代
   表される重篤な病原ウイルスが混入することが容易に予見できた。そして、
   B型肝炎ウイルスについて言えば、米国売血者層においてはその感染率が非
   常に高いことが知られており、HBs抗原スクリーニングが実施されていた
   としても漏れは必然で、その率からして千人単位で血漿をプールすると当該
   ロットは必ずHBVに汚染されることも容易に予見できた。また、抗原スク
   リーニングが開発・実施されていない既知のウイルスについては、仮に何ら
   かの方法で供血者スクリーニングを実施していたとしてもその精度には大き
   な限界があり、かつ、当該製剤による感染の危険性は血漿を大規模にプール
   することにより飛躍的に増大することが容易に予見できた。さらに、当時の
   海外における未知のウイルス感染症の発現状況からすれば、いつ重篤な未知
   のウイルス感染症が米国にもたらされても不思議はなかったのであり、その
   場合に売血者層から採取した血漿を2000〜25000人分もプールしている以上、
   早晩そのロットは当該未知ウイルスに汚染されることも容易に予見できたの
   である。

第三 結果回避可能性(その1)−本件製剤の承認・販売の不必要性

 一 はじめに

   被告らは、以上述べたような本件製剤の危険性、すなわち米国売血を大量に
  プールした血漿を原料とする本件製剤による重篤な病原ウイルス感染の危険性
  を容易に予見し得たにもかかわらず、これを漫然と承認・販売したのであり、
  その責任は極めて重大と言わなければならない。以下、本件製剤についてのか
  かる危険性を予見するならば、あえてこれを承認・販売しなくとも、血友病治
  療に格別支障を来すこともなかったことを本章において詳論し、次章において、
  当時容易に採りえたウイルスの不活化の工程(加熱処理)を施すことにより、
  本件製剤を通じた病原ウイルス感染の危険を確実に回避できたことを詳論する。
   これまでの審理を通じて、血友病がどのような症状を呈し、予後がどの程度
  のものであり、治療はどのようになされてきたかが明らかになっている。本件
  製剤の承認販売時(もっとも早いもので被告ミドリ十字のクリスマシンの1976
  年)までの、こうした血友病の症状と予後についての認識及び治療についての
  当時の状況をふまえるならば、あえて本件製剤を承認販売しなくとも血友病患
  者の生命健康に重大な影響を及ぼすことにはならなかったし、それまでの生活
  状況を悪化させることもなかったのである。
   いずれにせよ、本件製剤を承認販売しないことによる血友病患者への影響は、
  承認販売した結果であるHIV感染の重大さ深刻さに比べればごく僅かなもの
  であったことは明白である。以下に詳論する。

 二 血友病はどのような疾患と認識されていたか

  1 血友病の出血症状について

   (一) 「致死的な病」か

     被告らは、血友病という疾患が極めて重篤なものであり、それ自体が「
    致死的な病」であって、患者にとって本件製剤は欠かすことのできないも
    のであったかのように述べる。しかしこれは血友病の重篤性を過大に評価
    するものであり認められない。
     血友病は血液凝固因子のうち第VIIIないし第IX因子の先天的欠乏症であ
    り、正常な血液凝固機能をもたないため止血しにくい疾患なのであって、
    止血機能が全く欠損しているのではない。したがって、血友病患者がひと
    たび出血すれば凝固因子を補充しないかぎり絶対に止血しないというもの
    でもなければ、永遠に出血しつづけるというものでも勿論ない。
     例えば、小さな切り傷や擦り傷による出血などは局所を圧迫するだけで
    止血するし、鼻血や歯茎からの出血も出血部位の圧迫による局所処置が止
    血の基本であって、これを行わずにいきなり補充療法を試みるということ
    はない。鼻血や歯茎出血に対して補充療法を行わずに局所処置によって止
    血することも十分可能である(甲第27号証429頁、449頁、459頁以下、乙
    共第1号証196頁、199頁など)。
     また、もっとも頻度の高い関節内出血や筋肉内出血も、補充療法を行わ
    ない限り永久に止血しないのかと言えばそうではなく、激痛はともなうも
    のの安静を保つことにより、いずれは止血するのである。さらに関節出血
    や、次いで多い皮下出血や筋肉内出血を含め、これらの出血に対して補充
    療法を施さなかったために死亡したという報告は全血輸血の時代も含めて
    一切なされていない(山田証人調書第1回72項、風間証人調書第3回119項)。
     要するに血友病は、複雑な止血凝固メカニズムの中で一部の重要な凝固
    因子が欠乏しているため、出血したときに止血しにくいという疾患である
    から、出血の部位と程度並びに処置の仕方によっては希に死に至ることも
    あるが、それ自体「致死的な病」ではない。

   (二) 出血の頻度

    (1) 凝固因子の活性レベルと出血症状

      血友病の出血症状の頻度と重軽度は、第VIIIまたは第IX因子の血中レ
     ベルに関係するが、血中濃度1〜5%の中等症では、血中濃度1%以下
     の重症型に比較して症状も軽く、出血回数少なく、障害を残すことも少
     なく、また血中レベル5〜25%の軽症型では出血はまれであるとされて
     いる。もっとも重症型であるからといって年中頻回に出血を繰り返すと
     いうのではなく、時期によっては何ヶ月も出血しないということもある。
     そもそも凝固因子の血中レベルは、あくまで平均的なものであって、血
     友病患者以外のものはすべて100%の血中濃度を保っているというわけ
     ではなく、それ以下のときは止血凝固因子機能に異常があるというもの
     でもない。被告国も、「一般的に凝固因子の活性レベルが25パーセント
     以上あれば、健常者と出血傾向はほとんど変わらないといわれている」
     旨述べている(準備書面(2)24頁)。
      なお、血友病類縁疾患とされるフォン・ウィルブラント病は血友病A
     に比べ、関節内出血や頭蓋内出血などの深部出血は少なく、一般的に出
     血症状はごく軽度である。

    (2) 頭蓋内出血の頻度

      頭蓋内出血は、放置すれば死亡に至る出血症状であるが、その頻度は
     稀であって、一度も経験せずに人生を全うする患者が大部分である。甲
     第27号証36頁の表からも明らかなように、調査対象人員1117名の血友病
     A患者のうち頭蓋内出血症状を出現させた患者は僅か28名に止まってお
     り、100人のうち2.5人が経験するに過ぎない。血友病B患者についても
     ほとんど同じで、100人のうち2.8人のみである(甲第27号証37頁の表)。
      これは血友病患者以外の者の頭蓋内出血の頻度と変りなく、血友病患
     者すなわち頭蓋内出血の頻度が高いという誤ったイメージは払拭される
     べきである。頭蓋内出血は、風間証人の経験例によっても総出血回数
     1800回のうちの5回程度を占めるに過ぎない(甲第147号証図4)。

  2 血友病の予後について

   (一) 後遺症について

     被告らは、最も頻度の高い関節内出血によって関節の拘縮変形をもたら
    し、重度の関節障害を残していた旨主張している。
     しかしながら、血友病患者の歩行状況について厚生省研究班が調査した
    結果によれば、血友病A患者1226名中、86.9%の患者が杖や装具なしで「
    歩ける」のであり、「歩けない」患者は全体の1.9%に止まっている(甲
    第27号証44頁 昭和50年の歩行状況調査)。また身体障害者手帳の所有状
    況についてみれば、4.8%の者が所有しているのに止まっており、血友病
    患者の多くが関節内出血を繰り返し、その結果あたかも大部分の血友病患
    者が重度の関節障害を残しているかのように描き出すのは誤りである。
     また、頭蓋内出血は前述のように頻度が低いが、山田証人や風間証人に
    よれば、これも早期に診断し治療を施すことにより大事に至ることなく、
    後遺症も残さずに済んでいるのが実情である。

   (二) 患者の「平均寿命」「平均年齢」について

     被告国は、英国や米国における血友病患者の平均寿命が濃縮製剤の使用
    拡大によって改善されたなどと主張し、また我国における血友病患者の頭
    蓋内出血の予後につき、1960年までは極めて悪く、死亡率は70パーセント
    を超えていたが、最近は30パーセント台に低下したとして、その原因は濃
    縮製剤の発達により、外科的手術が可能になったことと、CTスキャン等
    の診断法の進歩によるものであると主張している。
     被告は、要するに血友病という疾患が生命をも脅かす重篤なものである
    ため、患者は押しなべて短命であったところ、濃縮製剤の開発によりこれ
    が改善されたということを主張せんとしているのであるが、これがいかに
    恣意的なものであり、科学的裏付けのないものであることは原告準備書面
    (4)で述べたとおりである。これに対し、被告国は準備書面(7)において、
    いくつかの文献を引用し反論するが、被告国は「濃縮製剤が血友病患者の
    平均寿命の長期化にもたらした効用を指摘しているにすぎない」とする一
    方で、血友病患者の平均寿命につき「いわゆるクリオ時代と濃縮製剤時代
    を比較しようとしたものではない」としており、結局平均寿命の長期化に
    つきクリオに対する濃縮製剤の優位性を主張するものでないことを自白し
    ている。
     また、後述するように頭蓋内出血に対して外科的手術が可能になったの
    は濃縮製剤の発達によるものではなく、全血や血漿時代から脳外科手術は
    現実に行われていたのであり、血友病Aについて言えばAHGやクリオの
    開発によって手術例が相次いで行われるようになったのである。その結果、
    血友病患者の「平均寿命」や「平均年齢」が伸びたことはあっても、濃縮
    製剤の時代になって有意にこれが伸びたという確たる統計はどこにも存在
    しない。むしろ、濃縮製剤を介したHIV感染によるエイズ発症という事
    態を迎え、血友病患者の「平均寿命」と「平均年齢」が下がっていくこと
    が確実視されるのである。

  3 血友病Bについて

    血友病Bは、血友病Aに比べ症状が軽いという原告の主張に対し、被告は
   誤りである旨述べる。しかし、血友病Bの患者は血友病Aの患者に比して入
   院比率が低く、補充療法の回数も少ない傾向にあることは厚生省研究班の調
   査によっても明らかに認められ(甲第27号証40ないし43頁)、このことは被
   告提出の乙共第1号証にも重篤出血が少ないとして記載されており(204頁
   )、何ら誤った主張ではない。
    因に、血友病Bの患者は血友病Aの患者の5分の1程度と推計されており、
   総数としても少ない。

 三 血友病の治療はどのように行われていたか

   被告らは、こもごも本件製剤の開発により、血友病治療が飛躍的に前進し、
  血友病患者が健常者と同等の生活を過ごせるようになったとして、それまでの
  血友病治療の蓄積を軽視しようとしている。血友病は血中の一部の凝固因子が
  欠乏している疾患であるから、根治療法の存在しない状況のもとでは欠乏ない
  し不足している凝固因子を輸注する補充療法が血友病治療にとって重要不可欠
  であることは疑いない。しかし、要は出血した際に凝固因子をできるだけ早く
  輸注し、止血を速めることが重要なのであって、クリオであるか濃縮であるか
  は二次的な問題である。また補充療法以外にも出血予防など患者のケアにとっ
  て重要なファクターはいくらでも指摘できるのに、これをすべて無視して、あ
  たかも血友病治療には本件製剤による補充療法がすべてであるかのように描き
  出している。
   しかしながら、以下に述べるように、凝固因子の補充としては全血輸血や新
  鮮血漿によるしか考えられない時代においても、それが早期になされるならば
  相応の止血効果が認められたのであり、濃縮製剤であっても早期に輸注されな
  ければ、止血が遅れ死に至るなど、影響は深刻なものとなるのである(風間証
  人調書第3回141項)。

  1 補充療法の推移

   (一) 全血輸血時代における補充療法

     被告らは、全血や血漿による凝固因子の補充しかなかった時代をさして、
    血友病の暗黒時代であったと述べ、この時代にはなす術なく手をこまねい
    ているしかなかったかのように述べている。
     確かに当時は血液行政の怠慢から失血死を防ぐために必要な緊急用血液
    を確保することさえままならない状況であったから、例えば頻度の高い関
    節内出血のような直接生命にかかわることのない出血に対しては、全血輸
    血をしたり血漿を輸注するということはごく限られた範囲で行われるに過
    ぎなかった。しかし、この時代であっても血友病臨床医のなかには必要な
    輸血を行い、患者や家族の切実な要望に応えてきたのである。この間の状
    況について、長年血友病治療に携わって来た加々美光安医師は次のように
    述べている。
    「私が医師になったのは、ちょうど昭和30年のことでした。このころの血
    友病患者さんの家族、身元の明らかな知人などから採血し、ただちに輸血
    する方法によっていました。特に血友病Aの家族さんの治療では、採血し
    たばかりの新鮮血漿でなければ効果がないため、これを予め用意しておく
    ことができません。そこで、往診した患者さんの枕もとで親御さんから採
    血して、それを直ちに患者さんに輸血するというようなこともありました。
    …中略…当時は、このように血友病患者さんに対する日常的な止血治療自
    体がなかなか大変だったこともあり、血友病患者さんに対する外科的治療
    は、それによらないと明らかに患者さんの命が危険に晒される場合以外は、
    避けるべきとされていました。それは手術に伴なう出血に対する止血術が
    不十分だと、手術によって患者さんによって大きな危険を招きかねない虞
    れもあったからです。しかし、それでも必要とあらば、医師は万全の準備
    をした上で、外科手術を血友病患者さんにも行なってきました。」(甲第
    244号証の1)
     このように、全血や血漿の時代にあっても、血友病臨床医のなかには患
    者や家族の期待にできる限り応えようと必死に努力していた者もいたので
    あって、「このころは、いわば治療ができないというのが実情」(風間証
    人調書第1回65項)などと一蹴するのは、こうしたまじめな臨床医を冒涜
    する証言というほかない。もっとも、詳細は明らかでないが風間証人自身
    が、血漿輸注による頭蓋内出血の手術に際して止血管理に立ち会い救命し
    た旨証言しており(第4回291項以下)、また風間証人も執筆者の一人であ
    る医学論文において「ことに新鮮血輸血は手技が簡便で効果も確実である
    ので、もっとも一般的な治療法である」と述べており(甲第141号証147頁
    )、その矛盾は覆い隠すべくもない。
     全血や血漿を輸注するほか凝固因子を補充する方法がなかった時代は、
    確かに多くの血友病患者が補充療法を受ける機会が少なかったことは事実
    である。しかし、それは貧困な血液行政の反映である供血体制の不備によ
    るものであって、全血や血漿の輸注自体に問題があったことを主たる理由
    とするものではなかった。
     いずれにせよ、この時代にも全血や血漿を早期に輸注すれば重篤な後遺
    症を残さずにすんでいたのであり、少なくとも全血や血漿を輸注したが含
    有凝固因子が不足していたため止血できず死亡したというケースはひとつ
    も報告されておらず、風間証人自身の経験にもなかったのである(第3回
    154項以下)。

   (二) AHG、クリオの開発と意義

     我が国においては、1967年にコーン分画I製剤(AHG)が承認販売される
    に至るが、これによって血友病Aの治療を飛躍的に前進させることになっ
    た。被告国らは、AHGやその後に承認販売されたクリオの難点を種々あ
    げつらい、本件製剤の優位性を強調するが、少なくともAHGやクリオが
    承認販売された時点では、その画期的効能が高く評価されていたのである。
     その証拠はいくらでもある。
     例えば前掲の甲第141号証では「これ(AHG)を使用すれば確かに血友病A
    の出血傾向は阻害でき、止血はもとより大きい手術さえも可能となった。
    古くより血関節およびこれにつゞく関節の強直、機能障害は血友病患者に
    とり最大苦悩の一つであるが、この血関節も本AHG液の輸注により関節
    内血液の採出が可能となり、機能不全の遺る程度も率も低くなって本製品
    は血友病A患者にとり絶大な福音ともいうべきであろう」と記されている
    (155頁)。
     また、1969年8月に開かれた第3回全国ヘモフィリア友の会全国大会に
    おいて医療講話を担当した福武勝博東京医大教授は「A型の患者さんには、
    AHG製剤というのができまして、安心して治療ができます。」と述べ(
    甲第136号証24頁)、同じく整形外科医の立場から増原建二奈良県立医大
    教授は「幸いなことに、ここ数年来、AHG製剤をはじめとして、血友病
    の患者さんに対する凝固因子補充療法が急速に進歩しましたので、整形外
    科の分野でも、これと積極的に取り組むことができるようになりました。
    」と述べている(同号証29頁)。さらに翌年8月に開かれた第4回全国大
    会では、記念講演に立った神奈川県立こども医療センターの長尾大医師を
    して「関節変化を減らすことが出来るのは、最早明白な事実です。」と言
    わしめるに至っている(甲第137号証16頁)。
     クリオについては、AHGよりも「作成が容易であって、コストの点で
    も有利」(甲第143号証94頁)であるとされ、「ミドリAHGと比較する
    と、含有する第VIII因子及び回収率の点で、また注入量が前者の5分の1
    の少量ですみ、注射器で速やかに静注しうる点においても、クリオはすぐ
    れた濃縮第VIII因子と考えられた」(甲第144号証3頁)とされている。ま
    た風間証人もクリオの使用経験をふまえて、「止血効果は的確であって、
    関節出血と激烈な疼痛を訴える患者に補充療法を行うと、その直後から疼
    痛の著名な軽減をみることはしばしば経験することである」(甲第147号
    証46頁左)として、クリオを高く評価していたのである。
     その結果、クリオは「血友病A治療の主流」(甲第145号証1554頁)と
    なっていったのである。

  2 クリオにおける治療の状況

    以下に、クリオによる治療の実際がどこまで進んでいたか、さらに詳しく
   述べる。

   (一) クリオの効能について

     前述したように、クリオは止血効果の面で抜群の成績を収めてきた。こ
    の点につき、山田証人も「とにかく輸注を始めると、もうその間に痛みが
    薄れてくるということで、私も初め非常にその効果を認めたのは、鼻血が
    出ている患者に注射を打っていましたら、打っている最中にもう鼻血が止
    まってしまったということで、やはり非常にきくもんだということを再確
    認したことがあります。」と証言しており(第1回113項)、その止血効果
    は血友病臨床医をして驚嘆させるほどのものであった。
     被告は、本件製剤の承認販売により、「それまで困難であった外科的療
    法を可能ならしめ」「一般外科手術も以前より困難ではなくなり」「その
    (外科的手術)適応範囲は飛躍的に拡大された」などと述べ、あたかもク
    リオの時代には外科的手術が困難であったかのように主張している。また
    風間も、いわゆる待機的手術については、これを差し控えていたかのよう
    に証言している。
     しかし、これが全くの虚偽であることは多くの医学的文献が証明してい
    る。
     すなわち、被告提出の乙共第1号証によれば、「1960年代に入り、コー
    ン分画I製剤あるいはクリオ沈殿製剤が応用されてから外科手術は容易に
    行えるようになってきた。その成績等に関して多数の報告がなされるに至
    った。」とされ、「日本において、1967年以降コーン分画I製剤、1969年
    クリオ沈殿製剤が用いられ、大腿切断術、扁桃腺摘出術、開頭術の成功例
    の報告がなされるに至った」(195頁)とされており、これらの成果が昭
    和50年度(1975年度)血液凝固研究会において報告されている(甲第150
    号証)。
     風間証人は、主尋問において「クリオ時代における手術の経験はほとん
    どなく一例のみである」旨証言していたが(第1回151回)、反対尋問のな
    かで甲第151号証を示され、実は11例も行われていたことが示されるや、
    前言の誤りを認めるに至っている(第3回302項)。風間証人の所属する帝
    京大学における血友病患者に対する手術の実際は厚生省の昭和50年度心身
    障害研究においても明確に報告されており(甲第157号証292頁)、ここに
    風間証言の杜撰さが端的に示されている。

   (二) クリオの副作用について

     被告らはクリオの効能と乾燥製剤化によって自己注射も容易になったこ
    とにあえて目をつぶる一方で、アレルギーなどの副作用の出現や本件製剤
    に比べフィブリノーゲンを相対的に多量に含んでいることをとらえ、クリ
    オは高フィブリノーゲン血症を生じやすいなどとして、その副作用を過大
    に評価している。しかしながら、蕁麻疹や腰痛などのアレルギー反応は、
    しばしば起こるものではなく、起きたとしても重篤なものはほとんどみら
    れず症状はいたって軽微なものである。山田証人も腰痛に対しては何らの
    処置もせず、蕁麻疹などのアレルギー反応に対しては抗ヒスタミン剤を投
    与する程度であったと述べている(第1回117〜119)。これらアレルギー
    性反応に対してはほとんどの場合一般的な注意をもって足りていたのであ
    る(甲第27号証279頁)。
     もっとも、ごく稀に出現するとされているアナフィラキシーなどの重篤
    な症状を呈するときは相応の緊急処置を要するのは当然であるが、これは
    クリオ特有ないしクリオ輸注に多く出現するというものではなく、本件製
    剤についても同様であり(風間証人調書第3回271)、このことをもって本
    件製剤との比較においてクリオの評価を減じる理由にすることはできない。
     また、フィブリノーゲン血症について言えば、関節内出血など大部分の
    出血に対する補充療法に使用する程度の輸注量であれば全く心配する必要
    のないものである(風間証人調書第3回263)。例外的に手術時など大量に
    投与する場合は、フィブリノーゲンが血中に滞留する可能性があり、高フ
    ィブリノーゲン血症を併発する恐れがあるが、この場合にもフィブリノー
    ゲンの数値を確認しながら注意深く輸注することにより、重篤な事態に至
    るのを十分防止できるのであり、現に風間証人自身がそのように対応して
    きた旨述べている(第3回265〜267)。
     副作用について問題にするのであれば、感染症である肝炎こそが重視さ
    れるべきであるが、前述のように肝炎などの感染症は本件製剤により危険
    性がはるかに高くなったことが明らかであるため、被告らはおしなべてあ
    えて口をつぐんでいるのである。

   (三) 自己注射について

     被告らは、濃縮製剤がクリオに比してアレルギー反応等の副作用が少な
    くなったことなどの結果として自己注射が可能になったなどと述べている。
     しかし、山田証人等の厚生省研究班報告を持ち出すまでもなく、血友病
    の臨床現場においては、乾燥クリオ製剤(ないしAHG)の出現(1967年
    ないし1970年)により、製剤を携帯、常備することも可能になり、それ以
    来つまり自己注射が公認される1983年のはるか以前から、乾燥クリオによ
    る自己注射の実績が積み重ねられてきていたのである(仁科証言、前掲加
    々美意見書(甲第244号証の1)。その結果、乾燥クリオによる自己注射を
    受けていた患者は、被告らの懸念するクリオの副作用による支障も経験せ
    ずに、まさしく「健常者」と同様の生活がおくれるようになったのである。
     風間証人は、当時の血友病臨床医としては極めて希有であるが乾燥クリ
    オを使用したことのない医師であり、勿論クリオによる自己注射の経験が
    全くなかったにもかかわらず、無責任にも「副作用も少ないので自己注射
    は本剤(本件製剤)によりはじめて可能になった」などと報告しており(
    甲第73号証260頁)、クリオの効能や当時の補充療法の実情を語る資格を
    有しないものと言わざるを得ない。

   (四) 本件製剤に比べ普及しなかった理由

     被告らは、クリオが高単位のものではなく、フィブリノーゲンの含有な
    どによる副作用などの問題点を解消できず、自己注射もまならないで治療
    効果を十分に発揮し得なかったため、本件製剤の承認販売後直ちに治療の
    主流を奪われたなどと主張している。
     しかし、本件製剤に比べてクリオの使用量が少ないのは、前述のように
    効能が患者や医師に高く評価され歓迎されたにもかかわらず、そもそも供
    給が十分に行われなかったことによるのであり、これはひとえに被告国と
    製薬企業の怠慢によるものである。先に詳述したように、国は、1964年の
    ライシャワー事件を契機とする閣議決定により、ようやく保存血液の献血
    促進を打ち出したが、「医療用血液」全般の献血による国内自給体制確保
    の方針は1975年まで全く出さなかったのである。その結果、クリオなど血
    友病患者のための凝固因子製剤の開発と製造販売は全て民間製薬企業の手
    に委ねられ、企業は利益の薄いクリオの製造に消極的となり、一部の企業
    のみが細々と続けていたに過ぎなかったところが、ひとたび濃縮製剤が開
    発されるや企業は、その原料を安価な米国の売血に求め、大量に生産する
    ことによって異常な販売合戦を繰り広げたのである。その異常さは、仁科
    証言や前掲の加々美意見書(甲第244号証の1)に生々しく示されており、
    山田証人もそのことを指摘している(第3回447項以下)。
     さらに、被告国自身も認めるように、患者に対する医療費補助が遅れ、
    本件製剤が相次いで承認販売された1978年までは極めて微々たる補助しか
    なされていなかったところ、本件製剤の承認販売以後にようやく自己注射
    の医療保険給付を開始し、患者の自己負担分を撤廃したのであって、クリ
    オ時代には患者がクリオの供給を十分に受けるだけの経済的基盤が整えら
    れていなかったのである。これはまさしく被告国の怠慢であり、クリオの
    品質、性能に問題があったかのように述べるのは、言い逃れというほかな
    い。

  3 血友病Bに対する治療

    被告らは、血友病BについてはAHGやクリオでは対応できないことから、
   本件製剤の承認販売がなければ、全血輸血や、血漿輸注に頼らざるを得なか
   ったではないかと声高に主張する。しかし、一般的には血友病Bが血友病A
   に比べ症状が軽く、症例も少ないことは既に述べたとおりであり、また仮に
   症状が同程度であったとしても、全血輸血や血漿輸注により何とか対応でき
   ていたことも動かしがたい事実である。風間証人においてさえ、血友病Bの
   患者の盲腸手術に際し、血漿輸注により止血管理して成功させた経験を有し
   ており(第1回72項、第3回164項)、本件製剤がない時代にあっても患者そ
   れ自体は致死率の高い疾患でないことを雄弁に物語るのであるが、風間証人
   が証言するように、血友病Bについても「本当に出血で苦しいから何とかし
   てくれというような場合。それから、どうしても手術しなければならない場
   合」(第1回72項)には、新鮮全血輸血や血漿輸注さらには第IX因子の半減
   期が相対的に長いことによる保存血液の輸注により、まかなえていたことを
   も示しているのである。
    また、血漿などによる補充も早期に行われるならば重篤な後遺症も残さず
   にすんでいたのである。

 四 まとめ(クリオによる供給可能性を含めて)

   以上述べたような、本件製剤の承認・販売の始期である1976年当時の、血友
  病の症状及び予後についての認識(これ自体は現在とほとんど変りない)なら
  びに補充療法の水準と実施状況に照らすならば、米国由来のプール血漿を原料
  として製造されることによる未知ウイルス混入の危険を敢えて侵して、本件製
  剤を承認販売する必要がなかったことは明白である。
   ところで、被告国は準備書面(7)において、甲第81号証及び第82号証を引き
  ながら、血漿製剤が必要以上に使われていることを医者の責任に転嫁したり、
  赤血球濃厚液と新鮮凍結血漿との抱き合わせ使用という使用実態を自らの責任
  に引き付けずに第三者的に述べることによって、国内自給の困難さを述べよう
  としている。
   しかしながら、第一で詳述したように、以上のような使用実態そのものを結
  果として作り上げてしまったのは厚生省である。様々な勧告や意見具申を受け
  止めて真剣に取り組んでいれば、右のような使用実態にはならなかったのであ
  る。
   アメリカからの外来売血によるプール血漿を原料とする血液製剤について、
  病原ウイルス混入の危険性を予見し、安全な国内献血による供給を目指すとす
  れば、以下に見るとおりその当時においてもクリオの供給が十分に可能であっ
  た。
   甲第73号証(甲第42号証にも引用されている、いわゆる風間レポート)にお
  ける計算を参考にしながら考えれば、まず、血友病A患者一人あたりの年間使
  用量は約3万単位であり、総需要量は約1億単位となる(正常人の新鮮血漿1
  mlに含まれる第VIII因子の量が1単位である)。クリオプレシピテートの製造
  における回収率が50%であると言われているので、原料血漿量として20万lが
  必要量ということになる。
   他方、第VIII因子濃縮製剤の承認時期である1978(昭和53)年の数字(乙第
  34号証によれば、ちょうど505万人分の献血者数があった)を基礎に、第73号
  証の計算をしてみると、6.3%を規格外として、そのうちから26.1%を全血製
  剤とすることとすると、分画可能な血液本数は350万本になり、血漿量はおよ
  そ28万lとなる。
   これはクリオを供給するに十分な血漿量といえる。しかも、右の甲第73号証
  の血友病一人当たりの年間使用量は濃縮製剤を基礎にしたものであり、クリオ
  プレシピテートの場合にはもっと少ない使用量であったはずである(乙第31号
  証の1乃至6をみて計算しても平均使用量は1万単位を超えるくらいである)。
  その分もあわせ考えれば、原料血漿は国内献血で十分に賄えたはずである。さ
  らに400ml採血や成分採血、新鮮凍結血漿の適正使用が加われば、国内献血に
  よる抗血友病血液製剤は完全に供給可能だったのである。

第四 結果回避可能性(その2)−加熱によるウイルス不活化

 一 はじめに

   被告製薬企業らは、自らの怠慢を棚にあげて濃縮製剤の加熱処理の遅れを様
  々な理由をつけて言い繕ってきた。被告製薬企業らが挙げる開発の遅れの理由
  に対しては既に原告ら第14準備書面においては、例えば「1970年代末まで、幾
  多の努力にもかかわらず、ウィルス不活化が成功せず、特に加熱処理の可能性
  については絶望的とする意見が大勢を占めていたのは当然というべき」(被告
  日本臓器第6準備書面14頁)との記述に代表される被告製薬企業らの加熱処理
  技術開発に関する主張の欺瞞性を再度明らかにする。そして、「被告日本臓器
  は昭和54年から医療機関に対する濃縮製剤の供給を行なっており、右濃縮製剤
  の供給は、その開発の当初から同被告の営業上の負担となっているものである
  が、同被告は、同被告の会社の経営に関する基本理念に基づき、血友病患者の
  治療のため濃縮製剤の供給継続をその社会的責任と考えて濃縮製剤の供給を開
  始し、また、現在もその供給を継続しているものである。」(被告日本臓器第
  5準備書面20頁)との偽善的主張こそが、実はウイルス対策を先延ばしにして
  いた製薬企業にあるまじき態度の根底にあることを明らかにする。

 二 ウイルスの熱に対する特徴

   ウイルスの不活化策の一つとして古くから知られていたのは加熱である。本
  件濃縮製剤の承認以前から「ウイルスは一般に易熱性で、55〜60℃、数分間の
  加熱によってcapsid蛋白は変成し、virionはその感染力を失う」ことが知られ
  ていた(甲第159号証30頁)。熱に弱いという性質はHIVも同様であって、
  バレ・シヌーシーらは、56℃30分間の加熱で感染力を失うことを1985年にラン
  セット誌上に発表している。
   そのようなウイルスの中で比較的熱に強いことが知られていたのが血清肝炎
  ウイルスであり、既に1948年にゲリスらにより(安定剤を加えた)アルブミン
  水溶液においてその不活化条件は60℃10時間とされた(甲第15号証)。
   以後、アルブミン製剤においては右の加熱工程が必須とされ、1960年(昭和
  35年)5月4日厚生省告示第116号「人血清アルブミン基準」においても、「製
  剤の調整」の項において「瀘過した製剤は直ちに60±0.5℃で10時間加温され
  なければならない」と定められた。実際、アルブミン製剤はその後の臨床使用
  により安全なものとして使用されてきたのであるが、それはこの加熱条件によ
  って既に知られているほとんどのウイルスを不活化できるものであり、製剤中
  のウイルスはもちろん未知のウイルスへの十分な対処となったからである。右
  のゲリスの時点、また厚生省告示の時点においては、加熱処理のターゲットは
  「血清肝炎ウイルス」であり、現在のようにB型肝炎ウイルスと非A非B肝炎
  ウイルス(さらにはC型肝炎ウイルスとその他)と分けて認識されてはいなか
  った。つまり、ゲリスの加熱条件は、当時同定されていなかった数種の肝炎ウ
  イルスへの対処であり、かつ、ゲリス論文において「血清肝炎ウイルスは、ウ
  イルスの不活化に通常用いられる56度C1時間の加熱でも生き残る」と記され
  ていることからすれば、同時に未知のウイルス対策でもあったのである。
   免疫能の低下した患者の栄養摂取目的にアルブミンが大量使用されたのも、
  免疫能が落ちている者に重篤な疾患をもたらすヘルペスウイルス群(甲第14号
  証4頁)が加熱処理によって不活化されており、製剤投与によるウイルス感染
  症被害が出ないことが臨床の場で知られていたからこそである。

 三 乾燥加熱について

  1 被告製薬企業らが導入した加熱方式

    血友病患者をエイズから護ることが「焦眉の急」となってようやく被告製
   薬企業らが導入した加熱方式は、「乾燥加熱」と呼ばれるものである。乾燥
   加熱方式は「凍結乾燥した凝固因子製剤をその状態で加熱する方法」(被告
   日本臓器準備書面(6)26頁)であり、加熱は製剤となった最終の段階で行う
   ものである。しかも、後述するように乾燥加熱方式においては「液状加熱」
   方式の場合と異なり「加熱のための安定剤」は特に必要としない。
    なお、被告日本臓器の製造元であるイムノ社の蒸気加熱方式も、工程の最
   終段階で製剤を加熱する際に若干の水分を加えるというもので、乾燥加熱方
   式と基本的には異ならないし、安定剤も不要のものである。
    そして実際に開発された加熱条件を見てみると、例えば被告バイエル(カ
   ッター社)は68度C72時間(甲第22号証)、被告ミドリ十字は60度C72時間
   (甲第23号証)、被告化血研は65度C96時間(甲第10号証)などというもの
   であって、これをベーリングベルケ社の「液状加熱」による60度C10時間(
   甲第21号証の1)という加熱条件と比較してみても、被告製薬企業らの加熱
   方式は、その温度といい実に3〜4日間に及ぶ加熱時間といいまことに苛酷
   なものである。
    かような方式を開発するのに、本件製剤承認当時と加熱処理工程導入当時
   とで技術的条件は何ら変わっていない。実際、被告ミドリ十字は、その準備
   書面(4)120〜121頁において、液状加熱から方向転換してわずか数か月後の
   1983年8月に乾燥加熱処理工程を完成した、という。しかも、乾燥加熱方式
   のウイルス不活化効果への疑問や変性蛋白による副作用の懸念を述べつつ製
   品に含まれる夾雑蛋白の除去や加熱後の第VIII因子の抗原性変化についてど
   のように解決したのか全く述べていない。これは他の被告製薬企業らも同様
   である。
    しかるに被告製薬企業らは、凝固因子は熱に弱いが故に加熱製剤開発には
   長年月を要した、と盛んに主張する。加えて、被告製薬企業らは乾燥加熱方
   式のウイルス不活化効果自体への疑問を口をそろえて述べている。にもかか
   わらず被告製薬企業らが実際に採用したのが当の乾燥加熱方式であるという
   事実は何を意味するのだろうか。

  2 乾燥加熱方式について

    前述したとおり、乾燥加熱方式は「凍結乾燥した凝固因子製剤をその状態
   で加熱する方法」であり、加熱は製剤となった最終の段階で行うものである。
   そして、この方式においては、液状加熱方式の場合と異なり、「加熱のため
   の安定剤」は特に必要としないということに注目すべきである。
    末尾の別表1は被告製薬企業らの提出した本件非加熱濃縮製剤の能書・加
   熱製剤の能書等に記載されている各添加物について、加熱前と加熱後とを比
   較したものである。これを見れば分かるとおり、非加熱の時点で「安定剤」
   の名で添加されている物質とでほとんど違いはない。共通している「安定剤
   」である「クエン酸ナトリウム」は、もともと血液の凝固防止に効果がある
   ことがベルギーのフスチンらによって発見されて以来、血液に「抗凝固剤」
   として添加されているものであって(甲第40号証1頁)、安定剤と言っても
   凝固防止の意味のそれで、加熱のためのものではないのである。要するに、
   乾燥加熱という方式は、特に加熱に備えた安定剤を加えることなく、被告製
   薬企業らが製造・販売していた非加熱の製剤を「びんごと」加熱するだけの
   ものなのである。
    従って、乾燥加熱方式において検討が必要なのは、既に1940年代から分か
   っていた「液状での60度C10時間」という肝炎対策としての加熱処理に相当
   する不活化効果が得られる温度と時間、またその条件における製剤の免疫原
   性の変化の有無である。被告化血研の論文(甲第10号証及び第63号証)の内
   容はまさにそれであるが、これからすると確かに乾燥加熱処理工程の開発に
   はせいぜい数か月の期間しか要せず、被告ミドリ十字の乾燥加熱処理工程の
   開発時間に関する主張もむべなるかなとの感を抱かせるのである。

  3 乾燥加熱の前提である凍結乾燥の意味

    ところで、被告製薬企業らが導入した乾燥加熱方式において、特に加熱の
   ための安定剤を加えることなく苛酷な条件で製剤に加熱してもなぜ第VIII因
   子あるいは第IX因子が失活しないか、と言うと、それは製剤が凍結乾燥され
   ていることによる。
    血液製剤の凍結乾燥処理は1935年に開発され、これによって製剤の保存性
   が飛躍的に高まった。その理屈は、要するに凍結乾燥させることによって蛋
   白質を水に触れないようにするということである。「加熱によって溶解して
   いるタンパク質が変性するのは、分子内水素結合の切断と、それらの水の水
   素結合との交換が関係している。したがって低温ないしは脱水の状態は変性
   を困難にする。いわゆるタンパク質の凍結乾燥は、このことによってタンパ
   ク質を変性から保護する手段である」(甲第19号証524頁)。
    さらに、第VIII因子は不安定であるという「常識」は、実は1973年には覆
   っていた。即ち「Schmer、Legazは高度に精製した純粋な第VIII因子は全く
   安定であるという成績を報告している。そして彼らは、第VIII因子は蛋白分
   解酵素にきわめてsensiveで破壊されやすいので、そのために不安定と考え
   られてきたのではないかと考案している」(甲第27号証94頁)のである。第
   VIII因子が血漿中にある状態というのは、他のいろいろな生蛋白や酵素と遭
   遇し、そのために破壊され易い状況にあることを意味する。従って、一般に
   蛋白質が低温では安定であること、温度が上がるとともに化学反応の速度が
   増大するという化学上の常識から低温下では第VIII因子が安定するという現
   象は説明できるところ、これがさらに凍結乾燥されるということになると、
   第VIII因子は他の酵素などと接触することがなくなるのであるから、高度に
   精製したのと同様の状態になる訳である。つまり、第VIII因子本来の性質で
   ある「全く安定」という状況が作り出されるのであるから、ここにおいてア
   ルブミン製剤の場合と同様に「加熱」によるウイルス不活化が容易に発想さ
   れるのである。
    そして、凍結乾燥された第VIII、第IX因子は「68度C72時間」とか「65度
   C96時間」という苛酷な加熱条件に、加熱のための安定剤なくして耐えたの
   である。

  4 被告らの怠慢

    本件濃縮製剤は、承認の当初から凍結乾燥されていた。わが国においては
   1985年に至ってようやく「乾燥加熱」製剤が販売されたのであるが、これま
   で述べたとおり、乾燥加熱に関する知識も技術も本件濃縮製剤の承認当時と
   1985年の当時とで何ら変わりはない以上、被告製薬企業らがわが国に濃縮製
   剤を導入するにあたって、少なくとも「乾燥加熱」工程は取り入れることが
   出来たはずであるし、被告国はその工程の可能性につき十分な検討をすべき
   だったのである。
    にもかかわらず被告製薬企業らは、まず我が国において非加熱製剤の販売
   を開始し、その普及を図った上でおもむろに加熱製剤の開発に着手した。右
   の態度からは、既に1960年代末からの欧米における濃縮製剤実使用の経験か
   ら肝炎感染被害の重大さが明らかになり、その対策が叫ばれていたことに対
   する製薬企業としての真摯な対応は微塵も感じられない。仮に、被告製薬企
   業らが述べるように実際乾燥加熱方式ではウイルス不活化効果に疑問がある
   というのであれば、それにもかかわらず乾燥加熱製剤を一斉に販売したとい
   う事実から浮き彫りになるのは、もともと対策を講じておくべきであった肝
   炎に加えエイズ問題が重大問題になった時期に、とりあえずは製剤のままで
   加熱できる方式を採用して一応の対策とし、見切り発車をした上で液状加熱
   を開発しようとの姿勢であり、製品を使用する血友病患者の安全はさておい
   て濃縮製剤の市場を確保し、かつ加熱製剤の販売競争に遅れまいとの競争原
   理だけなのである。
    事実、被告化血研の研究者は「米国CDCによる疫学調査の結果から、全
   く新しく出現した伝染病(AIDS)が血液や凝固因子製剤の投与によっても感染
   することが指摘され、FDAは直ちにその事を製剤メーカーに通達した。肝
   炎ウイルス対策よりも先に、このAIDSの病原ウイルス(HIV)を不活化するた
   めの対応が求められることになり、世界各国ともに早急に加熱処理を施した
   製剤に切り換える措置が採られた」と述べている(甲第289号証)。凝固因
   子製剤によるAIDS感染が表面化した際、被告製薬企業らは、非加熱製剤をそ
   のまま「びんごと」加熱するだけの「乾燥加熱」を採用し、シェアの温存を
   図った。そして被告国は、血友病患者をエイズから護る緊急の対策が求めら
   れていた時期に何ら手を講じなかった。それどころか、濃縮製剤の市場を維
   持しようとする被告製薬企業らが、とりあえずの対策として「乾燥加熱」製
   剤を瞬く間に開発し、治験に供し、承認申請するまでの間わが国血友病患者
   がHIVに感染するにまかせたのである。

 四 液状加熱方式について

  1 はじめに

    「血液製剤」の一つであるアルブミン製剤については、1948年のゲリスに
   よる安定剤を加えての60度C10時間液状加熱処理技術の確立以来、これが踏
   襲されてきた。日本が世界の全生産量の実に30パーセントを消費するという
   ような異常な事態に至った(甲第37号証30頁)のも、加熱処理によりウイル
   ス肝炎等の病原ウイルスに対し安全な製剤であるとの前提があったからこそ
   である。
    ところで、やはり「血液製剤」の一つであり、かつ、アルブミン製剤より
   も肝炎ウイルス混入の危険が高い濃縮第VIII、第IX因子製剤については、日
   本における承認の当初から製造工程中に何らウイルス肝炎対策が施されなか
   ったのであるが、これにつき被告らは、凝固因子製剤が熱に弱い故に適当な
   安定剤を見つけ出すのが困難であったと言い訳する。
    既に前章で述べたところにより、「乾燥加熱」方式においては特に「加熱
   のための安定剤」は不要であることが明らかになったが、以下においては本
   件製剤の承認時点において「安定剤」を用いる「液状加熱」方式も可能であ
   ったことを明らかにする。

  2 製剤の純化・精製と液状加熱方式

    既に原告ら第14準備書面34頁において指摘したように、被告製薬企業らが
   凝固因子製剤の純化・精製を真摯に図っていれば、液状加熱によるウイルス
   不活化工程に行き着いていたはずであった。
    被告化血研は第4準備書面48頁において、クリオに比べ10倍も精製された
   濃縮製剤といっても未だその99.96パーセントは夾雑蛋白質である主張して
   いる。しかし、夾雑蛋白の主たるものであるフィブリノーゲンは56度C3分
   間の加熱でほぼ完全に沈殿として除去できる(甲第20号証293頁)。これを
   応用して奈良県立医科大学の福井弘らは1976年の論文で、54度C3分間の加
   熱等の方法により第VIII因子を原血漿の300倍に純化したことを報告してい
   る(甲第287号証)。そして、右の加熱による凝固因子の精製・純化が行き
   着いた一つの例がベーリングベルケ社の液状加熱方式であった(甲第54号証
   )。同社の製造工程を見てみると、製剤の精製・純化のための加熱処理工程
   と混入ウイルス不活化のための加熱処理工程とが渾然一体となっていること
   が良くわかる。
    ここに至って、単に(純化の不十分な)最終製品をウイルス不活化だけの
   目的で加熱するという乾燥加熱方式と、液状加熱方式とはそもそも発想が異
   なることに気付く。凝固因子の補充のための製剤は、その成分が凝固因子の
   みであるのが望ましいことは当然である。被告国は、加熱は血液製剤の危険
   性を高めるものだと主張するが、夾雑蛋白を含まない安全な凝固因子製剤の
   製造のためには、むしろ加熱が必要だったのである。ベーリングベルケ社の
   「製剤が、副作用及びウイルスについての安全の面で、非加熱製剤より優れ
   ていることが確認された」と被告日本臓器自身が準備書面(6)17頁で述べて
   いるではないか。
    被告製薬企業らは自らの製品の純度を高める努力をどれほど行ったのだろ
   うか。その被告製薬企業らが、本件濃縮製剤の加熱処理着手ないし工程開発
   が遅れた理由として、加熱により凝固因子の抗原性に変化が起こりインヒビ
   ター発生が増大する懸念があった、と言い、また、夾雑蛋白が加熱で変性す
   ることによりアレルギー反応の増加が懸念されたと主張するのは、収率低下
   による経済的損失、果ては他社との競争に負けまいとすることにのみ気をと
   られ自社の製品の精製・純化を十分行っていなかったが故に、夾雑蛋白を多
   く含んだ製品の加熱による副作用を恐れたことを自白しているに他ならない
   のである。

  3 被告ミドリ十字の「血液製剤」をめぐる特許申請

    既に原告ら第8準備書面において主張したとおり、「液状加熱」方式にお
   いて必要な加熱のための「安定剤」にしても、実は単にそれまで知られてい
   た蛋白質安定剤と変わりはなく、開発着手さえ早ければ早晩見いだされてい
   たはずである。このことは、被告ミドリ十字の「血液製剤」をめぐる特許申
   請の経過を見ることで明らかとなる(以下、末尾別表2参照)。

   (一) 1960年(昭和35年)5月4日厚生省告示第116号「人血清アルブミン基
     準」では、製剤の調整の頃において「瀘過した製剤は直ちに60±0.5℃
     で10時間加温されなければならない」と定めており、被告ミドリ十字の
     人血清アルブミンは1963年(昭和38年)7月2日に承認された。

   (二) 1972年、被告ミドリ十字はコーナインの販売承認を受けたが、その翌
     年の1973年11月15日、被告ミドリ十字は「人血漿ハプトグロビン水溶液
     」につき60度C10時間の加熱処理方法につき特許を出願した(甲第290
     号証)。
      ハプトグロビンは血漿中に含まれ、これを含有する製剤は異型輸血、
     重症熱症、長期人工心肺、新生児の黄疸溶血などで多量の溶血が起こっ
     た場合の補充治療などに使用されるものである(同証137頁右下段)。
      そして、「たとえ精製されてはいても一般の血漿蛋白製剤にみられる
     肝炎ウイルス(Au抗原)による汚染が皆無とはいえない。たとえ検査
     の結果Au抗原は陰性であっても感染の危険性が否定されているとはい
     えずこの肝炎ウイルスの不活化はハプトグロビンを医薬品として用いる
     場合重要である。」と被告ミドリ十字自ら述べている(同証137頁右下
     段〜138頁左上段)。
      この技術における「安定剤の例は、グリシン、アラニン、バリン、ロ
     イシン、イソロイシンなどの中性アミノ酸(モノアミノモノカルボン酸
     )、グルコース、マンノース、ガラクトース、果糖などの単糖類、ショ
     糖、麦芽糖、乳糖などの二糖類及び(又は)マンニット、ソルビット、
     キシリットなどの糖アルコール類である」(同証138頁左下段)が、主
     には「グリシン、アラニン、マンニット、ブドウ糖」を用いた際の成績
     が記載されている(同証139頁)。

   (三) 1975年4月8日、被告ミドリ十字は人の血漿又は胎盤抽出液或はこれら
     を分画して得られる
     (1) α1-アンチトリプシン
     (2) α2-マクログロブリン
     (3) IgA及びIgM
     (4) セルロプラスミン
     のそれぞれにおける60度C10時間の加熱処理方法につき特許を出願した
     (甲第291〜294号証)
      (1)ないし(3)において主に用いられている安定剤は「グリシン、アラ
     ニン、マンニット、ブドウ糖、乳糖」であり、(4)では主に「マンニッ
     ト、ブドウ糖、乳糖」が使用されている。

   (四) 本件濃縮凝固第IX因子製剤が承認された年である1976年11月10日、被
     告ミドリ十字は「人胎盤由来血液凝固第XIII因子濃縮液の製造方法」に
     つき特許を出願した(甲第295号証)。主に用いられている安定剤は「
     グリシン、アラニン、マンニット、ブドウ糖」で、要するに前記(二)(
     三)で用いられているものと同様である。
      この出願書の中で被告ミドリ十字は「この(加熱)処理によって不安
     定物質の除去、及び肝炎ウイルスの不活化が行われる」と述べている(
     同証57頁左段)。要するに前記2で述べた液状加熱の意義、つまり精製
     と不活化が述べられているのである。
      凝固第XIII因子製剤は先天的ないし後天的第XIII因子欠乏症のほか、
     広く一般外科手術後の創傷治癒促進に用いられるもので(同証56頁右段
     )、第XIII因子は言うまでもなく第VIII因子や第IX因子と同じく血液凝
     固因子の一つである。
      凝固第XIII因子製剤と凝固第VIII、IX因子製剤との違いは、後者が血
     友病患者という限局された使用対象の製剤であるのに対し、前者は「広
     く一般外科手術後の創傷治癒促進に用いられる」というところにある。
      そして、被告ミドリ十字は結局この第XIII因子製剤を販売しなかった。

   (五) 1981年10月28日、被告ミドリ十字は人由来血液凝固第VIII因子含有水
     溶液の加熱処理方法につき特許を出願した(甲第298号証)。
      明細書の中で「近年輸血ならびに成分輸血に伴なう血清肝炎の発症が
     大きな社会問題となり、その原因が肝炎ウイルスによるところが明らか
     にされており、血漿を分画して得られる個別の人血清蛋白製剤について
     もこの肝炎発症の問題は包含されている」と述べられているとおり(同
     証135頁右下段〜136頁左上段)、被告ミドリ十字自身が肝炎問題の克服
     の必要性を認識しているのである。
      そして、「本発明者等は第VIII因子を含有する水溶液において、中性
     アミノ酸、単糖類、寡糖類および糖アルコールをそれぞれ10%以上の濃
     度に添加することにより、60℃、10時間の加熱処理に対する熱安定性を
     著しく高めることを見出し、さらに特定の有機カルボン酸塩を共存させ
     ることによって第VIII因子の熱安定性がより一層高められることを見出
     し、これらの新知見に基づいて本発明を完成した」(同証136頁右上段
     )と述べられているが、そこに言う安定剤としての「中性アミノ酸」と
     は具体的には「グリシン、アラニン」であり、「糖アルコール」とは具
     体的には「マンニット」等のことである。また、補助安定剤としての「
     有機カルボン酸塩」とは具体的には「クエン酸ナトリウム」等のことで
     あるが、これはもともと被告各社の凝固因子製剤に加熱前から添加され
     ていたものに過ぎない。

  4 安定剤は既に見いだされていた

     右にみたとおり、1981年になって被告ミドリ十字が特許申請した第VIII
    因子製剤の加熱方法用いられた安定剤は、1973年に特許申請したハプトグ
    ロビンの加熱における安定剤と同じ「グリシン、アラニン、マンニット」
    等である。そして、1976年の時点で凝固因子である第XIII因子製剤の加熱
    に用いられた安定剤もまた「グリシン、アラニン、マンニット」等なので
    ある。
     つまり、本件製剤承認の時点で「液状加熱」を施すことは十分に可能だ
    ったのであって、「適当な安定剤を見いだすことが困難であった」という
    言い訳は虚偽である。
     被告ミドリ十字は、「一般外科手術後の創傷治癒促進に用いられる」第
    XIII因子製剤については、結局販売しなかったにもかかわらず1976年の時
    点で加熱処理につき特許申請した。「一般」の患者に用いられる製剤につ
    いては販売前に肝炎ウイルス対策を用意したのである。ところが、その2
    年後の1978年に本件濃縮製剤は非加熱で承認を受け、販売した。その理由
    は「液状加熱」を加えると凝固因子の収率が落ちて、非加熱の製剤に対し
    価格の点で不利だからである。
     要するに被告製薬企業らは、アルブミン製剤のような「一般」の患者に
    用いられる製剤については肝炎ウイルス対策としての加熱処理を早期から
    開発していたが、使用対象者が血友病患者に限局された濃縮凝固因子製剤
    については単に放置したに過ぎない。

  5 国の欺瞞

    被告国は「加熱処理の成功は、1981年(昭和56年)のベーリングベルケ社
   の加熱製剤の開発によって一応達成されていたとみ得る余地もあるが、その
   処理技術は、同社限りの企業秘密であり、容易に他企業が同様の技術開発を
   達成し得るものではなかった」(第8準備書面18〜19頁)と言うが、右の主
   張は被告ミドリ十字の加熱特許申請を見たあとはもはや明らかに誤りである。
    ベーリングベルケ社が「液状加熱」処理製剤において用いた安定剤は「グ
   リシン」である(甲第54号証)。一方、被告ミドリ十字が安定剤として用い
   たのも「グリシン」その他である。そして、その安定剤は既に1973年の特許
   申請の時点で用いていたものであるし、同じ凝固因子製剤である第XIII因子
   製剤に用いたものでもある。
    さらに、第XIII因子製剤に関する1976年の特許出願内容は、1978年5月27
   日に公開されている。本件濃縮凝固第VIII因子製剤が承認されたのは、1978
   年8月1日である。被告国は、承認申請した企業のうちの一社が同じ凝固因子
   製剤の加熱技術に関する特許出願をしていることを知ることが容易にできた
   にもかかわらず、漫然と承認したのである。

第五 被告らの責任

  本項においては、1970年代において被告国が承認し、被告製薬企業各社が製造、
 輸入、販売(以下本項において「製造等」ということがある)した濃縮血液製剤
 (被告国平成2年10月29日付け準備書面(4)表1記載の製剤のうち、改正前薬事法
 によって承認されたもの。以下本項において「本件製剤」という)に関して、右
 製剤の製造等に携わった被告企業及び右製剤の承認を行った被告国の過失責任に
 つき論ずる。

 一 被告企業各社の不法行為責任

  1 はじめに

    医薬品の製造・販売にあたっては、製造・販売者は、当該医薬品使用者の
   生命・身体に対して危険性を有する製剤を製造・販売してはならない一般的
   な注意義務を負うことは明らかであり、これを「安全性確保義務」と名付け
   ることが出来る。
    ところで、本件においては、後述するように、プール血漿の製法に基づい
   て製造された濃縮製剤は、肝炎に代表されるような重篤なウィルス感染症の
   危険性という側面において、従前使用されていた製剤に比して、比較になら
   ない程度の「危険性の飛躍的増大」を生じさせる「危険な医薬品」だったの
   であるから、被告企業は、当時において技術的に可能な最高度のウイルス不
   活化策を施す等、新たなウィルス感染症対策をとらない限り、本件濃縮製剤
   を製造・販売してはならなかったものである。
    にもかかわらず、被告企業は、実際には、右危険性の飛躍的増大を予見し
   つつ、現実にはなんらのウィルス感染症対策をもとらないまま、漫然と同製
   剤を製造・販売したものであり、故意ないしは極めて重大な過失により前記
   安全性確保義務に違背したもの、と言わざるを得ない。
    以下、詳説する。

  2 製薬会社の安全性確保義務

   (一) 安全性確保義務の存在

     医薬品は人体にとっては本来的に外来性のものであり、異物なのである
    から、その使用により、使用者の生命・身体に危険が生ずる可能性が常に
    存する。それゆえ、医薬品の供給者には、製剤の安全性確保について高度
    の注意義務が課せられる(「安全性確保義務」)。
     とりわけ、医薬品が大量に消費される現代社会においては、一般消費者
    としては、医薬品の安全性を判定する能力を殆ど欠いており、専ら医薬品
    製造・販売業者を信頼するほかない状況にあるため、一旦製品の安全性に
    欠陥があった場合には、質量ともに計り知れない被害が生ずる恐れがある
    ことが明らかである。このような現状に鑑みれば、前記安全性確保義務の
    存在は容易に首肯される。
     なお、このことは、被告らにおいても当然の前提として認めているとこ
    ろである。

   (二) 安全性確保義務の内容

     そして、右義務の一般的内容としては、可能な限りの方法・手段を尽く
    して常に製品の安全性確保を行うよう努めることであり、例えば、次のよ
    うな裁判例における指摘が妥当するであろう。
    「医薬品製造業者は、(中略)開発過程においては内外の文献を渉猟し、
    かつ各種試験を行い、製造過程においては品質の管理に万全を期し、販売
    に際しては使用上の的確な指示を行い、さらに医療現場等での流通におか
    れた後も副作用等の情報収集を怠らず、場合によっては再度の各種試験を
    実施し、あるいは警告を発し、万一安全性に疑惑が生じたときには製品を
    回収する等して消費者の生命・身体に対する危害を未然に防止する措置を
    ためらわずにとる等の、医薬品の安全性確保のために考えうる限りの方法
    を速やかにとらなければならない」(昭和54年11月14日スモン福岡地裁判
    決、判時910号96頁)。

   (三) 特に新薬の場合の義務

     そして、とりわけ新薬の製造・販売開始時点においては、新たな危険を
    故なく発生させてよい道理はないから、医薬品製造・販売業者には、その
    新薬の登場によって従前の治療よりも危険性を拡大させてはならず、仮に、
    当該新薬の特段の有用性その他の理由により、危険性の拡大が不可避であ
    る場合においては、危険性拡大を可及的に防止すべく、その時点において
    技術的に可能な最高度の危険性拡大防止策をとるべき作為義務が生ずるも
    のというべきである。

   (四) 製造業者と輸入業者

     なお、右の安全性確保義務は、医薬品製造業者であれ、医薬品輸入業者
    であれ、消費者に対する関係では、いずれも医薬品の源泉供給者たる地位
    にあることに鑑みれば、いずれの別なく妥当することは明らかである。

  3 予見の対象

    ところで、本件製剤の製造・販売が開始された当時においては、次に述べ
   るような事情が存した以上、被告企業は、「本件製剤による、肝炎に代表さ
   れるような重篤なウィルス感染症に感染する危険性」を予見しており、或は
   予見すべきであった、というべきである。

   (一) 本件製剤登場以前ないしは登場当時における、血液を介するウイルス
     感染症の危険の現実性

    (1) 血液の特殊性

      血液は、人体の恒常的構成部分の一部であり、生体の一部にほかなら
     ない。したがって、血液中には、ヒトに対して病原性を持つ何らかの病
     原微生物が混入しているかもしれない危険性が常に存するものである。
     このことは、被告らも当然の前提として認めるとおりである。
      それゆえ、血液を原料とする生物学的製剤においては、製剤を介する
     感染症の危険は常に現実のものであった。

    (2) 感染症は現実の問題だった−特に肝炎について

      とりわけ、1970年代において、血液製剤の分野で現実の問題として対
     策が迫られていたウィルス感染症として、前述(本準備書面第二、二)
     の通り「肝炎」があった。
      そして、これも既に原告準備書面(8)及び(14)において詳述したとお
     り、肝炎の重篤性は当時既に広く知られていた。
      すなわち、激症肝炎の存在、慢性肝炎から肝硬変・肝癌への移行等の
     事実は既に指摘されており(西岡久壽彌の指摘、甲281号証)、肝炎が、
     命にもかかわりうる決して軽視すべからざる病であることは知られてい
     たのである。
      それゆえ、血液製剤を介する肝炎の伝播を防止することは、輸血や血
     液製剤にたずさわる医療関係者の間ではまさに急務とされ、B型肝炎防
     止のためのスクリーニングの努力が重ねられていた。たとえば、前述し
     た日赤におけるR-PHA法の採用等がそれである。
      その結果、当時、わが国において、血液を介するB型肝炎の感染の危
     険は、供血者と受血者が基本的に1対1で対応する単ドナー製剤(典型
     的には日赤クリオである)という使い方をする限りにおいては、既に著
     しく低減していたのである。

    (3) 未知のウイルスによる感染症の危険の現実性

      ところで、肝炎については、既にウィルスが同定されていたA型肝炎、
     B型肝炎のほかに、そのいずれにも該たらない非A非B型肝炎の存在が
     1974年までには既に指摘されていた。言うまでもなく、非A非B型肝炎
     は、当時まだウィルスが同定されていない、(厳密にいえば今なお解明
     され尽くしてはいないのであるが)、まさに「未知のウィルスによる感
     染症」であった。つまり、非A非B型型肝炎の存在は、当時において、
     血液を介する未知のウィルスによる深刻な感染症がまだほかにも存在す
     るかも知れない、という危険性を何よりも雄弁に実証していたのである。
      また、前述(本準備書面第二、一、3)のとおり、1960年代後半から、
     致命率の高い全く新しいウィルス感染症とその原因ウィルスが世界各地
     で発見された。マールブルグ熱、ラッサ熱、クリミヤ・コンゴ出血熱、
     エボラ出血熱等々である。したがって、1970年代においては、外国由来
     の全く新しいウィルス感染症(「輸入感染症」)が国内流行することは、
     諸外国においてもまたわが国においても、可能性としては当然予想され
     る状況にあった。
      WHOが第28回世界保険総会(1975年・昭和50年)において「伝染病
     の危険がより高くな」ることを指摘しつつ「無償献血を基本とする国営
     の血液事業を推進すること」を決議した(甲86号証29頁)のも、ひとつ
     にはこのような未知のウィルスによる感染症の危険が認識されていたこ
     とを背景とするものである。(なお、無償献血が輸出に回されるという
     事態は通常考えられないので、ここでのWHOの決議は当然国内血への
     転換を想定しているものと解される。)
      すなわち、「国内自給すべし」というスローガンは、単に倫理的要請
     のみならず安全性の観点からも指摘されたものであった。

    (4) 小括

      以上のとおり、1976年(昭和51年ないし)1978年(昭和53年)の本件
     製剤承認当時においては、血液を介して感染する重篤なウィルス感染症
     として肝炎が認識されており、その危険性の低減のために、関係者によ
     ってHBs抗原スクリーニング等の努力が重ねられていた。
      そして、わが国においては、ドナースクリーニングの努力を誠実に行
     うことにより、単ドナー製剤については、B型肝炎の危険は、大幅に低
     減されていた。(また、このことは、同時に、B型肝炎と同様の感染ル
     ートによって伝播する未知のウィルス感染症についての危険性をも一定
     程度低減させうるものであった。)
      他方、肝炎においても非A非B肝炎という同定されざる未知のウィル
     スが存在することは既に知られており、他方、全く未知のウィルスによ
     る重篤な輸入感染症の危険性も指摘されていた。
      本件製剤承認当時は、およそ右のような状況であったのである。

   (二) プール血漿の導入による、ウイルス感染症の危険の飛躍的増大

     ところが、本準備書面第二、二、3以下に詳述したとおり、プール血漿
    の製法の導入は、従前のスクリーニング等の成果を全く無にし、ウィルス
    感染症の危険を飛躍的に増大させるという、新たな危険を創出するもので
    あった。
     すなわち、B型肝炎についていえば、前述のとおり、仮にRIA(ラジ
    オイムノアッセイ)法による高精度のスクリーニングを実施したとしても
    2000人ないし25000人分の血漿をプールすると、確率的にはスクリーニン
    グに漏れたキャリアのドナーを排除しきれないため、プールされた血漿全
    体が−確率論的には「必ず」−汚染されるのである。このような製法によ
    る本件製剤の使用を繰り返すことは、単ドナー製剤の反復使用と比べ、血
    友病患者にとって明らかに飛躍的な危険性の増大をもたらすものであった。
     そして、右の理は、あらゆる未知のウィルス感染症の危険についても当
    てはまるものであるが、前述した肝炎の重篤性に鑑みれば、肝炎について
    の危険を増大させるそのこと自体、許容されることではなかった。

   (三) 輸入売血の危険性

     とりわけ、本件製剤の原料は米国由来の輸入売血であったため、輸入感
    染症の危険性は十分にあった。
     この点については、原告準備書面(5)及び(8)、並びに本準備書面第二、
    二において詳述したとおりであり、被告企業は当然その実態を知り或いは
    知りうべき立場にあった。

   (四) まとめ

     よって、被告企業は、当時、肝炎に代表されるような、血液を介して感
    染する重篤なウィルス感染症の危険性が、プール血漿という製造方法の採
    用により、飛躍的に増大していたことを予見すべきであった。
     換言すれば、本件製剤の製法においては、血液を介して重篤なウィルス
    感染症を引き起こすウィルスが一旦現れたときには、その感染被害を一気
    に拡大してしまうような構造的問題点があったのであり、かつ、そのよう
    な未知のウィルスが血液を介して現れる危険性も十分にあり得たのである。
    被告らは、このことを予見できた。そして、不幸にしてその予見通りに、
    HIV感染症は登場したのである。

  4 帰結としての製造・販売回避義務ないしはウイルス感染症防止策実施義務
   の発生−結果回避義務

   (一) 製造販売回避義務

     前述(本準備書面第三)のとおり、濃縮製剤を製造販売しなくとも、血
    友病患者の治療は、クリオ等の既存の製剤によって現実に十分可能であっ
    た。したがって、本件製剤が前述のような危険な製剤であれば、被告らは
    本来製造販売すべきでなかった。
     すなわち、血友病は決して「死に至る病」ではなかったのであるから、
    本件製剤の登場により、肝炎等の死に至る危険性のある重篤な感染症に罹
    患する危険性が飛躍的に高まった以上は、相対的には比較にならないほど
    安全なクリオによる治療をすればよかったのである。

   (二) ウイルス感染症防止策実施義務

     かりに百歩譲って、製造販売の必要があるのであれば、被告企業は、危
    険性の前述のような飛躍的増大を予見し、それを可及的に防止すべく、技
    術的に可能な最高度のウィルス感染症防止策をとらなければならなかった。
     これも前述したとおり(本準備書面第四)、当時、例えば加熱によるウ
    ィルス不活化技術は、被告らがプールの製法による本件製剤を製造・販売
    しようと決定した時点で取り組みを始めれば、遅くとも本件製剤承認当時
    には既に技術的に十分実現可能となっていたはずの方法であった。
     しかるに、被告企業は、プールの製法の採用によって発生した新たな危
    険に対する対処は、加熱も含めて、結局何もしていないのである。

  5 被告企業の主張するいわゆる衡量論について

    被告企業は、本件製剤は有用性が極めて高く、かつ、血液製剤である以上
   ウィルスの混入は不可避な副作用であるから、その両者のバランスの上で、
   本件製剤も医薬品として許容されるとの趣旨の主張をしている。
    たしかに、一般論として、医薬品が許容されるか否かは有効性と安全性の
   バランスによって決せられることはそのとおりであろう。
    しかし、その判断においては、まず第一に、その有効性が本当に有価値な
   ものと評価できるかどうか、第二に、当該医薬品を使わなかった時に生じる
   危険が使ったときに生じる危険を上回っているかどうか、が吟味されなけれ
   ばならない。
    たとえば、制ガン剤が高度の副作用を見込まれつつもその存在が社会的に
   認容されるのは、決して単に有用性があるからというだけではなく、ガン治
   療という、対極に生命がかかっている極限的な場面において有用性が認めら
   れるがゆえに、初めて許容されうるのである。
    これに対し、血友病治療においては、第一に、濃縮製剤は、前述のとおり、
   クリオ等の既存の製剤との比較において、制ガン剤に対比されるほどの有用
   性はないうえ、第二に、血友病そのものが死に至る病ではなく、ガンとは比
   較しようがない。
    また、第三に、当該有用性との関係において副作用の発生が不可避である
   か否かも検討されなければならない。
    たとえば、制ガン剤等の場合、薬理そのものから不可避的に発生するから
   こそ、副作用もやむを得ないものとされる余地があるのであるが、そもそも、
   本件製剤で問題になっているような病原微生物の混入は、薬理そのものから
   の不可避的な副作用ではなく、病原微生物の不活化策を尽くすことにより、
   危険性が除去ないし低減できるものなのである。とするならば、本件におい
   ては、現に重篤なウィルス感染症の危険が予見されていたのであるから、危
   険性除去ないし危険性拡大防止について最善の措置が尽くされていることを
   前提としない限り、安易な衡量論は許されないものというべきである。そし
   て、被告企業は、この点につき、現実にはなんらの危険性除去ないしは危険
   性拡大防止措置をとっていないのである。
    したがって、被告のいう衡量論は、前提を欠くものというほかない。

  6 立証責任について

    純正医薬品(規格通りの品質・性状をもって製造された医薬品)について
   副作用が発現し、そのことを製剤使用者側で主張・立証した場合においては、
   それによって人の生命・健康の保全が十全を期し得なかったといえるのであ
   るから、それだけで当該医薬品の供給が違法であったとまず推定され、それ
   が違法でないというためには、医薬品の供給者の側で、過失の不存在につい
   て主張・立証すべきである。
    この点につき、前掲スモン福岡地裁判決は、「純正医薬品に内在していた
   欠陥のために、その医薬品を服用した人の生命・身体に副作用被害が生じた
   場合で、かつ、その医薬品が製造業者の手元を離れた当時のままの状態で、
   なんら実質的な変化を受けずに消費者の手元に到達すると考えられるとき(
   純正医薬品の場合は、先ずこの点も推定されてよい。以下同じ)には、製造
   業者に過失があったからそのような被害が生じたのではないかと考えるのが
   当然であるから、自ら製造した欠陥医薬品の服用によって消費者の生命・身
   体に副作用被害を及ぼしたことだけで、その医薬品を製造した者の過失が事
   実上強く推定され、そのような副作用の発現が、医薬品製造業者に要求され
   る高度かつ厳格な注意義務を尽くしても全く予見し得なかったことを製造業
   者において主張立証しない限りは、右推定は覆らないものというべきである。
   」とのべるが(前掲判時910号97頁)、この理は本件にもまさしく妥当する
   というべきである。

  7 結論

    以上の次第であって、プール血漿の製法に基づいて製造された本件製剤は、
   「肝炎に代表されるような重篤なウィルス感染症(未知及び既知のウィルス
   感染症を含む)の危険性」という側面において、従前使用されていた製剤に
   比して、比較にならない程度の「危険性の飛躍的増大」を生じさせる「危険
   な医薬品」だったのであるから、被告企業は、当時において技術的に可能な
   最高度のウィルス不活化策を施す等、新たなウィルス感染症対策をとらない
   限り、本件濃縮製剤を製造・販売してはならなかったものである。
    にもかかわらず、被告企業は、実際には、右危険性を予見しつつ、現実に
   はなんらのウィルス感染症対策をもとらないまま、漫然と同製剤を製造・販
   売したものであり、故意ないしは極めて重大な過失により安全性確保義務に
   違背したものといわざるを得ない。

 二 被告企業の債務不履行責任

  1 安全性に関して瑕疵のある製剤の供給

    前記のとおり、本件製剤は、承認の時点において、すでに「肝炎に代表さ
   れるような重篤なウィルス感染症の危険が高度に存する医薬品」だったので
   あり、その意味において、安全性に関して瑕疵のある製剤であった。
    被告企業は、このような製剤を製造・販売したものであるが、このように
   安全性に関して瑕疵ある製剤を供給することは、製剤の使用者である原告ら
   に対する関係では、安全配慮義務に違反した債務不履行責任を構成する。
    すなわち、被告企業は、医薬品製造・販売業者として、医薬品の製造等に
   際しては、本件製剤ないしは原料血漿中に病原微生物等が混入していないか
   否かにつき、十分な注意を払い、病原微生物等によって製剤が汚染されてい
   る危険性がある場合には、製造・販売を取りやめるか、もしくは、技術的に
   可能な最高度の感染症防止策を施して、製剤使用者らの生命・身体等を害す
   ることのないように、配慮すべき義務を信義則上負っているものであるから、
   この義務に違反した本件製造・販売行為は、債務不履行に当たるものである。

  2 安全配慮義務を基礎づける関係について

    ところで、原告の右主張に対しては、原告・被告企業間において直接の契
   約関係がない故、被告企業は債務不履行責任を負ういわれがない旨の反論が
   なされている。
    しかし、狭い意味での直接の契約関係だけが安全配慮義務の存在を基礎づ
   けるものではないことは、既に原告1990年6月18日付け準備書面(3)において
   詳述したとおりである。
    要点のみ再言すれば、本件においては、本件製剤の使用者は限られた血友
   病患者のみであること、被告企業が推進した「予防投与」概念に基づく製剤
   の大量消費体制のもとでは、原告ら血友病患者は、実際上、常に医療機関を
   介して被告企業らの管理下におかれていたこと、被告企業は、製剤の大量販
   売を実現するため、原告ら血友病患者や患者団体(友の会)に対して直接的
   かつ積極的に営業活動を展開したこと、等の事情が認められるのであるから、
   原告と被告企業との間には密接な社会的・法的接触関係があるといえ、右関
   係は、安全配慮義務を基礎づけるに十分である。
    よって、被告企業は。前述のとおり債務不履行責任を免れない。
    瑕疵ある製品を通じて消費者が生命・身体に被害を被った場合、製品供給
   者に無過失責任を課して消費者を保護しようとする製造物責任法(PL法)
   の必要性が近時議論されているが、製造物責任法が未だ制定されていないわ
   が国においてこそ、契約法理の拡大による消費者保護を図ることの重要性は
   強く認識されなければならない。

 三 被告国の責任

  1 国賠法1条の違法性の意義について

    この点に関しては、原告1991年6月7日付け準備書面(17)において既に論じ
   たとおりであるが、結論のみ再言すれば、被告国準備書面(6)第二、一記載
   の主張が、もしいわゆる「反射的利益論」と結びついて国の免責を図る意図
   を有するものであるとするならば、それは到底許されないものといわなけれ
   ばならない。
    ただ、被告国の右部分の主張は、単に、国賠法上の違法の問題が生じるた
   めには前提として法律上の義務が必要であるとの一般論を述べているにすぎ
   ないものとも解されるので、本準備書面においては、そのように解した上で、
   以下、国に法的義務が存したことにつき論じる。

  2 薬事法に基づく厚生大臣の安全性確保義務

    この点に関しても、原告準備書面(17)において詳細に論じたとおりである
   が、再言すれば、次の通りである。

   (一) 改正前薬事法の趣旨・目的

     1979年(昭和54年)改正前薬事法1条は、「この法律は、医薬品、医薬
    部外品、化粧品及び医療器具に関する事項を規制し、その適正を図ること
    を目的とする」とのみ定める。
     しかし、薬事法上の規制諸権限の存在が、業者と国民個人の間に授受さ
    れる物質の安全性を確保するために国が積極的に介入し、損害発生防止の
    ために機能するものであることは、論を俟たない。したがって、薬事法の
    目的とする保護法益は、結局のところ国民個人の生命身体の安全に帰せら
    れるというべきである。換言すれば、国民個人の生命身体の安全を全く捨
    象した場合には、なぜ国が薬事法上様々な規制を行うことができるのかは
    説明できず、同法上の規制権限が正当化根拠を失うことは明白である。
     とするならば、同法上の規制権限の行使は、個々の国民の健康保持のた
    めの積極行政の色彩をも持つことは、直截に認められなければならない。

   (二) 警察取締法規論の不当性について

     被告国は、薬事法は警察取締法規であり、従って警察比例原則によって
    規制権限行使は最小限であるべきであると主張する。確かに、薬事法が伝
    統的な行政法理論における警察取締法規の性格をも持つことはそのとおり
    である。
     しかし、前述のとおり、薬事法上の規制権限の存在は、結局において積
    極行政目的をも有するものなのであるから、伝統的行政法理論に基づく警
    察比例原則の貫徹は妥当しないといわなければならない。
     したがって、単に薬事法が警察取締法規であるか否かというような議論
    によって国の責任の有無を決することはできない。
     このことは、後述するようにスモン等の厚生大臣の安全性確保義務を認
    めた諸判決においても前提として承認されている点である。

   (三) 厚生大臣の安全性確保義務の存在

     医薬品は本来的に危険性を内包するにもかかわらず、製薬企業はともす
    れば営利に走り安全性確保を怠りがちであるのに対し、国民は安全性確保
    という面においては情報の点でも能力の点でも全く無防備である。したが
    って、薬害によって国民の生命身体の安全が害されることを防止すること
    ができるのは、独り国をおいてほかはない。
     それゆえ、憲法上国民の生命身体の安全を保持すべき義務を負う国は、
    国民に対し、具体的場面において、医薬品の安全性を確保するための措置
    を講ずるべき権限及び義務を負うものである。
     すなわち、被告国は、薬事法の解釈ないしは条理に基づき、国民に対し、
    法律上の医薬品安全性確保義務を負うものと解される。なお、昭和54年改
    正薬事法1条によって「この法律は、医薬品…の品質、有効性及び安全性
    を確保することを目的とする」とされたが、これは決してこの時点におい
    て初めて国の安全性確保義務が生じたことを示すものではなく、従前の解
    釈を明文化したにすぎない。
     国は、本件訴訟においても、改正前薬事法について、医薬品の安全性確
    保のための具体的規定が「見事なまでに欠落」していることを指摘し、も
    って国は安全性確保義務を負わない旨主張する(被告国準備書面(6)、13
    頁)。
     しかし、この点についても、前述の薬事法の目的等に鑑みれば、同法「
    14条1項は新しい行政需要に対応すべき医薬品の安全性確保のための根拠
    規定と解し得ないものではな」(東京スモン訴訟におけるいわゆる可部所
    見)いのであり、被告国の主張は、(改正前薬事法に安全性確保のための
    )「積極的・具体的規定が見られないのは…不十分としかいえないような
    規定しか用意していなかったことを意味するにすぎず、したがって規定の
    整備こそが政治的・行政的に要請されこそすれ、そのことをもって法律上
    の医薬品安全性確保義務を否定するのは、木を見て森を見ず、とのそしり
    さえ受けかねない」(前掲福岡スモン判決)というべきものでしかない。
     右の引用からも明らかなように、国に医薬品等の安全性確保義務が存す
    ること自体は、スモンをはじめ、クロロキン、筋拘縮症等の諸判決によっ
    てすでに判例理論としても定着しているものであって、今なお右義務の存
    在を争点にしようとする被告国の主張は、過去の薬害に目をふさぐものと
    非難されても致し方ないものといわざるを得ない。

   (四) 安全性確保義務の内容

     以上の理解を前提にすれば、厚生大臣は、医薬品(新薬)の製造等の承
    認にあたっては、副作用を含む当該医薬品の安全性に関する十分な審査資
    料を医薬品製造業者等に提出させるなどして、必要かつ十分な情報収集活
    動を行い、有効性とともに安全性についても十分審査すべきであり、万一
    審査の結果安全性に関して疑問が生ずれば、当該医薬品の製造・輸入・販
    売を不承認とすること等により、危険な医薬品が流通過程におかれること
    を阻止すべき義務を負うものと解される。すなわち、医薬品には性質上副
    作用が不可避であればこそ、国は、承認にあたっては副作用に対して常に
    慎重な吟味を行い、必要があれば更なる情報収集をも行い、その結果重篤
    な副作用が見込まれる時には、副作用除去のために改善策がとられない限
    り当該新薬を不承認としなければならないのである。
     改正前薬事法14条1項が医薬品の製造について厚生大臣の承認にかから
    しめたことは、このような趣旨を当然含むものと解される。
     また、厚生省自身、薬事法改正前の時代においても、このことを当然の
    前提として薬事行政を実施してきたものである。
     たとえば、スモン判決において認定された事実であるが、昭和25年に新
    結核薬チビオン(チオアセタゾン)の承認が申請された際には、昭和25年
    7月4日の第13回新医薬品小審議会で皮膚症状、不快感、白血球の減少等の
    副作用が問題となり、副作用と毒性についての基礎的研究不足との理由で
    審議留保となり、同年9月14日の第14回会合では急性毒性と慢性毒性につ
    いての中間報告がなされたが、なお動物実験も臨床試験の結果も相当問題
    があり慎重を要するとされ、東京大学付属病院7ヶ所に臨床試験を依頼す
    ることになり、昭和27年9月に医師の直接指導下に服用する場合は有効と
    の結論が得られ、同年10月、2か年有余ぶりに製造許可が下りたという前
    例がある(判時910号124頁)。この一事にしても、厚生大臣に法律上の権
    限も義務もなくして能くなしうるものであるとは到底思われない。
     また、いわゆる「基本方針」(昭和42年9月13日付け薬発第645号、同年
    10月21日付け薬発第747号各薬務局長通知)もまさに厚生省自身の安全性
    確保義務の自覚のあらわれということができる。
     安全性に関する事項の中でも、とりわけ病原微生物による汚染は、当該
    医薬品の薬理上不可避の副作用とは原則としていえないものであるから、
    病原微生物汚染の危険性がある製剤は、当然承認されてはならないもので
    ある。
     このことは、薬事法56条6号が「病原微生物により汚染され、又は汚染
    されているおそれがある医薬品」は「製造し…てはならない」と定め、ま
    た同法42条に基づく生物学的製剤基準の血液製剤総則1条において「血液
    製剤に用いる血液の供給者は、…その血液によって伝播される疾患、…に
    かかっている疑いのないものでなければならない。ただし、病原体が医薬
    品の製造過程の操作で消滅するか又は除去されることが確認されている場
    合を除く」と定められていることを引くまでもなく、明らかである。
     もとより、医薬品にはその本質上副作用はつきものであるが、少なくと
    も、病原微生物の混入による重篤な感染症の危険性が予見される場合にお
    いては、厚生大臣は、製造業者等により当該病原微生物の「消滅又は除去
    」のための措置がとられない限り、当該製剤を不承認とすることによって
    流通を阻止しなければならない義務を負うのである。

  3 厚生大臣の過失

    以上を前提にすれば、国による本件濃縮製剤の承認行為には、次に述べる
   ように、過失が存することが明らかである。

   (一) 輸入売血プール血漿の危険性の予見

     被告企業について前述(第五、一、3)したとおり、米国由来の輸入売
    血を原料としプール血漿の製法によって製造された本件濃縮製剤には、従
    前の製剤と比べて、肝炎に代表されるような血液を介して伝播する重篤な
    ウィルス感染症の危険性が高度に存していた。
     そして、これも前述したとおり、本件製剤承認当時において、右の危険
    性は十分予見可能であった。
     このことは、厚生省元生物製剤課長郡司篤晃証人が、「濃縮製剤には血
    漿を介して伝播するウィルス感染に対する防御という点で大きな問題点を
    抱えていたのではないですか」という原告代理人の問いに対して「それは
    おっしゃるとおりで、B型肝炎のウィルスはそのことによってかなり感染
    者を増やしたわけでありますので、御指摘は正しいと思います」と証言し、
    さらに濃縮製剤のこうした問題点については、濃縮製剤を「つくる以前か
    ら当然予想されていた常識的な事柄」であると証言したことからも明らか
    である(第24回口頭弁論期日における郡司証人調書185項以下)。

   (二) 国の杜撰な承認行為

     国は、本件製剤について、被告国平成2年10月29日付け準備書面(4)表1
    の通り、それぞれ製造等を承認した。
     しかし、国は、右承認時において、前項(一)記載の危険性については全
    く顧慮することなく、十分な審査資料の提出を求めることもないまま、漫
    然と前記の通り本件製剤の製造・販売を承認したものである。
     そもそも、国は、同じく多人数の血液を原料として血液製剤であるアル
    ブミンについて、既に1960年(昭和35年)から加熱を義務づけているが(
    昭和35年5月4日厚生省告示第116号)、歴史的に見てもアルブミンにおけ
    る加熱の理由は明らかに肝炎対策だったのであるから、「多人数血液を原
    料として血液製剤に関する肝炎対策としてのウィルス不活化策(具体的に
    は加熱)の必要性」は、国自ら十分認識していたものである。
     ところが、本件製剤の承認にあたっては、国は、肝炎対策としてのウィ
    ルス不活化の必要性については、なんら顧慮することもなかった。
     このことは、証人村上省三の証言からも明らかである。
     すなわち、村上証人は、第13回口頭弁論期日において、次のように証言
    している。
     同証人は、1978年(昭和53年)の第VIII因子製剤(本件製剤)承認申請
    時に添付された臨床試験成績が「3例でB型肝炎ウィルスの表面抗原であ
    るHBs抗原又は抗体価の上昇が認められたが、製剤の投与に起因する肝
    炎その他の感染症も見られず」とされていたことに対して、「少し出来す
    ぎ」であると考えたというのである(同証人調書400、403項)。しかも、
    この臨床試験成績は、急性肝炎と慢性肝炎の両方を含めていずれの肝炎も
    見られなかった、との趣旨であったというのである(同404、405項)。
     同証人がこの臨床試験成績を「出来すぎ」であると考えたのは、既に同
    証人が、1977年にハシバが発表した報告(甲27号証)を知っていたからで
    ある(398項以下)。同報告においてハシバは、3年間の追跡調査の上で、
    持続的な肝疾患がクリオのみの使用群で8パーセントであるのに対し、他
    の群(血友病Aの濃縮製剤頻回使用群、血友病Bの濃縮製剤使用群)では
    37パーセントないしそれ以上という数値で見られるとしている。
     このような報告からすれば、右の臨床試験成績は到底信用するに足らな
    いものであるからこそ、同証人は「出来すぎ」である、という率直な印象
    を持ったのである。
     しかし、同証人のこのような疑問は、製剤の安全性の審査にあたっては
    遂に生かされることはなかった。
     すなわち、同証人はかつてフィブリノーゲン製剤の承認に関与した経験
    として、肝炎の発生率が非常に低いデータが臨床試験成績として製薬企業
    から出されていたのでこれは少しおかしいんじゃないか、と厚生省の係官
    にいったところ、係官から「こういう報告が出ておるからしょうがない」
    と言われ、そのまま審査が終了したが、果たしてその後医療現場から「フ
    ィブリノーゲン製剤というのはあれはひどい。注射したものはみんな黄色
    くなりますよ」と苦情を訴えられた、というのである(407項以下)。
     そして、そのような経験があった結果として、同証人は、1972年(昭和
    47年)の第IX因子製剤、78年(昭和53年)の第VIII因子製剤の承認のとき
    にも、「出ている書類だけで判断をしないと厚生省の係官からまたその通
    りやれといわれる、という前提でおられたということか」、という問いに
    対し、「抗議を申し込んでも返事は同じだろうということは考えました。
    ですから、もう、提出された資料によってみるよりほかないという」態度
    で本件製剤の承認にあたり、そのため、肝炎感染の危険性について「でき
    過ぎかな」という添付データであったにも関らず、結局製薬企業の提出資
    料のみに基づいて審査し、承認したというのである(409項)。
     右証言からは、当時、本件製剤の承認にあたった国が、肝炎の危険性に
    ついてプール血漿の特殊性についてもなんらの配慮をもしなかった情景が
    浮き彫りにされている。昭和25年のチビオン承認申請の際に、安全性確認
    のため2年以上も承認を遅らせた若々しい薬事行政の姿は、既にない。
     中央薬事審議会委員・血液製剤特別部会長として本件製剤の承認に直接
    関与した村上証人の証言は、本件製剤についての国の承認時の安全性審査
    の不十分さを語って余りあるものというべきである。

   (三) 回避可能性

     他方、ウィルス感染の危険の大きい本件濃縮製剤を新たに承認しなくと
    も、クリオ等の既存の製剤によって血友病の治療は十分可能であったこと
    は、本準備書面第三において詳述したとおりである。
     また、これも本準備書面第四において詳述のとおり、当時、技術的には
    加熱によるウィルス不活化が十分に可能な段階に達していたのであるから、
    加熱によりウィルス不活化を達成するまで承認を待つことも十分可能であ
    った。

   (四) 過失

     被告国は、本件製剤承認当時において、本準備書面第一に詳述したとお
    り、血液事業に関して、昭和39年閣議決定、昭和50年血液問題研究会意見
    具申等に見られるような、医療用血液を国内献血で賄うという正当な方針
    を指向していたにもかかわらず、これを早期に完全実施する努力を怠り、
    未知のウィルス感染症の危険が常に存する危険な輸入血液への依存を放置
    してきた。
     そして、そのような状況下で被告企業から行われた本件製剤の承認申請
    に対し、国は、本件製剤の原料が外国からの輸入血であることを知りつつ、
    かつ、本件製剤が、プール血漿の製法によって造られた、肝炎に代表され
    るような血液を介する重篤なウィルス感染症の危険性の著しく高まった危
    険な医薬品であることを知りつつ、ウィルス不活化によるウィルス感染症
    防止策がなんら講じられないままであるにも関わらず、漫然と本件製剤を
    承認し、流通過程におくことを許した。
     そのうえ、本件製剤は同時期に一括して承認されており、この、国の一
    括承認によって、わが国における以後の血友病治療体制は、クリオの時代
    から濃縮製剤への時代へと決定的に転換していくのである。かような重大
    な転換期であったにも関らず、国が、自ら一括承認した製剤がどのような
    危険性を有していたのかという点につき、真剣な検討を行った節はついぞ
    窺われない。
     そして、以上の結果として、まさしく予見されたとおりに、「肝炎に代
    表されるような、血液を介して伝播する重篤なウィルス感染症」であるH
    IV感染症の発生を招いたのであるから、国の承認行為には明らかに過失
    があったと言うべきである。

   (五) 欠陥医薬品についての過失の推定

     なお、純正医薬品の副作用被害についての過失の立証責任について、製
    剤使用者との関係では被告製薬企業が負担すべきことは、本準備書面第五、
    一、6においてすでに述べたとおりであるが、この理は、製剤使用者と製
    剤の安全性確保義務者である国との関係においても妥当する。

  4 安全確保義務の違反

    以上の次第であって、厚生大臣には前記安全性確保義務の懈怠があったも
   のといわざるを得ず、被告国は、違法な承認行為に基づく本件被害発生の責
   任を免れないものである。
    なお、最後に、「安全性」という考え方について、被告国のいう「絶対的
   安全性論」に関して一言する。
    被告国は、本件製剤承認時の被告らの過失に関する原告の主張をとらえて
   「すべての感染症の危険を排除すること」を求めた「いわゆる絶対的安全性
   を血液製剤に求める」ものであるとし(被告国準備書面(4)60、61頁)、あ
   るいは、「抽象的な感染の危険性をもって直ちに加熱の必要性を結論づける
   」ものであるとして(同64頁)、原告の主張が被告らに不可能を強いるもの
   であるかの如く論難するが、およそ見当違いの誤解というべきである。
    原告は、血液製剤からすべての感染症の危険をなくすことが可能であった
   はずだなどという立論をしているのではない。かえって、生体の一部として
   の血液の特殊性から、血液製剤にはどのような病原微生物が混入するかもし
   れないと知るからこそ、そのような危険性のある製剤を扱うにあたっては、
   安全性確保のために最善の注意が払われるべきであった、と主張しているの
   である。
    また、原告の求めているのは「絶対的安全性」などではない。原告は、被
   告らに対し、国民の生命身体を守る責務を担う国として、あるいは医薬品供
   給者たる製薬企業として、当時技術的に可能な限度での最善を尽くしたとい
   えるのかどうかを糺しているのである。
    当時、肝炎の重篤性も血液製剤を介する肝炎感染の危険も、既に周知のこ
   とであった。それゆえに、アルブミンについては1940年代から加熱の技術が
   開発され、また同じく凝固因子製剤である第XIII因子製剤についても、我が
   国内において、被告ミドリ十字から1976年(昭和51年)11月には加熱製剤の
   特許が申請され、右特許も1978年(昭和53年)5月には既に公開されていた
   ものである。
    肝炎は、まさしく「具体的な」危険性として眼前に立ちはだかっていたの
   であり、また、重大な問題だったからこそ、肝炎感染回避のために、加熱を
   含めて、世界中で貴重な努力が積み重ねられていたのである。
    であるにも関らず、何故に独り血友病患者だけが、国からも製薬会社から
   も、当時も、そして現在に至るまでも、「血友病患者にとって肝炎感染は当
   然のことだ」などと言われ続けなければならなかったのか。そこに表れる血
   友病患者軽視の構造こそが、ひとたびHIVが現実に登場したとき、原告ら
   を最悪の薬害に引きずり込んだ元凶そのものではないのか。
    原告らはそのことを糺したいのである。
                                                                      以上

(別表1)非加熱製剤と乾燥加熱製剤との比較

  添加物は全て各社の能書に記載されているところを(分量表示を除き)そのま
 ま記載した。

                |                     第VIII因子
----------------+-------------------------・------------------------------
会社名          |ミドリ十字               |化血研
----------------+-------------------------+------------------------------
製品名(非加熱)  |コンコエイト             |コンファクト8
----------------+-------------------------+------------------------------
添加物          |クエン酸ナトリウム       |等張化剤 塩化ナトリウム
                |塩化ナトリウム           |溶解補助剤 クエン酸ナトリウム
                |                         |安定剤 人血清アルブミン
----------------+-------------------------+------------------------------
製品名(乾燥加熱)|コンコエイト−HT       |コンファクトF
----------------+-------------------------+------------------------------
添加物          |クエン酸ナトリウム       |等張化剤 塩化ナトリウム
                |塩化ナトリウム           |溶解補助剤 クエン酸ナトリウム
                |L-リジン-L-グルタミン酸塩|
----------------+-------------------------+------------------------------
加熱時間        |60℃72時間               |65℃96時間

                |                     第VIII因子
----------------+-------------------------・------------------------------
会社名          |日本臓器                 |バイエル
----------------+-------------------------+------------------------------
製品名(非加熱)  |クリオブリン             |コーエイト
----------------+-------------------------+------------------------------
添加物          |安定剤 クエン酸ナトリウム|アミノ酢酸
                |       アミノ酢酸        |クエン酸ナトリウム
                |       塩化ナトリウム    |塩化ナトリウム
                |                         |ブドウ糖
----------------+-------------------------+------------------------------
製品名(乾燥加熱)|クリオブリンTIM2     |コーエイト−HT
----------------+-------------------------+------------------------------
添加物          |安定剤 クエン酸ナトリウム|安定剤 人血清アルブミン
                |       アミノ酢酸        |安定剤 アミノ酢酸
                |       塩化ナトリウム    |等張化剤 塩化ナトリウム
                |                         |pH調節剤 クエン酸ナトリウム
----------------+-------------------------+------------------------------
加熱時間        |蒸気加熱60℃10時間1200mb |68℃72時間

                |        第VIII因子       |     第IX因子
----------------+-------------------------+--------------------------
会社名          |バクスター               |ミドリ十字
----------------+-------------------------+--------------------------
製品名(非加熱)  |ヘモフィルS             |クリスマシン
----------------+-------------------------+--------------------------
添加物          |クエン酸ナトリウム       |安定剤 クエン酸ナトリウム
                |                         |等張化剤 塩化ナトリウム
----------------+-------------------------+--------------------------
製品名(乾燥加熱)|ヘモフィルS−T         |クリスマシン−HT
----------------+-------------------------+--------------------------
添加物          |安定剤 クエン酸ナトリウム|安定剤 クエン酸ナトリウム
                |等張化剤 塩化ナトリウム  |等張化剤 塩化ナトリウム
----------------+-------------------------+--------------------------
加熱時間        |60℃144時間              |ヘプタン中60℃20時間

                |                     第IX因子
----------------+-----------------------------・--------------------------
会社名          |バイエル                     |日本臓器
----------------+-----------------------------+--------------------------
製品名(非加熱)  |コーナイン                   |ベノビール
----------------+-----------------------------+--------------------------
添加物          |等張化剤 塩化ナトリウム      |安定剤 クエン酸ナトリウム
                |抗凝固剤 クエン酸ナトリウム  |       ヘパリンナトリウム
                |                             |等張化剤 塩化ナトリウム
----------------+-----------------------------+--------------------------
製品名(乾燥加熱)|コーナイン−HT             |ベノビールTIM4
----------------+-----------------------------+--------------------------
添加物          |等張化剤 塩化ナトリウム      |安定剤 クエン酸ナトリウム
                |pH調節剤 クエン酸ナトリウム|       ヘパリンナトリウム
                |                             |等張化剤 塩化ナトリウム
----------------+-----------------------------+--------------------------
加熱時間        |68℃72時間                   |2段階加熱蒸気化処理

                |          第IX因子       |  バイパス療法製剤
----------------+-------------------------+--------------------------
会社名          |バクスター               |日本臓器
----------------+-------------------------+--------------------------
製品名(非加熱)  |プロプレックス           |ファイバ イムノ
----------------+-------------------------+--------------------------
添加物          |安定剤 クエン酸ナトリウム|安定剤 クエン酸ナトリウム
                |等張化剤 塩化ナトリウム  |等張化剤 塩化ナトリウム
----------------+-------------------------+--------------------------
製品名(乾燥加熱)|プロプレックスST       |ファイバ イムノ
----------------+-------------------------+--------------------------
添加物          |安定剤 クエン酸ナトリウム|安定剤 クエン酸ナトリウム
                |安定剤 ヘパリンナトリウム|等張化剤 塩化ナトリウム
                |等張化剤 塩化ナトリウム  |
----------------+-------------------------+--------------------------
加熱時間        |60℃144時間              |2段階加熱蒸気化処理

(別表2)ミドリ十字特許出願関係一覧表

            |ハプトグロビン|α1-アンチトリプシン|α2-マクログロブリン
------------+--------------+--------------------+---------------------
出願日      |1973.11.15    |1975. 4. 8          |1975. 4. 8
------------+--------------+--------------------+---------------------
公開日      |1975. 6.24    |1976.10.19          |1976.10.19
------------+--------------+--------------------+---------------------
液状加熱条件|60℃10時間    |60℃10時間          |60℃10時間
------------+--------------+--------------------+---------------------
安定剤      |(1)グリシン   |(1)グリシン         |(1)グリシン
            |(2)アラニン   |(2)アラニン         |(2)アラニン
            |(3)マンニット |(3)マンニット       |(3)マンニット
            |(4)ブドウ糖   |(4)ブドウ糖         |(4)ブドウ糖
            |              |(5)乳糖             |(5)乳糖
------------+--------------+--------------------+---------------------
備考        |異型輸血、重症|α1-プロテアーゼイン|生体に侵入する細菌が
            |熱症、長期人工|ヒビター(蛋白質分解|放出するタンパク質分
            |心肺、新生児の|酵素阻害剤)        |解酵素などを捕獲
            |黄疸溶血などで|                    |
            |多量の溶血が起|                    |
            |こった場合の補|                    |
            |充            |                    |

            |IgAおよびIgM  |セルロプラスミン|血液凝固第XIII因子
------------+--------------+----------------+-------------------
出願日      |1975. 4. 8    |1975. 4. 8      |1976.11.10
------------+--------------+----------------+-------------------
公開日      |1976.10.19    |1976.10.19      |1978.5.27
------------+--------------+----------------+-------------------
液状加熱条件|60℃10時間    |60℃10時間      |55〜65℃9〜11時間
------------+--------------+----------------+-------------------
安定剤      |(1)グリシン   |(3)マンニット   |(1)グリシン
            |(2)アラニン   |(4)ブドウ糖     |(2)アラニン
            |(3)マンニット |(5)乳糖         |(3)マンニット
            |(4)ブドウ糖   |                |(4)ブドウ糖
            |(5)乳糖       |                |
------------+--------------+----------------+-------------------
備考        |人血清免疫グロ|低並びに無ガンマ|フィブリン安定化因
            |ブリンA又はM(|グロブリン血症、|子
            |抗体)        |重症感染症におけ|先天的ないし後天的
            |              |る抗生物質との併|第XIII因子欠損症、
            |              |用              |広く一般外科手術後
            |              |                |の創傷治癒促進

            |血液凝固第XIII因子|血液凝固第XIII因子
------------+------------------+-------------------------------------------
出願日      |1978.11. 7        |1980. 3.27
------------+------------------+-------------------------------------------
公開日      |1980. 5.15        |1981.10.22
------------+------------------+-------------------------------------------
液状加熱条件|55〜65℃9〜11時間 |55〜65℃(好ましくは60℃)
            |                  |8〜15時間(好ましくは10時間)
------------+------------------+-------------------------------------------
安定剤      |(1)グリシン       |主安定剤(1)中性アミノ酸(グリシン,アラニン)
            |(2)アラニン       |        (2)単糖類(グルコース,キシロース,
            |(3)マンニット     |                  フルクトース)
            |(4)ブドウ糖       |        (3)糖アルコール(マンニット,ガラク
            |                  |                        チトール,ソルビト
            |                  |                        ール,ガラクトサミ
            |                  |                        ニトール)
            |                  |補助安定剤 有機カルボン酸
------------+------------------+-------------------------------------------
備考        |フィブリン安定化因|同左
            |子                |
            |先天的ないし後天的|
            |第XIII因子欠損症、|
            |広く一般外科手術後|
            |の創傷治癒促進    |

            |血液凝固第VIII因子
------------+-------------------------------------------------------------
出願日      |1981.10.28
------------+-------------------------------------------------------------
公開日      |1983. 5. 6
------------+-------------------------------------------------------------
液状加熱条件|55〜80℃(好ましくは60℃)3〜15時間(好ましくは10時間)
------------+-------------------------------------------------------------
安定剤      |主安定剤(1)中性アミノ酸(グリシン,アラニン)
            |        (2)単糖類(グルコース,キシロース,
            |                  フルクトース)
            |        (3)糖アルコール(マンニット,ガラクチトール,グルコサミ
            |                        ニトール,ソルビトール,ガラクトサミニ
            |                        トール)
            |        (4)寡糖類(マルトース,シュークロース,ラクトース)
            |補助安定剤 有機カルボン酸(クエン酸ナトリウム,カプリル酸ナトリ
            |                          ウム,マンデル酸ナトリウム,カプロン
            |                          酸ナトリウム,グルタル酸ジナトリウム,
            |                          マロン酸ジナトリウム)
            |ヒト・アルブミン

最初の Page へ戻る 
NOV. 14, 1996