基発第619号
平成5年10月29日
各都道府県労働基準局長殿
労働省労働基準局長
近年、医療従事者等のC型肝炎や我が国において感染者が増加している後天性免疫不全症候群(以下「エイズ」という。)、さらにはメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(以下「MRSA」という。)感染症など、細菌、ウイルス等の病原体による感染症について社会的関心が高まっていることから、これらの感染症に係る労災請求事実を処理するため、今般、標記について下記のとおり取りまとめたので、今度の取扱いに遺漏のないよう万全を期されたい。
記
(1)法令上の取扱い
エイズは、その原因となる病原体がウイルスであり、また、後記2のロに示すとおり伝染性疾患である。
したがって、業務に起因する医療従事者等のエイズについては、186号通達の記の第2の2の6のイの(ハ)及び(ニ)に示す「ウイルス性肝炎等」に含まれ、労基則別表第1の2第6号1又は5に定める業務上の疾病に該当するものである。
(2)エイズに係る医学的事項
イ エイズの病像等
エイズとは、ヒト免疫不全ウイルス(以下「HIV」という。)によって体の免疫機構が破壊され、日和見感染症(健康な状態では通常、思しないが、免疫力が低下したときにしばしば、思する感染症)、悪性腫瘍、神経症状等を伴うに至った病態をいうものである。
また、HIVの感染によって引き起こされる初期痘状から、これに続く無症状の状態(以下「無症候性キャリア」という。)、その後の発熱、下痢、倦怠感等の持続状態(「エイズ関連症候群」)、さらに病期が進行してエイズと診断される病態までの全経過をまとめてHIV感染症という。
ロ 感染源、感染経路
HIVは、エイズ患者及びHIV感染者(以下「HIV保有者」という。)の血液等に含まれているとされているが、感染源として重要なものは、血液、精液及び腱分泌液である。
したがって、HIVの感染経路は、HIV保有者との性的接触による感染、HIVに汚染された血液を媒介した感染(輸血、注射針等による)及び母子感染がある。
しかし、唾液感染や昆虫媒介による感染はなく、また、HIVに汚染された血液に健常な皮膚が触れただけでは感染しないとされている。
ハ 潜伏期間
HIV感染後、エイズ発症までの潜伏期間については、3年以内が約10%、5年以内が約30%、8年以内が約50%であるといわれ、15年以内に感染者のほとんどがエイズを発症すると推定されている。
ニ 症状等
(イ)初期症状
HIVに感染しても一般的には無症状であるが、一部の感染者は、感染の2週間から8週間後に発熱、下痢、食欲不振、筋・閑節痛等の感冒に似た急性症状を呈することがあるといわれている。
この急性症状は、2週間から3週間続いた後、自然に消適して無症候性キャリアになるとされている。
(ロ)エイズ関連症候群
無症候性キャリアの時期を数年経て、その後、全身性のリンパ節腫脹、1か月以上続く発熱や下痢、10%以上の体重減少、倦怠感等の症状が現れるとされており、この持続状態を「エイズ関連症候群」と呼んでいる。
なお、このエイズ関連症候群には、軽度の症状からエイズに近い病態までが含まれるものである。
(ハ)エイズ
エイズ閑達痘候群がさらに進行して、免疫機能が極端に低下すると、カリニ肺炎などの日和見感染症、カポジ肉腫などの悪性腫瘍、あるいはHIV脳症による神経症状などを発症するとされている。この時期が「エイズ」と呼ばれる病態で、複数の日和見感染症を併発することが多いとされている。
なお、エイズの予後は不良であり、日和見感染症に対する治療により一時的に好転しても再発を繰り返しやすく、あるいは他の日和見感染症を合併して次第に増悪し、エイズの発症から3年以内に大部分の患者が死亡するといわれている。
ホ 診断
HIV感染症の診断は、血液中のHIV抗体を検出する検査により行われるが、ゼラチン粒子凝集法(PA法)等のスクリーニング検査によりHIV抗体が陽性と判定された血液については、さらに精度の高いウェスタンプロット法等による確認検査が行われ、これが陽性であれば、HIV感染症と診断される。
なお、HIV抗体が陽性となるのは、一般にHW感染の6週間から8週間後であるといわれている。
(3)労災保険上の取扱い
エイズについては、現在、HIV感染が判明した段階で専門医の管理下に置かれ、定期的な検査とともに、免疫機能の状態をみてHIVの増殖を遅らせる薬剤の投与が行われることから、HIV感染をもって療養を要する状態とみるものである。
したがって、医療従事者等が、HIVの感染源であるHIV保有者の血液等に業務上接触したことに起因してHIVに感染した場合には、業務上疾病として取り扱われるとともに、医学上必要な治療は保険給付の対象となる。
イ 血液等に接触した場合の取扱い
(イ)血液等への接触の機会
医療従事者等が、HIVに汚染された血液等に業務上接触する機会としては、次のような場合が考えられ、これらは業務上の負傷として取り扱われる。
a HIVに汚染された血液等を含む注射針等(感染性廃棄物を含む。)により手指b 等を受傷したとき。
c 既存の負傷部位(業務外の事由によるものを含む。)、眼球等にHIVに汚染された血液等が付着したとき。
(ロ)療養の範囲
a 前記(イ)に掲げる血液等への接触(以下、記の2において「b 受傷等」c という。)の後、当該受傷等の部位に洗浄、消毒等の処置が行われた場合には、当該処置は、業務上の負傷に対する治療として取り扱われるものであり、当然、療養の範囲に含まれるものである。
d 受傷等の後に行われたHIV抗体検査等の検査(受傷等の直後に行われる検査を含む。)については、前記1の3のイの(ロ)のbと同e 様に取り扱う。
ロ HIV感染が確認された場合の取扱い
(イ)業務起因性の判断
原則として、次に掲げる要件をすべて満たすものについては、業務に起因するものと判断される。
a HIVに汚染された血液等を取り扱う業務に従事し、かつ、当該血液等に接触した事実が認められること(前記イの(イ)参照)。
b HIVに感染したと推定される時期から6週間ないし8週間を経てHW抗体が陽性と診断されていること(前記2のホ参照)。
c 業務以外の原因によるものでないこと。
(ロ)療養の範囲
前記(イ)の業務起因性が認められる場合であって、HIV抗体検査等の検査によりHIVに感染したことが明らかとなった以後に行われる検査及びHIV感染症に対する治療については、業務上疾病に対する療養の範囲に含まれるものである。
(1) エイズについて労災保険給付の請求が行われた場合には、「補504労災保険の情報の速報」の1の1のロの(チ)に該当する疾病として速やかに本省あて報告すること。
(2) C型肝炎(他のウイルス肝炎を含む。)、エイズ及びMRSA感染症に係る事実に関し、その業務起因性について疑義がある場合には、関係資料を添えて本省あて協議すること。
2001年02月28日