1996年4月18日(木)、19日(金)の両日、京王プラザホテル(東京都新宿区)で開催された日本感染症学会ににおいて、AIDSに関する演題は多数発表されましたが、そのうちAIDSのセッションで発表された10演題について、簡単に報告します。
問)尿からのJCウイルスDNA検出の有無。
答)尿中からはJCウイルスDNAは検出されなかった。
JCウイルスはHIV感染者に限らず多くの人々が感染するウイルスであり、JCウイルスが検出されたというだけでは、PMLと診断することはできない。このため、PMLの診断にはMRI等による画像診断と脳組織の生検による病理学的診断が行われていた。しかし、今後は、脳脊髄液からPML型のJCウイルスDNAの断片を検出することによって、診断することが可能になるかも知れない。
現在、カポジ肉腫は、性行為等により感染していたヘルペスウイルスの一種HHV−8(KHSV)がHIV感染による免疫能の低下により活性化した結果生じる悪性腫瘍であると考えられている。このことを日本のカポジ肉腫患者においても確認したという点で意味のある報告である。なお、HHV−8がカポジ肉腫以外に、どのような症状を引き起こすのかは今後の研究課題であるが、カポジ肉腫の原因がHHV−8であれば、抗ヘルペスウイルス剤によるカポジ肉腫の治療又は予防の可能性も考えられる。
問)肺結核合併AIDS患者とその他のAIDS患者とでは、BALFの組成(主にリンパ球とマクロファージの比)が異なるので、一概に比較することは困難ではないか。
答)要領を得ない回答であったが、組成が異なること及び組成の差が結果に影響を与えていることは概ね認める趣旨の回答と理解した。
気管支肺胞洗浄(BAL)は、患者にかなりの負担を与えるので、治療を目的とせず、研究のみを目的として行うことには、いささか疑問を感じた。特に肺合併症のないAIDS患者にBALを行う治療上の必要は全くないだろう。
問)副腎ステロイドの補充を検討すべきか否かについての指標は何か。
答)低Na血症でありながら、高K血症ではない状態及び、高ACTHであって、なおかつ尿中フリーコルチゾル値が低い場合には、副腎機能の低下と判断して、補充療法を検討すべきではないか。ただし、一般にステロイドは日和見感染の危険を増大するので、慎重に行う必要がある。
副腎機能の低下がCMV感染によるものとすると、副腎クリーゼ等の危険を避けるために、本来、HIV感染症には禁忌であるステロイドの投与も検討する必要がある。ただし、この場合には、CMV感染の程度も、ステロイド投与の是非を判断する材料となるのだろう。
問)感染者から医療従事者へのHIV感染防御だけでなく、医療従事者からHIV感染者等の免疫不全患者への各種病原体の感染防御については、どうしているのか。
答)無菌室等、患者の免疫機能の状態に応じて、対処している。
感染症学会での他の発表を見ていても感じたことだが、病院内における医療従事者から患者への感染は想像以上に多い。正直言って、医療従事者がHIV感染を怖れる以上に、入院患者は医療従事者からの各種感染を怖れなければいけないのではないかと不安を感じた。
こうした視点で感染防御を考えれば、例えば、診察室で医師等が手を消毒するのは、患者を診察した後ではなく、むしろ診察する前であるべきではないかと思うが、こうしたことは医療従事者の間で、どこまで認識されているだろうか。
Campyrobacter jejuniiは、鶏、牛、豚の腸管内に高率に棲息し、熱の良く通っていない鶏肉や殺菌の不十分な生ミルクによって、人に感染し、下痢を生じさせる。本菌による下痢は、HIV感染者に限らず、免疫能が通常程度の人にも起こり得るものであるが、エイズ患者等においては、細菌が腸管内で増殖することによって生じる下痢に留まらず、細菌が腸管から血中に入って、さらに増殖し、菌血症や敗血症を引き起こして、致命的となることもあり得る。
安易な抗生剤の投与による耐性菌の出現と、その増加を防ぐためにも、第一選択として一般的に使用する抗生剤の定期的な変更、細菌培養の確実な実施と薬剤感受性・耐性の迅速な確認等が必要であろう。
ペンタミジンの吸入は、カリニ肺炎の予防に有効であるが、ペンタミジン吸入中でも、カリニが肺炎以外の症状を引き起こすことがあることの実例である。
交通事故に伴う頭部打撲に際して、HIV脳症が発見された例であり、AZTが著効を示している。このように、交通事故等を契機として、HIV感染やAIDS発症が発見されるケースは、今後とも増えていくことであろう。
本例では、事故により偶然脳症が早期に発見され、AZTによる適切な治療を受けることができ、症状の改善を見ることができたが、原因不明のまま、治療に失敗している例もあるのではないかと憂慮される。
抗結核薬が有効な非定型抗酸菌症ではあるが、副作用のために抗結核薬が十分に使えず、結果として、播種性非定型抗酸菌症により死亡したものである。一般に、薬物の全身投与は副作用の出現頻度を高めるので、AIDSのように、各種の感染症を併発し、多種類の薬剤を同時に使用する必要のある場合には、局所投与が基本となる。本例では、サイトメガロウイルス感染症の治療に手間取ったことが非定型抗酸菌症の治療に支障を来たした原因かも知れない。
RFPは結核に対して著効を示す抗結核薬であり、結核菌以外の抗酸菌(非定型抗酸菌)に対しても有効であるが、無効であることも多い。しかし、近年、CAMが実用化され、RFPが無効な症例についても、治療が可能となりつつある。