平成11年6月30日

「21世紀に向けての結核対策(意見)」について
(公衆衛生審議会からの意見書)


1.経 緯

○公衆衛生審議会・結核予防部会は、結核り患率の減少速度の鈍化等の問題がある再興感染症としての結核対策を充実強化するため、標記の意見書をとりまとめるべく、平成10年6月から部会を開催して審議を行ってきたもの

○6月22日に意見書取りまとめのための部会が開催された。

○6月30日、公衆衛生審議会会長(東北大学医学部長:久道 茂)から厚生大臣に意見が提出された。


2.意見書の主な内容

○厚生省による「結核緊急事態宣言」

 新規結核登録患者数やり患率の反転上昇といった新たな状況に対応するため、これまでの基本的な政策に加えて、新たな視点を用いた結核対策の推進する「結核緊急事態宣言」を厚生省が行うとともに、関係省庁、結核の専門家等からなる「結核対策連絡会議」(仮称)を設置すべきことを提言。

○今後の結核対策の具体的進め方(ポイント)

・再興感染症としての結核の再認識と知識等の普及啓発
・我が国における再興感染症としての結核の実態調査の実施
・結核の地域間格差の明確化と是正
・BCG接種対策の見直し
・患者発見対策の強化
・多剤耐性結核対策の充実
・高齢者の結核対策の充実
・住所不定者の結核対策の充実
・結核集団感染対策の充実
・院内感染対策の充実
・結核に関する情報の収集、分析と提供・公開体制の見直し

公衆衛生審議会結核予防部会

21世紀に向けての結核対策(意見)

平成11年6月30日

委 員 名 簿

  阿彦忠之 山形県村山保健所長
  川城丈夫 国立療養所東埼玉病院長
  川邊芳子 国立療養所東京病院呼吸器科医長
  北川定謙 埼玉県立大学学長
  工藤翔二 日本医科大学教授
  小池麒一郎  (社)日本医師会常任理事
  木幡美子 (株)フジテレビジョンアナウンサー
  佐々木隆 全日本自治団体労働組合中央本部健康福祉局長
  重籐えり子 国立療養所広島病院第二呼吸器科医長
  杉田博宣 (財)結核予防会複十字病院副院長
  高松 勇 大阪府立羽曳野病院小児科医長
  冨永清次 全国町村会理事(熊本県菊陽町長)
森 亨 (財)結核予防会結核研究所長

50音順
○:部会長


−目 次−

1.はじめに

2.結核緊急事態宣言

I.  再興感染症としての性格を視野に入れた結核対策
II. 重点的課題への取り組みの充実
III.結核に関する情報の収集、分析と提供・公開体制の見直し

 

3.今後の結核対策の具体的進め方

(1)再興感染症としての結核の再認識と知識等の普及啓発

(2)感受性対策

(1)BCG接種の目的
(2)BCG接種の基本的方向性
(3)患者発見対策

(4)患者への医療提供及びまん延防止対策

(1)多剤耐性結核対策
(2)結核発症の高危険群等に対する積極的な対策
(3)院内感染防止対策
(4)精神疾患等の合併症対策
(5)結核入院患者の類型に応じた病床のあり方
(6)結核患者の再発防止対策
(7)適正医療の普及対策
(8)感染者の発病防止対策(予防内服)
(5)結核に関する情報の収集・分析と提供・公開

(6)結核の地域間格差

(1)地域間格差の具体的評価と問題点の明確化
(2)結核対策特別促進事業の活用
(7)結核研究、国際交流等の推進

4.結核対策の目標設定

5.結核予防法の入院手続等についての検討

6.おわりに


1.はじめに

 本部会は、結核罹患率の減少速度の鈍化、大きな地域間格差、医療機関や施設内集団感染の多発、多剤耐性結核の問題等、近年の我が国における結核の状況を踏まえ、再興感染症としての結核対策の充実強化を図るため、平成10年6月1日から計13回にわたり、部会を開催し審議を続けてきた。その間、多剤耐性結核対策、結核入院医療のあり方、BCG接種のあり方、健康診断や患者管理等の地域における結核対策を含め、結核対策について総合的に検討を行ってきた。この間、平成10年7月3日には、本部会として「緊急に取り組むべき結核対策について(提言)」をまとめて発表した。また、BCG接種のあり方については、本年2月から「BCG問題検討作業班」を設けて専門的・技術的な検討を依頼したところであるが、同作業班の4回に及ぶ審議の結果をまとめた報告を平成11年6月2日に受け、その報告書に基づいて本部会としてさらに検討を行った。
 これまでの検討により、今後の結核対策について様々な論点が明らかになり、なお更なる検討が必要との判断に至った論点もあるものの、本部会として一定の方向性を見いだせた論点も多く、今般、これまでの検討の成果をまとめたものを「21世紀に向けての結核対策」として意見書を発表する。本部会としては、残された課題について引き続き検討していくこととするが、厚生省、都道府県等におかれては、本意見書をもとに必要な結核対策を早急に進められるとともに、対策の進捗状況について、定期的に当部会に報告されたい。


2.結核緊急事態宣言

 世界保健機関(World Health Organization:WHO)は、1993年に「結核の非常事態宣言」を発表して、結核対策の軽視、HIV感染症の流行、多剤耐性結核菌の出現等により、結核による健康被害が世界各地で拡大していることについての警告を行った。
 一方、我が国の状況においては、結核対策を抗結核薬の開発前の時代に逆戻りさせる危険性のある多剤耐性結核の問題、学校等における結核集団感染の発生数の増大と発生場所の多様化の問題、院内感染の多発の問題等、緊急的に対応を図らなければならない重要な課題がある。さらに平成9年の結核の統計において、これまで30年以上減少を続けてきた新規結核登録患者数及び罹患率について、前者が38年ぶりに、後者が43年ぶりに増加に転じたことが明らかになっており、今後も引き続いて増加する危険性もあるといった新たな疫学状況も指摘されている。すなわち、我が国のこれまでの結核対策をそのまま進めるだけでは再興感染症としての結核に対処していくことは不可能であり、結核対策の原点に戻って基本的な対策を着実に進めるとともに、新たな視点を用いた結核対策の推進も不可欠である。
 したがって、当部会としては、現在の我が国における結核の状況を総合的に勘案し、厚生省が「結核緊急事態宣言」を宣言するとともに、結核の専門家、関係省庁、医師会等の医療関係団体からなる結核対策連絡会議(仮称)を設け、厚生省とともに関係省庁、都道府県等の地方自治体、現場の医療関係者、結核の専門家を含めた国民一人一人が結核の問題を再認識し、我が国が一丸となって結核対策に取り組んでいくことを提言するものである。具体的な今後の取り組みについては、「3.今後の結核対策の具体的進め方」に詳述するが、特に重要性の高いものを以下に列挙するので、厚生省、各都道府県等において緊急対策としての取り組みを求める。

I.再興感染症としての性格を視野に入れた結核対策

○再興感染症としての結核問題の重要性についての国民への啓発普及
・再興感染症としての結核の性格を視野に入れた普及啓発
・公衆衛生従事者、医療従事者等における結核の問題の再認識

○我が国における再興感染症としての結核の現状調査
・都道府県等における結核対策の取り組み状況のデータベース化
・全国におけるBCG接種の現状分析、結核患者の合併症や再発の状況、治療内容とその効果、薬剤耐性等の結核菌に関する調査の実施

○結核の地域間格差の明確化と是正
・都道府県等における罹患率等の疫学的指標及び対策の実施状況の 二つの地域間格差の明確化
・指標と対策の地域間格差の是正を目的とした結核対策特別促進事 業の活用

II.重点的課題への取り組みの充実

○多剤耐性結核対策の充実
○高齢者の結核対策の充実
○住所不定者等の結核対策の充実
○結核集団感染対策の充実
○院内又は施設内における結核予防対策の充実
○結核と精神疾患の合併症を持つ患者対策の充実

III.結核に関する情報の収集、分析と提供・公開体制の見直し

○感染症発生動向調査との連携
○発生動向調査結果の内容の見直しと迅速な公表
○結核における積極的疫学調査の概念及び方法論の整理と運用


3.今後の結核対策の具体的進め方

 当部会は、行政担当者や医療関係者をはじめとした国民一人一人が結核の脅威を再認識し、正しい知識を修得することが極めて重要であるとの観点から、まず最初に再興感染症としての結核の再認識と知識等の普及啓発について整理を行った。次に、感染症対策の一環として結核対策を捉えて、感染症対策の3つの要素である(1)感受性対策、(2)患者発見対策、(3)患者への医療提供及びまん延防止対策の観点から結核対策を整理し、その上で包括的な対策である結核に関する情報の収集・分析と提供・公開、地域間格差の問題、結核研究や国際協力の推進等の総合的な対策について取りまとめた。

(1)再興感染症としての結核の再認識と知識等の普及啓発

 結核は既に克服された過去の病気であると考えられがちであるが、新発生患者数が増加に転じていること、多剤耐性結核や院内感染等の問題が顕在化してきていること等、再興感染症としての結核は、国民の健康上、大きな脅威となっている。また飛沫核感染といった感染経路、咳の状況のみから判断した場合に風邪等の他の呼吸器疾患との鑑別の難しさ等の問題があり、結核に関する知識の普及啓発を通じて、行政担当者、医療関係者を含めた国民が正しい理解を有することは極めて重要な意義がある。
 現在、結核予防週間、結核予防全国大会、結核研究所における研修等の施策が講じられているが、国民の結核に対する関心は必ずしも十分ではなく、結核専門家の減少や高齢化の問題は以前から指摘されているが、十分な改善は図られていない。特に、近年報告されている結核集団感染事例の中で、保健所、県庁、医療機関等の関係者の結核に対する認識の低下と患者発生時の危機管理対応能力の欠如が指摘されているものが多く、関係者は猛省し、今後は適切な対応を図れるようにしていく必要がある。
 再興感染症としての結核の再認識と知識等の普及に向けた具体的な対策としては、厚生省が文部省等の関係省庁、都道府県等の地方自治体、医師会等の医療関係団体、関係学会等と連携を図りながら、(1)一般国民に対する結核の知識の提供、(2)医学教育における結核に関する知識の積極的な提供等の卒前教育の充実、(3)生涯教育を通じた全ての医師を対象とした結核の基本的知識の再確認、結核診療技術の向上及び最新情報の提供、(4)結核研究所、国立療養所、大学病院等の結核診療・研究の拠点的機関を活用した専門家の養成、(5)保健所等の関係行政機関における結核に関する知識・技能の普及等を進めていくことが必要である。これらの問題は、短期的に解決することは難しい問題であるが、中長期的な観点から対応していくことが必要である。

(2)感受性対策

(1)BCG接種の目的
 BCG接種の目的について、初回接種と再接種に分類して整理を行った。 まず初回接種の目的は、結核未感染者を対象として結核に対する免疫を付与し、発病そのものの防止や仮に発病したとしても重症化を阻止することである。大量の結核菌を排菌している患者に接触した場合等にはBCG接種を受けていても発病することはあるが、結核性髄膜炎や粟粒結核等の血行性の重症結核の防止、特に乳幼児の結核発病・重症化防止には極めて有効であるとされている。
 一方、再接種の目的としては、初回接種の効果減弱の補強(有効期間の延長)と初回接種の未接種者や接種を受けたがツベルクリン反応検査が陰性である者(以下「初回接種の洩れ者」と言う。)への対応が一般的に考えられているが、前者については、BCG初回接種の効果が15年以上持続するという報告があり、有効性が残っている期間中に再接種を行ってもその効果が認められるかどうかは不明である。したがって、再接種の目的としては初回接種の洩れ者への対応であり、この目的に即して再接種の必要性や具体的方法論の検討を進めていくことが重要である。

(2)BCG接種の基本的方向性
 BCG接種そのものについては、その有効性、日本における結核のまん延状況から考えて、乳児期(3ヶ月から1歳)の可能な限りの早い時期での接種が重要である。したがって、乳幼児期における初回接種については、接種率の向上、確実な接種の実施等の観点からさらに充実していくことが重要である。次に、小学生の時期における再接種は、(1)初回接種の効果減弱を補強するという意味での有効性が必ずしも科学的に証明されていないこと、(2)乳幼児期における初回接種の洩れ者の対策と考えた場合に期間が開きすぎていること等の問題が指摘されている。小学生の時期における再接種の目的は初回接種の洩れ者への対応であることから、必ずしも小学生の時期に再接種を行う必要はなく、むしろ初回接種の洩れ者への対策として必要な場合には乳幼児期における再接種を強化する方向で検討していくことが考えられる。さらに近年、乳幼児期においても保育所や幼稚園等において集団生活をする機会が増えている事実が指摘されており、これらの点を踏まえて乳幼児期における初回接種の徹底と充実、接種洩れ者への対策の実施状況について検討していく必要がある。
 したがって、当部会としては、小学生の時期における再接種の見直しの前提として、乳幼児期における初回接種の徹底と充実、初回接種の洩れ者への対策を提言するものであり、これらの具体的な実施状況等の調査を踏まえた上で、結核の専門家、現場の医療関係者、学校関係者等の意見を総合して、結核予防部会として最終判断することとする。また小学生のBCG接種に伴う局所反応を軽減していくため、BCG接種の方法等についても合わせて検討していくこととする。なお、中学生の時期における再接種は、BCG接種の効果の持続期間、感染発病の好発年齢等の観点から、当分の間、現行どおり継続することが適当である。

(3)患者発見対策

 結核を発病した患者等を可能な限り早い時期に発見することが患者発見対策の基本であり、結核予防法においては、国民に対して年1回の健康診断(胸部X線検査等)を実施する定期健康診断と施設、学校等で結核患者が発見された場合に、周囲に感染源の者又は被感染者がいる可能性を探るため、接触のあった者に対して臨時の健康診断を実施する定期外健康診断が規定されている。この定期と定期外の健康診断からなる患者発見対策の構成を変更する必要性はないが、それぞれについて所要の検討・改善を図る必要がある。
 まず定期健康診断については、各市町村、事業者等の実施主体別の実施状況に著しい格差があり、結核予防法に基づいた一層の努力が必要であるが、中小事業所等に勤務する者の定期健康診断の受診状況をはじめとして、定期健康診断全般についてより詳細に把握すべき点が多く、厚生省、都道府県等において、これらの点を調査・整理した上で、各実施主体別に受診率向上に向けた対策を講じていく必要がある。また近年、高齢者の発病が増加しているとともに、教職員や医療機関従事者等は結核感染・発病した場合に周囲への感染の危険性という観点からの高危険群であると指摘されている。したがって、罹患率の高い高齢者や周囲への感染の危険性という観点からの高危険群である教職員や医療従事者の受診率の向上に向けてより一層の努力が必要である。
 次に定期外健康診断については、結核患者が発見された場合に実施すべき積極的疫学調査の重要な要素である。積極的疫学調査という概念が結核対策の分野において必ずしも一般化していないことは事実であるが、積極的疫学調査は、結核を含めた全ての感染症対策の基本である。したがって、患者が発見された場合について、定期外健康診断のみならず分子疫学的手法その他必要な構成要素を包括的に含んだ積極的疫学調査ガイドラインを、現行の定期外健康診断ガイドラインを改定して作成・普及していく必要がある。またその際、結核の集団感染の発生場所が学校や事業所に加えて病院や福祉施設等での多発が報告されており、これら発生場所の多様化等を含めて、個別事案毎に的確に対応できる具体的手引きとしての性格を有するガイドラインであることが重要である。なお、定期外健康診断そのものについても、患者家族や接触者に対する検診が必ずしも徹底していない現状が指摘されており、その地域間格差も大きな問題となっている。
 したがって、結核研究所の協力を受けて、包括的かつ具体的な積極的疫学調査ガイドラインの作成と併せて、定期外健康診断の実施状況やその実施成績、検診の効果を評価するための調査を行った上で、必要な対策を講じていく必要がある。

(4)患者への医療提供及びまん延防止対策

 結核患者が発見された場合には、周囲に感染源の者や他の被感染者がいる可能性を視野に入れて積極的疫学調査を実施していくことは前記したが、発見された結核患者自身に対する医療の提供と周囲へのまん延防止対策を講じることも極めて重要である。このため、結核予防法においては、入所命令、適正医療、従業禁止、家庭訪問指導、管理検診等の規定が設けられている。これらの患者への医療提供及びまん延防止対策全般の制度的問題は指摘されていないが、多剤耐性結核問題、院内感染問題、精神疾患等の合併症問題、免疫不全症患者における結核発症の問題、住所不定者の結核問題等の個別的に対応していかなければらない問題がある。当部会のこれまでの審議を通じて、これらの個別的対応が必要な問題の多くには一定の方向性を示すことができたが、今後当部会においてさらに専門的・技術的検討を個別的に実施していく必要がある論点も残されており、これらの論点を中心として当部会として引き続いて検討していくこととする。

(1)多剤耐性結核対策
 多剤耐性結核とは、現在の化学療法の中心であるヒドラジド(INH)とリファンピシン(RFP)への2剤同時耐性結核と定義される。その患者数として、現在、1500人から2000人程度、さらに新たに1年間に80人程度が発病していると考えられている。これらの患者は、通常の結核治療では治癒が期待されにくく、死亡することや持続排菌患者となることも多いことから、従来の結核対策を越えた新しい多剤耐性結核対策の全体像を構築していく必要がある。
 具体的には、まず第一に、治療が困難な多剤耐性結核患者の治癒率向上や死亡率低下等の治療成績の改善を図るため、国立療養所等を中心とした多剤耐性結核患者に対する都道府県域を越えた広域圏拠点施設及び都道府県拠点施設の整備を図り、その診療ネットワークを構築していくことが必要である。そして、このようなネットワークにおいて、抗結核作用が期待されている薬事法上未承認の薬剤についての臨床試験を実施し、早期承認に必要なデータの収集、耐性菌の検査の標準化を行うなど新しい診断・治療法の開発普及を図ることも期待される。第二に、結核治療を担当する医療機関からの診療に関する助言を行う多剤耐性結核に関する相談窓口機能について、結核研究所、国立療養所等において充実を図るべきである。第三に、多剤耐性結核に対する治療方針等の確立とその普及の観点から、多剤耐性結核に対する診療の手引きを作成していくことが必要である。第四に、多剤耐性結核という疾病の特性に応じた診療報酬上の適正な評価の検討が必要である。なお、多剤耐性結核対策を考える際には、その前提として多剤耐性結核菌を出現させないということが基本であり、初回の治療が的確に行われるように、医学医療の進歩に応じた結核医療の基準の改善やそうした医療基準の徹底等に関する対策を講じていくことを忘れてはならない。

(2)結核発症の高危険群等に対する積極的な対策
 結核発症の高危険群あるいは発症した場合の治療困難群として、高齢者と住所不定者等の問題がある。これらの者への対応については、他の結核患者に対する結核予防法に基づく対応のみでは必ずしも十分ではなく、特別に追加した対応が求められる。
 まず、高齢者の問題について、現在の新規発生結核患者の過半数が60歳以上の既感染発病例であるという事実、副腎皮質ホルモン服用者や糖尿病患者等の結核発病(再発)の高危険群に属しているという特性等に着目する必要がある。我が国における今後の結核対策の中で高齢者対策についてより一層の重点的対応が求められる。具体的には、既感染高齢者の中で結核を発病(再発)しやすい基礎疾患を有する者に対して、予防内服(再発予防治療)を実施してくことにより、高齢者の結核罹患率を減少させていくことが考えられ、全国数カ所において試行的に実施して知見の集積を図っていくべきである。
 また、住所不定者の問題について、特に都市部において住所不定者や雇用の不安定な単身者等の社会経済的に弱い階層で結核罹患率が高いという事実、これらの者においては結核発見の遅れから重症者が多く、治療拒否や医療中断によって再発や薬剤耐性化を招きやすいといった特性等に着目する必要がある。したがって、住所不定者における結核発見対策を進めることはもちろんのこと、世界保健機関が治療困難者等に対して実施して効果を挙げている「短期化学療法による直接監視下治療(Directly Observed Treatment Short-course:DOTS)」について、国の積極的な関与のもと、地区を選定して推進を図る等、これらの者への積極的治療等の強化が必要である。

(3)院内感染防止対策
 近年、結核の院内感染の多発や死亡例が報告されており、本来医療を提供するべき場所である医療機関において、逆に感染を受けるという悲劇が生じている(医療機関における発生の報告としては、初発患者の診断時期別に、平成7年で3件、平成8年で9件、平成9年で7件、平成10年で11件の報告がなされている。)。また、結核院内感染は、結核病床を有する病院のみならず、結核病床を有さない病院においても発生していることに留意する必要がある。さらに結核の院内感染の多くは、初発患者の発見の遅れや初発患者の診断後の初期段階での対応の遅れが背景にあると指摘されていることにも留意する必要がある。すなわち、結核の院内感染対策は、結核病床を有する医療機関の問題にとどまらず、全ての医療機関の外来と入院を対象とした医療提供体制全体に関わる問題であり、予防、早期発見、患者発見後の的確な対応等についての対策の強化が必要である。
 さらに、結核患者が発生した場合における定期外健康診断の迅速かつ徹底的な実施等、保健所、都道府県本庁の迅速な対応も求められている。このため、厚生省と日本結核病学会、結核予防会の連携のもと、結核院内感染予防のガイドラインの早急な策定と普及が必要であり、また、全ての医療機関において結核を含む院内感染対策委員会を設ける必要がある。

(4)精神疾患等の合併症対策
 結核と他の疾患の合併症対策として一般病床において結核の合併症患者を対象として実施されてきた「結核患者収容モデル事業」について、現場の実情等を踏まえながら推進していくことはもちろんであるが、さらに精神疾患等と結核の合併症患者に対する適切な入院治療の確保が求められている。したがって、当事業の精神病床を対象とした拡大が必要であり、早急に実施するべきである。また、国立精神療養所等が、この問題において実効性ある積極的な役割を果たしていくことが必要である。

(5)結核入院患者の類型に応じた病床のあり方
 結核患者の高齢化や合併症を伴う結核患者の増大、多剤耐性結核の出現等により、結核患者に対して必要な医療の多様化が進んでいる。特に、入院医療を必要とする結核患者を考えた場合、1)典型的な結核患者(薬剤耐性や合併症がなく、順調な菌陰性化を期待)、2)他の疾患や病態を伴った結核患者(糖尿病、免疫不全症、精神疾患や痴呆等のそれぞれの合併症に対応できる体制が重要)、3)多剤耐性結核の患者(化学療法、外科療法等を総合した集学的治療が必要)、4)慢性排菌化した結核患者(対症療法を主体とした長期にわたる療養生活が必要)に分類される。このような結核患者の類型に応じた結核病床・結核入院医療の評価については、今後、必要な予算事業あるいは診療報酬上の基準の設定等の方法を用いて対応していくことが考えられる。現在、中央社会保険医療協議会において医療機関の機能分化による効率的な医療提供等をはじめとする診療報酬体系の見直しの議論が行われているところであるが、結核診療に対する診療報酬についても、適正な評価と見直しを図っていくことが重要である。また、結核患者の類型に応じた病床を考えた場合、結核病床そのものが全国で約3万床の規模であること等を勘案すると、結核病床の医療法上の病床種別についてさらに細分化を図ることは地域における結核医療の硬直化を招く等の理由から好ましくなく、現行どおりとすることが適切である。その際、医療法上の人員配置及び構造設備の新たな基準については、今後、医療審議会における一般病床の取扱いの審議と平行して、結核入院医療の現状分析等を踏まえて検討していくことが必要である。なお、上記の結核患者に必要な医療の多様化や結核患者に対する良質かつ適切な医療の確保の観点から、それぞれの地域の実情に応じた結核病床の確保についても取り組んでいくことが重要である。
 また、結核医療提供体制について、拠点型又は分散型の議論については、どちらかの方向に集約していく必要はないと考えられる。すなわち、都道府県又は都道府県域を越えた広域圏の結核医療の拠点的な役割を果たすべき拠点型と総合診療機能を有する医療機関に併設して合併症等の治療も想定した結核医療の役割を果たす分散型等が、地域の実状等に応じて共存していくことが重要である。このうち拠点型としては、国立病院・療養所において、再編成計画に基づき、多剤耐性結核等への対応を含む専門医療の実施体制を充実するため、原則として都道府県毎に1カ所とする集約化が図られており、今後とも、結核診療体制の更なる充実強化を図るため、必要な施設、設備の整備が必要である。また、分散型については、感染拡大の危険性が常に存在することから、今後作成する結核院内感染ガイドライン等に基づいて、感染拡大防止に向けた十分な対応を併せて実施していくことが不可欠である。

(6)結核患者の再発防止対策
 結核は、短期化学療法の普及により再発率は低下したものの、その特性から完全な治癒が難しく、また治癒したと考えられる場合であっても再発することがある疾患である。したがって、結核予防法においては、結核の治療終了者であっても、一定期間(概ね3年以内)、結核患者登録票の対象として再発の早期発見のための検診(管理検診)が規定されている。この管理検診について、都道府県毎にその実施状況に格差があると指摘されているが、詳細な実態は把握されていない。治療脱落患者の病状把握といった目的も含めた強化と併せて、正確な実状把握とその結果に基づいた内容の見直しを検討していく必要がある。

(7)適正医療の普及対策
 結核予防法においては、入院命令や従業禁止の場合に一定の公費負担を行うことに加えて、これらの対象者以外の場合にあっても、適正な結核医療の推進の観点から、適正医療の制度を設けて一定の公費負担が規定されている。結核患者に対する医療について、早期治癒や慢性排菌化の防止のために、可能な限り必要十分な治療を提供していくための適正医療は、現在「結核医療の基準」に基づいて行われているが、適正医療と保険診療の間隙に位置する医療行為の取扱いを含めた内容の問題、入院命令や従業禁止対象者に対する適正医療の推進の問題が指摘されており、今後、結核医療の基準の改正も視野に入れて、さらに専門的・技術的検討を進めていく必要がある。
 また、多剤耐性結核への適正医療又は積極的治療等について、既存の薬剤の安定供給と適正使用が不可欠であるが、さらに薬事法上で未承認の薬剤、薬事法上で承認されているが結核に対する効能が認められていない薬剤の中で抗結核作用が期待される薬剤については、多剤耐性結核発現の危険性、国際的動向も踏まえつつ、その承認又は効能追加の必要性について検討していく必要がある。

(8)感染者の発病防止対策(予防内服)
 結核の感染者等に対して、結核の発病前に抗結核薬を投与することにより、結核の発病を防止する予防内服については、米国等における調査研究を経てその有効性が明確に立証されている。我が国においても、昭和32年に乳幼児を対象に制度化したのを契機として、対象者について昭和50年には中学生までに、平成元年には29歳までに順次拡大してきたところである。この対象者の拡大は、各年齢層における結核未感染者の割合が、年々高まっていることにより、予防内服を制度化するべき対象年齢の上限の拡大が必要になってきたことが主な理由である。この予防内服について、30歳以上の者に対しても公費負担の対象とするべきであるとの指摘があるが、現時点において十分な知見が集積されているとは言えず、引き続いて専門的・技術的検討を進めていくことが必要である。さらに、薬剤耐性菌により感染を受けた者への予防内服の取扱いについても、合わせて検討していくこととする。

(5)結核に関する情報の収集・分析と提供・公開

 結核対策を進めていくに当たって、その前提として結核に関する十分かつ的確な情報が必要であることは言うまでもない。本年4月から施行された「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(以下「感染症新法」と言う。)においても、一つの大きな柱として感染症に関する情報の収集・分析と提供・公開が位置づけられており、その重要性は結核対策においても同様である。結核に関する情報の収集等については、現在、結核予防法に基づく医師の届出や結核発生動向調査が行われているが、医師から保健所、保健所から都道府県庁、厚生省への正確な届出・報告の徹底を含めて実際の運用面において改善していくべき内容が指摘されており、今後とも、結核研究所等と協力しながら改善していく必要がある。
 具体的には、まず第一に、結核発生動向調査の結果の提供・公開について、医療関係者や国民の関心を促す観点からの月単位、四半期単位等で迅速かつ詳細な公表が必要である。第二に、医師からの届出や結核発生動向調査の内容、集計項目について、近年の結核集団感染や院内感染の多発、高齢の結核患者の増加、非定型抗酸菌陽性例の問題に十分対応できていない点があることから、その再検討が必要である。第三に、現行の情報収集は患者情報に関するものが中心であるが、多剤耐性結核菌の出現等に鑑み、薬剤耐性の有無等の結核菌の病原性に着目した調査、結核発生動向調査の充実が求められる。第四に、結核以外の感染症に関する情報と一元的に提供していくことが効果的・効率的であると考えられ、感染症新法に基づく感染症発生動向調査との連携を図った一元的な提供・公開体制を目指していくことが必要である。第五に、地域、広域圏毎の結核医療の中核的医療機関として国立療養所等が位置づけされている場合が多く、これらの拠点的な結核診療機関である国立療養所等における結核患者の医療情報について、積極的に収集・分析を図っていくことが重要である。
 なお、結核患者の発生等の日々の情報収集に加えて、定期的に一部の地域等を対象とした治療方法の評価のための調査も必要である。結核に罹患した場合にあっては、治癒軽快する症例の他に、慢性排菌化する症例、死亡に至る症例等があるが、各々の症例群毎に患者の既往歴や現病歴、合併症の有無、提供された治療内容等の分析を行い、結核医療の基準の改善に努めていくことが必要である。

(6)結核の地域間格差

(1)地域間格差の具体的評価と問題点の明確化
 結核の地域間格差として、都道府県別の罹患率や有病率等の疫学的指標の格差がよく問題とされているが、地域間格差の問題として忘れてはならないものとして、実際の対策の実施状況の地域間格差が挙げられる。そういう視点に立って、各都道府県等や保健所単位毎に、罹患率等の疫学的指標の地域間格差の明確化と併せて、結核対策の地域間格差を明らかにすることが不可欠である。具体的には、これまでも結核・感染症発生動向調査の一環として、都道府県別の罹患率、患者の発見方法や発見までに要した期間等の指標からなる「結核管理図」が活用されているが、今後更に調査項目を充実させるとともに、各都道府県等における結核対策の取り組み状況のデータベース化等と入手できない情報については追加の調査を行い、都道府県、保健所単位での指標と対策の二つの地域間格差を明らかにしていく必要がある。その上で、例えば罹患率等が高いにも関わらず、結核対策の実施状況が極めて乏しい地域のように、結核対策上重大な問題を有する地域が発見された場合において、当該地域における結核対策のための体制整備について、抜本的な見直しを求めることが必要である。
 このように、二つの地域間格差とその問題を明確にした上で、本来、全都道府県等が結核予防法に基づいて着実に実施していくべき内容を徹底した上で、後述の結核対策特別促進事業のように地域の実状に応じて実施すべき内容を推進していくことが必要である。

(2)結核対策特別促進事業の活用
 結核対策特別促進事業は、結核罹患率等の高い地域等の特に対策を必要とする地域を対象として、地域の実状に応じた各種結核対策事業を推進するため、昭和61年度から実施されている。これまで、治療終了後の結核登録患者についての登録の必要性の精査、地域住民や医療従事者等を対象にした知識の啓発普及、地域において結核対策に取り組む組織への支援、各地域の実状に応じて必要な調査等が実施され、各都道府県等の結核対策に大きな成果を挙げてきたことは事実であるが、改善していくべき課題も指摘されている。すなわち、各都道府県等が実施している結核対策が、当該都道府県等の結核対策の全体像の把握と問題点の認識に基づいた明確な対策の必要性に基づいて実施されていない場合があるのではないかといった点である。
 したがって、各都道府県等が前述の結核の二つの地域間格差を正確に分析・評価した上で、その地域間格差の解消を目的として、結核予防法の従来の運用では十分な対応を図ることができない具体的対策を講じる手段として、結核対策特別促進事業の位置づけを明確にするべきである。そのため厚生省において、本事業が対象とする事業目的、内容等のさらなる明確化を図るとともに、実際の執行の場面における限定化が必要である。また、各都道府県等が自ら申請してくる事業のみならず、厚生省や当部会が各都道府県等における結核の地域間格差の分析・評価を行った上で、各都道府県等に対して具体的な事業のメニューの提示(指定化)を図ることも検討するべきである。さらに、各都道府県等が実施した事業の内容について、関係者で評価を行うとともに、その評価に基づいて、事業成果を普遍化して全国に普及していくことも重要である。

(7)結核研究、国際交流等の推進

 結核対策を進めていく上で、疫学面、基礎面、臨床面等における結核研究は極めて重要である。特に我が国において年間4万人を越える新規発生患者数が報告されるという我が国最大の感染症としての結核の脅威を考えた場合、結核研究の現状は必ずしも十分ではないと考えられる。現在、結核研究所が我が国における結核研究の中心的な機関として、研究のみならず研修、国際協力等の各分野においてその機能を発揮して世界的な評価を受けているところであるが、今後さらに新興再興感染症研究事業のさらなる活用も含めて、結核研究所や国立療養所を中心として、再興感染症としての結核研究を推進していくことが重要である。また、これまでも国立療養所等において、そのネットワークを活かして化学療法に関する大規模な多施設共同臨床試験等の臨床研究を行い、結核の最適な治療方法の確立に大きく貢献してきたところであり、今後ともこのような取り組みの充実強化を図ることが重要である。
 結核は我が国にとって重要な問題であるが、全世界の人々の健康を考えた場合であっても極めて大きな問題であり、人類共通の課題である。我が国の結核対策は、現在、再興感染症としての結核対策の観点から、一つの転機を迎えていることは事実であるが、我が国のこれまでの結核対策における経験、知識等を開発途上国に提供することは、重要な意義を有するものである。今後とも、世界保健機関と連携し、地球全体における結核対策を視野に入れた国際協力を充実させていくことが重要である。


4.結核対策の目標設定

 平成3年9月に公衆衛生審議会から出された「結核対策推進計画について(中間報告)」において、西暦2030年代の根絶を最終目標として定めるとともに、西暦2000年までに、(1)結核罹患率を人口10万対20以下(平成元年の2分の1)とすること、(2)小児結核を根絶することという具体的目標が示されている。今後も現状のまま推移すると仮定すると、これらの目標達成は極めて困難な状況にあり、目標の理論的根拠、対策遂行上の意味、具体的手法等について十分に検討する必要がある。具体的には、平成3年に設定された目標について、目標設定がなされてから今日までの約7年間の厚生省及び各都道府県等の取り組みと目標設定の再評価を行うことが不可欠である。また全国で一つの目標設定ではなく、各都道府県等毎に結核の現状を正確に把握し、その結果に基づいて各都道府県等毎に目標を設定することについても検討する必要がある。
 本部会での検討において新しい目標を設定することにもまして、既存の目標の達成度に関する評価等が先ず重要であり、具体的達成手段を含めて検証することが必要である。したがって、今後、厚生省、各都道府県等が具体的作業を行うとともに、必要に応じて当部会のもとに作業班を設置することや研究班への委託も含めて、厚生省や各都道府県等が具体的に作業を進めることにより、中長期的な観点から全国的な目標設定のあり方、具体的な目標等を検討していくことが重要である。


5.結核予防法の入院手続等についての検討

 感染症新法に関する公衆衛生審議会での検討において、結核対策については、結核予防法にきめ細かな健康診断や、外来医療に関する適正医療の規定等、結核対策上固有の規定があることから、現行の結核予防法の法体系の下に引き続き的確に推進することとされたところである。しかしながら、本部会の最近の審議において、結核患者に対する良質かつ適切な医療の提供、入院手続の保障、長期入院患者等に対する説明と同意等の面について、感染症新法に規定された内容に比べて必ずしも十分ではないといった問題が指摘された。今後、結核患者に対する良質かつ適切な医療の提供、患者等の人権に配慮した入院手続、患者等への説明と同意等の制度的整備を図っていくことは重要であり、結核予防法改正の是非も視野に入れて、今後、本部会で検討していくこととする。


6.おわりに

 本部会においては、これまで、結核入院医療のあり方、BCG接種のあり方、検診や患者管理等の地域における結核対策等の論点について、13回にわたる審議を行い、この報告書をとりまとめた。内容については、具体的な方向づけができた論点がある一方、さらに各論的に検討を続ける必要がある事項も残されている。今後、この報告書において具体的な方向づけがなされた論点については、報告書に基づいて、21世紀に向けての結核対策が行われることを期待するとともに、なお更なる検討が必要との判断に至った論点について本部会において更に検討を行っていくものとする。
 最後に、本報告書をまとめるに当たり、昨年6月の第1回の部会開催以降、ご意見・ご協力をいただいた各分野の方々に対して、厚く御礼申し上げたい。


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2000年09月28日