厚生科学審議会感染症分科会結核部会報告

結核対策の包括的見直しに関する提言

2002年(平成14年)3月20日

 

報告書の概要

I はじめに

II 結核及び結核対策を取り巻く状況の変化
 (現行の施策と今日の結核対策を考える前提)

III 今後の結核対策についての具体的な提案
 (今後の結核対策のさらなる改善アプローチ)

基本理念
(社会的な背景を踏まえた結核の疫学像の変化と対策の基本的考え方)
結核の予防対策
(結核発病の予防・早期発見)
結核の医療対策
(結核患者に対する医療の提供)
結核対策を進めるインフラの充実強化
(行政機関、医療機関の役割分担)

IV 結核対策の見直し実現の方策
 (まとめに代えて)


報告書の概要
【はじめに】

 近年の結核の「再興」

「21世紀に向けての結核対策(意見)」公衆衛生審議会
「結核緊急事態宣言」
結核への取組強化への呼びかけ、当面の緊急課題への対応
「結核緊急実態調査」
結核対策の包括的見直し検討
提言:新たな結核対策の起点となることを期待。

【結核及び結核対策を取り巻く状況の変化】

 結核の状況は、現行結核予防法制定当時と大きく変化している。

昭和26年(現行結核予防法制定当時)
・ 高まん延状態
・ 若年者中心の罹患
・ 医療提供体制の未整備
・ 標準的治療に反応する者が大多数

現在
・ 大幅に改善をしたが、依然として中まん延状態
・ 高齢者、ハイリスク者中心の罹患
・ 地域格差の拡大
・ 予防・医療に関する知見の蓄積
・ 患者の病態の多様化、複雑化 等

・ 感染症法の施行から5年後(平成16年)の見直し規定
・ 医学の進歩等による対策の見直し(諸外国の状況も変化)

【今後の結核対策についての具体的な提案】

(基本理念)

・ 結核は、依然として我が国最大の感染症として重点的取組が必要
・ 将来的には、他の感染症対策との整合性を考慮した対応をすべき。
・ 現在、高齢者、大都市部の問題を中心に、対策を充実・強化すべき。
・ 現在の行政システム、医療システム等の最大限の活用とメリハリをもった施策体系の再構築を。
・ より人権を重視した「患者支援・患者中心主義」の施策へ。
・ 一律的、集団的対応から、最新の知見やリスク評価等に基づくきめ細かな対応へ

(主な具体的な対策の見直し)

<結核の予防・早期発見> 根拠に基づく重点的施策の実施

・ 患者の早期発見

→ 一律的な定期健診からハイリスク・デンジャー層等へのリスク評価を重視した効率的な健診へ
→ 有症状受診、積極的疫学調査(接触者健診)をあわせ充実、強化
・ 予防接種(BCG接種)
→ 再接種の中止、初回接種(乳児期)の徹底

<医療の提供> 治療完遂率の向上

・ 標準治療法の普及と徹底

→ 結核診査協議会の機能強化 等
・ 外来治療(DOTS)の積極的位置付け
→ 入院中からのDOTS推進と地域連携
・ 結核病床の機能分化と計画的整備・確保
→ 感染性と合併症の有無等に基づく、きめ細かな医療の提供体制
・ 人権を尊重した確実な医療の提供
→「患者への医療」と「感染を受ける者への感染防止」の両立
→ 都道府県毎に人権制限的な行政対応をとる場合の要否審査のための協議会の設立

<インフラの充実強化> 現在の保健所、健診システムの最大限の活用

・ 事前対応型行政

→ 発生動向調査の充実強化、国の基本指針・都道府県の予防計画の策定
・ 国、地方自治体の役割分担の明確化
→ 国:結核対策の公共財の確保を含む基盤整備、都道府県:対策の実施
→ 国:ナショナルミニマムのプログラムを提示、都道府県:地域格差是正の措置を上乗せして実施
・ 公衆衛生対策上の拠点としての保健所の役割の明確化

・ 国内対策の延長としての国際協力への取組

【結核対策の見直し実現への方策】

 今後、感染症分科会において、感染症対策全般からの検討を加え、厚生労働省の取組への意見具申を期待。

I はじめに

 結核は、かつて「国民病」として恐れられ、国をあげての対策がとられた。特に昭和26年に大改正された結核予防法は、当時としては最新鋭の技術力と結核制圧への強い意志の総和として制定され、過去半世紀にわたる結核対策の根拠法として機能し、この間、結核死亡者や罹患者数の激減に大きな貢献をした。特に、昭和30年代後半からの10年間においては年率10%を超える罹患者数の減少をもたらし、極めて有効に機能していたものと考えられる。しかしながら、それ以降、結核の改善状況の鈍化が起こり、平成になってからは改善の停滞、ひいては平成8年以降の結核の「再興」と呼ばれるような罹患率の上昇傾向がおこってきた。そこで、公衆衛生審議会結核予防部会は「21世紀に向けての結核対策(意見)」をとりまとめ、また、厚生労働大臣(当時、厚生大臣)は、平成11年に、結核緊急事態宣言を発して、結核に取り組む行政機関、学術専門団体、民間組織などの結核への取組みの再強化を促したのである。厚生労働省では、結核緊急対策検討班を設けて当面重点的に実施すべき結核対策として都市部におけるDOTS(直接服薬確認治療)の実施や高齢者等に対する予防投薬、早期発見事業を具体化するとともに、厚生科学研究新興・再興感染症研究の成果として、「結核院内(施設内)感染予防の手引き」「保健所における結核対策強化の手引き」等を作成し、結核の集団的発生があった場合の積極的結核疫学調査実施チームを編成する等を行った。また、平成12年度に、より体系的な結核対策見直しの基礎資料を得るため、結核緊急実態調査を実施し、平成13年度には、日本を含む中まん延国の結核対策を主題とした世界保健機関(WHO)国際会議等を我が国で開催し、今日の我が国が持つ結核の課題を国内外の視点からの検討も行ってきた。しかしながら、結核やそれを取り巻く技術的・社会的環境が激変する中で、約半世紀前に作られ、多くの技術的指針等を伴う現行結核対策体系が、新しい結核対策を進める上でも、引き続き有効に機能していくものかを検討する必要性は依然として残されている。また、法施行5年後の見直し規定を持つ「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(以下、「感染症法」という。)との関係も整理しておく必要がある。そこで、平成13年1月の中央省庁等改革に伴って、新設された厚生科学審議会感染症分科会結核部会は、平成13年5月以来、一連の経緯を踏まえた検討を続け、特に7月以降は、ワーキンググループにおける議論を全体会議に還元するという方法で論議を深め、ここに今後の結核対策がとりうる制度面を含めた包括的な提言を行うこととなった次第である。
 この報告書は、本章に続き、現在の我が国の結核問題の現状と課題を取り扱い、具体的提言の基礎となる問題意識の共有化を図ることを目標とした第2章「結核及び結核対策を取り巻く状況の変化」、具体的な提言を基本理念、予防対策、医療対策、これらを支えるインフラの4つの視点からまとめた第3章「今後の結核対策についての具体的な提案」及び最終章の「結核対策の見直し実現の方策(まとめに代えて)」の4章からなっており、また理解を助ける為、結核部会で用いた主要資料も添付されている。この提言が、結核関係者のみならず多くの方々の理解と賛同を得て、結核の制圧へ向けて新しい結核対策の起点とならんことを期待している。

II 結核及び結核対策を取り巻く状況の変化
 ( 現行の施策と今日の結核対策を考える前提 )

(1) 現行の施策

・ 昭和26年制定の結核予防法に基づく現行施策は、猖獗(しょうけつ)を極めていた戦後の結核の抑制に大きな効果があった。この法律は、行政(保健所)を中核とした予防、医療さらには患者管理までカバーする総合的法制であり、当時としては最新の技術を結集した法律であった。これは、大正8(1919)年に制定された結核予防法を、昭和26(1951)年に全面改正したものである。

・ 昭和26年当時、結核は、現在以上に重大な公衆衛生上の問題であった。当時、新規の結核登録患者数は年間約59万人(近年の15倍以上)、死亡数は年間約9万3千人(近年の30倍以上)であり、全国の病床のうち約4割を結核病床が占めていた。

・ このような背景の下、現行施策の基礎となる結核予防法に基づく施策の基本的な考え方は以下のとおりである。

○ 幅広く健康診断の対象者を拡大し、結核患者の効果的かつ効率的な発見を行う。
○ 結核予防接種(BCG接種)の制度を結核予防法に移し、青年層以下の結核発病予防を重点的に行う。
○ 所得格差や地域的な医療資源の不均衡等に関わらず、全国民に平等に医療を提供する。
○ 結核患者の登録制度を設け、必要に応じて患者や医療機関に対する指導を行う。
○ 制限的措置(就業制限、命令入所、消毒、調査等)を設け、まん延防止を図る。

・ また、法律に基づかない予算措置として、地域や結核を取り巻く状況の変化等も勘案しながら、現在、以下のような施策を行っている。

○ 地域の状況にあわせた結核対策特別促進事業(大都市における結核の治療率向上(DOTS)事業、高齢者等に対する結核予防総合事業等)
○ 結核研究等の推進
○ 結核発生動向調査事業
○ 一般病床、精神病床を用いた合併症を有する結核患者治療のモデル事業
○ 結核病棟改修等の整備事業
(2) 今日の結核対策を考える前提(状況の変化)

・ 結核の状況は、医療や公衆衛生の向上に伴って劇的に改善し、結核対策の公衆衛生施策に占める重要性は以前より小さくなった。

・ しかし、昭和50年代頃より、それまで順調に推移してきた改善のスピードに鈍化が見えはじめ、平成9年には遂に罹患率等が上昇に転じ、その後も平成10、11年と連続して悪化した。平成12年は、前年より改善しているものの、なお「緊急事態宣言」前の水準と同程度であり、改善は横這い状態であると言える。

・ さらに、平成12年度に実施した「結核緊急実態調査」の結果からも、近年の改善の鈍化、悪化の背景には、急速な人口の高齢化の進展に伴う結核発病高危険者の増加や治療完了率が低く罹患率の非常に高い地域が存在するという地域的な問題、多剤耐性菌の出現等々、様々の状況の変化により発生してきた新たな問題があることが明らかになっている。これらに対する根本的な解決方法が見いだせない限り、結核は、現在なお、さらには将来的に深刻となる可能性のある公衆衛生上の脅威であると認識すべきである。

・ 現在、結核及び結核対策を取り巻く状況の変化としては、以下のようなものがあげられる。

<疫学像の変化>
○ 小児青年層における既感染率の低下
○ 罹患者数と罹患率の低下
○ 罹患率の地域間格差
○ 罹患者の特性の変化、病態の多様化・複雑化
− 罹患者の中心が、青年層から中高年層へ
− 基礎疾患合併の増加
− 社会的弱者への偏在
 (貧困者、住所不定者、外国人、その他健康管理の機会に恵まれない人々等)
○ 薬剤耐性結核増加の兆し


<医療技術等の変化>
○ 診断技術の進歩
○ 治療方法の進歩による治療期間の短縮、再発率の低下
○ 診断・治療技術等の偏在(全体としての低下)
○ 予防施策の知見の蓄積


<社会的状況の変化>
○ 国民、医療関係者、行政関係者等の結核への関心の低下
○ 医療提供体制の変化(医療保険制度の拡充等)
○ 医療資源の増大(医療機関や受診機会の増加、国民医療費総額の増大等)
○ 社会経済的弱者の地域的偏在、社会環境の変化
○ 人権への配慮、医療行為(予防接種を含む)等への関心の高まり
○ 地方分権と公的セクターの役割分担の変化
○ 保健所の再編や役割に対する認識の変化

・ さらに、平成11年には、結核を除く主な感染症対策の基本となる感染症法が施行され、結核予防法との整合性が論じられたところである。諸外国においても結核対策が見直され、特にBCG接種等については、一回接種、あるいは取りやめられる中、平成14年2月に開催された第3回WHO西太平洋地域結核対策諮問会議において、我が国における対策の見直しの必要性についての指摘も出されている。


III 今後の結核対策についての具体的な提案
 ( 今後の結核対策のさらなる改善アプローチ )

1 基本理念(社会的な背景を踏まえた結核の疫学像の変化と対策の基本的考え方)

(対策の枠組み)

・ 現在、結核以外の主な感染症対策については感染症法により、結核(BCG)以外の主な感染症の予防接種対策については予防接種法により、対応がなされている。現在、結核とその他の感染症対策との整合性について議論があるが、結核は依然として我が国における最大の感染症であることにかんがみ、現段階では、結核及び結核対策を取り巻く特殊性に基づいて独立した対策を維持することが適当である。

・ しかしながら、将来的に結核罹患者数及び死亡数等が減少した場合には、他の感染症対策とともに一貫した対策を行うことも必要であると考えられ、今後、結核を感染症法、予防接種法の枠組みに統合することも視野に入れ、これらの法体系との整合性の向上に努力すべきであると考えられる。

・ また、そのためには、我が国がWHOのいう中まん延国(intermediate burden country)・結核改善足踏み国(stagnation country )を脱し、結核の公衆衛生上の脅威の程度を一層、引き下げることが重要であり、21世紀中盤には結核を公衆衛生上の課題から解消できるような状況に至ることを目標とすべきである。

・ 現在の主要な問題点は、近年、特に結核を取り巻く状況の変化として指摘されている高齢者、大都市部の問題を中心に、対策を充実・強化する必要がある。また、今後、問題化するであろうとの指摘がある外国人やHIV感染との合併結核の問題についても、認識しておくことが重要である。

(行動計画)

・ 本格的に施策を見直す際には、具体的な目標、スローガンをもって努力を行うことも積極的な推進に必要である。

(基本的な方向性)

・ 現行結核予防法が制定された当時と現在の結核及び結核対策を取り巻く状況の変化の十分な認識、分析に立ち、現行法では十分に対応できない部分、あるいは、既に施策としての重要性等が減弱した部分については、現在の状況にあった施策へ見直す必要がある。

・ 現在の行政システム、医療システム等を最大限に活用するとともに、実現可能な役割分担と配分に基づき、主要な対策については、明確に重点化するなど、メリハリをもった実現可能性の高い施策体系を構築すべきである。

・ 具体的な結核対策の見直しに当たっては、以下のような観点にたった具体的な方策が盛り込まれることが必要である。

(1) 現在の疫学的な状況への対応

− 現在の結核罹患者は、かつての青少年層を中心とした結核単独の罹患かつ初感染患者から、合併症を有する高齢者の既感染の発症者が中心となっている。
− そのため、合併症を有する結核罹患者が増加しており、結核単独の治療に加えて、合併症等への複合的な治療を必要とする場合も多く、求められる治療形態が多様化、複雑化している。
− さらには、多剤耐性結核に対しては、長期にわたる治療と他者への感染防止の徹底が必要であり、高度な治療が求められる。
− 高齢者の発病は、発病者の治療の問題のみでなく、若年者へ感染させるリスクがある。また、高齢者は発病しない場合も将来の発病リスク者となる。そのため、高齢者への適切な対応は、世代間の感染防止という意味で重要である。
− 現行施策の及びにくい集団(住所不定の者や外国人労働者等)の存在に十分留意し、これらの者は、高発病、遅発見、治療中断、伝播高危険等の社会的リスクを同時に有している場合が多いことを認識した上で、有効な施策が及ぶような体制とすべきである。

(2) 予防・医療両面の科学的知見を反映

− 近年、特にEBM(Evidence Based Medicine:根拠に基づく医療)の重要性が強調されている。レベルの高いエビデンスを積極的に収集し、医療関係者のみならず、国民各方面に周知を図り、その上に立った施策を実施する必要がある。
− 特に、医療関係者が十分な知識と研修機会をもてるよう、関係機関、関係団体が協力・連携をすすめることが重要である。

(3) 対策理念の変更

− 近年の人権を重視した考え方に基づき、結核罹患者の「適切な医療を受ける権利」「偏見差別の除去」等といった人権への配慮と罹患者から感染を受ける可能性のある者の「感染を受けない」人権への配慮を両立した対応が求められる。
− 一律的、集団的対応から、最新の知見やリスク評価等に基づくきめ細かな対応へ
− 具体的には、以下のような考え方を基本とすべきである。
患者管理は、患者支援・患者中心主義(patient-oriented-approach)により早期回復・社会的まん延防止を図る
罹患者の人権制限的な措置は最小限にすべきであるが、感染防止の上での必要性があると認められる場合は、明確な手続規定を設けて確実な措置を実施する。
一律的、集団的対応から、感染源患者の周辺の接触者健診、有症状時の早期受診、受診患者の診断の向上に重点を移行

(4) 施策の強力な推進体制の再構築

− 地方分権の流れの中で、全国的な結核対策の前進を図るためには、国、都道府県、市町村の役割の明示、地域格差の改善策、改善を可能とする医学(医療)界とのコンタクトの確保などが必要である。

2 結核の予防対策(結核発病の予防・早期発見)

(基本的な方向性)

・ 我が国の結核対策の特徴は、学童生徒に対して反復したツベルクリン反応検査とBCG接種を行って若年期の結核の予防を図るとともに、住民や生徒に対して健診を積極的に行って結核の早期発見に努めることである。

・ このような予防対策は、結核が広く国民各層にまん延していた時代は、大きな効果を上げ結核の状況の改善に大きな貢献をしたものであるが、結核の罹患率が以前と比べれば大幅に改善した現在にあっては、発病予防や患者発見の効率が良いとは言えなくなっている。また、国民皆保険の普及によって医療の受けやすさが大幅に改善されていること等により、健診ではなく、症状が出て医療機関を受診したことから結核の診断がつくといった事例も、受療率の高い高齢者層を中心に増加している。更に、予防施策の知見の蓄積も進んできた。

・ そこで、これらの結核疫学上の変遷や結核医療を取り巻く環境、並びに研究の成果などを踏まえて予防対策全般を見直し、必要な部分は更に強化するとともに、余力が生じた場合、より優先順位の高い結核対策事業に振り替えるべきである。

・ そこで、結核の予防においては、効率的な定期健診、有症状受診及び接触者健診(現在の定期外健診の一部。その効果的実施には、積極的疫学調査が必要)を組み合わせた合理的な患者早期発見対策と、乳幼児の重症結核の予防を目指したBCGの1回接種の励行を主軸に予防対策を進めるべきであると考える。また、健診や診断にあたっては、喀痰塗抹検査を重視すること、BCG接種については、安全な接種に努めることを併せ強調したい。

・ この際、業態者健診(注)と接触者健診といった質的に異なる要素を内包している「定期外健診」を整理し直し、それぞれの励行を図ることが必要である。

(注)業態者健診
 現在、結核予防法(第五条第一号)において、定期外健診の一つとして「結核に感染し、又は結核を伝染させるおそれがある業務に従事する者」に対して行われ、対象者は、知事が定めることとなっている。一般には、飲食店、旅館・ホテル、理美容業等のいわゆる接客業従事者に行われていることが多い。

(1) 定期健診の見直し

・ 現在、国民の多くは、学校保健法による学童生徒の健康診断、職域における健康診断、中高年者に対する地域健診など様々な形態で、年に一度検査を受けており、結核健診はその中核として位置付けられている。しかしながら、若年青年層の結核が激減した結果、健診で発見される率が極端に低下しており、健診を維持することは、必要性のみならず精度管理の面からも不都合となっている。

・ 上述の結果、健診のインターバルを次のように見直すともに、発見された患者周辺への積極的な健診(接触者健診)の励行と有症状受診時の迅速な診断と定期健診とを組み合わせるといった合理的な早期発見体制を確立すべきである。

・ このことは、結核予防すなわち健診といった従来の医療関係者が持っていた考え方の変革を意味するものであり、十分な啓発や基盤整備に努めながら対応していくべきである。

・ 健診のインターバルは以下のとおりにすることを提言する。

( 小・中学生 )

・ 以下のような案が考えられるが、学校における定期健診の廃止に当たっては、接触者健診が徹底されるよう、また、患者受診の遅れや診断の遅れが生じないような小児結核に対する効果的対策の補強・強化が必要である。

案1 完全廃止。
 有症状時受診と家族等に患者が発生した場合の接触者健診を徹底。


・ 現在行われているツベルクリン反応による小学1年及び中学1年時の定期健診は中止する。現在の小中学生の患者は、数的に少なくなり、家族内感染あるいは教職員からの感染であることが多い。そのため、学校における定期健診での発見には自ずと限界があり、接触者健診を強化して確実に発見するべきである。なお、今回の健診廃止の主旨は、小児結核患者とりわけ、学童、中学生患者が減少した現在にあっては、これらの者に対する対応は、一律的、集団的対応から、感染源患者の周辺の接触者健診、有症状時の早期受診、受診患者の診断の向上に重点を移行しなければならないとの方針の変更が周知されることが大前提である。

・ なお、このことにより、不必要な予防内服を回避する等の副成果も期待できる。

案2 ツ反を用いた定期健診を、中学1年で実施。必要により精密健診。

・ 案1に示すような有症状時受診と家族等に患者が発生した場合の接触者健診を徹底すること及び乳幼児期における初回接種の確実な実施と、1歳6か月児、3歳児健診時での確認を前提に、乳幼児期における初回接種の漏れ者への対策の意味合いが強い小学1年時の定期健診は廃止。中学1年のツ反を用いた健診は継続し、感染の疑いが強い場合は、個別の精密健診を行う(ツ反が陰性の場合でも、BCGの再接種は行わない)。

・ この措置を維持することによって、小中学生における従来からの健診機会を全くなくするのではなく、1回の健診機会を残し、激変を緩和しつつ、慎重に対応することができる。

( 15歳以上、40歳未満のローリスク層 )

・ 入学時、転入時、就職時、転勤時、節目時のみ胸部X線検査を行う。

( 40歳以上 )

・ 現在行われている健診を維持することが必要である。

( ハイリスク層・デンジャー層 )

・ 年齢を問わず、発病しやすい者(ハイリスク層)、発病すると二次感染を起こしやすい職業などに就労している者(デンジャー層)が疫学的に明らかになっているが、現行では、健診率は極めて低い水準にある。そこで、これらの特定人口層への年1回の胸部X線健診の確実な実施を強化すべきである。また、これらの層は疫学的に定期的に見直すとともに、施策の実施にあたってはいわれのない偏見差別が生じることがないような配慮が必要である。

<ハイリスク層の例>
* 長期療養施設(高齢・精神障害その他)入院・通所者
* 特定まん延地域住民 (例えば、大都市の一部特定地域)
* 特定住民層(ホームレス、小規模事業所労働者、日雇い労働者、高まん延国からの入国後3年以内の者など) 等

<デンジャー層の例>
* 教員
* 医療従事者
* 福祉施設職員
* 救急隊員 等

・ また、健診の手法としては我が国では伝統的に胸部X線が尊重されてきたが、高齢者や障害者で寝たきりや胸郭の変形などによってX線診断が困難な場合、あるいは、過去の結核病巣の存在により現時点での結核の活動性評価が出来ない場合などがあるため、積極的に喀痰検査(特に塗抹陽性の有無)を活用することが望ましい。更に、結核への暴露の危険性が特に強い一部職種にあっては、基準値を得ておくため、ツベルクリン反応検査を併用することが推奨される。

(2) 有症状受診対応の強化

・ 国民の受療率が高まった現在においては、半数以上の患者が症状を訴えて医療機関を受診し結核と診断されているが、受診から診断まで1ケ月以上を要する事例も多く、その間、患者本人の病気の進行のみならず、二次感染の恐れといった観点からも黙視できない状況にある。

・ そこで、第一線の医療機関に結核を積極的に疑うよう専門団体の協力を得て啓発に努めるほか、喀痰検査の普及を図るべきである。

(3) 定期外健診から接触者健診へ

・ 現行の定期外健診には、いわゆる接触者健診と業態者健診の2つの健診が含まれているが、業態者健診は、前述のハイリスク層、デンジャー層を対象とした健診という意味合いを明確に認識し、定期健診の一つとして位置付けることを検討すべきである。

・ 結核患者が新たに発見された場合、その感染源や感染経路の究明、及び患者との接触者の把握等を目的とした積極的疫学調査を行い、接触者に対して行う接触者健診は、さらに強化して漏れなく適切に実施することが重要である。特に、最近は、感染を受けた可能性が高くまん延の恐れがあるにもかかわらず接触者健診の実施に応じない事業所等もみられるため、事業者に対する責務規定(接触者健診実施への協力義務を含む)を設けるなどの制度の見直しが必要と思われる。

・ また、広域的な感染の拡大(diffuse outbreak)の有無を判定するため、保健所等から得た結核菌の遺伝子レベルでの情報(finger printing)を中央に集積し解析する、感染経路解明のためのシステム等の実現可能性を積極的に検討するべきである。

(4) 管理健診

・ この健診は、主として結核患者の治療終了後の再発を早期発見することを目的に実施されてきた。しかし、短期化学療法の普及により、例えば「初回治療で、薬剤耐性なし、標準治療成功」の患者については、医療機関において適切に経過観察等が行われていれば保健所等による管理健診の必要性は乏しい。

・ しかしながら、患者の中でも、治療拒否や治療中断した者に対する検査は、結核のまん延防止の観点から公的関与で実施すべきである。具体的には、管理健診を治療拒否・中断した者に対する「勧告・措置の健診」と位置づけ、より実効性のある具体的対策を検討する必要がある。

(5)BCG接種

・ 我が国においては、ツベルクリン反応が陽性になるまで反復してBCG接種が行われている。BCG接種による結核の発病防止効果については、その持続期間を含め、麻疹や風疹等の予防接種に比べて低いと言われている。しかし、結核の罹患者数が年間数十万人規模といった状況下においては、BCG接種による罹患者数の減少は、結核対策の上で大きな効果があったと考えられる。特に、乳幼児期においては、結核性髄膜炎や粟粒結核等の血行性の重症結核の発病・重症化防止に極めて有効とされている。

・ 他方、BCG接種を受けていても結核を発病することがあり、特に、再接種の医学的効果については明らかになっていない。さらに、BCG接種を繰り返し行うことによるツベルクリン反応の持続的な陽転化が、実際に結核に罹患した際の初期の診断を困難にし、早期診断や予防内服の対象者の判断に混乱をきたしているという指摘がある。これらの背景により、諸外国においてはBCGの再接種を廃止をする国が多くなっている。

・ これらを踏まえ、我が国においても、これまで再接種に費やしている人的・財政的資源をより有効な対策にシフトする、という観点からの施策の見直しが必要である。具体的には、乳児期に1回のみの接種として対象者に対して確実な接種を行うとともに、1歳6か月児健診や3歳児健診で瘢痕を確認し、未接種であった場合には、早急に接種を受けるよう勧奨するという方式に転換すべきである。また、技術的にも確実なBCG接種が行われるよう、関係者に周知する必要がある。

・ なお、6か月までの乳児にBCG接種を行うべきである。その場合、以下のような案が考えられる。

案1 ツベルクリン反応を先行して、陰性者のみにBCG接種を行う。

・ 現行制度を維持し、まずツ反を行った上で陰性者にBCG接種を行う。現在の結核罹患状況からすると、ほぼ全員がBCG接種を受けることになる。このことによって、ツ反検査の副産物として、極めて希ではあるが、乳児結核の早期発見の機会となる。ただし、ツ反偽陽性者は、BCG接種を受ける機会を失う可能性がある。

案2 ツベルクリン反応を行わず、全員にBCG接種を行う。

・ 現在、BCG接種は、対象者のほぼ全員に対して行われているという状況にかんがみ、感染を受けるリスクが高いとは考えられない大部分の例には、ツ反を行わずにBCG接種を直接行う方式に改め、他の予防接種と同様に、問診等を十分に行った上で個別接種により実施する。

・ 今後、ツ反はBCG接種の要否判定のためではなく、感染を発見するための健診の手法として整理する。

3 結核の医療対策(結核患者に対する医療の提供)

(基本的な方向性)

・ 結核に関する診断、治療技術等の医療は、日々進歩しており、活用しうる最新の知見をもとにEBMの考え方に基づく対策をすすめることが必要である。

・ 我が国では、日本結核病学会等の専門家の意見をもとに、適切な公費負担を行うという観点から厚生労働大臣告示による「結核医療の基準」を国が示し、地域の結核診査協議会で、この基準に基づく治療を指導する仕組みとなっている。しかしながら、未だに、INH(イニシアジド)単独の治療が行われているケースがある、PZA(ピラジナミド)を含む4剤併用短期化学療法が行われるケースは、全体では5割程度、青壮年においても7割程度である等、必ずしもこの基準が十分に普及、適用されていない場合があることが指摘されている。

・ また、国際的な比較でも、我が国は、入院期間が長い、外来通院による治療の割合が低い等の指摘もあり、国際的基準での治療と必ずしも合致していない部分があると考えられる。

・ 以下のような諸点について、具体的に対策の見直し、再構築を図ることが必要
である。

1. 治療成功率向上のための措置

・ 結核患者の治療成功は、患者本人の健康問題として重要であるとともに、二次感染を防ぐという意味において、社会全体にとっても重要である、との認識に立つべきである。近年、一定地域あるいは一定集団において、治療中断が非常に高く、ほぼ、その地域・集団に一致して、罹患率が高い傾向にある。さらには、再治療例においては、多剤耐性結核の率も高くなっている。

・ 結核治療の特徴は、標準的治療法が定まっているため、医療の内容について患者本人が選択する余地は非常に小さいこと、投薬等の治療期間が長期にわたり、症状消失後も治療の継続が必要であることなどである。これらを踏まえて、治療成功率の向上を期すためには、医療関係者の十分な認識と患者に対する説明のみならず、患者の理解や、患者本人の努力に委ねるのみでは十分ではないケースに対して、患者を支える支援者の連携・協力が重要である。

・ 以下、具体的な対策を示す。

(1) 標準治療法の普及と徹底

・ 医療機関において確実に適切な医療を提供し、治療成功率の向上を図るためには、適切な診断方法と標準的な治療方法を医師等に対して一層の周知・徹底を図ることが必要である。

・ 治療内容の周知・徹底方法としては、結核診査協議会等の機能を強化するなど第三者による実効あるチェックを行う、あるいは、医療経済上のインセンティブを与える、適切な治療に対してのみ公費負担を行う等の方策を検討すべきである。
 なお、その際には、結核患者に標準的な治療を行う場合、あるいは標準的治療を逸脱して治療する場合の基準や治療方法等を明確に示しておく必要があり、特別な配慮が必要とされるケースに対しても良質な治療が担保されるようにしなければならない。

・ さらに、これらの基準については、学術専門団体の意見を聞くなどして、おおよそ3年ごとに見直す等、医療現場において、常に了解と実効ある内容にしておく必要がある。

(2) DOTSの積極的位置付け

・ WHOにおいては、DOT(直接服薬確認治療)を中心とした結核患者の治療を公的に支援する総合的戦略DOTSを推進し、治療成功率の向上を積極的に図っている。我が国においても、我が国のシステムを有効に活用した「日本版21世紀型 DOTS戦略」が推進されている。

・ 現在、我が国の結核患者の入院期間は、平均約170日である。他者への感染防止という公衆衛生上の観点からは、必ずしもこのような長期の入院を必要としないという指摘があり、実際、諸外国においては、外来治療を基本とし、入院期間は短い場合が多い。

・ 我が国では、これまで感染性を有する結核患者の治療は、入院を原則として行われており、入院期間中の治療は、DOTSと同等の治療徹底が期待されていたが、実際には、入院中であっても内服の確認が十分に行われておらず、入院中においても実質上の治療中断があることが問題となっている。

・ そのため、結核患者の治療の基本は、直接服薬確認であることを明確にし、入院中においても院内DOTSを確実に実施し、退院後の治療中断の可能性が高いと考えられる者に対しては、入院中より保健所との連携体制を確立するとともに退院後も医療機関と保健所が連携・協力して地域DOTSが実施できる体制を構築すべきである。この場合、医療機関においても入院・外来治療を通して治療中断を防ぐよう、より積極的な役割を担うよう期待する。

・ また、保健所においては、地域の保健、医療、福祉資源を効果的に活用できるよう、コーディネートする役割を積極的に担うとともに、地域の状況を勘案し、保健所自らも地域DOTSの拠点として直接服薬確認の場を提供することも検討すべきである。

(3) 発病前治療の導入

・ 現在、29歳以下の若年者に対しては、結核の初感染時の発病予防を目的として、INH単剤の予防内服が行われて、効果をあげている。

・ また、高齢者、糖尿病患者など既感染者からの発病の可能性が高い者に対する予防内服の効果も期待されており、一部、国の補助事業においても実施自治体を支援している。

・ これらの発病予防を目的とした予防内服について、概念上、化学的「予防」とするか発病前「治療」とするかの検討を進めるべきである。また、それぞれの実施に当たっては、副作用の発生や薬剤耐性結核も考慮した適切な抗結核薬の組み合わせ、投与期間、対象とする者の選択基準等について明確な基準を示し、実際に必要以上の投薬が行われることなく、かつ必要な者については確実に結核の発病を防ぐことができるよう検討すべきである。

2. 医療の受け皿の整備

・ 現在、結核患者は、排菌の有無、他者への感染性の高低にかかわらず、入院は結核病床で行うことが法的に定められている。しかし、近年、糖尿病等の合併症を有する症例の増加、精神障害を有する結核患者の医療提供の困難さ、今後、問題化する可能性の高いHIV感染との合併等に対し、結核以外の疾患への適切な医療の提供も十分に考慮に入れた医療の提供が求められる。

・ しかしながら、結核は感染症であるとの認識は、決して忘れてはならず、個々の患者の状況にかんがみ、他者への感染防止と患者本人への適切な医療の提供を両立させることが必要である。

・ 従って、感染症法によって行われている感染症の類型別の入院病床(医療機関)に関する規定を参考とし、患者本人の人権に十分留意しながら、感染症に対する医療提供、感染拡大防止を考慮し、将来的には、一般の医療体系の中での治療が行われるような体制を検討していく必要がある。

・ そのため、具体的には以下のような対応が考えられる。

(1) 結核病床の機能分化の促進

結核1類:多剤耐性結核患者の治療を目指す重装備結核病床
 多剤耐性結核の患者の入院治療を行う施設として、他者への感染防止と高度な結核治療の機能を有する施設・能力を有する病床
結核2類:標準的な新規結核患者の短期治療を目指す結核病床
 標準的な結核治療での治療成功が十分に期待され、感染性が1〜2か月で消失することが期待できる患者に対し、標準的治療を基本とした医療を提供する病床
結核3類:長期慢性病床
 社会的背景等により、外来通院での治療継続が困難と考えられ、入院により服薬遵守が必要であると判断される患者が入院する病床。一般病床に対する療養型病床のイメージ
合併症準結核:結核病床以外での治療
 他疾患が主で結核が従の患者に対し、一般病床または精神病床に一定の施設及び機能の基準に基づいて、結核患者の治療を行う病床として位置づけられた病床。現在の結核患者収容モデル事業により指定された病床のイメージ

(2) 計画的整備・確保

・ 現在の結核病床は、かつては地理的に離れた医療機関(病院)そのものを結核療養所と位置付けるという考え方が基本となっていたと考えられ、病棟単位での感染防止等の施設基準は示していない。

・ 一方、結核指定医療機関の指定にあたっては、公費負担を行う手続上の指定という目的が強いと考えられ、結核治療の機能的、能力的な基準は明示されていない。

・ 現在は、これらの医療機関において、結核以外の患者と同一の場での治療が相当数行われていること、結核以外の合併症についても同時に行う場合が多いこと、等から、今後は、施設基準・診療機能の基準等を明確に設け、適切な医療提供体制を維持・構築する必要がある。

(3) 人権を尊重した確実な医療の提供

・ 医療に提供にあたっては、国民の人権尊重の観点に立った対応を今後さらに強化することが必要である。この場合の人権には、患者・感染者の人権と感染を受ける可能性のある者の人権の両面がある。

・ 患者・感染者については、適切な医療を受ける権利、他者への感染防止のために過剰あるいは不適切な人権の制限が行われない権利、さらには、不当な差別・偏見を受けない権利などが考えられる。

・ 感染を受ける可能性のある者については、一般の生活の中で、患者からの感染を受けることが最大限回避される権利、患者・感染者との接触の可能性による調査等において、過剰あるいは不適当な介入を受けない権利などが考えられる。

・ これらの人権を尊重するためには、患者、感染者の個々の状況にあわせ、他者への感染を防止するために患者の人権を制限するような行政対応を要すると判断される場合には、科学的な根拠と明確な手続に基づくとともに、患者・感染者の人権と感染を受ける可能性のある者の人権の双方のバランスを十分に考慮した上で、それぞれが一定の制約を受けることのコンセンサスを事前に得られるよう努力する必要がある。これらに基づき「患者支援・患者中心主義」の適切な対応を図るべきである。

・ 具体的には、今後、以下のような対応を検討すべきである。

人権を尊重した行政手続の整備
 都道府県に1つの協議体を設置して、患者に対して人権制限的な行政対応を要する希な症例について、その必要性、強制的措置が必要となる根拠、通常の努力では不十分である実態の把握などを行い、その審査内容については、当事者に対して説明することができるようにする。なお、人権制限的な行政対応は必要最小限とし、対象は、結核患者のごく一部で、限られた期間とする、というイメージ。
 最新の知見に基づく医療基準の提示
 基準を明示した上で、医療機関を知事指定(5年毎の見直し規定)
 医薬品の確保・研究開発に関する国の努力義務

・ なお、多くの非結核性抗酸菌症の患者が結核として取り扱われているが、同症は、人から人への感染がないなど結核症とは異なることを明確に認識し、一般医療としての対応が出来るよう、治療等の保険適応などの整備を行うといった努力をする必要がある。

4 結核対策を進めるインフラの充実強化(行政機関、医療機関の役割分担)

(基本的な考え方)

・ 既存の保健所や健診システム等をインフラとして最大限に活用し、迅速に効率
的なシステムを再構築する必要がある。

1 事前対応型行政

(1) 結核発生動向調査体制等の充実強化

・ 結核の発生状況は結核予防法による届出や入退院報告に加え、法律に基づかない予算措置で実施される発生動向調査により把握されている。しかし、結核の発生動向情報は、まん延状況の監視情報のほか、対策面(発見方法、発見の遅れ、診断の質、治療の内容や成功率、入院期間など)の評価に関する重要な情報を含むものであることが望ましく、その精度の向上に努めるとともに、関連の積極的疫学調査を含め、制度的な整備を行うことを検討すべきである。

(2) 国の基本指針(結核制圧5カ年計画)の策定

・ 現在、我が国では、結核以外の主な感染症対策については、感染症法に基づき、国が基本指針を示して、各都道府県が予防計画を策定し、事前整備を図っている。
 また、生活習慣病対策として、各自治体においては、国の「健康日本21」に基づく計画の策定が行われ、具体的な事項と将来的な数値目標を盛り込んだ計画を策定または策定中である。

・ 国においては、これらを参考にしながら、結核に関する指針を示すとともに、中核となる対策上の目標を明示することも必要である。
 例 DOTS率70%、治療成功率85% など

(3) 都道府県の予防計画の策定

・ 都道府県においては、国の基本指針に基づき、各自治体の状況を勘案しながら「都道府県結核予防計画(仮称)」の策定を行い、その行政目標、そのための方法等を明記する必要がある。

・ また、いわゆる大都市を抱える都道府県においては、政令市等と連携し、これら地域の状況を踏まえた計画とすべきである。

2 国・都道府県等の機能の明確化

・ 結核は我が国最大の感染症であり、その制圧に関する「公的責任」は今後も大きいので、行政機関の責務や権限に関する制度的な整備を行うとともに、国、都道府県、市町村等の役割を明確にし、実効ある体制を再構築する必要がある。

・ 結核対策についても、地方分権の推進が必要であり、地域の実情に応じた効率的な施策が展開できるような制度とすべきである。そのためには、全国施策を基本(1階部分)とし、地域格差解消(2階部分)のために、各地域が行うことが望ましい追加措置を定めることなどが考えられる。

(1) 国

・ 国は、全国的なシビルミニマムのプログラムの作成と立ち上げ時の財政支援により、地方自治体における対策の推進を促すことが必要である。

・ その際、結核対策の推進は、現段階における公衆衛生上の重要な問題かつ、単に保健医療分野のみの問題ではなく、社会全体の公共の福祉、という立場からの認識が必要であり、これらの認識を普及するとともに、全国的結核対策に用いる公共財の開発・確保・維持を図る必要がある。例としては、以下のようなものが考えられる。

例: 結核研究所
結核発生動向調査
結核菌バンク(指紋バンク)
検査の精度管理
最新の知見に基づく医療基準の提示
医薬品の確保
疫学調査などの高度ノウハウの蓄積
研修モデルプログラムの開発
結核に関する研究開発
・ 国においては、関係省庁、関係部局等との連携・協力により、都道府県における関係部局との連携・協力が円滑に行えるよう、調整を行っておく必要がある。
 例としては、以下のようなものが考えられる。
例: 学校(含む日本語学校)における健診などの対応
外国人対応
職域健康診査 などの関係する所管官庁との連携の強化
・ また、国の権限及び手法を明確にし、各県の結核状況・対応状況の資料公表、厚生科学審議会等の有識者による公開情報に基づく援助助言等を行える体制を構築すべきである。

(2) 都道府県

・ 都道府県は、地域の特性や状況を把握すべき立場にあるとの認識を明確にもち、発生動向調査の実施と分析に基づいて、都道府県における医療機関、市町村等に対する対応の指令塔としての機能が期待される。

・ 入院を必要とする結核患者でも地理的に近い所で適切な治療が受けられるよう、都道府県等の責務として、2次医療圏単位に必要とされる結核病床についての検討を行い、広域的な観点も含めて確保を図ることについて、適切な対策を考える必要がある。

・ さらに、結核以外の主な感染症対策についても、都道府県が実施主体であると位置づけられており、これらのノウハウやしくみを最大限に活用し、総合的な感染症対策を進めていくことが必要である。

・ そのため、その実働部隊として保健所を位置付けるとともに、国の策定するシビルミニマムを越えるきめ細かな事業の計画と実施を行う必要がある。

(3) 市町村

・ 市町村は、BCG接種の実施主体として、その安全かつ確実な実施を推進すべきである。

・ また、現在、市町村には、定期健診の実施者として位置付けられているが、今後、健診の重点化、集約化により期待される余力を、患者治療支援(含む福祉的事業)に振り向けるとともに、住民に最も近い行政単位として、住民に対する普及啓発に一層、取り組むことが期待される。

3 保健所の役割

・ 保健所は、これまでの結核対策において、定期外健診の実施主体、結核診査協議会の運営等の適正医療の普及、訪問等による患者の治療支援、及び届出に基づく発生動向の把握、分析など、様々な役割を果たしてきており、今日の結核対策の進歩は、保健所の存在なしには考えられない。

・ 現在、地域保健法の施行、保健所の再編など、保健所を取り巻く環境は大きく変化しつつあるが、今後とも、公的関与の優先度を考慮して業務の重点化や効率化を行うとともに、公衆衛生対策上の重要な拠点であることにかんがみ、結核対策の実働部隊としての位置付けを明確にすべきである。

・ 保健所が担うべき具体的な役割には、以下のようなものが考えられる。

(1) 患者支援
*「治療終了後の検診を含めた患者管理」から「治療成功をめざした患者支援」へ転換
* 個別患者支援計画(DOTS計画)の作成とモニター(コホート分析の強化)
* 地域の実情等に応じた地域DOTSの推進体制の構築
(必要な場合においては、地域DOTSの服薬拠点)
(2) 結核の地域情報センター(患者登録、発生動向調査、結核対策の評価)
(3) 結核の予防対策や医療の質の保証(BCG接種技術や健診精度の確保、結核診査協議会や研修による適正医療の確保)
(4) 個別患者発生時の疫学調査と危機管理(定期外健診の実施、集団感染対策)
(5) 市町村への技術支援・指導

4 国際協力

・ 我が国を含むアジア地域においては、現在も結核の問題が政策上重要な位置を占めている諸国が多い。これらの国とともに結核対策を推進することは、アジアの同胞を支援するという意味合いとともに、多剤耐性菌の流入阻止などは我が国の結核対策の延長線上の課題として取り組むべきである。

・ 従って、「国境無き(TSF: Tuberculose sans frontier)結核問題」の考え方での組織的、財政的な措置を我が国が行うことは、重要な意味を持つものと考えられる。

IV 結核対策の見直し実現の方策

(まとめに代えて)

 以上により、今日の我が国の結核およびその対策が抱える問題点のみならず、対応策も明らかになったものと思われる。
 結核は、未だに我が国最大の感染症であり、また、BCGを用いた予防接種や一般国民に対する定期健康診断など感染症法にない感染症としての特性にもとづく規定を要するものである。一方、国・地方自治体の責任、事前対応としての計画の作成、感染者の人権への配慮など、感染症法にはあって現行結核予防法にない規定も多い。
 そこで、現行結核予防法に今回提言する内容を盛り込むよう努める中で、結核予防法と感染症法の整合性の問題にも配慮する必要がある。
 かつて結核は、毎年自然に改善してゆく疾患と見なされていたのではなかろうか。
 そのような慢心によって結核対策の遅延、ひいては、結核制圧への歩みが阻害されてはならない。この提言の実現をとおして、結核を今世紀中盤までに公衆衛生の課題から無くするという目標に向かって着実な一歩が制度面でも行われることを期待する。
 その為に、本提言で指摘した技術事項について専門家の英知を結集して具体的な指針等を作成するとともに、本部会の上部機関である厚生科学審議会感染症分科会におかれては、感染症対策全般といった見地から本提言に必要な検討を加えられ厚生労働省に意見を具申されることを期待する。


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2003年02月07日