平成8年4月5日

クロイツフェルト・ヤコブ病について

1.概念
 中年以降に発症し、進行性痴呆、ミオクローヌス(持続時間が極めて短い、痙攣様の反復する動き)、錐体路・錐体外路症状(腱反射の冗進、筋緊張の異常等)を呈する予後不良の脳疾患である。
 クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)や、その遺伝性亜型であるゲルストマン・ストロイスラー症候群(GSS)及びニューギニアのクールーなどでは、程度の差はあるものの、いずれにおいても感染性を有する異常プリオン蛋白(PrP)が脳の中に証明されたため、これが病因と推測されるようになり、「プリオン病」と総称される。

* 動物では、羊のスクレイピーや、それがミンク及び乳牛などに伝播したものが同一の疾患群に属し、いづれも海綿状脳病変を示し、伝播性もあることから、伝播性海綿状脳症と総称されることもある。

* プリオン蛋自(PrP;Prion ProteinまたはProteinase resistant Protein)
 スクレイピーの研究過経で、プリオン説(感染性蛋白粒子proteinaceous infectious Particlesがスクレイピーの原因になっているとの説)が生まれたところにプリオン(prion)の語源がある。
 正常なヒトや動物の細胞膜にも微量のプリオン蛋白(PrPC)があるが、感染性プリオン蛋白とは立体構造が異なり、感染性はない。PrPCの機能は不明である。プリオン蛋白の遺伝子は、ヒトでは第20番染色体に存在するが、PrPCは253個のアミノ酸から成り、その各1個に対応する253個のコドンが遺伝子に存在する。PrPCに感染性プリオン蛋白分子が作用すると、PrPCは感染性プリオン蛋自分子に変わる。
 感染性プリオン蛋白分子が産生され、増加する化学的機序についてはいまだ不明であるが、感染性プリオン蛋白が増えたプリオン病の個体にプリオンに対する免疫反応が起こらないのは、感染性プリオン蛋白と正常プリオン蛋白の一次構造が同じであり、抗原決定基も同じであることからプリオン蛋白に対する免疫寛容が宿主個体に成立しているためと考えられる。
2.疫学
 本疾患の有病率は100万人に1人前後と言われ、その8割は散発性症例で、地域分布に大差はない。男女差はなく、発病は50〜70歳代が多いが、約2割に遺伝性症例があり、これらの中にはやや早く(40歳代)発病する者もある。

* 厚生省特定疾患難病の疫学調査研究班の平成4年度プロジェクト研究報告書によれば、1979〜1988年の10年間のクロイツフェルト・ヤコプ病による死亡数(厚生省統計情報部による人口動態調査死亡票の中のヤコプ・クロイツフェルト症候群を死因とするもの)は全国で男性184人、女性234人、計418人であった。
 また、同期間の剖検数は男性105例、女性121例、計226例あり、1989年の剖検数は男性16例、女性19例、計35例、1990年は男性10名、女性11名、計21名、1991年は男性8名、女性13名、計21名、1992年は男性10名、女性20名、計30名、1993年には男性8名、女性10名、計18名と報告されている。
3.病因
 宿主のもつ正常プリオン蛋白(PrPC)が感染型プリオン蛋白(PrPCJD)に変わると、これが脳内に蓄積し、発病する。(PrPCとPrPCJDの一次構造に差はない。PrPCはα−helix樺造に富むが、これがPrPCJDに変わると、β−Sheet構造が増え、アミロイドの性質を示すようになる。)
 散発性症例では、外部からPrPCJDが侵入し、それが核となってPrPCがPrPCJDに変わるため発病するとの仮説があり、これは感染症としての特性に一致する。一方、遺伝性症例では、PrP遺伝子に変異が発見されており、その産物である変異型PrPが蓄積して発病すると言われている。
 したがって、プリオン病には感染症と遺伝性代謝異常症の両面がある、と言える。
 なお、医原性感染の疑われるものに脳下垂体製剤(成長ホルモン、ゴナドトロビン等)、脳外科手術に用いられる脳硬膜製品等がある。
4.臨床症状
(1)進行性の神経症状(特にミオクローヌス)
(2)進行性痴呆ないし意識障害
(3)無動・無言状態
5.臨床検査所見
(1)脳波−周期性同期性放電(PSD)
 脳全体に同期して出現する、周期1秒前後(0.6〜1.2秒)の高振幅陰性波(持続300〜400msecの鋭波)。病期が進むと周期が延長し、低電位となる。

(2)誘発電位
 とくに光刺激により高振幅の大脳誘発電位がみられる。

(3)画像診断
 ]線CT、MRIなどで脳萎縮が中期以降に出現し、急速に進行する。 

(4)感染型プリオン蛋白の検出
 免疫プロット法によって、少量の未固定脳から検出する。

(5)プリオン蛋白遺伝子異常の検出
 遺伝性症例では、末梢血白血球よりPCR法で検出できる。散発性症例には異常がないことが多い。
6.臨床参断基準
(1)初老期、老年期に発病し(散発性症例の平均発病年齢は65歳)、急速に増悪し、数ヶ月で無動・無言状態となり、1〜2年で死亡する。 

(2)進行性痴呆、ミオクローヌス、脳波でのPSDが特徴的である。

(3)遺伝性症例や少数の散発性症例では、早く発病し(40〜50歳代)、進行が遅く(数年に及ぶ)、ミオクローヌスやPSDの証明されない症例がある(全体の約2割)。

(4)上記(3)の症例では、末梢白血球からプリオン蛋白遺伝子の異常が検出される。

* 散発性症例では初老期以降に不定の精神・神経症状(無関心、異常行動、記名力障害、歩行・構音・視力障害等)が生じ、急速に増悪する。その後、ミオクローヌス、進行性痴呆ないし意識障害が生じ、数ヶ月で無動・無言状態となり、1〜2年で死亡する。ミオクローヌスの頻発時期の脳波にPSDがみられれば診断は容易である。

* 遺伝性症例ではプリオン蛋白遺伝子の変異に応じて臨床症状、経過が異なり、散発性症例とは大差があるため、診断困難な場合がある。その場合は静脈血からの遺伝子診断が可能である。(遺伝性症例には小脳性失調、痙性四肢麻頼、進行性不眠症、自律神経症状、非定型痴呆症状などを主徴とするものがある。)
7.鑑別診断

老年痴呆、小脳変性症、脳原発リンパ腫、その他不明の老年期痴呆性疾患等。

8.治療
(1)特異的な治療法は未確立であり、対症療法としては次に示すようなものがある。
(2)他への感染防止のため、患者の臓器、血液、脳脊髄液等の取扱いには注意を要する。汚染の際の不活化法としては次に示すような方法が挙げられる。
9.予後

散発性症例では、進行が速く、1〜2年で死亡する。
遺伝性症例、及び少数の散発性症例は進行が遅く、数年に及ぶこともある。


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2000年09月28日